第23話マジか
いくら最新の無煙液体火薬を使用した弾薬でも、これだけ派手にドンパチをやらかせば、慣れていない功からすれば鼻血が出そうな程の刺激臭が漂う。
「ハヒュンッ、ハ、ハヒュンッ!」
鼻の良い狼獣人のサラディはさっきからクシャミが止まらず涙目だ。
まだ雨は降り止んではいないので、この匂いも時を置かず収まるだろう。
ドクがこめかみを摩りながら自分のストールをサラディの鼻に巻いてやっている。どうやら正気に戻ったようだ。
変態2人は喜び勇んでナニかしているが、一同他人の振りだ。
「ま、上出来じゃない?」
アーネスはフォレスタルチェルトラの傍らで、バイクにもたれるようにしてぶっ倒れている功に手を伸ばした。
「上出来?」
その手を取る功。
「センス有るって事よ。
女とも思えぬ力で功の上半身を引っ張り上げる。
「俺が?俺は
思わず手を振り解いて逃げそうになる。
万力のように力を込めて逃がさないアーネス。
「アホみたいな高機動戦闘、力任せのスキルの連射、かと思えば小器用な別種スキルの同時展開、とどめに命知らずのゼロ距離射撃。充分頭のネジぶっ飛んでるわ。あれだけイカレタ戦闘しといて常識人とか言わせないわよ。アンタも充分こっち側」
アーネスはニッコリと笑う。
魅力的ないい笑顔だ。
《そんないい笑顔で言われたら・・・》
余計に逃げたくなる。この先、この笑顔でこき使われる未来しか見えない。
しかも、今聞いたセリフはここ最近で一番ショックな言葉かもしれない。
「俺は常識人だ!」
「バカはみんなそう言うのよ」
雨の降りしきる中、お楽しみの剥ぎ取り祭りだ。
変態姉弟はアーネスにハリセンでドヤされながらも、嬉々として素材を切り刻んで小分けにしている。
硬い皮革も2人のスキル斬れ
この皮も素材になるそうだが、ドクの12mmや功のホーミングで売れる部分は限られている。
それでも使える所は根こそぎ貰って行くのがせめてもの供養だし、貧乏なアーネスの方針でもある。
ドクも何処から引っ張り出したのか、革のエプロンにチェーンソウですっかりブッチャースタイルだ。
いの一番に取り出すのは討伐証明となる部位。フォレスタルチェルトラの場合は鼻面の小さな角。
それからスキルマテリアルとなる舌先の肉球。
舌のリーチだけではなく、そこから放射状に衝撃波を発生させて獲物を襲う攻撃で、その射程はこのサイズで実に100mにも及ぶとの事。
功はそれに狙われ、2度も絶対絶命に陥っていた。
メンバーの中で誰もこのスキルを持っていないので、試しにスキルが一番少ない功が吸収出来るか試してみたが、適正が無かったようで無理だった。
結局、範囲攻撃スキルに種族適性のあるサラディがスキルを習得する。
売っても良かったが、パーティの強化をアーネスは優先したようだ。
真面目な功も解体を手伝おうとするが、これ程の大物になると、慣れていないとかえって邪魔らしい。
サラディは身振りで丁寧に教えてくれようとするのだが、アーネスは功の尻を蹴飛ばして周辺警戒に出させた。
「獲物を解体してる時が一番危ないの。ウハウハで漁ってる時に後ろからサクってやられたんじゃ笑えないからね」
確かにそれは笑えない。
使った弾薬を忘れずにロードし、バイクに跨る。車載武装の予備弾薬は無いらしく、再装填は出来ない。
もっとも、アクティブホーミングミサイルは後4発残っているし、チェーンガンも200発近く有る。
余程の事が無い限り大丈夫なはずだ。
雨脚は弱まらない。
視界は悪く、確かに油断していたら魔物の奇襲を受けてしまうだろう。
功はゆっくりとバイクを流す。今のところ異常は無い。
「こちら功、今のところ異常は無い」
『了解、こっちは後30分はかかるわね。ちょっとフィー!遊んで無いで早くやっ・・ガッガガ・・そこは捨てて・・ガッ・・・』
「ん?どうした?なんかノイズってんだけど」
『ガッ・・ガガッ・・ザーーーー』
最後の方はホワイトノイズだ。この世界では原理的に有り得ない筈。
「あれ?マップまで消えた・・・」
HUDの映像が全てダウンする。
《何だ?どうした?》
「おーい、聞こえてるかー?」
空気が変わる感覚。
同時にハンドルに伝わる地面の感覚も変わる。これは、この感覚は・・・
《舗装されてる・・・》
ガードレールも見える。
「えっ!?」
何が起こったのか判らない。標識まである。
「県道・・47号線・・・え?まさか!帰って・・来れたのか?」
ここは確かに昨日目指していたキャンプ場の近くで間違いない。景色に見覚えもある。
慌ててバイクを止め、スマホをポケットから出す。元の世界のスマホではなく異世界のスマホ。
通話出来ない。ネットにも繋がらない。アプリも使えない。アイコンが全てグレーダウンしている。
いや、唯一使えるアプリがある。
ストレージアプリだ。確かこのアプリだけは他と原理が違うと聞いたような気がする。それが原因だろうか。
通販はネットが使えないので似た原理でも沈黙している。パーティクラウドのストレージも同様に使えない。
本当に使えるかどうか試そうとして、功はふと手を止めた。
《何で俺あっちの世界のスマホに拘ってんだ?帰って来れたんだからいいじゃねぇか》
自分でも知らない内にあっちの世界に情でも湧いたのだろうか?
あんな冒険はもう二度としたくない。化物の顔だって見たくない。何回も死にかけたのだ。
だが、あの世界には奴らがいる。
たったの1日一緒にいただけの奴ら。
たったの3回一緒の飯を食った。
たったの一晩同じ地面で雑魚寝した。
でも、何度も命を助けられた。
あの連中にならまた会ってもいい。
いや・・・会いたい。
と言うか、自分が居ないであの連中がやって行けるのかが心配だ。
功はもう一度異世界のスマホを見る。
やはりストレージ以外使えない。マップも反応しない。輸送車の位置も判らない。
「マジか・・・」
何か妙な気持ちだ。元の世界に帰れた安堵感と、仲間から引き離された不安感。
こっちの世界のスマホを出して電源を入れる。
日付けを確認。
丸一日経っている。
「マジか・・・」
マジかしか言えない。だが、夢でも幻のでもない事は確かだ。
それが証拠に腰にはリボルバー、背中にはショットガンが有る。何より今跨っているバイクは異世界で魔改造され、異世界の泥にまみれ、異世界のゴツい武装が搭載されてしまっている。
「マジか、てかヤッベ!これ見つかったら間違いなく逮捕だろ!」
慌ててヤバそうな物を全てアプリに収納する。
「て事は、歩いて山降りんの?俺のバイクこのまま?」
襲い来る絶望感。
「マジか〜〜〜〜〜っ!」
初秋の山奥に功の悲鳴が谺するのであった。
第一部おしまい
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます