第2話 オペレーションルーム
微かに蒼白く輝く
地球―月経済圏運輸・通信管制センター、オペレーションルーム、今そこは重苦しい緊張感に満ちていた。
そこはホーネッツのコクピットルーム同様の薄暗い空間だ。だが広さはそれなりにあり、人の姿もチラホラ見られる。空間投影された
1つの声が響く。
〈ホーネッツグループ、イーカロスに接近。間もなく磁気乱流圏に突入します。この映像はホーネッツ親機が捉えたものです〉
些か電子的とも言える響きの声だった。ニモイとよく似ている。
「あの靄みたいなものは、何?」
1人が問いを発した。ややハスキーな声質の女のものだった。スクリーンの1つに近づいたのだろう、その姿が強く浮かび上がった。それで顔立ちなどがはっきりと見えるようになった。20代後半の外見をした少し浅黒い肌をした
〈超伝導コイルが放射する強磁場と拡散しているデブリの一部が反応して電離反応を起こした結果と思われます。磁気は電気を発生させ、発光現象を引き起こすこともあります。導電性の高い物質が周囲に広く散乱しているようで、広範囲に発光帯が拡がっており、靄のように見せる効果を起こしているみたいです〉
女は腕を組み、考え込むような表情を見せる。
「うぅむ、可視光を発するまでになるとは……かなり強度のある磁気乱流圏になっているわね。こんなところ、突入しても大丈夫なの?」
女は落ち着かない様子だ。懸念でも抱いているのだろう、その顔には苦悩とも受け取れる色まで現れている。彼女は背後を振り向き、口を開いた。
「大丈夫ですか、ストロガツスキー博士? “彼女”は真っ直ぐ乱流圏に突入しようとしていますよ」
暗がりの中から別の人物の姿が浮かび上がってきた。やはりスクリーンに近づき、輝きを受けた効果になる。白髪の50代前半と思しき外見の
「サルマ主任、案ずるに及びませんよ」
ストロガツスキーと呼ばれた男は事もなげに応えた。だが女――サルマという名らしい。オペレーションルームの主任になる――は、納得していなかった。
「しかしですね博士、あの磁気乱流圏はカオス系を成立しているという話です。大量のデブリが高速で飛び交っている状態になっていて、それは知性化していると言われる人工知能のシンギュラリアンですら未来予測が困難なものなのですよ。そんな環境の中を、ただの人間が進めるものなのですか? そうよね、シャトナー?」
言葉の最後の方でサルマと呼ばれた女は視線を変えた。ストロガツスキーの頭上方向に見える緑色の球状発光体の方を見ていた。するとどこからともなくあの声――ニモイと似た響きの声が返ってきた。それがシャトナーと呼ばれる存在らしい。ニモイ同様の知性化AI――シンギュラリアンという呼び名が冠せられている――になる。
〈指摘はごもっともです、サルマ主任。カオス系の厳密な計測は困難であり、我々
サルマは首を振る。やはり納得いかないらしい。そんな彼女を見てストロガツスキーは言葉をかけた。
「主任、“我々”に話を持ってきた以上、センシティブに期待するものはあったのでしょう? 今さら何を――と、思いますが?」
ストロガツスキーの指摘が刺さったのか、サルマは「うっ」と一言呻いただけで言葉を続けることがなかった。できなくなったと言うべきかもしれない。しかしそれではいけないと思ったのだろう、少し間を置いて後、話し始めた。些か絞り出すような声になっていたのは、ストレスのせいかもしれない。
「そ……そうですね……。シャトナーの推薦に従ったからなのですが、最終決定は私によるもの。はい、今さら何を言うのかと言う指摘は当然です。すみませんでした」
ストロガツスキーは静かな笑みを浮かべた。
「謝罪には及びません。あなたが未だに懸念を抱くのは仕方がないことなのでしょう。センシティブ現象は近年科学的解析が進んできたものとは言え、まだまだ未知の領域が多いもの。世間では今もいかがわしい超常現象の類と受け取られる向きもあります。科学教育の訓練を受けた者たちの中にも頑なに否定する人はいますし、当然の反応と言えば言えます」
サルマは何も応えることはなく、俯いてしまった。表情からは本当にすまなさそうな気持ちが強く伺えた。自分の発言を後悔しているのだろう。そんな彼女の肩を、ストロガツスキーは軽く叩いた。目を閉じ、二、三度頷く。気にするな――と言っているのだろう。
〈主任、博士、ホーネッツグループが乱流圏に接触します〉
その声を受け、2人はスクリーンに目を向けた。そこには大きく広がった蒼白い靄があった。磁気乱流圏はもう目の前、ホーネッツグループは遂に突入するのだ。よく見ると時折稲妻のようなものが走っているのが見える。強い電離が雷光を生み出していると思われる。
――こんなところに飛び込むのか?
サルマの脳裏には幼いと言える少女の姿が甦っていた。今回のミッション開始前に会った。作業者となる接続制御技師の少女の姿だ。
――あんな子供が挑むなんて……いくら説明を受けても、やはり懸念が消えない。これは無知から来る偏見なのだろうか……
未だ不安が拭えない自身に罪悪感すら憶えるサルマだった。
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