第17話魔物アレコレ

大雑把極まりないブリーフィングは、何一つ大切な事が議論されずに過ぎ、流れるように鮮やかに脱線していく。


最終的に最近巷で流行りのカフェメニューがどうにも気に入らないという話(どうやら量が少ないのが気に食わないらしい)を経由して、アーネスの借りているアパートの隣で飼われている犬が仔犬を生んで、それが神可愛いところまで話は進んでいた。


《マジか?これがブリーフィングか?ブリーフィングなのか?いつもこんな事やってんのか?》


判っているのは川沿いに遡上する事、主な獲物はアシッドヴァイパーという事だけ。


どおりで皆話を聞いていない訳だ。


最終目的地も、休憩のタイミングも、緊急時の対応も、獲物を見つけた時のフォーメーションも何も無い。


見敵必殺、ただそれだけ。

サーチアンドデストロイは作戦ではない。方針だ。


アーネスの脱線話のせいで出発までの時間すらほとんど無い。ドクが連結をいじっている間に、マップアプリを睨みつけるようにして大体の地形を頭に入れ、天気図を見る。


気圧配置を見ると昼までは晴れだが、午後を過ぎると天気は下り坂のようだ。夕方くらいからひょっとすると降られるかも知れない。川沿いを行くので注意が必要だ。その事も頭に入れておく。


地図の等高線を見るに、そこまで起伏の激しい地形では無い。念のため、バードアイビューモードでも確認してみる。だが、当然人の手が入っていない自然の森なので、バイクを含む車輌の進入が難しい所もあるだろう。そう言った点でも偵察は必要だろう。


ちなみにこの世界では宇宙進出はしていないが、人工衛星の代わりとなる古代からの空中都市があり、GPSや気象衛星に代わるシステムを担っている。人類が暮らしている地域限定ではあるが、マップナビゲーション、気象観測、通信管制を一元管理しているそうだ。


この森、『ミュルクヴィズ大森林』が有る地域は空中都市『ミラーナ』の《眼》が届いている人類圏に属している為、アプリの範囲内だったと言うのは功に取って唯一の朗報と言える。


地図を縮小してみると、森を抜けた先にも幾つか街があるようだ。もっとも、抜けるには直線距離でもバイクで一週間程はかかるだろう。


《アマゾンか?アマゾンの原生林なのか?どんだけ広いんだよ》


功はさらにネットでこの辺りの魔物の分布を調べ、特徴と対処法を詰め込む。


《もう開き直るしかない。何が有っても俺のせいじゃない。全部あのガサツ女が悪い。魔物の種類も覚え切れるかよ!》


そんな事を思いつつも、一番ヤバそうな魔物のチェックだけは念入りにする。


特にヤバそうなのはこいつ、身長3m程の人型の魔物だ。


名前はブリッコーネと言うらしい。この森に広く分布している厄介者。


針金のように痩せて赤茶けた身体、恐ろしく細長い手足と首。頭は小さく、髪は何故かオカッパ。カエルのように張り出した眼は瞼が半分閉じられ、土偶のように細い眦はまるでニンマリと笑っているかのようで不気味この上ない。顔中シワシワで尖った口は口角が上がっており、恐ろしい笑顔に拍車をかけている。


このブリッコーネは単体でも耐久力と戦闘力が高く厄介だが、恐ろしいのは常に群れている事。ある程度の知能があり、人間のように武器を使う事らしい。


原始的な棍棒や、殺した傭兵から奪った刀剣類等も使うし、自分たちで拵えた弓や投げ槍等の飛び道具も使ってくるという事だ。


見かけたらソッコー逃げると心に誓う。


他にもフォレスタルチェルトラ。


ほとんど恐竜である。足を8本にしたコモドドラゴンを3倍くらいに拡大したような姿だ。並の銃弾は受け付けない程硬い上、カメレオンのように擬態して姿を隠しているらしく、どこまでも追ってくる執念深さを持っているらしい。


《こいつもパス!》


そしてお馴染みのマウンテンロックスキッパー。


音もなく忍び寄り、獲物を捕食する"森の暗殺者"の異名を持つ巨大蛇モドキ。無数の菅足で高速移動し、垂壁でも飛ぶように移動する事からこの名がついた。


会いたくないのは上記二種と一緒だ。

会いたくないのに、コイツの皮革が防具になっているので、いつでも一緒というのが気になる。

もし次に会ったら、仲間の皮を被った自分を目の仇にするかも知れない。

そう思うと益々気が滅入る。

実際はどうか知らないが。


とにかく以上三種がこの南東エリアの食物連鎖のトップ3に立つ魔物だが、奥へ進むと更に恐ろしいのが居ると言う事だ。


位置確認はこまめに行うと心に誓う。


そして今回主に狙うのはアーネスが言ったアシッドヴァイパー。水辺に生息し、川を伝って下流に流れ着き、酸による水質汚染や人畜を捕食する害をもたらす魔物だ。


もうすぐ産卵時期になるらしく、間引き討伐の依頼が、この森の周りにある3つの街から合同で出されている。


体内の酸袋から、粘性の高い高濃度の酸を飛ばして来る蛇で、体長は平均でおよそ5m程。見た感じは首周り茶色の鬣が生えたアナコンダだ。


雄の討伐金は一匹100マナティ(1マナティは約130円)、酸袋は200マナティ。雌の討伐金は今の時期だけ高く、一匹300マナティ、酸袋は反対に安くて100マナティだ。


10匹づつでも狩れればアーネスとしては御の字なのだろう。





ギリギリまでネットで調べものをしていた功は、アーネスに尻を叩かれて渋々バイクに跨った。


「お互いの位置は把握出来るし、アンタが見てる映像もLiveでこっちに中継されるようになってるから安心して行っといで」


何も安心出来ない。


これでもかと色々な装置は付いているが、何一つ安心出来ない。


魔改造されたバイクにも初めて乗るのだ。慣らしもしていない。バイクに積まれた武装も同様。一通り説明は受けたがまともに使いこなせるとは夢にも思っていない。


輸送車を見ると、サラディが牽引車の運転席に着き、その隣の銃座にフィーが居る。屋根の上にはガイストが索敵についており、後方警戒のドク、車長のアーネスが車内なのだろう。


《て事は、こいつらの戦い方は散らばって戦うんじゃなくて、輸送車守りながら拠点防衛に近い戦い方すんのか?》


何となくそう思う。狩りをするにはどうにも効率が悪いのではないかとも思う。


こう言っては何だが、あまり難しい戦術を使う奴らには見えないし、輸送車もこの森では速度も出せないだろう。高機動戦もあり得ない。つまり、高速移動しての包囲や各個撃破、奇襲等の戦術は取らないし、取れないと言う事だ。


こういったことを系統立てて考えた訳ではないが、功は本質を感じ取っていた。


《となると俺の役割は偵察と同時に勢子でもあるわけだ。・・・違うな、釣りの餌だな。適当に引っ張って来てこいつらにやらせりゃいいか》


さもなければ、1人猟兵として外側から叩く役か。状況次第で動く遊撃手でもある訳だ。と、一人で納得する。


納得はするが、それが出来るかどうかは別問題だ。

何しろバイクを運転しながら銃を撃つというのは至難の技である。

シュワちゃんはシュワちゃんだから出来たのだ。


いざとなったらスマホにバイク押し込んで輸送車に逃げ込もうと心に誓う。


こうして三つの誓いを胸に、功は魔改造バイクのエンジンを始動したのだった。

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