第18話狩

ヘルメットシールドのHUDに、スマホから無線接続されたマップや気象情報を投影し、ゆっくりと森を進む。


道無き道は季節柄か藪も薄く、手付かずの森の巨木は適度な間隔が有り、今の所輸送車の走行に問題は無さそうだ。


オフ仕様のエンデューロタイヤはしっかりと森の大地を踏みしめ不安を感じさせないし、サスペンションも程良く硬い。

エンジンのレスポンスは実にタイトで、思い通りの吹け上がりと力強さが心地良い。ドクの暴走はアレだったが、腕はとびきり良いようだ。


そして朝の森は静かに力強い。


時折降り注ぐ木漏れ日は堪らなく心地良く、ヒンヤリとした風は功の心を野生に帰してくれる。


功はこの季節のこの時間の自然が好きだ。心ゆくまで森の空気を吸う。この心地良さだけは異世界だろうと何だろうと変わらないらしい。


鳥の鳴声、風の渡る音、渓流のせせらぎ、虫の音、枯れ葉の匂い、土の匂い、森の香り。全てに自然の生気を感じる。


魔改造されたバイクの駆動音は、まるでハイブリッドカーのように静かで、森のリズムを乱さない。これだけは功は気に入り、ドクに心の中で感謝した。


そしていつしか功の中で無駄に張りつめた神経はほぐれ、適度な緊張を伴った本来の功を取り戻して行く。





狙いの獲物は川沿いを進むとアッサリと見つける事が出来た。


アシッドヴァイパーが酸を飛ばして来る距離は、ネット情報によると体長の約3倍らしい。


平均体長が約5mだとすると、リード分を入れても20mも離れていれば、オルトロスでもホーネットでも安全に狙える。


しかも功が見つけた奴らは殆ど動かない。しかし撃つのを躊躇わせるのは、ある事情からだった。


「あ〜、こちら功。獲物を見つけた・・・と、思う」


『思うって何よ、どっちなのよ』


静かにバイクを木陰に止める。エンジンは切らない。


「なんかさ、スッゲー絡み合ってんのよ。アシッドヴァイパーってあんななのか?」


そう、目標のアシッドヴァイパーは、30mほど先の川沿いに突き出た岩の下にいるのだが、どうも様子がおかしいのだ。


まるで毛糸玉のように、数匹、あるいは十数匹のアシッドヴァイパーが絡み合っており、グロテスクな事この上ない。しかもあれでは動けないだろう。


ヘルメットカメラによく映るよう、木陰から顔を出す。


『超ラッキー!ちょっと、サラディスピードあげて!鴨ネギよ鴨ネギ!』


スピーカーからアーネスのはしゃぐ声が聞こえる。


『いい、功。アシッドヴァイパーはこの時期産卵シーズンなの。雌一匹に対して雄が何匹も群がって自分の子孫を残そうと気持ち悪く纏わりついて来るの。

まったく雄ってなんでこんなスケベで自分勝手で馬鹿ばっかりなの?

所でアンタの世界の男どもは本気でハーレム作りたがる頭の温もったのが多いけど、逆の立場で考えた事あんのかしら。

1人で何人も男侍らせてるクソビッチのヤリ◯ンにアンタ心から惚れんの?

ハーレム要員は全員美人で巨乳ってのも笑える妄想よね!そう言う自分は身長180以上で年収一千万以上、細マッチョでイケメンで性格良くて満足させるモノ持ってんの?

女にばっかり理想求めてそんなにスペック高いんですか?自分自身はさ!

大体巨乳好きはマザコンの現れだって言うじゃない。心理学的に文字通り乳離れ出来ない幼児性の象徴なのよ!あったま悪〜!

おまけにハーレムは奴隷で構成ですって!妄想の中でも本当は自分に自信が無いから自分に逆らえない立場の者を無理やり仕立てて思い通りにしようって深層心理よね!

女の扱いを知らないし、物としか見てないか、性の捌け口としか認識してないからそんな事考えるのよ。

生身の女と目も合わせられない、ろくに喋った事も無いような妄想厨二病患者の考えはキモ過ぎてむしろ清々しいわ〜!

おまけにハーレム要員は皆仲良しって何処の世間知らずが考えた妄想?

もしそんなハーレムがあったとしても、絶対イジメとかあるわよ!それも面白半分のじゃなくて、本気で潰しに来るえげつなくキッツいやつ!

現実はドロドロの足の引っ張り合いするに決まってんでしょ。そんな事もわかんないのかしらバッカじゃないの?ああ、そっか、そんな事も分からないからハーレムなんてキモい妄想すんのよね!

女の世界よ女の世界。どんな異世界よりも怖いのよ!

しかも足の引っ張り合いは愛があるからじゃなくて打算からよだ・さ・ん!狭い世界で自分が一番になる為の打算!どろっどろよ!

そんな奴に限って今の男よりスペック高い奴見つけたら直ぐに乗り換えるのよ!あっという間にね!

引くわよ、見たらドン引きよ!

だからそんなキモい妄想するヤツは現実に異性と接した事がないドーテー野郎に決まってるわよね、現実を知らないお馬鹿さんてホント哀れをさそ・・・』


「取り敢えずどうする?待機か?」


《俺はさっきから一体何を聞かされているんだろうか?》


話が終わらないし、内容が不毛過ぎる。

コイツはハーレム野郎に何か恨みでもあるのだろうか?何となくだが無さそうな気がするが。


『・・・雌をやっちゃうとほぐれて危険だから外側から剥いといて』


《ミカンか?あの蛇はミカンか玉葱なのか?》


「了解」


心の中では愚痴りながらも短く返事をする。余計なことを言うと10倍になって返って来そうだから口には出さない。


出会って短いが、功は早くもアーネスの扱いを掴みかけている。


オルトロスを手に、暫く観察していると、蛇玉はまったく動かない訳でも無く、時折頭を上げてモゾモゾと周りを見回している個体もいる。


絡まったままだと、おそらく銃弾は貫通してヘッドショットした奴以外も傷付けてしまうだろう。頭を上げた時がチャンスだ。


雄達は絡み合ったまま、ああしてじっと雌が産卵するのを待っているのだろう。


ネットの魔物図鑑によると、アシッドヴァイパーはマウンテンロックスキッパーのような非常識?な硬さやシールドスキルは無く、極真っ当な?魔物らしい。


という事は、ペネトレートのような体内全素=魔力というコストがかかるスキルを使う事無く対処出来るはずた。


地面に伏せ、オルトロスを構える。使う弾は勿論左のサボットスラグだ。


ソウドオフされた時にアイアンサイトも取り払われており、接近戦限定仕様になったが、さすがにこの距離で落ち着いて両手で構えれば外す気がしない。


ボズッ!


放たれた弾は見事に一匹の雄の頭を撃ち砕いた。


まるで爆発するように飛び散る破片。至近距離でのサボットスラグの威力だ。


しかし生命力には定評のある蛇。頭が吹き飛んでも、暫くビチビチと暴れている。


しかし、絡まったまま解れる気配は無く、非常に都合が良い。アーネスが鴨ネギとはしゃぐ気持ちも判る気がする。





そんなこんなでアーネス達が到着する10分位の間で、アシッドヴァイパーの雄12匹と雌1匹を綺麗な状態で狩ることが出来た。


あの距離感で輸送車が合流する迄10分かかるという事を功は肝に銘じておく。何かあっても最悪10分持たせれば援軍が当てに出来るという事だ。非常に重要な情報である。


それはさておき、功にとっては生き物を殺す後ろめたさと、不快感さはどうしても拭えない。


しかし、この蛇の魔物は川辺で遊ぶ子供や家畜を襲い、水辺を酸で汚染するとの事。

ハンターをしている祖父に倣って割り切るしかない。


肉や皮は価値が無いらしいので、サラディのやり方を見ながら慎重に酸袋と、小さな魔石、討伐証明となる尻尾の先だけを切り出す。


この魔石も買取してくれるらしい。


魔石とは全素核ともいい、生体エネルギーの結晶である。生物の体内基本全素濃度に応じて大きさと純度が変わる。

なんのこっちゃ理解出来ない功に、アーネス曰く

『魂の質と量よ!』

と、簡潔に説明していたが、本当かどうかは分からない。


なので、当然個体によっても品質のばらつきがある。

生物が死を迎えた時、《死》という負のエネルギーに反応し、全素が急速に凝固して出来る物質なので、同じ種でも品質に違いがあるらしいのだが、未だ全容は解明されていない。


全ての魂有る生物に共通する現象なので、功も死ねば当然魔石を出す事になる。特に功の場合は異世界渡りの高濃度持ちなので、質の良い大きな魔石を残す事になるだろう。


死なないに越したことは無いけど、死んだとしても有意義に使ってあげるから安心してね。とはアーネスの談。


魔石の値段はピンキリで、アシッドヴァイパー如き(アーネス談)だと小遣い程度だとか。それでもしっかりと剥ぎ取って行く。

ちなみに魔石が凝固する場所は、大体どの生物も額辺りが多い。


頭を吹っ飛ばされたアシッドヴァイパーの場合は、首元近くに青黒い小指の先程の結晶が転がっている。


売ってもあまり金額にならない魔石は、ドクが輸送車を引くトレーラーや功のバイクの燃料に加工するそうだ。

これは錬金術師が居るパーティの強みらしい。何処のパーティでも出来る訳では無いとの事。


変態2人も、嬉々として剥ぎ取りをしているが、時折恍惚と肩を震わせ、指に内臓を絡めてうっとりとすると様は、明らかに目的は別と考えられる。


功はそんな2人を見ないようにしてサラディと2人で他人の振りをする。他に誰も見ていないとしても、そうせずにはいられない。


死体はサラディと功の2人がかりで穴を掘り、捨てる。ここだけ妙にプリミティブだと思わずにいられない。




血脂と泥で汚れた手と剣鉈を渓流の澄んだ水で洗う。ついでにストレージからナルゲンボトルを出し、携帯浄水器を通した水を補充しておく。


ある程度の雑菌も濾過してくれるとは言え、完全では無い。なので、飲む前に加熱しなければならない。


他のメンバーもそれぞれ水を補給し、少しの休憩を挟んで狩りの再開となった。

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