週末ソロキャンパーは行く先々のキャンプ地でモンスターと戦います

山田ポン作

第1話 山田ゴン作・・・死す?

夕暮れにはまだ僅かに早い頃合い。霧深い山あいの坂道を一台の黒いバイクが疾走していた。


キレの良いアクセルワークとハンドリングで、視界が良くない中でもまるで危なげがない。


タンデムシートに荷物を山積みしているのを見ると、どうやらこの先の市営キャンプ場にキャンプでもしに行くのだろう。


ライダーの名は木下 功(こう)、今年二十一歳の大学三回生。引き締まった若々しい長身に、優しそうなタレ目が印象的な青年である。


霧が出ている初秋の山道を、それでも軽快に、そして楽しそうに走れるのは、経験に裏打ちされたテクニックと、1700ccという大排気量のパワーがあるからだ。




「ん?なんか地図と違うくね?」


思わず声に出して呟いたのはスマホのナビに載っていないトンネルをくぐった時だった。


「あっれ?道間違えたか?」


ナビが示していた目的地は、もうほんのすぐのはずだ。見えてもいい頃だと言うのに、一体いつ間違えたのだろう?最後の一本道のはずだったのに・・・


道も荒れていたとは言え腐っても県道、舗装されていた道から、いつのまにかダートへと変わっている。


ナビを確認したい所だが、気をつけないとタイヤを取られて転倒しそうだ。一旦疑問を置いて、安全運転に専念する。


ダートでもすぐに停車出来るまで充分速度を落とし、ハンドルに固定したスマホのナビをチラ見するが、画面は先刻より寸分変わらない。


フリーズしているようだ。


来ないとは思うが、一応後続車が来ても安全なように、路側帯に入りたい。そこでじっくりとナビを見ようと思い、再び路面に視線を戻したところで、功は不審な物を見つけた。


「何だあれ?」


最初は倒木が道を塞いでいるのかと思った。


慎重にバイクを進め、近寄って見ると、どうやら倒木ではないらしい・・・


それは、巨大な蛇だった。見えている部分は胴体部だけだが、大きさを除けば、蛇としか言いようがない外観だ。


驚き、二度見した後思わず急ブレーキをかけてしまった。


低速と言えどこの道は滑りやすいダート、しかもわざわざABSを外しているのでタイヤがロックし、フロントが流れる。


咄嗟にカウンターを当ててリアタイヤを流してバランスを取り、なんとか体勢をたて直す。


見たことも無い大きさの蛇が道を塞いでいるのだ。パニックブレーキをかけても責められないだろう。


いつのまにか霧も晴れ、蛇の向こうの100m程に、恐らく目的地のキャンプ場であろう木の柵で囲まれたゲートも見える。


焦りまくってバイクを操り、それでもなんとか転倒を避けた功は慎重にバイクを停めた。


《マジか?生きてんの?なんか腹膨らんでねーか?てか、ホントに蛇か?蛇なのか?デカすぎね?マムシか?青大将?日本にあんな蛇いたか?どっかから逃げたのか?》


頭の中は?マークがインフレ状態だ。


蛇と思われる生物の全容は分からない。何しろ道路を横切って頭と思われる部分は山側の藪に入っており、尻尾の方は崖側に垂れている。少なくとも10mは軽く超えているだろう。


太さは直径で、60cmくらいだろうか。かなり太い。太いが、さらに膨らんでいる部分がある。


ちょうど大人の人間でも呑み込んだらこんな感じに膨らむだろう。


今見えている部分が実は尻尾の可能性もあるが、そうなると一体どれだけデカいのか想像もつかない。

ただ多分胴なのだろう、だとしてもなんの慰めにもならないが、そこが歪に膨らんでおり、しかもおぞましい事に、まるで中で何かがもがいているように蠢いている。


《マジかよ!中に何か居んの?!》


現実離れした光景を前にして、出来れば見なかった事にして帰りたい。しかし仮に人が呑み込まれていたとしたら?



「次のニュースです。昨日、◯◯市の山中で発見された大蛇の中から、無職、山田ゴン作さん87歳が発見されました。山田さんは山菜を採りに行くと言って出かけており、その最中に大蛇に捕食されたのではないかと思われます・・・」



夕方のニュースでそんなものが流れたら後味の悪さは半端じゃ無いだろう。まあ、後味の前に信じるかどうかが問題だが…


《そうだ、警察!》


慌ててハンドルのホルダーに据え付けてあったスマホをむしり取るようにして手に取り、緊急通報しようとするが、


《圏外かよ!》


キャンプ場あるあるの一つ、圏外である。おまけに何故かGPSもロストしている。


もう一度蛇を見る。


黒い蛇だ。全体はメタリックな鱗で覆われており、ヌメッたような光沢があるが、所々に古い皮が貼りついている。


まるで、脱皮直後のようだ。


《どうする?麓まで走るか?でもその間に中の生きもん死んじゃうかな?死ぬよな。死ぬな。死んじゃうな。完全に間に合わんな。ナイフで腹裂くか?俺が?俺がやんの?いやいや無理っしょ!無理ですって!蛇噛み付いて来たらどうすんの!》


等と考えながらも、震える手でタンデムの荷物を漁る。

シートバッグから取り出したのは、愛用の剣鉈。刃渡り30cm刃厚6mmという大型のフルタング構造の剣鉈で、藪漕ぎや薪を細かく割ったり、フェザーという焚き付けを作るのに使う為の道具だ。


こんなに大型でなくても良いが、キャンパー必須のアイテムと言って良いだろう。


続いて取り出したのは全長40cmばかりのハチェット(手斧)。ナイフで割るには苦労するような太い薪を割ったり、木の先端を尖らせてロープをかける杭を作ったりする。

普通にキャンプするには特に必要のない道具だが、ロマン枠の道具である。


功のハチェットは刃の反対が鋭い破砕ピックになっており、木を引っ掛けたり、地面をほぐしたり、ペグを抜いたりと何かと便利な機能を持つ。


しかし、いつもは頼もしい愛用の道具が、巨大な蛇を前にするとオモチャに見える。と言うか、オモチャにしか見えない。


《どうする?蛇の息の根止めてから救助するか?それとも先に腹かっさばいて中身出すか?てか、息の根止めるとか、腹かっさばくとか本気で考える瞬間が俺の人生に訪れるってどう言う事?んで中身人じゃなくて鹿とかだったらどうすんのよ?》


時間はどんどん過ぎて行き、腹部の動きも小さくなって行く。


周りを見回すが誰も居ない。キャンプ場に続く道にも新しい轍の跡は無く、無人だろう。どう見てもここには自分しかいない。


《腹くくってとにかく中身の確認しねーとな。人じゃなけりゃ、それはそれでいんじゃね?見なかった事にして帰っちまおう》


しかし平和な日本に暮らし、修羅場なんてものはまるで知らない若者には、些か踏ん切りがつかないのであった。

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