第9話全素

この宇宙は全素と呼ばれる原初の物質で出来ている。


全素は全ての物に存在しており、その結び付きによって物質や魂、精神が形成される。


全素の組み合わせ方は無限で、そこで個々の個性が形成される。


しかし全素の結び付きは非常に柔軟で、時間と共に刻々と移り変わっている。これは成長や老化、進化とも言い換えられる。


その全素は外から干渉を受ける事でも様々に変質する。




功はこの世界と似た全素列傾向を持つ個体で、その様な個体は何かのきっかけで異世界転移がしやすい体質を持っているのだそうだ。


そのせいで功はこの世界に紛れ込んでしまった。仮に、今日迷い込まなくても、何かのきっかけでいずれはこうなる運命だったようだ。


これがドクの言う「早いか遅いかの違い」らしい。


元の世界の神隠しや、失踪事件はこの異世界転移が原因である事が多いのでは?というのがドクの考察だ。


この世界は全素濃度が功の居た世界より濃く、功の様に全素という概念に馴染みが無い者でも全素に干渉しやすくなる。


故に功にもスキルが使えるようになり、結果的に命拾いした。


まだまだ説明は続いているが、功はお腹一杯だ。情報量が多過ぎて消化出来ない。


サッパリ理解出来ないが、功なりに要約すると、



この世界は物質的全素干渉「科学」、と精神的全素干渉「魔法」、が両方とも発達しており、人々はその生活に役立てている。


そもそもこの世界は、太古より各並行世界から迷い込んできた人間(広義での人間)が、暮らしており、帰れなくなった人々は、種族の垣根無く協力して暮らしている。


ただ、迷い込んだのは人間だけでは無く、恐ろしいモンスターや、猛獣、知能はあるが人間とは相容れない邪悪な種族、そればかりか環境そのものまでが転移してくる事もあり、人々の生活を脅かしていた。勿論人間同士の諍いもある。


世代を重ねる毎に発展して来たとは言え、まだまだ人類はこの世界ではマイノリティに属し、各コミュニティも国家を名乗る程大きくは無い。


そのコミュニティの統治システムも街により様々であり、その統治組織も街の防衛、運営に常に追われている状態で、民間の様々な問題には手が回っていなかった。


そこで登場するのが民間軍事会社PMSCだ。


街の人々から報酬を得る代わりに、荒事を担当する傭兵集団。


その依頼内容は様々だ。


農園や牧場を襲う魔物や害獣の駆除、都市を行き交う人々の護衛。素材の狩りや採集、魔物の間引きや要衝の建設、その防衛。様々だ。


そしてアーネス達はそのPMSCの一角を占める傭兵パーティという事らしい。




「どうだ、何となくでも理解出来たか?」


「まぁ、何となくは・・・」


コーヒーもすっかり飲み終え、幾分頭も整理は出来た。


ドクは功に話しながら、先程からホラー男の遺品である銃を大胆に弄り回して改造している。


具体的には銃身と肩当ての銃床をノコで短く切り落として成形しなおし、部品も完全にバラして整備している。

手遊びにしては手が込んでいた。


「で、どうすんだ?」


「どうって?」


「お前さんの事だ。これからどうすんだって聞いてんのさ」


「帰りたいけど・・・。そういやさ、俺の他にもこっちに来た奴っているんだろ?そいつらはどうしてんの?」


ドクは手を止めると、チラっと狼男のサラディを見た。


「ここ最近はお前さんの世界に近いか、多分同じ並行世界からの迷子が比較的多いらしくてな」


意味ありげに一拍置くと続ける。


「俺もそんなに会ったことは無いが、お前さんよりちょっと若い奴らか、疲れた中年のオッサンが多かったな。なんだか勘違いした連中が、チートだ奴隷だハーレムだとか意味不明な事をほざいて偉そうにしてたな」


過去形だ。


「で?」


「お前さんみたいに迷子になる連中ってのは体内全素濃度が高いのが多い。魔力が強いって事だな。んで、高濃度ってのは確かに強い力があるんだが・・・お前さんちょっと考えてみな」


そこでドクは組み上がった銃を見せた。


「このオルトロスっちゅうショットガンは、強力な弾を発射する銘品だ。部品も少なく構造も単純、どんなにハードに使っても壊れない。右銃身はスムースボアの散弾銃身。抜群のストッピングパワーを持つマグナムバックショットが発射出来る。左銃身はライフリングの入ったスラッグ銃身。破壊力が高く、精度の高い大口径のスラッグ弾が撃てる。もっとも、今は銃身詰めてそれなりになっちまったし、いささか古くてくたびれてはいるがな」


この銃はオルトロスと言うらしい。


ギリシャ神話に出て来る二つの頭を持つ犬の怪物で、「速い」と言う意味も併せ持つ。オルトスとも言い、こちらは「真っ直ぐ」と言う意味だ。2種類の弾を発射出来る事といい、ピッタリのネーミングと言える。

神話の出所は転移してきた人間だろう。


銃の正式名はオルトロス ダブルヘキサ ハードストライカー。今はさしずめソウドオフカスタムと言った所か。ダブルヘキサは6発装填のシリンダーが二つ有るのが由来だ。


「旧式ではあるが確かにこの銃は強力だ。そしてお前さんは潜在能力の高い高濃度持ち。

で、お前さん、これ持って一人でこの森生き残れるか?」


以前と比べて半分程の長さになった銃を見つめ、功は即答した。


「無理」


ドクはフムとうなづいた。


「お前さんは冷静だな。だが、あの連中は何の根拠も無い自信に溢れとったらしくてな。オマケに協調性だとか自重だとかを知らん」


「・・・」


「皆すぐ死んだ」


素っ気なく続ける。


「経験も考えも甘くて浅い連中が、小狡く強い力だけで生き残れる程世の中は甘かねぇ。

ちょいとばかり力があるからって考え無しに魔物と戦って死ぬ馬鹿。自分勝手に振舞って周りに嫌われた挙句見放されるボケ。あまつさえ後ろから撃たれるマヌケ。向こうで惨めだったからって反動でエゴ満たそうとする阿呆。同じく向こうで掴めなかった癒しを求めてくるクソ。

そんな都合のいい世界が何処にあんだ?詰めも覚悟も甘い連中は何処の世界行ってもおんなじだよ。最後は皆こんな筈じゃなかったって言いながらお陀仏さ。

そこのサラディは前に所属してたパーティで巻き添え食ってくたばりかけた。いい迷惑だ。

世界が変わっただけで、テメェは変わってねぇのに何を勘違いしてやがんだか、呆れて物も言えねぇよ」


散々な言いようだ。余程腹に据えかねていたらしい。


狼男の方は何故か申し訳無さそうに頭を下げる。


「で、功さんよ、お前さんはどうやらちったあマシな人間のようだ。お嬢に誘われなかったか?」


「お嬢?」


「アーネス嬢ちゃんの事だ。この傭兵パーティのリーダー兼メディック」


「あぁ・・・誘われた」


「受けとけ。お前さんの為でもあるが、正直お嬢の力になって貰いたい」


「・・・」


「どの道お前さんにゃ選択肢は無い。ここであの馬鹿なガキや冴ねぇオッサン共みたいにソロだチートだスローライフだとかほざいて勝手に自滅するか、ついて来るかだ」


「・・・」


「言っとくが、何も慈善事業でお前さんを誘ってる訳じゃねぇ。こっちにもちゃーんと打算てのがあんのさ。

初日でくたばりかけながらも、マウンテン ロック スキッパーを一人でぶっ倒す高濃度持ち、鼻持ちならない性格でも無けりゃ、勘違いした馬鹿でも無い。

イデオロギーがぶっ飛んだ世界から来た訳でも無さそうだ。つまり優良物件て奴なのさ、お前さんは」


自分の意外な評価に驚きながらも、功は正直に答えた。


「戦闘力なんて期待されても不安しかないし、こっちは平和な日本からやってきた世間知らずの若者だ。足引っ張る未来しか見えないわ」


「じゃ、一人で死ぬか?」


事もなげに返すドク。狼男のサラディは二人のやり取りを耳をペタンと伏せて見ているが、一言も喋らない。


「言い方!もっとマイルドな表現は無いもんすかね?」


「逆にどうしろって言うんだ?こんな街から離れた魔物がウヨウヨ居る森ん中で、他にやりようってのが有るんならこっちが知りたいね」


「う、確かに・・・」


功に選択肢は残されてはいないようだった。


「やべぇ、泣きそう俺」

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