第7話勧誘
「目が覚めた?」
意識が戻るなり、そんな声が聞こえた。
「ここは?てか、俺生きてる?生きてんのか?あのバケモンは?」
すぐさま上半身を起こし、右手は無意識に武器を探す。
「ここは私達の輸送車の中、アンタは生きてるし、アンタの言うバケモンはアンタ自身が倒してる。アンタが寝てたのは20分くらいね」
アーネスは混乱している男の質問にまず応える。情報を与えて落ち着かせるのが先決だ。しかし武器を返すのは早い。
さらに用心の為、そっと見えないようにレッグホルスターの自動拳銃の安全装置を外す。
「俺が倒した?マジか?てか、君誰?」
「私はアーネス。まあ、アンタの命の恩人てとこね。ほっといたらアンタ死んでたし」
そこでハッとして功は自分の身体を見下ろす。
何故か左腕の骨折も治っているし、痛い所も全て無くなっている。
「何で治ってんだ?確か折れてたはず・・・あれ?夢だった?」
「左上腕骨折、右肋骨3本骨折、その内1本は右肺を破裂させてた。頭部に5cmの裂傷、左膝の亜脱臼、右手の小指も骨折してた」
夢ではなかったらしい。
「・・・」
「全部私が治した。そこそこ疲れたんだけど」
「・・・そ、それはありがとうございます」
納得がいった訳ではないが、目の前の女性が嘘を言っているようには見えない。
そうでないと自分の身体が治っているわけがない。
何がなんだか判らない。そんな重症がどうしてこの短時間で治るのか、この女性は何者なのか、全てが判らない。
もう何が判らないのかも判らない。功の混乱は益々深まって行った。
そんな功の様子を見てアーネスは、一段階をクリアしたと考えた。
《話しが通じない訳ではなさそう。見た感じ馬鹿でもないみたいだし、礼儀も心得てる》
「アンタ、名前は?」
「名前?あ、そうか、ゴメン。木下 功、
「別にタメ口でも構わないわよ。歳も同じくらいみたいだしね」
アーネスは何でもなさそうに言う。実際口の利き方等どうでも良い。
「そ、それはありがとう?・・・ってか警察と救急に連絡しないと!中のオッサンどうなった⁉︎」
「落ち着きなさいって言っても無理ね。とにかく座んなさい」
自分が座っている卓の向かいを指す。
そこで初めて功は周りを見回した。
無機質で無骨な金属の部屋だ。窓が極端に少なく、有っても横に細く小さい。
今は天井のハッチが解放されており、そこから午後遅い光が差し込んでいる。
車内灯は柔らかく抑えられており、不自由を感じない程度。広さは10人乗りのバンくらいだ。
両サイドにある出入り口を挟むようにして、壁側に向かい合うよう古いベンチが置かれ、前方の壁にモニター、端の方に小さなテーブルが設えてある。
そこにアーネスと名乗った女性が座っていた。東洋人顔でも無く西洋人顔でも無い、エキゾチックなハーフ顔とでも言うべき容貌。気怠げなクールビューティと言った風情だ。
功は取り敢えず言われた通り座るが、落ち着かなく辺りを見回す。
テーブルには、功のナイフやハチェット、ホラー男の所持品らしき物が置かれている。テーブルの足元にはホラー男のメッセンジャーバッグも置かれていた。
「まずここにはアンタ、功の言う警察や救急なんてものは無いの。功の持ってるスマホも功の世界には通じないし、功自身も元の世界に帰る事が出来るか判らない」
「は?君何言ってんの?」
「アーネス、君じゃなくてアーネス」
「あぁ、ゴメン。アーネスさん、言ってる事が今一判らん」
「でしょうね。無理もないと思う。因みにさっきの質問に答えるなら、功の言うバケモン、マウンテン ロック スキッパーに喰われてた男は死んだわ。それから私に『さん』は不要よ。面倒だしね」
「・・・そうか・・・」
項垂れる功。間に合わなかった…
「そんなに悲しむ事は無いと思う。死んで当たり前の屑だから。恐喝、強盗、殺人、傷害、誘拐、頭の悪い犯罪なら何でもござれの賞金首だもの」
テレビの中でしか聞かない用語が氾濫している。功の頭は話について行けそうにない。
が、
「それでも俺を助けてくれた・・・」
《これはダメかな?》
アーネスは思った。個人的には功の性格は好ましいと思える。しかしこの世界で生き残るには、いささか律儀でまとも過ぎる。
平たく言うと平和ボケなのだ。
しかし何かの偶然とは言えマウンテン ロック スキッパーを一人で倒す男をみすみす逃すのは惜しい。
「何があったか話してくれる?」
アーネスに促され、功は自分が経験した事を訥々と語り出した。
「非常識極まりねぇし、信じちゃくれないかもしんないけど・・・」
そう締めくくった功に、アーネスは自分に必要な情報を抽出し、整理した。
「つまり功は今日の今日こっちに来て、運悪くスキッパーに出くわし、賞金首のお陰でペネトレートのスキルを何とか習得して奴を倒した」
「で、死にかけた」
「そこはいいわ、なんだかんだでも生きてんだから。こっちではね、生き残った者が勝ちなの」
「アーネス・・・こっちって言ったよな」
「言った」
「・・・説明ってして貰えたりする?」
「勿論。その前に功の荷物返しとくわ。ここにある武器と、外の二輪車もアンタのよね。運んどいたから」
そう言ってテーブルの上の荷物を功に向かって滑らせる。
「あ、悪い。助かった」
功も礼は言うが、特にナイフ等を手に取る事もなく、アーネスに話の先を促す。
「いいのよ別に、こっちにだってそれなりの理由はあるから。
ま、そんなことよりも、スキッパーに喰われかけてた男の荷物とスキッパーの換金部位もアンタのもんよ。こっちのルールだとね」
「は?」
「聞きなさい。ここは功の生きてた世界じゃないの。アンタ達風に言うと異世界ってやつね。アンタは何かの要因でこちらの世界に転移してしまった可哀想な迷子ってなわけ」
ここで一旦言葉を区切り、功の様子を見る。
納得はしていないようだが、ここ数時間の体験で、頭から信じていない訳でもなさそうだ。
アーネスが見てきた新人の中でもかなり理性的で冷静な部類だ。
「よくあるのよ、この世界に迷い込んで来るのって。人間に限らないけどね。あ、人間って広い意味での人間よ、アンタや私みたいなヒューマン種、ドワーフ種、エルフ種、獣人種、小人種、巨人種、みんな含めて人間」
理解が追いつかない。
「は?」
「ここは、そんな迷子達の吹き溜まり。LCW、ロストチャイルド ワールドって呼ぶ人もいる。そんな世界に新たに迷い込んで来た奴を私達は新人迷子、略して新人って呼ぶの」
「へ?」
「ま、詳しい世界の事は後でドクにでも聞いて。錬金術師のドワーフだからやたらと詳しいわ。でも今、肝心なのはアンタ、功がこれからどうするかって事」
「え?家に帰りたいけど?」
《さすがに今日はキャンプしないで帰ろう・・・》
そう思う功にアーネスは可哀想な子を見る眼をした。
《俺、変な事言ったか?》
不安だけが押し寄せて来る。
段々と頭が麻痺してくる。嫌な予感だけが押し寄せて来て気持ち悪い。
「・・・帰れればそりゃ何の問題も無いわよ。私が言ってんのは帰れなかった時の事。ちなみに私が知ってる限り、帰れたのってそんなに居なかったけどね。それだって本当に帰れたかどうかもわかんないけど」
功の不安マックスである。
「か、帰れないの?」
「私が知る訳ないでしょ。私がアンタを呼んだ訳でも無いし」
力が抜ける・・・
「で、この世界って、さっきアンタが戦ったようなのがウジャウジャ居るの。まだ可愛い方よスキッパーって。ま、一人で相手するような奴では無いけど」
アーネスは畳み掛ける。
けして嘘は言わない。言いはしないが誘導はする。なんせ生活がかかっているのだ。
多少のレトリックは弄する。
「見たとこ、アンタって平和な所から来たんでしょう?でもアレを一人で倒すって、この世界に慣れた奴でもちょっと難しいの。見所あんのよアンタ」
落として、上げる。
不安を煽るアーネスに、功はただ翻弄されるばかりだ。
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