第6話異世界

周りがやけに騒がしい。

ふと、意識が半分だけ戻る。


功は半ば意識を失った状態で眼を閉じ、地面に横たわっていた。

音は聞こえるが眼は開かないし、身体もピクリとも動かない。

感覚は無いが息は苦しい。


トストスという軽い足音と、ドタドタと鈍重な足音の後ろから、ポンポンポンポンと、古いトラクターの様なエンジン音も聞こえる。


「おいっ!生きとるか⁉︎」


低く、太いオッサンの声が叫ぶ。ホラー男の声では無い。


銃が乱暴に蹴飛ばされて手元から離れ、首元に手が当てられる感触がある。


「メディーック!」


浅い微睡みにも似たあやふやな意識の中で、功は周りの異変を感じ取っていた。


《誰だ?》


危機感は募るが身体が全く反応しない。瞼一つ開ける事が出来ないでいる。


「ドクッ!バイタル取って!フィーとサラディはスキッパーの死亡確認!ガイストは周辺警戒!」


若い女の声も聞こえる。


「生きとるぞ!この新人大したもんだ!」


「ちょっと〜、若い男じゃな〜い!しかも血塗れって何のご褒美〜💕」


何か変態的な事を言う女もいるようだ。


「フィー!邪魔!スキッパーはどうなの?!」


「死んでるって〜!見れば判るじゃな〜い。それより〜この血塗れ君の〜写メ撮らせてよ〜!後でアップするんだ〜💖」


「後にして!サラディ!そこの潰れて半分消化された奴の確認!」


「お嬢!この新人腕が折れとる。肋骨も何本かやられとるし、呼吸も浅い。肺に肋骨が刺さっとる、早くしないとまずいかも知れん」


《そんな事実は知りたく無かった》


「呪文詠唱するからその間薬で持たせて!」


左腕を固定していたパラコードを切られ、ジャケットを乱暴にはだけられる感覚。しかし痛みは感じない。


首筋に何かが押し当てられる。


ドクンと心臓が脈打つ。

同時に感覚を取り戻した身体に猛烈な痛みが走り抜ける。


「かはっ!」


呼吸が出来るようになったがとにかく痛い!


顔の横に誰かがひざまずく気配。その誰かは早口に何かを呟きだした。


お嬢と呼ばれた若い女のようだ。


「我らが素となりし万物の祖よ・・・」


ウィスパーボイスで紡ぎ出された言葉は早口で聴き取れない。


額に柔らかな手が触れる。冷たくて気持ちいい。

その手から清浄な力が注ぎ込まれる感覚。


ホウ・・・息を吐く。そのまま功は今度こそ意識を失った。





功が意識を失っている間、謎の集団は周囲の警戒と探索を行い、功がキャンプ場と思っていた、柵で囲われた敷地に入って行った。


そしてこの集団は全員武装している。


服装こそバラバラだが、まるで軍隊のような物々しい出で立ちだ。

だが、この集団が乗って来たのはまるで馬車のような箱型の乗り物だ。


大きさは大型バン程で、曳いているのはトラクターのような牽引車である。


功が寝かされているのは、その箱型車輌の中である。


車輌の屋根の上にはバイポッド付きの長大な対物ライフルを構えた金髪の少年。

恐ろしい程に整った顔立ちの背の高い少年だ。名はガイスト。エルフの狙撃手。屋根の上で胡座をかいて周囲を警戒している。


簡単な囲いの付いた運転席でハンドルを握り、人が歩く程の速さで車輌を進めているのは矮躯の初老の男。太い腕、太い脚、太い胴、太い首、大きな髭まみれの顔。古株のドワーフ、ダズワイス。先代からの御意見番。重火器でパーティを支援する要員でもある。


車輌の後ろ、功のバイクを押して歩いているのは、2mを超える体躯の男。おそらく男だろう。分厚い灰色の毛皮に覆われた裸の上半身の上には、狼そのものの頭が乗っており、首から無骨なライフルをぶら下げている。下っ端兵員で擲弾兵のウルフガイ、サラディ。


その後ろに輝くような銀髪をターバン風の被り物で纏めているとびっきりの美少女。眼は陽気に輝いているが、どこか焦点が合っておらず、浮世離れした雰囲気を醸し出している。マークスマンのエルフ、フィー。その細い体に不似合いな、ドラムマガジンを挿し、大きなスコープを装着したライフルを持っている。


最後に車輌の中の、功のすぐ横に座っている若い女。

年齢は功とおそらくそう変わらないだろう。暗めのブラウンの髪を無造作に後頭部で束ね、気の強そうな眼をしている美人だ。机の上にサラディが拾って来たホラー男の遺留品等を並べて考えこんでいる。このおかしな一行のリーダーと治癒役を兼任するヒューマンのアーネス。


この集団は民間軍事会社、PMSC(プライベート ミリタリー& セキュリティ カンパニー)に所属するメンバーだ。


と言っても、アーネスが経営する資金不足、人手不足、経験不足と三拍子揃った弱小底辺貧乏傭兵集団である。


彼女達はPMSC専用ネットの案件掲示板から拾った、簡単だが安い仕事をこなしに出て来たのだが、どうやら当てが外れたようである。


PMSCネット案件掲示板(通称ギルド掲示板)で拾って来た依頼内容は、何処にでも転がっている賞金首狩り。


街で悪さしたロクデナシに、弾丸を叩き込んでお灸を据える仕事だ。


魔物討伐と違い、武装しているとは言え相手は1人、5人で囲めば簡単に料理出来る。


高を括って来てみれば、肝心の賞金首はマウンテン ロック スキッパーに喰われ、あまつさえそのスキッパーも新人に討伐された後ときた。


ポンコツ輸送車の燃料代にすらならないとはこの事だろう。


悪質なPMSCのパーティならこのまま新人を放っておき、手柄と素材をネコババして知らん顔だろう。しかし、アーネスにそれは出来ない。考えもつかない。

そういう女なのだ。


しかし、財政は逼迫している。このままではPMSC組合ギルドの年会費が払えない。


年会費が払えないと、掲示板が見られなくなる。


掲示板が見られないと、仕事が貰えなくなる。


仕事が貰えないと年会費が払えない。


正にデススパイラル!


問題はまだある。


通常PMSCの一分隊パーティは6人から10人、これが一般的に上手く機能する単位だ。


だが現状アーネスのパーティには5人しかいない。

この状態では、強力な魔物討伐で一発逆転を狙うのもままならない。


いや、特に起死回生の賭けをしようとは思っていないが、現実に戦力が足りていない。あと一枚、あと一枚カードが切れればもう少しなんとかなるはずなのだ。


そこで、アーネスは改めてベンチに寝かせている男を見る。


この若い男は明らかに新人だ。

そういう周期なのか、最近多く転移して来る連中と同じ世界から来たと思われる。


しかし新人のくせに、パーティ単位で討伐が推奨されているマウンテン ロック スキッパーを倒している。

成体とは言えまだ若い個体で、脱皮したての柔らかい体表と言えど、一人で討伐するには慣れた傭兵でも難しい。


だが、この男はほぼ0距離の接近戦でマウンテンロックスキッパーを倒しているのだ。


おそらく、何らかの方法でスキルを手にしたのだろう。普通、マウンテン ロック スキッパーはこの男が使っていた、強力とは言え旧式のショットガンで倒せる魔物では無い。


この魔物を倒すにはペネトレート系のスキルか、対物ライフル、若しくは魔法スキルが必要である。硬くて攻撃が通り難いので有名な魔物なのだ。


使えるかもしれない。


賞金首の討伐証明でもある、所持品の全素携帯端末(通称スマホ)を管理サーバーの承認を得て操作し、その内容と遺体写メをPMSCデータバンクに転送する。

これで賞金首の討伐報告は完了となり、アーネスの傭兵パーティの口座にタイムリーに賞金が振込まれる。


新人には悪いが、討伐の依頼を受けてその死亡を確認したのは自分達だ。

新人が討伐していないのは明白なので、賞金は自分達が貰うのが筋である。

続いて管理サーバーから承認を受け、賞金首のスマホの登録を解除してフォーマットしておく。


この新人の治療は済み、身体の損傷は全て治したが、頭や心の方はどうか判らない。


どちらかが壊れていても不思議では無い。起きた時に発狂していて暴れ出さないとは言いきれない。


もし使い物にならなければ、街の新人保護施設に連れて行き、その場合は今回の成果は申し訳ないが全て頂かせて貰う。


安全に送り届ける料金だ。


仲間になるのなら、それがおそらく双方にとって一番良いだろう。この男の性格にもよるが・・・


そこまで考えた時、寝ていた男が身じろぎをした。

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