第37話侵入
さらに観察してみると足跡はどう見ても一個体分しかない。
ナイトウォーカーは群れではなく、単体ということか?
単体でブリッコーネを脅かす程の存在という事だろうか。
《この足跡で?》
足跡はそんなに大きくは無い。最大で25cm程だ。しかも軽い体重。
《ますます判らん》
ここで悩んでいても仕方がない。さっさとアーネスと合流し、次の行動に移らないと時間の無駄だと怒られるだろう。
情報不足の不安を抱えつつ、アーネスの元に戻ってみると、どうも彼女の様子がおかしい。
てっきり自分の帰りが遅いのを責められると思っていた功だったが、アーネスは心ここに有らずの様子で、ボンヤリと要塞の入り口を見上げていた。
「どうした?何か居たのか?」
アーネスは功が帰って来た事にも気付いていないようだった。無防備にも程がある。
「えっ!何、功居たの!?帰って来たんだったら声掛けてよ、びっくりするじゃない」
「今帰ったところだ。何か居たのか?」
重ねて問うと、アーネス自身も戸惑った様子で、要領を得ない。
「居たって言うか・・・」
彼女にしては歯切れが悪い。
「どうした?」
「聞こえたって言うか・・・」
「・・・?」
「ううん、何でもない。なんか小さな女の子の囁き声が聞こえたような気がしただけよ」
「どこから?」
問う功も答えは判っている。アーネスは要塞の入り口を見ていたのだ。
案の定アーネスは要塞の入り口を指差した。
とても囁き声が聞こえる距離ではない。高低差は30mは有るだろう。直線距離でも100mは有る。
「見えたのか?」
「うーん、何となく?青っぽい服の子?でもはっきり見た訳じゃないし」
「どんな形してた?鳥っぽかったか?」
「は?何で鳥?とにかく良く見てないんだってば。何となくそんな気がしただけだから」
功はもう一度要塞の入り口を見上げた。ウルズセンシズを意識して全開にし、観察する。
入り口の門は高さ6m20cm、幅8m33cm、かなり硬度の高い金属で出来た巨大な格子が降りているが、錆などは無く、材質は不明。格子の間隔は15cm、例え子供でも通り抜けるのは不可能だろう。
床は砂埃も堆積しており、雑草も繁茂している。格子の上部には蜘蛛の巣がまるでカーテンのように掛かっていて、大量の虫の食べかすで汚れていた。
格子の手前はすぐに崩れた石段だ。何処にも続いていない。
周りにも人が居たような痕跡は無い。
第一この要塞は功の眼からすると廃墟にしか見えない。まるで生活感が無いのだ。
フィールドトランジションしてから数年が経過していると言うし、この要塞から人が出て来たと言う話も聞かない。
無人の建物だけ転移して来たのかもしれないし、人が居たとしても森に呑まれた可能性が高い。
そう言えば、外壁や階段は明らかに外から攻撃されて破壊されている。
あれは攻城兵器による物だろう。しかも火薬による爆発を伴わない原始的な兵器によってだ。
《そう言や居たな、やれそうなのが》
ダッチマンウォールバンカー、壁叩きのオランダ人、全長50mの狂った巨人。
図鑑で見たあの巨人が、岩でもぶん投げればあのような破壊痕を残す事は容易だろう。正に名前通りの仕事だ。
なら、ブリッコーネはダッチマンウォールバンカーを警戒していたのだろうか。
《違うな》
功は即座に否定する。
警戒していたのがダッチマンウォールバンカーなら、態々哨戒などする必要がない。あれが近づいて来ればかなりの距離から判る筈だからだ。
「まぁいいわ、ここで時間潰しててもしょうがないし、さっさと入り込みましょ」
アーネスに促され、功も動き出した。侵入ルートはもう考えている。
崩れた階段をボルダリングの要領で登るのが一番簡単そうだが、その先にはあの鉄格子が有る。
なので、ここは敢えて崩れた外壁を登るのが正解だ。
本当は降りる為に買ったザイルとハーケン、カラビナとハーネスだが、こんな所で役に立つとは。
石垣の亀裂の内側には、手掛かり足掛かりは豊富にありそうなので、ザイルを固定するハーケンを少し打ち込んでやれば簡単とは行かないまでも登る事自体は不可能では無さそうだ。
高さも20m程なので、身の軽い功なら直ぐに登れた。ハーケンやザイルはアーネスの為だ。
問題は石垣の上の城壁部分で、こちらはさらに10m程登らないと崩れた穴に辿り着かない。
城壁は石でも無くコンクリートでも無い謎の硬質素材で組まれており、登るのに苦労した。
結局ペネトレートでハーケンを打ち込み打ち込み、トカゲのようにして登るしかなかったのだが、何とか無事に破壊孔に潜り込めた。
内心ヒヤヒヤである。登る事自体は言う程難しくは無かったが、登っている途中に攻撃されたらお手上げだ。
一応石垣部分を登り切ったアーネスが警戒はしてくれているが、ブリッコーネの群れが
破壊孔から注意して周辺を探る。
見渡しはしない。眼まで瞑り、ウルズセンシズを全開にする。
空気の流れ、音、匂い、振動、そういったものが、視覚の及ばない場所の情報まで功に届けてくれる。
《変なのは居そうにないな》
少し目を開け、足元の小石を拾う。
再び眼を閉じ、右手の親指で小石を弾いて城壁の内側に飛ばす。
カツン、カツン、コン、コン、コン、コロン、コン・・・
音の反響で、城壁の内側の見取図が功の頭の中に描かれて行く。
破壊孔から城壁の内側の地面まで5m、そこは東西の通路になっており、天井は無い。道幅は3m50cm程か、崩落物が有るので曖昧だ。
通路の東西に何が有るのかまではさすがに判らないが、少なくとも敵性生物は居ない。と、思う。
そこまで確認すると、急いでアーネスを引っ張り上げる。
アーネスは壁を蹴り、功はザイルを引く。
呼吸を合わせると物の数秒でアーネスを抱き上げる事が出来た。
「中の様子は?」
「多分おっかないのは見当んないと思う。ただ、通路の先までは判らん」
これからがやっと本番だ。
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