第12話スマホ

功がひょっとすると決断を早まったかもしれないと後悔している頃、外では自称錬金術博士のドクことダズワイスが暴走を始めていた。


最初は大人しく功の剣鉈等の装備を、マウンテン ロック スキッパーから剥ぎ取った素材を練り込んで強化錬金を施していた。


錬金仕様の自分のスマホから道具や余っていた素材を出し、今出来る範囲で素材変換、精製、融合、圧縮、変形、付与等を重ね、外見は変わっていないが、刃物の硬度と靭性は跳ね上がり、斬れ味も増した。


革のジャケットもインナープロテクターは耐衝撃性が飛躍的に高まり、スキッパーの皮革とジャケットの素材そのものを融合させ、手持ちの超硬度金属の欠片とスキッパーの背中の鱗と合成、金属の硬度と鱗の靭性を兼ね備えた装甲を作る。

そうした装甲をジャケットの外部にも各部追加し、全体に防弾防刃性能が付与された。


当然サンバイザー付きのジェットヘルメットも強化され、ヘルメットシールドには、HUD(ヘッドアップディスプレイ)が投射出来る細工も施し、更に小型アクションカメラも埋め込む。


グローブの強化も言わずもがな。

ライディングパンツとブーツも後で強化しないとならない。


この短時間でここまで完成度の高い仕事が出来るダズワイスは、確かに博士を名乗ってもお釣りが来る程だ。


そこまでは良かった。


「それにしてもこの二輪車は精巧に出来てんな。成る程、ここが燃料タンクでこの内燃機関で発生させた動力をこれで伝えるのか。原理自体は何処の世界も変わらんな」


試しにちょっとだけバラして弄ってみる。


へぇ、こうなってんのか。


もう少し弄ってみる。


成る程な、良く出来ている。


もうちょっとなら大丈夫。


コイツは凄い。色々と参考になる。


でもそろそろ元に戻そうか。


だが、ここをこうしたらもっといい感じになる筈。


そこをそうしたらここもこうしないとバランスが。


となるとやっぱりここはこれか。


そうなるとこのパーツの強度が足りなくなるな。


お、ちょうどいい所にスキッパーの骨が有る。


そうなると・・・





当初感じていたクールビューティな近寄り難い雰囲気は木っ端微塵に砕け散り、大阪のオバちゃん化したアーネスは脱線からの脱線を何度も繰り返し、挙げ句の果てには元の話題を忘れるに至った。


そこを何とかして必要な情報を引き出した功は、精神的に力尽きて暫く立ち上がれないでいる。


手の中には中身も外も綺麗にクリーニングされたこの世界の黒いスマホ。


まずはアーネスから新人として功の事を統括転移局の行政窓口に報告。

(新人保護費としてアーネスに幾らかバックが有るらしいので、抜かり無く申請しておく)


電話窓口で功と通話を代わりながら、担当者が聴き取り登録を行い、功の全素波形(個人魔力波形)を遠隔計測して登録。


賞金首のスマホのシリアルナンバーを管理サーバーに戦利品として登録すると、功の物として認可は下り、アカウントも作成する事が出来た。




基本的な機能や用途は元の世界の物と同じであるらしい。

違うのは全素変換機能がある事と、使用者の全素波形で登録し、持主しか使用出来ない事、持主の魔力が動力源という事、驚異のアプリがある事。


全素変換とは、物体を全素に還元したり再顕現させたりする機能のことらしい。

他の技術と一線を画す原理で、高次元錬金術式が組込まれているとの事、功には多分理解出来ない範疇の話だ。


おそらくアーネスだって正確には理解していないのはニュアンスで伝わった。

『車は運転出来るが、修理は出来ない』

の例え通りだろう。


とにかくこれを利用してストレージアプリなるものが開発された。全素に還元した物品を、スマホを通してサーバーに保管する事が出来るアプリだそうだ。


ただし技術的な問題で容量に制限があり、無制限に保管は出来ない。

また、魂のある物や古代の超高度術式が組込まれたアーティファクト、スキルマテリアル、魂の物質化した魔石、スマホのような高次元錬金術式の物も現在の技術では還元、再顕現できないため、動物、魔物、人等を生きたまま保管する事は出来ない。

これは倫理的にも問題視されている案件で、今後技術革新があっても触れられる技術では無いだろうとの事。


保管された物品はその時点の状態で全素に還元、再顕現されるので、収納した時と全く同じ状態、同じ要素で取り出されると言う夢の高性能ぶり。

つまり時間経過が無いのだ。


また、パーティクラウドを利用する事で、パーティ間共有ストレージも利用出来る。このアプリは、パーティ間全方向通話や、パーティメンバーのバイタル情報等も表示する事も出来るので、傭兵には必須のアプリだ。


さらにこのストレージ機能が発展し、各端末の残容積以内の物ならばネットを通じ、現物即時受け取り通販が出来る。


さらに凄いのは全素を通じたネットなので、通信距離が同一世界である限り事実上無限である事。障害物などがあっても接続が遮られる事はない。組み込まれた錬金AIによって、使い続けると使用者に最適化していく事等が挙げられる。


魔法のスマホとは言い得て妙だ。


このスマホの使い方も元の世界とほぼ一緒で、使いたいアプリのアイコンをタップすれば立ち上がる。

スマホストレージに収納する物品は、所有が許される物しか収納出来ないという謎ジャッジが有るので、盗品を収納する事も出来ない。

原理は一応説明されたが、功には1ミリも理解出来なかった。多分アーネスも分かっていないんだろうと功は思う。




確かにこのスマホ無しでは、この世界では生きて行けないかもしれない。


気力が尽きかけてはいたが、本来の目的を思い出したアーネス指示の下、初期化されたスマホをいじり倒す。


サーバーから生体認証を受け、取り敢えずアーネス達のホームタウン『エイヴォンリー』に転移者戸籍を登録。各種関係機関にも身分登録し、ネットバンクに口座を開設、納税義務者登録等も行う。


アーネスお勧めのアプリをダウンロードし、PMSCギルドに傭兵登録、識別コードを入手し、アーネスのPMSC「ルナティックパーティ」に入団手続きを済ませ、パーティクラウドにも参加。


さらにこのままでは功は文無しのままなので、ホラー男のポケットやメッセンジャーバッグに入れられていた盗品(主にスキルマテリアルや魔物の全素核[通称魔石])等をアーネスが買い取った事にして代金を功の口座に振り込む。


アーネスの論理では、討伐報酬は依頼を受け、報告義務の有る自分の物だが、戦利品は手にする事が出来る状態にした(間接的にでも討伐した)功の物、という事になるらしい。




時間自体はそんなにかからなかったが、寄り道脱線が多く、功は疲労困憊だ。


しかし、ムチ打つようにアーネスはパーティクラウドからネットアプリを功に立ち上げさせ、いくつかある大手通販サイトのネット武器屋から、当面の功の武装、弾薬を仕入れさせた。


マグナムバックショットと、同じくマグナムスラッグ、そしてリボルバーの各種弾丸、ローダーやクリップ等、予備の弾薬を身につける為のタクティカルベルト、バンダリア、防弾防刃の全天候型フード付きポンチョ、他にはアーネスの治癒が間に合わなかった時の為のセルフメディカルポーション類等だ。


この場合の支払いは必要経費になるので、雇用者であるパーティの払いになる。

故にパーティクラウドからの買い物になるので、アーネスの承認コードも送る。

使い方の説明も兼ねて敢えて功に仕入れさせた。当然領収書は取って置く。





「疲れてんじゃないわよ。転移初日でこれだけスムーズに行くなんて滅多に無いんだからね。アンタ超ラッキーなのよ。それにこれで大体一通り教え終わったから。

後判んない事があったら私に聞くか、ドクに教えて貰うか、ネットで検索するかしてね」


功の疲労の大半の原因であるアーネスが恩着せがましくふんぞり返る。


功は、気力を奮い起こしてネットバンクのアプリを立ち上げた。


何事も先立つ物が必要だが、やっておかねばならないことがある。


先程確認はしたが、今功の全財産は日本円での物価換算で20万円ちょっと。盗品の総額は30万近かったらしいが、早速税金が天引かれている。


正当な手続きを踏んだとは言え、元は盗品で金を貰うという現実に、この先が思いやられる。


残った金額はこの世界の単位で言うと、二千マナティ弱。米ドルに近いレートだ。


この内1000マナティだけを手元に残し、残りをアーネスの口座に送金する。


「え?何で?」


驚くアーネスに功は言う。


「金でお礼ってのも下世話だけど、感謝の印と取り敢えずの俺の食い扶持分かな。今後俺が役に立つかどうかも判らんし」


眼を丸くしていたアーネスだが、フーンと鼻を鳴らし素直に受け取った。


「アンタ変な事考えるのね。ま、預かっといてあげるわ。利息は付かないけどね」


この時功は勘違いをしていた。自分の力量を低く見積もっていたのだ。

と言うよりもアーネス達を高く見ていたのだ。個性的だが頼りになる仲間達だと。


そう思い込んでいた。そう願っていたと言った方が正しいかも知れない。


しかし、功はこの弱小傭兵パーティの実態を、次の日には思い知る事になる。

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