第2話 山田ゴン作・・・復活?
非現実的な状況に放り込まれて止めどなく戸惑い。
非日常的な光景に判断基準が崩れて思考がぶっ飛ぶ。
非論理的な脅迫的義務感が沸き起こり。
結論が月まで飛躍した功は、もし飲み込まれているのが人であるのならば、何とか助けたいと思い至った。
おそるおそる蛇に近づいて行く。
眼前に展開されているあり得ないビジュアルに、アドレナリンがドバドバ出ているのだろう、怖いのに体は震えていない。
ヘルメットを被り、ツヤの無くなったくたびれた黒の革ジャンに揃いのライディングパンツ、バイク用グローブをはめた手に握られているのは、右にハチェット、左に剣鉈の二刀流。
もうB級映画の悪者にしか見えない。間違いなく誰かに見られたら通報案件だろう。
しかし、その屁っ放り腰たるやまるで絵に描いたよう。B級映画なら、出て来てすぐ死ぬ下っ端Cくらいの役どころだ。
《やっぱ見なかった事にして帰ろうかな。中身は鹿か猪だ。絶対!》
そんな風に日和ろうとした時、功は見つけてしまった。
恐らく、蛇の腹の中の生き物の荷物であろう。
それは蛇の胴体すぐ横に転がっていた。
変わった形の散弾銃らしき猟銃と、肩紐の切れた大きなメッセンジャーバッグ。
落ちていた銃はパッと見、水平二連装の散弾銃に似ていた。
それを見た途端に功の頭が急に冷え、逆に腹はカッと熱くなった。
散弾銃らしき銃を見て、頭に浮かんだのは四国の山奥に住む祖父である。
功の祖父は田舎の猟協会に所属する現役ハンターだ。
本業は農家なのだが、作物を荒らす鹿や猪などを駆除する為、ハンターも兼ねている。
猟に連れていかれ、獲物運びの手伝いをさせられた事もあるし、田舎に遊びに行くと実銃を目にする機会は何度もあった。
そして、その遺留品らしき物を目にした正にその時、
『じ、げっ、げぼっ!・・じに、だぐでぇ・・ぇえぇ・・・』
空耳では無い。確かに聞こえた。聞こえてしまった!
蛇の胴体から聞こえるくぐもった声。
それを耳にした功は完全に腹が座り、覚悟が決まった。あり得ない状況にまともな判断力が麻痺しているせいもある。
中の人が祖父ではない事は頭では分かっている。
第一あの祖父が、いくら普通より遥かに大きいとは言え、たかが蛇如きにどうにか出来る筈がない。
しかし祖父の顔が思い出されると、確認せずにはいられなかった。
それに中身は人間で間違いないだろう。いずれにせよ助けられるのは功しか居ない。そして時間は多く残されていない。
ライディンググローブをはめたままの手で、ハチェットを握り直す。
「おるぁっー!」
慣れない気合いと共に打ち下ろされたハチェット。狙う場所は一番膨らんだ場所から50cm上の辺り。
薪割りやブッシュクラフトで慣れに慣れた動作、馴染みに馴染んだ愛用のハチェットの一撃は、狙った場所に僅かの誤差も無く炸裂した。
「硬って〜!」
ハチェットの柄から伝わる手応えに腕が痺れる。しかし刃は蛇の身に僅か2cm程しか食い込んでいない。
まるで広葉樹の丸太に打ち込んだ様な手応えに顔を顰める。
次の瞬間物凄い力がハチェットの柄にかかり、功の手からもぎ取られた。
功の攻撃はメタリックな鱗の一枚を、辛うじて割る事は出来たものの、渾身の刃は肉まで届いていない。恐らく皮膚の表面に食い込んだだけだろう。
刃が鈍っていたのではない。毎回道具のメンテは欠かした事はないので、それは断言出来る。
ただ、蛇の背中の鱗が予想を遥かに超える硬さとしなやかさだったのだ。
しかし、いきなりハチェットで斬り付けられた蛇の反応は劇的だった。
激しく胴体部がのたうち、崖下に垂れていた尻尾がまるでクレーンのアームのように軽々と持ち上がる。
次の瞬間はまるでスローモーションを見ているようだった。
鞭のようにしなって襲いかかる蛇の尻尾。
胸部を強かに薙ぎ払われ、飛ぶように流れる景色。
いや、吹っ飛んでいるのは功の方だった。
山側に勢いよく飛ばされ、背中と後頭部を木立に叩きつけられた功は、瞬間息が止まる。
盛大に木の葉や、折れた小枝が降り注ぐ中、功は意識だけは失わないように必死に踏ん張った。
バイク用ヘルメットと、インナープロテクター入りのゴツい革ジャンが無ければ死んでいたかもしれない。
それでも受けたダメージは半端では無い。
しかし、人間はどれだけ酷い状況でも、過去に似た経験をしていれば案外冷静でいられるものである。
功の場合はバイク事故だ。信号を無視してきたトラックにぶつかり、全治1カ月の重症を負ったことがある。
その時に比べればまだマシな方だろう。少なくとも、どこも折れたり潰れたりはしていない。
もっともその時の経験が元で、遠出する時は必ずプロテクター入りのジャケットを装着するようにしている。
特にバイク用のプロテクターは、事故時にハンドルが胸に食い込まない様に胸部は特に頑丈に出来ている。
のたうつ蛇。
のたうつ功。
だが、当然蛇の方がダメージは低い。
「ぐっ!げほっ!!」
喉に絡んだ唾を咳と共に吐き出し、なんとか蛇を見据える。
「うぇぇっ!なんだよソレ!キモ過ぎんだろ!」
立ち上がるなり、功は信じられないものを見てしまった。
蛇の脇腹の鱗の間から、イソギンチャクのような足が生えて来たのである。
しかも、数えるのも嫌になるくらい無数に・・・
《流石にそれは無いわ〜!》
これは蛇じゃない!では何なのかと訊かれても功には分からない。
分かるのは、蛇モドキの顔が木立の間から自分を見下ろしている事。
その顔は蛇と言うよりも、どちらかと言うと肉食獣に近いと言う事。
そしてその目には愛嬌のカケラも無く、むしろ敵意しかないと言う事。
《敵意は仕方ねーな。いきなり斬り付けられたら誰でも怒るよな》
場違いな事を考えながらも、右手に落ちていた太い木の枝を握る。
「ごめんて、謝ったら許して・・・」
蛇が頭から突っ込んで来る。
「くれないよなっ!」
木立を掠めながら飛び掛かって来る蛇モドキ。
幸いにも太い木の陰に逃げ込めたので、噛みつきは躱せたが、攻撃力が足りない以上功に為すすべは無い。
しかし功は諦めが悪かった。
変なテンションで頭がぶっ飛んでいるせいもあるだろう。
一つだけ蛇モドキの皮膚を破れるかも知れない方法を思いついていた。
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