第35話ナイトウォーカー

ブリッコーネの死体は放置して出発する。

放って置いても朝になるまでにキャリーアントが運んで片付けるだろうとの事だ。


ちなみに、普通ブリッコーネ2体を近接戦闘で相手にするには、余程のベテランでも相手と同数以上でなければならないらしい。

単純に相手が硬い上に耐久力が人間とは比べ物にらならないからだが、一戦終えた功は大いに賛成出来る意見だ。


二度とやりたくない。

勝てたのは奇襲だったからで、まともにやったら勝てる気はしない。


ただ、ブリッコーネは1体見つけると近くに30体は居るので、手を出す場合は3パーティが推奨されている。


功が相手にしたブリッコーネは群れから離れた斥候のブリッコーネで、しかも短時間に勝負を着けたので、群れは呼び寄せてはいない。

と、思う。


待ち伏せからの奇襲とは言え、とんだ格上殺し《ジャイアントキリング)だった訳だ。


アーネスの変態発言はこれを揶揄しての事だ。


ただ、斥候が帰ってこない事がバレた時が怖い。

いくらキャリーアントが死体を処理してくれても、ここで戦闘があった事は隠せない。


一刻も早く立ち去り、距離を開けないとならないのだ。





夜目の効かないアーネスの手を引き、夜道を進む。


正気の沙汰では無い行為だ。

勿論それはアーネスの手を引いている事では無い。

魔物の居ない地球の山でさえ、夜歩くのは自殺行為とされる。


だが、功にはウルズセンシズがある。アーネスも少しの星明かりと三日月の明かりで、ゆっくりとなら進めるので、歩く事自体は無茶では無い。


だが、ここは魔境だ。何があるか判らない。一刻も早く戦闘現場を離れて安全にビバーク出来る場所を探さねばならない。


ブリッコーネの追跡は朝になるまでは大丈夫だろうと思われる。

問題は、ブリッコーネが何者かを警戒して夜回りしていた場合だ。


夜見回るのはそいつが夜行性の魔物ナイトウォーカーだからだろう。

功達を夜回りしてまで追う理由がブリッコーネに有るとは思えない。

功の見た所、ブリッコーネの眼にはタペタムと呼ばれる反射板は無い様に思えた。猫の眼が光るアレがタペタムだ。

つまりブリッコーネは夜行性では無い可能性が高い。図鑑にもそんな事は書いて無かった。


あのブリッコーネが警戒する何かが闇に潜んでいる。

そう考えただけで功は身の毛のよだつ思いだ。


ナイトウォーカー(仮称)、出来ればお会いしたくない。


そんな魔物が居るか居ないかは判らない。全ては状況からの判断だ。


功は思考の迷路を辿る事をやめた。

普段は夜回り等しないらしいブリッコーネが夜回りをしている。情報はそれだけだ。

それ以外は何の情報も無い。それが一番不安を煽るが、何も分からない状態で考えても仕方がない。


だが、異常事態であるのに変わりはない。

その異常事態にこちらから飛び込んだにせよ、警戒の上に警戒を重ねなくてはならないのだ。

無駄な戦闘はしたくないし、出来ない。






「寒いわね」


呼気を白く吐きつつ、アーネスは功と同じタイプのポンチョの胸元を掻き合わせ、フードを深くかぶり直す。


ここは岩場の吹きっ晒しだ。風も強くなっている。


体温を奪われるのは不味い。低体温症は酷くなると意識混濁を起こし、死に至る。


功はフリースの毛布を取り出し、アーネスのポンチョの下に巻き付け、使い捨てカイロも渡す。残り僅かだが、惜しんではいられない。


「ありがと、功は大丈夫?」


「俺はまだ気が張ってるからそこまで寒さは感じてない。無理するつもりも無いから安心しろ」


立ち止まったついでにマップを確認する。


もう少し登れば、頂上に建つ石造りの建物の基部に出る。風が避けられるだけでもかなり助かる筈だ。


道々たまにキャリーアントを見かけるが、強風のせいか、向こうも地面にしがみつくのに必死なようで、こっちには目もくれない。


「後少しで風が避けられる所に出られそうだ。そこで休もう」


「そうね。でもそういう場所は魔物も潜み易いから気を付けて」


「お、なんか初めてリーダーっぽかったぞ」


冗談めかして言ったのは、アーネスのテンションが下がって来たからだ。


単独での3日間の逃避行、その疲れが1日寝たくらいで抜け切れる訳が無い。早く休ませてやらねばならない。


「初めてって何よ、初めてって!」


少しだけ元気を取り戻してアーネスが唸る。


時刻はちょうど0時を回った所だ。夜明け迄まだ6時間以上ある。






それから直ぐ、無事に建物の基部に辿り着けた。


ただ、思い描いていたのとは違い、建物の基部と言うよりは、城の石垣の基部と言った方が正確だろう。

元は精緻に積み重ねられていたであろう大小の石が、数十mの高さで聳えている。建物はその上だ。

今は所々崩落しており、その上の建物の壁も一部崩れている。


「何とか来れたな。朝まで休める所を探そう」


「功は弱っちいから疲れたんじゃないの?私はまだ大丈夫だけど」


アーネスは気丈に振る舞っているが、少し顔色が悪い。


「そうだな、俺は疲れた。さっさと休みたい」


アーネスは気丈に振る舞って心配をかけまいとしており、功は疲れた振りをしてアーネスを気遣う。

眼で笑い合う。

お互いがお互いを気遣っているのが見え見えだ。

不思議なものだ、それだけで少し元気になれる。




風が来ない壁際、落ちて来たブロック状の巨石がちょうど遮蔽を作ってくれている所を見つけた。


まずは功が石を登り偵察する。


壁に向かってコの字になった石はかなり大きく、2人を充分隠してくれそうだ。広さも広過ぎず狭過ぎず、申し分無い。


どうやら先客は居ないようだ。

続いてその周囲を一渡り嗅ぎ回るようにして危険が無いかを確認。


完全では無い。だがこの状況で完全は求められない。葛藤を繰り広げながらも功はここで妥協し、アーネスを引っ張り上げた。


一度降りて周辺に砂を撒く。足跡を隠す為だが、正直気休めだ。


手早く中にグランドシートを広げ、断熱ウレタンマットを敷く。ハンモックキルトでアーネスを毛布ごと包み込むと、マットに座らせた。


さっきの事も有るので、今回はタープ迄は設営しない。咄嗟に動けないシュラフも諦める。


功はポーチからエスビットポケットストーブを取り出し、自作のアルコールストーブを設置した。


このドイツ製のポケットストーブは大きさがトランプの箱くらいで、小さく持ち運べる携帯コンロだ。本来はエスビットと言うタブレット燃料で火を点けるのだが、アレはちょっと匂いが強く、功は余り好きでは無い。


百均の固形燃料か、このアルコールストーブ《アルスト》が米を炊くにもちょうど良いので、功はいつもこのどちらかを使っている。


それを使ってシェラカップの湯を沸かす。


沸いたらコーンスープの素を入れてアーネスに飲ませる。


「あ〜生き返る〜!」


異世界でもクノールは正義のようだった。


「それ飲んだら寝ろ。体力戻しとかねぇと明日辛いからな」


「了解、ゆっくり休ませて貰うわ。でも何か有ったら起こすのよ。自分1人で何とかしようとしないでよね」


「1人で何とかするとか、そんなに自惚れてねぇよ」


「どうだか、ブリを1人で倒しといて良く言うわね」


「あれは不可抗力だ。いいから寝ろ」


功も自分の分のスープを飲みながら石により掛かる。


やはり少し寒くなって来たので、インナーシュラフを出してポンチョの下に羽織る。インナーシュラフはジッパーを全開にすれば、四角い毛布になるので便利だ。


2人とも膝を立てて石に寄りかかり、ポンチョを簡易のテントのようにする。

膝を立てて出来た空間に小さなカップキャンドル(功の私物で、本来は照明用)を置いて火をつけると、簡易ストーブの完成だ。

膝裏からじんわりと温まる。

この方法をシットダウンビバークという。


そんな功の肩にアーネスは頭を乗せ、眼を閉じた。功もオルトロスを膝に乗せ、アーネスの肩を抱き寄せる。これでお互いに少しは体温が逃げるのを防げるだろう。


朝までの我慢だ。


朝まで凌げれば何とかなる筈だ。


大丈夫だとは思う。見つからないとは思う。祈るような気持ちと共に、アーネスの肩を抱きしめる。





功はナイトウォーカーの痕跡を見つけていたのだ。


そして、そんな功達を見つめる冷たい眼が有るのに気付いていない。

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