第22話脳筋は正義

茶番を演じていたら背後に迫るフォレスタルチェルトラの気配が少しおかしい。

さっきまで雨霰と背後から襲って来ていた土くれや小石が飛んで来ない。何かやる気だと本能的に感じる。


何かは判らないが時間は残されていない。


功はギアダウンと同時にアクセル全開。大出力に物を言わせて一気にスピードアップ。

以前よりパワーが上がっており、同じ扱いだとフロントが浮く!

エンジンの回転数は落とさず、半クラッチで慌ててスピードを緩める。

おまけに森には倒木や岩、窪み等があり、このスピードで走るのは少々辛い。


《クソっ!せめて平らなところに出たい!》


と、考えた所で背後から迫る音が大きくなる。

巨竜も速度を上げて近付いて来ている。


背後に悪寒。

咄嗟にハンドルにカウンターを当てて、リアを滑らせ、右に逃げる。

恐ろしい速度で何かが功の左側を走り抜ける。

毒々しい赤色の丸太のような何か。


巨竜の舌だ。


《俺とディープキスしたい訳じゃないよな》


だとしてもゴメンなさいだ。とても良いお付き合いは出来そうに無い。


カメレオンのように伸ばされた舌は、その軌道上にあった灌木を粉々に弾き飛ばし、地面にめり込んだ。

あんな勢いの舌で絡め取られたら、喰われる前に死ねる。


冷や汗を流し、右足を地面について引き摺りながら体勢を立て直して加速。ギアアップ。

多少開けた場所に出た。後を確認したいが、付けていたバーエンドミラーを外されているので確認出来ない。

振り返るには路面が悪過ぎる。


背後からまた悪寒!

今度は何か空気を吸い込む音がする!


と、音が静まる。

巨竜は脚も止めたのだ。


ギアダウン!さらにダウン!

エンブレ、リアブレ、フロブレ、足裏ブレと全てのブレーキを巧みに操り車体をドリフト。本能に従い可能な限り進行方向から外れ、さらにUターン。


右前方に大口を開けた巨竜。

巨竜が大口を開けたら大概アレだろう。


ブレス。


間一髪で範囲の外に出る。

功の右側面を走り抜ける音の奔流!

余波だけでも粉々になりそうだ。身体がビリビリと痺れ、視界がブレる!


フォレスタルチェルトラのブレスは炎ではない。

LCW魔物図鑑に嘘は無かった。

巨竜の口から吐き出されたのは"ソニックブーム"

放射状に噴射された衝撃波は、100m近くの扇状の広範囲に渡って森の木々や地表から突き出た岩を根こそぎなぎ倒した。


辛うじて巨竜の脇をすり抜け、ギアアップ。

アレはヤバイ!

巨竜が走るのを止め、ブレスのモーションに入ってから吐き出すまでの時間がヤバイ。

幸い首を固定してではないと吐き出せないのか、掃射して来る事は無かったので助かったが、モーションからのタイムラグが短い!

3秒、ないし4秒だろう。


半分涙目でアクセルを開ける。


巨竜は8本の脚を器用に使って方向転換、功を追う。動きが恐怖を誘うレベルで滑らかだ。

これでは体力が尽きる前に神経が持たない!

早目に勝負をつけなければ。

とは言え、巨竜に通じる武器はミサイルしかない。

その取付け仕様上、ミサイルのキャニスターは真上を向いており、アクティブホーミングとは言えポップアップダイブ形式だと、一度上空に打ち上がってから改めて目標に向かうので、タイムロスが有る。

それではブレスに間に合わない。


ギアアップ!

巨竜を回り込むように元の進路に戻る。ブレスのおかげで開けて視界が広かった平原でさらにギアアップ。


加速して巨竜と距離を開け、飛び出た岩と起伏を利用してジャンプ!

そしてウィップで体勢を変える!


ジャンプの直前に体重移動等で車体を操り、バイクを水平に寝かせるジャンプだ。さらに空中で姿勢を変え、両タイヤを進行方向に向けた姿勢を取る。


功の右側面を雨が叩く。急激な姿勢変更で一瞬奴を見失う。


空中片手離し、シングルハンドオフ、首を曲げて巨竜を肉眼で確認。


不安定な姿勢のまま、角度を微調整。


これでアクティブホーミングはよりダイレクトな軌道を確保。


ロックオン。


ポップアップせずとも真っ直ぐに目標に向かうはずだ。


キャニスターの発射口と奴が一直線上に重なる。


しかし巨竜は、功の急な高機動にも反応良く、宙を飛ぶ功に向け口を大きく開けていた。

功の予想の上を行く反応の良さだ。


功は逃げられない。ミサイルも間に合わない。


ズバンッ!


絶妙なタイミングでガイストの15mm炸裂焼夷弾が巨竜に着弾。奴の右前脚の根本から火炎が上がり、骨や肉が飛び散り、血飛沫が上がる。

ブレスの攻撃モーションは途中で強制終了させられた。


《間に合った〜っ!》


完全に不意を突かれ、驚き振り向く巨竜。しかし巨体が災いして急には止まれない。


さらに間を開けずもっと大きな火炎。しかしこれは先程の外に拡がる火炎と違い、吸い込まれるように着弾地点の膝に入って行き、巨竜の膝を粉砕する。


『狙いが甘〜い!下に30cmずれてたわよ!』


『キュ〜ン・・・』


この距離で動いている標的にグレネードを当てる方が凄いが、アーネスの要求は高い。


前脚の膝が割れ弾けて血が吹き出す。堪らずつんのめって頭を落とす巨竜。顔から小石や腐葉土を跳ね上げて下顎が地面にめり込んで行く。


地面に伏して行く巨体に追い討ちの弾雨!弾雨!!弾雨!!!


暴風のように吹き荒れる12mm徹甲弾。


『ケーケッケッケッ!』


ドクの馬鹿笑いの影でフィーも自分の仕事を忘れていない。


小さな右耳孔から小さな血飛沫が上がる!


Guh〜〜〜!


悶絶し、苦鳴を響かせるフォレスタルチェルトラ。


その姿を見て別の意味で喜悦に悶絶するフィー。


これら全てが凝縮された時間の中でほぼ同時に行われる。


ここまで功がジャンプしてから僅か2秒。


《ペネトレート!》


満を持してのホーミング発射。一番二番。


キャニスターからスポンスポンと軽い音がして白い円筒が発射される。


同時に銃撃時とは比べられない程の目眩に襲われた。急激に魔力が抜ける感覚だ。


しかし打ち出されたホーミングは、間違いなくすぐにブースターに点火、一瞬で加速して悶える巨竜に襲い掛かる。


さっきまでとは比べ物にならない爆発!


最も分厚い装甲を持つ背中に着弾したが、ペネトレートのスキルがきちんと仕事をしてくれている。


発射と同時に功は強引に姿勢を戻し着地。周りを見なくとも、身体に染み付いた感覚だけでバイクを操る。


二発のホーミングをくらい、首の後と右肩にクレーターのような深い穴を穿たれた巨竜は、堪らずバランスを崩して横倒しになった。


Juooo〜〜!


しかしまだ死なない!


功はフロントブレーキを引き絞ってのジャックナイフターン。同時にギアダウン。


外骨格のような分厚い表皮は大きく抉れ、血と骨片が飛び出している。


だが、油断は出来ない。アクセルを全開に開け、後ろから回り込むようにして巨竜に迫る。


《ペネトレート》


走り抜けざまチェーンガン3秒斉射!狙いは首の後に開いた大きな傷。


体の中から急激に魔力が吸い出される!


至近距離からの斉射で巨竜の破片が派手に飛び散った。


それは凶器となって功に降り注ぐ。


最接近時に、側面にヘキサシールドも同時展開。


特攻のようなヒットアンドアウェイ。


チェーンガンは毎分800発もの弾丸を吐き出す化け物だ。たった3秒でも実に40発を発射している。その全てにスキルが乗っており、さらにヘキサシールドまでも展開する。


高濃度持ちにしか出来ない荒技だ。


しかしそれにも限度がある。急激に魔力が低下し過ぎて一瞬ブラックアウト。ハンドルを手離さなかったのは奇跡だ。


奥歯を噛み潰すようにして気合いと勘だけでバイクを操り、巨竜の鼻先を通り過ぎる。


しかし、瀕死の傷を負いながらも奴は功に向けて再び大きく口を開けた。


奴の口腔内で高まる圧力。


未だ視力を含めた五感が全て戻らない功は気付いても対処出来ない。


何かが高速で吐き出される!


その寸前。


眩しい閃光、同時に爆発!


巨竜の横っ面が弾け、首が大きく捻じ曲がる。


『言っとくけどね〜!ウチのパーティは火力だけ

は大手並みなんだからね!どんだけ面の皮が厚くったって、たかがトカゲ一匹!な〜んて事無いわよっ!反撃を許さず先制飽和攻撃で相手を圧倒!これが私達頭のおかしな奴ら『ルナティックパーティ』の正義‼︎』


いつの間にとりだしたのか、発射煙を燻らせる古いパンツァーファウスト《対戦車榴弾砲》を担いだアーネスが、これでもかと大見得を切る。


《なんだそのパーティ名と生き様は?》


頭はクラクラするし眼はぼんやりだが、突っ込まずにはいられない。


アーネスの大見得は間違ってはいない。戦術として完全に正しいと思う。


だが、人はそれを脳筋と言う。


アーネスの大見得をよそに、ドクの射撃がブレて来ている。


『ヒーヒッヒッヒ!』


《ヤバい、オッサントランス入ってる!てか、トリガーハッピーはお前だろ!》


後脚が半分吹き飛ぶフォレスタルチェルトラ。ガイストとサラディは順調に自分の仕事をこなしている。動機はどうあれ。


しかし、やはりとどめには至らない。より致命ポイントにダイレクトな攻撃が必要だ。それにはドクの乱射が邪魔だ。


「アーネス!」


それだけでアーネスには通じた。


『任せて!』


スパーン!と、レスポンス良くスナップの効いたハリセンがドクのテンプルにめり込む。


『弾が勿体ないでしょ!』


《そこかよっ!》


ハリセンの一撃とは思えぬ威力で吹っ飛ぶドク。


続いていまだに股間を押さえて悶絶中のフィーの顔面にも一撃。


このメンツを相手に指揮するには、ハリセンは欠かせない指揮ツールらしい。


弾幕が止むと同時に功は再び回り込んでギアダウン、アクセル全開。

フロントは浮き上がりウィリーのまま突撃。

視界は戻っている。

巨竜の背中に激突する寸前でターン。リアをドリフトさせ、右足で巨竜の背を蹴るようにして無理やり停止。


左手でハンドルを支え、オルトロスを背中から引き抜く。


《届けよ!ペネトレート!》


穴の開いた延髄の神経束に向け、銃口を抉り込むようにしてトリガーを絞る。


戦場の森に、フォレスタルチェルトラの断末魔が谺した。

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