第8話哲学?
沈黙する功。事態が整理出来ていない。それ以前に理解が追いつかない。
さらに追い討ちを掛けるアーネス。
「ところで今いる森って、街から結構離れてんのよね。さっきも言ったけど、スキッパーみたいなのがわんさかいるのよこの森って」
ひきつる功。何か誘導されているのは判る。あざと過ぎる程にあざとい。ただ、相手が自分をどこに誘導し、何を求めているのかが判らない。
まさか、自分が文字通りの戦力として期待されているなど、夢にも思っていないのだ。
「あ、この場所は比較的安全よ。魔物忌避結晶が埋まってる避難施設だから。ただね・・・」
相変わらずの落として上げる戦法か。ここは敢えて乗ってみるしかない。
「ど、どうしたらいい?」
《はい勝った》
心の中でニンマリと笑うアーネス。誘導を見破られているとは考えていない。
「私達って、街のPMSCなの。知ってる?PMSC」
「いや、聞いた事無い」
「ま、早い話が傭兵よ。魔物を狩ったり、依頼品を届けたり取りに行ったり、依頼人の護衛、街や施設の防衛とかしたりする仕事。プライベート ミリタリー& セキュリティ カンパニー。民間軍事会社って事」
「・・・」
「アンタが元の世界に帰れるまで、私達の仕事を手伝ってくれるなら、その間の面倒は私がみて上げる。待遇は勿論他のメンバーと同じ。悪い話じゃないでしょ?ま、帰れるかどうかは知らないけどね」
「・・・か、考える時間は?」
「そうね、私達も遊んでられる身分じゃないし、当てのはずれた仕事の穴埋めもしなくちゃいけないから・・・」
わざと焦らし、おもむろに口を開く。
「明日の朝まで」
がっくりと項垂れる功を尻目に、今度こそアーネスは笑った。
こんな状況でなければ、思いの外魅力的な笑顔だと思った事だろう。
「よう兄さん、目が覚めたか。アンタ相当運が良くて悪いな」
項垂れたまま輸送車から降りてきた功に、初老で矮躯の髭もじゃ禿げが気さくに話掛けて来た。
その姿に絶句する功。どう見てもお伽話やファンタジー映画に出て来るドワーフだ。
確か『ロードオブザ○ング』だっただろうか、さらにその向こうの狼男に二度びっくりする。
《アレが着ぐるみで無けりゃ本気で異世界って事か・・・》
「俺たちみたいなのは初めて見るか?
兄さん、ヒューマン種しかいない世界から来たか?最近はそんなのが多いもんな。
兄さんの世界じゃ、トラック運転手は人轢かねぇと一人前とは言えねぇくらい人轢きまくってるもんなぁ、兄さんもその口か?」
矮躯の男は軽口をたたき、焚き火の用意をしながら自分の横の地面をポンポンと叩いた。
どうやらそこに座れという事らしい。
「え?いや、トラックには轢かれてないですけど・・・いつの間にかここに」
ドワーフだか何だか分からないが相手は歳上に見える。真面目な功は敬語で応対し、おそるおそる地面に腰を下ろした。
そっと不躾にならないように相手を観察する。
「うんうん、遠慮するこたぁ無い。見て面白いもんとも思えねぇが、珍しいなら良く見とけ」
良く笑う豪放磊落な男に、功は軽く頭を下げる。
「木下 功って言います。功でいいです」
「おう、俺はドワーフのダズワイス博士だ。ドクと呼べばいい。礼儀も要らん。こっちの陰キャコミュ障人狼はサラディ。あと変態エルフ娘のフィーと、その弟変態のガイストっちゅうのが居るが、今は食料を探しに出とる」
聞き捨てならない謎の形容詞が惜しげも無く吐き出される。
「さて、こっちの世界に転移して来たばかりの新人に、この錬金術博士のダズワイスがこの世界の基礎を話してやろう。聞きたいか?」
どうやらこのドワーフ、解説オジサンらしい。説明したくてウズウズしているのが伝わって来る。
勿論功に否やはない。ただし、先程の戦闘から何も水分を補給していないので喉がカラカラである。
「コーヒー淹れながら聞いてもいい?」
「おう、いいとも。俺たちの分も頼む」
一旦功はバイクの荷物を取りに行き、1リットルナルゲンボトルの水、煤けて使い込まれたケトル、同じくカップ、コーヒーのパッケージを持ってきた。
ドクとサラディにはシェラカップを用意する。
焚き火の薪を手慣れた様子で組み、ポケットから取り出した火口のファットウッドとファイアスターターであっという間に火を点ける。
「慣れたもんだな。功の世界の文明は良く判らん。あの二輪車のように精巧な物が有りながら火を点けるのはえらく原始的な方法だな」
そこで功は自分がキャンパーである事、自分の世界の事、今までの事を先に掻い摘んで話した。
話ながら簡単に木の枝でポットハンガーを組み、ケトルに挽いたコーヒー豆を直接投入し、水を注いで焚火にかざす。
功が淹れたワイルドコーヒーを旨そうに啜るドク。その向こうで、陰キャと言われた物静かな狼男がうんうんとうなづきつつも、同じようにコーヒーを啜る。
「まあ、功にとっちゃ結構な災難だった訳だ。だが、まあ早いか遅いかの違いだがな」
「早いか遅い?」
「その前に、まず全てのマテリアル、スピリチュアルの素となる元素について話そう。この全ての素となる元素、元素の元素とも言うべき粒子、全素についてだ」
「元素ってのはそれ以上分解出来ないから元素じゃねぇの?あれ?原子だっけかそれ?俺理系じゃねぇから判んないわ」
将来金融マンを目指し、大学では経営学を専攻している功には科学は難しい。
「ふむ、言い方は悪いが科学レベルの高い世界から来た馬鹿か、一周回って逆にちょっと難しいかもな」
失礼な言われようだが、言い返せないのが辛い。
「では功、鉄の元素記号はFe、銀の元素記号はAg、では俺たちの思考の元素は?」
「は?」
「命の元素は?」
「へ?」
「魂の元素は何だ?」
「・・・」
「命は形のあるものか?魂は? 俺たちが物を考える力は?」
「・・・」
「どこから来とる?脳の電気信号か?電気信号の一言で俺たちは解析されちまうか?ならばその電気信号はどうやって発せられる?」
「・・・」
いきなりの哲学的命題に喉の渇きも忘れて戸惑う功。
「全ての物質、精神はこの全素が素となっている。そして、物質=マテリアルと精神=スピリチュアルを繋ぐ役割を持っている。鉄には鉄が鉄たる故の意思がある。全素のつむぎあいが鉄を鉄足らしめる」
ドクはここで一呼吸おき、続ける。
「無論、ただの物質と生命ではその意思の意味合いは違う。では命とは何か?今俺は生きている。生きている物質=マテリアルであり、考える事が出来る魂=スピリチュアルでもある。俺が死んだ時、俺の肉体はただの物質=マテリアルに還元し、俺の本質である魂=スピリチュアルは何処に行くのか?」
「ちょっと待ってくれ!」
功は悲鳴を上げた。
「話が哲学的で難し過ぎる。もう少し柔らかく簡潔に出来ない?」
「うーん、この辺は慣れるしかないな。初日にこれは確かに難しいかもしれん」
それからドクはなるべく噛み砕いて説明したが、功には半分も受け入れられなかった。
曰く、
全素は全ての世界のありとあらゆるものに宿っている。
全素は、全てに変換出来る。全素が還元した世界を全素界と言い、全ての世界の源である。
無数にある並行世界は、この全素に濃度の違いがある。
全素は外からある程度干渉できる。全素濃度が高いと干渉し易く、低いと難い。
全素に干渉する事がいわゆる科学であり、錬金術であり、スキル=魔法である。
全素にはある傾向があり、近い傾向の物は引き合う特性がある。これを全素列と仮定する。
基本的に同じ世界の物質や魂は、寿命を終えて一旦全素に還元した後、再生しても同じ世界に顕現するが、稀に近似の世界に迷い込んでしまう事がある。これを異世界転生という。転生は生物、無生物に限らず起こる。
稀に複数の世界の全素列傾向を持つ個体も存在し、それ故に魂が世界に定着していない場合が有る。
その様な個体は全素に還元せずとも、不確定に世界を往来する事があり、これを異世界転移という。これも、生物、無生物に限らず転移する事がある。
全素に対する外部干渉は、物質=マテリアル面からの干渉を科学と言い、魂=スピリチュアル面からの干渉を魔法と言う。その両面からの干渉を錬金術と称し、干渉を起す技術をスキルと言う。
全素とは科学であり、魔法である・・・云々。
「まじかー・・・」
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