第36話夜が明けて
ナイトウォーカー(仮称)が、その名の通り?夜行性だとすれば陽が昇る前に巣に帰る筈だ。
夜行性で無くとも、夜中に歩き回っていれば、いずれは休まなくてはならない。
それだけを祈って朝を待つ。
どれ程時間が過ぎただろう。
どれだけの騒めきを息をひそめてやり過ごしただろう。
周囲の気配を探るのに集中し過ぎて、功は逆に明鏡止水か三昧の境地に達している。
頭上を一度だけ旋回した何かが一つ居た。
18m離れた地面を這いずるように移動する何かが三つ居た。
遠く数km離れた場所から響く猛々しい雄叫びが聴こえた。
物哀しい断末魔の叫びが冷たい空に漂うのを聴いた。
やがて暁の光が仄かに東の空を彩り始めた。気付けば風も収まりつつある。
今日も良く晴れている。
功の腕の中で眠っていたアーネスが目覚めた。
こんなに気持ち良く眠れたのはいつぶりだろうか。硬い地面に半ば蹲るように身体を丸めていたにも関わらず、すこぶる調子がいい。
ボンヤリと見上げると、直ぐそこに薄目を開けたまま身じろぎもしない功の顔が見えた。
顎の尖った面長で、眉毛は吊り上っているくせに眼は垂れている。言葉使いは乱暴だが、本当の意味で優しい異世界の男。
アーネスは功の体温に包まれた毛布から片手を引き抜いた。
そっと功の顔に手を伸ばす。スッと通った形の良い鼻筋。
「寝てんの?起きなさいよ」
その鼻を摘む。というか握る。そして捻る。
「何しやがる!うわっ!俺のポンチョ涎でベチャベチャじゃないかよ!汚ねぇな!」
功は寝ていた訳では無いのですぐに反応した。
「汚い言うな!乙女の前で!」
慌ててゴシゴシと袖で涎を拭きながら吠える。
この残念な2人の間ににロマンスが生まれる事は無い。
朝陽は偉大だ。
昨夜の斬られるような緊張感と焦燥感が、朝陽に照らされ霜のように消えて行く。
そして芽生えるのは何とかなりそうという根拠のない希望。
根拠は無くとも希望は大事。有ると無いとでは大違いだ。
寝具を片付け、周囲の気配を再び探る。
大丈夫、近づく者はない。
昨日の朝の残りのパンでサンドイッチを作り、2人で食べる。パンが少ないので、具にシングルガスバーナーで熱したフライパンで焼いた激厚イノシシ肉のステーキを挟む。
朝っぱらから胸焼けがしそうな量を2人で一心不乱に食う!
しっかりと腹拵えを済ませ、功とアーネスは身支度を整えた。
功はもしもの時の為に、小さ目のリュックを通販で購入し、中にカロリーメイト、烏龍茶、アーネスの予備弾薬を詰めて持たせる。
さらに投げステークが使えると判った功は、断腸の思いで予備のチタンペグをブーツに挿す。左右2本づつ。さらに両袖に1本づつだ。
6本1セットで買った物なので、また買いなおさないといけない。
ドクに魔改造されたお気に入りの剣鉈も完全に戦闘用にする。魔物に突き立てた剣鉈で食材を切る気はもう起きない。
ハチェットもだ。これだけ魔物を切り刻んだら日常用に使うのは気味が悪い。
完全に気分の問題だが、気分は大事だ。
特に今日、今から前人未到の建造物に侵入しなければならない時など、無理やりにでも気分を上げて行かないと命に関わる。
《もしまた帰れたら自分にご褒美だ。スノーピーク《スノピ》のペグ買い直して、ハチェットもグレンスフォシュを買おう。
パラコードでネックガード巻いてお洒落斧にしよう。ランタンだって買い足そう。今度はガソリンランタンにしようかな?
ナイフは安いのでいいか、適当なフルタングのシースナイフ。今度はもうちょっと小さいのでいいな。
よし、全部買おう!そんでもって絶対帰ろう!そして軍幕持って温泉キャンプ行こう!》
知らない人には何を言ってるのか判らないが、あれこれと明るい未来を思い描いて気合いを入れる。
「あ〜、エイヴォンリーに帰ったら自分にご褒美ね〜!我慢してたスイーツだって浴びるほど食べてやる!新型のスマホも買うわよ!ブランド物のスマホカバーも買うんだから!だから功、さっさと稼いで帰るわよ!」
似た物同士だった。
後片付けを済ませ、崩落した石積みを出る。
考えてみると、崩落現場で一夜を過ごすのは大変危険な行為だ。だが、この崩落跡は随分と時間が経っているようなので、そこまで神経質にならなくても良いだろう。
安全か危険かと問われれば、勿論危険だが。
功は目を閉じて耳を澄ませる。
山の中腹の方でブリッコーネ達が少し彷徨いているようだが、此方に来る気配は今の所無いようだ。
石積みの絶壁を見上げる。
石垣の上に、スペインのアルハンブラ宮殿を思わせる、直線的で堅牢な建物が見える。まるで要塞のようだ。
赤茶けた砂岩のような石組みで建てられ、非常に高い位置に装飾された窓が有る。
所謂、
その壁面に、深い崩落の跡が刻まれていた。それも何箇所もある。
これは、明らかに攻撃された跡だ。
山頂の要塞は、頂きにさらに石垣を築いてその上に乗っている。
南側の石垣の下は途中から絶壁になっており、遥か下方に森が見える。
石垣の高さは20m程だろう。四国の祖父の家から遊びに行った事のある、丸亀城の見事な石垣を功は思い出した。
要塞への出入り口は、東側の基部の岩を削って階段が作られており、それが九十九折になって門に続いている。
功達はその東側と南側の角に近い場所でビバークしていたようだ。
「あれはダメね。ちょっと登れそうに無いわね」
アーネスが階段を見ながらボヤいた。
「そうだな。他を探そう」
アーネスの言う通り、階段は攻撃を受けたのだろう。壁よりも大きく崩れており、とても使えそうにない。
そしてその階段の周りには、岩が砕け、地面は不自然に抉れ、激しい戦闘があったと思われる跡が広範囲に渡って残っていた。
ただし、こっちの戦闘痕は石垣や城壁を崩す程の大規模なものでは無く、対人(?)戦闘の跡だ。
折れた弓、みすぼらしい矢筒、数は少ないがブリッコーネのアミュレット等も落ちている。
石門を見れば、大量のブリッコーネの矢が門柱や城壁に突き立っているのが見える。
その多くは風雨に晒され、朽ちかけた物が多い。戦闘が有ったのはかなり前、少なくとも半年以上は前だと思われる。
ここで倒れたブリッコーネはキャリーアントに運ばれ、餌にされたのだろう。
そして問題のナイトウォーカーの痕跡。
功はアーネスをその場に待たせ、改めて観察してみた。
その場所は、2人が夜を過ごした崩落現場から南に行った所で、岬のように突き出た崖っぷちだ。
崖っぷちなのに、ギリギリまで踏み固められた獣道のような跡があるのだ。
その跡は崖っぷちから細々と続き、岩場に消えている。
足跡はある。
だが、判らない。人の物では無いのだ。見た事も無い足跡から多くは類推は出来ない。
強いて言うなら鳥のような足跡だ。前に3本後ろに2本の爪痕のような足跡。そして二足歩行。
体重はそんなに重くは無い。おそらくは30kg前後、身長は見当がつかない。この足跡の持ち主がどんな姿形をしているのか判らないからだ。
ただ、この足跡からだと、かなり几帳面な習性なのではないかと思われる。殆ど道を逸れたりしていない。同じ歩幅で、同じルートを選んで歩いている。機械的と言ってもいいぐらいの正確さだ。
その足跡が、崖っぷちから岩場まで何度も往復した跡がある。
崖下をそっと覗いてみるが、登り下りした跡は無い。
視線を要塞に移す。南側の城壁の上。
一点だけ、妙に煤けた場所がある。
《鳥か?鳥なのか?あそこから飛んでここに着地、それから地上をうろつく?何でわざわざ飛べるのに地面歩く?鶏みたいにあまり飛べないのか?でもそれなら帰りはかなりきついよな?》
高所である城壁からなら、鶏でも滑空でここまで飛べるだろう。だが、帰りは無理な気がする。高低差だけでも50mは有る。
謎は深まるばかりだ。
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