第41話アーネス
一方その頃アーネスは、落し穴が有った部屋から反対側の扉を通り、再び迷路のような回廊を進んでいた。
敵どころか、生き物の気配すら一切感じられない。
歩きながら、万一の時の為にと功から渡されていたカロリーメイトを囓り、これも渡されていた500mlのウーロン茶で喉を潤す。
功と引き離されたイライラと一緒に携帯食を噛み潰し、飲み込む。
不思議な感覚だ。まさか自分が新人を頼りにするとは、今まで考えた事も無かったのだ。
だが、この感覚は不快では無い。
アーネスが今まで出会って来た新人は、その殆どがメンタル、フィジカル共に脆弱で、戦闘に耐えられる者は少なかった。
稀に戦闘に特化した人種や、元々紛争状態にあった世界から来た者、紛争状態ではなくとも過酷な環境から来た者が転移して来る事もあったが、そんなラッキーはそうそう無い。
有ったとしても、そういう奴らはこの世界の住人以上に壊れていたり、価値観や倫理観、或いは宗教観とも言うべきイデオロギーが大きくズレている事が多いので、仲間にするのは精査した上でないと後々後悔する事になる。
それにここ最近では功の世界か、それに近い世界からの転移者が多いようで、体内全素濃度が高いわりにその殆どが戦闘に適していなかった。
しかもその新人達は、何故か当然の様に自分には特別な力や能力が転移した時点で与えられていると考える者が多く、現地の人間より多少
あまりにも不思議に思い、ある転移者が大切に持っていたとある書物をアーネスは読んでみた事がある。
そして納得したのだ。戦闘は無理かもしれないと。
要するに彼らは、ただの1ミリも努力する事なく、他者の追随を許さぬ
この大前提が崩れると、彼らに出来る事は何も無い。
ただの一滴の汗もかかず、何一つ研鑽もせずに最強という称号を手に入れ、鼻歌を唄いながらただラッキーというだけで富を掴み、それだけの力が有りながら面倒を避け、あまつさえ有りもしないハーレムやスローライフなどという妄想を膨らませているのである。
仮に百歩譲って眠っていた
目の前で繰り広げられる血生臭い戦闘に、
降り注ぎ、耳元を掠める弾雨に、
饐えた臭いをさせる薄汚い牙と鋭い爪に、
泣き叫び、のたうちながら母を呼ぶ血塗れの友人の声に、
隣に横たわり、内臓をはみ出させた仲間の冷たくなった姿に、
相手の命を奪うという傲慢で残酷な事実に、
実際に迫り来る死という横暴な現実に、
相手を殺し尽くすか自分が死ぬかしないと終わらない狂った時間に、
どれだけ強力な力を持とうと、ぬるま湯に浸かっていた連中のゼリーよりも柔らかなメンタルが、耐えられる訳が無いのだ。
アーネスも、何人も小便を漏らし、頭を抱え、泣き喚く新人を見て来た。中にはそれだけで心を壊してしまう者も居た。
そしてそれはしょうがない事だと思っている。誰しも死は怖い。アーネスだって怖い。
ただ、立ち向える勇気が有るか無いかなのだ。
一番違和感を覚えたのが彼らの『勇者』という人物の扱いだ。
彼らにとって『勇者』は職業なのである。しかも野良勇者から真の勇者まで、様々な勇者が居る。
それはまあいい。
しかし最近の傾向では『勇者』は頭が悪く、性格は腐っており、そして弱い。
何だそれは?
勇者は万人から称賛される勇気有る行動を取るから勇者なのであって、断じて職業では無い。ましてや自分から名乗って良いものでも、最初から与えられるものでも無い。
極論で言えば、強い弱いすら関係ない。
勇者という称号は先にありきでは無く、後から付いて来るもののはずだ。
世界が変わっても、自分が変わらなければ意味がない事に気づかないのか?
『持っている』奴を嫉妬する事は出来ても、努力して『自ら持つ』事を諦めているのか?
だが、そんな彼らでもこの世界には必要なのだ。
人の価値は戦闘能力では無い。
その心と生き様にある。
アーネスの生まれたこの世界は(広義での)人間の数が少ない。
現在確認されているだけでも二千万に満たないだろう。
歴史も浅く数も少ない中で、各世界からもたらされた知識や技術、あるいは偶然にも持ち込まれた物資を駆使し、再現し、独自に発展させ、血の滲むよう様な努力を重ね、何とか人類の存続を守らなければならない。
例え戦闘に適さなくとも、変な夢など描かず、普通でさえいてくれればそれだけでいいのだ。
世の中は戦士だけで成り立ってはいないのだし、戦士だからと言って人間として優れている訳でも、劣っている訳でもない。
それに勇気の持つ意味は人それぞれだ。
失敗を恐れない勇気、挑戦し続ける勇気、諦める勇気だって必要な時も勿論ある。
だが、全力を出す前に諦めるのは『逃げ』だ。
アーネスはそう思う。
数少ない、戦える転移者だったアーネスの父は、そうした戦闘に適さない豆腐メンタル、もやしフィジカルの持ち主達を保護し、この世界でも生きて行ける様に心をケアし、尚且つ様々な職業訓練をする施設を運営していた。
中には奮起して戦えるようになった猛者もいるのだ。
肝心の運営費は、街からの補助も多少は出ていたが、その殆どはアーネスの父が設立したPMSCの傭兵稼ぎであった。
それ故に父は人々から感謝され、尊敬され、愛されていた。勿論アーネスもそんな父が大好きだった。
そんな父こそがアーネスにとっては勇者だった。
現在父が運営していた施設はアーネスが引き継いでいる。
ただ、経済的理由から、15歳未満の子供達のみとし、規模こそ小さくなったが、細々とアーネスは続けているのだ。
アーネスが常に金欠なのは、これが原因なのである。
そして父の大規模PMSCは父の病死後、残念ながら解体してしまった。
メンバーも父が指導した転移者が多く、精鋭揃いだったが、それ故に他に吸収されたり、独立した者も多かった。
アーネスはそれを恨んではいない。むしろそうして活躍してくれた方が街の為にもなるので、詫びながら別れの挨拶に来るメンバー達を逆に励ましたくらいだ。
そしてアーネスの元に残ったのは、父に必要以上に恩義を感じているらしい、律儀で頑固なドワーフ1人となった。
しかしアーネスは悲観しなかった。
と、言うよりもアーネスの中には悲観と言う概念が無かった。
悲しみに暮れる時間も無かった。
アーネスは自分の庇護を必要とする幼い新人転移者の為にも、絶対に前に進まねばならなかったのだ。
その自分が新人を頼っている。
だが、悪くない感じだ。頼りにしてはいるが、依存はしていないからだ。
むしろ相乗効果で力が湧く感覚がある。
そしてこの新人は今までの新人とは違う。メンタル、フィジカル共に一本筋の通った芯を持っている。
つまり、自らを過信する事なく現実を受け入れ、与えられた中で状況を改善する努力を怠っていない。
アーネスはまた一歩を踏み出す。
大丈夫、何とかなる。施設の子供達の為にも必ず稼いで帰る。
そう信じて。
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