第3話 ギルドデビュー

 カズマたちのいた部屋のある宿屋は一階が食堂になっている。

 そこは朝食が食べれるので宿泊客以外にも客が入っておりなかなかに賑わっている。

 しかし、今日はその賑わいがいつもと違っていた。

 一人の宿泊客が皆の注目を浴びているのである。


 その者は小柄な女性でありる。

 今まではフードを着込んでいてその容姿を知るものが居なかったのだが、今はフードを下ろして素顔を晒している。

 その顔に皆は注目しているのだ。


 腰まである金髪は赤い燐光を帯びた不思議な輝きをしている。

 その髪の隙間から出ている耳はこの辺りではほとんど見かけないエルフのものだった。

 エルフを見慣れてないものからしたら珍しいものだが、それでも皆は彼女がただのエルフでないと感じていた。

 だからこそ注目を集めているが、声をかける者はいない。

 皆距離を取って噂するくらいである。


 彼女はエルドルフ。

 世界にただ一人のエルフとドワーフのハーフである。

 名前をカンパネッロと言う。が、それを知るものはまだいない。



 カンパネッロとして生きていくことになったカズマは、生き方としての方針を「カンパネッロの存在を周知させ、地位を確立する。」というものに決めた。

 だからこそフードを下げて顔を見えるようにした。

 これに対して、カンパネッロからは自由にしていいと言われている。

 正直、反対されると思っていたカズマだったが、ボッチ脱出を果たしたカンパネッロにとってはこだわることではないらしい。


 今のカズマは長い髪を木製のバレッタでまとめており、布のシャツにブレスプレート、黒のレギンスと腰回りを覆うだけのスカートのついたベルト、ブーツとローブという地味な恰好である。

 唯一、左手に装備したガントレットだけが銀色の良いものだった。

 これらはカンパネッロの荷物に入っていた一張羅だったのだが、これらを装備してカズマは食堂にやってきた。

 ちなみにこれ以外の荷物はほとんどなく、一纏めに【カンパネッロの荷物】としてイベントリにしまえてしまった。

(一番かさばってたのが本だったとわ。その本もみんなネッロに【貢ぐ】してしまったけどな。)

 そう思いながらカズマは自分が注目されてることに手ごたえを感じていた。



「マスター、朝食をお願いする。それと冒険者になるための登録ががしたいんだけど、この町のギルド協会の場所を教えてくれ。」

 カズマが食堂に来た理由はまず目立つ、それから朝食を食べてギルド協会へ向かうためである。

 何故目立つ必要があったかと言うと、この世界のギルド組織に関りがあった。

 基本ボッチだったカンパネッロが何故ボッチだったかと言うと、人とのかかわりを避けていたためなのだが、これではパーティーも組めない。

 そしてギルドとは互助組織というものである。

 そのギルドを活用するなら知名度を上げておいた方がいい。

 出る杭は打たれる。とはよく言われるが、カンパネッロ曰く、今いるサガ領は治安が良いことで有名らしく、ならばここでなら活躍しても厄介ごとも少ないと考えたのだ。

 むしろ、怪しい浮浪者化しているままのほうが問題がありそうだ。


 ■■■


 さて、意外とおいしくてボリュームのあった朝食だった。

「ここは鉱山街ですから労働者向けはそうなりますよ。」

「自分で食っといてなんだが、驚くほど入ったな。…こんなちっこいのに。」

「ワタシは結構な健啖家なんですよぉ。」

 食後、カンパネッロと話しながら外を歩くカズマはなかなかに目立っている。

 別に一人でしゃべりながら歩いてるから奇異の目で見られてるわけでは無い。

 カンパネッロとの会話は念話なので他の人には聞こえないのである。

 だから、目立っているのはひとえにカンパネッロの容姿によるものだ。

「食後は別の意味で注目されていたけどな。」

「フッフッフ、朝からでも2~3人前はいけますからねぇ。」

 一人前を食べただけでは物足りずお替りをしまっくたのである。

「ドワーフの血ってやつかね。」

「たしかにオヤジもよく食べてましたねぇ。オヤジ以外のドワーフは知らないけど。」

 ドワーフと言えば鍛冶と鉱山のイメージがある。

 が、今いるアーランド王国はヒューマンの国であり、サガ伯爵領にあるキウラキの街が鉱山で栄えていてもドワーフは見かけない。

 だからと言ってヒューマン以外の人種がいないわけでは無い。

「額に角が生えている人が結構いるな。」

「あぁ、鬼人族だな。鬼人族は大きな国を持たないが、ドワーフとは違う独自の製鉄技術を持つからな、鉱山街なんかではわりかし多いぞ。」

「なんか和服みたいなのを着ている人が多いな。」

「確かここの鬼人族はクロム族って言う東方の文化を持ち込んだ移民の末裔らしい。」

「この世界でも極東は日本みたいな国なんだろうか。」

「さて、ワタシはそっちの方には詳しくないからな。エルフは大陸の西、ドワーフはその北側に集まっているから、私の生まれもそっち側なんだよ。」

「せっかくだしいろんな場所を旅してみたいな。」

「いいねぇ。1人ならともかく、2人なら楽しいだろうな。」


 ■■■


「ギルド協会とは【冒険者ギルド】【工匠ギルド】【商業ギルド】【輸送ギルド】を取りまとめ、国境も種族をも越えたコミュニティーを形成するために存在します。」

 冒険者の登録に来たカンパネッロが初見さんだと見抜いた受付のメイドさんによって、協会の説明をしてくれた。

 何でも、ギルド協会は世界中で情報の共有を可能にしているらしい。

「ソレもこれも我が協会の盟主であらせる『オイナリサマ』のお力によるものです。」

 地蔵菩薩がこちらの世界でも信仰されているらしいので、お稲荷さんも信仰されていてもおかしくはない。

 しかし、カズマとしてはお稲荷さんが異世界でインターネット・クラウドサービスみたいなことをしていることに驚きを隠せない。


 その後、受付のメイドさんの案内に従って【冒険者ギルド】の窓口へと向かう。

 このギルド協会の施設は日本の市役所をイメージしてもらえばわかりやすいだろう。

 職員がみんなメイド服を着た女性であることを除けば―――だが。

「いやぁー、ワタシは初めてギルド協会に来たけど、なに?今の巫女さんってメイド服着てるの。」

「いや、俺の居た日本の神社では今でも巫女さんは緋袴だぞ。」

「だよねぇ、お稲荷様と言ったら緋袴だよねぇ。」

「俺たちの知ってるお稲荷さんとは違うのかも。」

「でも、よく見ると…そこらに狐の置物が。」

「じゃぁ…もう異世界だからってことでいいんじゃねぇの。」


 着きましては【冒険者ギルド】の窓口。

 冒険者としての新規登録に来たと伝えたら、黒髪のメイドさんに奥の個室へと案内された。

「最初は面接かな?」


 ガチャリッ。


「―――ッ!」


「ふふふ、そんなに警戒しなくてもいいよ、カンパネッロさん。―――いや、向井 一馬くん。」


「―――すんません、くん付けやめてもらえませんか。」

「……そこからでいいの。」

「いや、どうも事情を知ってる人みたいだけど、ならば中身がオッサンだって知ってるでしょ。30過ぎのオッサンが美少女にくん付けされるの恥ずかしいんです。」

「カズくーん。」

「やめい!」

「カズくぅん(色っぽく)。」

「ネッロ、お前もかぁ!」

「ハハハ、いやぁ面白い2人みたいで良かった。良かった。」

「で、オタクは何者?」

「ハジメマシテ。ボクはこのギルド協会の盟主である『オイナリサマ』です。でも、ボクを呼ぶときは『ナコト』、または『ナコッティー』て呼んでね。」

「……早くも2人目の神様とか、暇なの?安いの?」

「暇でもないし、安くもありませーん。」

「なら、メイドに化けてまでして何の用ですか。」

「別に化けていないよ。ボクはこのギルド協会そのものだ。協会のメイドはすべて僕自身であるし、メイドの統合意識が僕でもある。そして、―――この協会で扱っている情報のすべてがボクそのものなんだ。」

「なぁんかすごそうだが―――正直よく分からん。」

「カズマくんに分かりやすく言うと、『ハ〇ヒ』の『情報統合思念体』みたいなものだよ。」

「……『〇ルヒ』は好きだが、『情報統合思念体』って結局よく分からなかったんだけど。」

「まぁ、つまりはボクは『情報』や『知識』といったってやつになるんだよ。」

「……また大きく出たなぁ。俺が知るお稲荷さんって農業の神なんだけど。」

「あれ?ワタシが知ってるお稲荷様って商売の神様っだったような。」


「フフフ、それはボクの『情報』権能を人が処理できるようにしたら、『農業』や『商売』、はたまた『縁結び』に『今日の運勢』などにジャンルを限定しなきゃならなかったからだよ。―――だから、むしろ『こっくりさん』のほうがボクに対する正しいアプローチだったりするんだよねぇ。」


 それは、静かに囁くように紡がれた『言葉』だった。

 それゆえに目の前にいる神様が自分たちの理解を超えていることを思い知らせてきた。

 カズマもカンパネッロも完全に飲まれて絶句している。

 それを舌の上で転がすように楽しみながら、『ナコト』または『ナコッティー』と呼ぶように言った神は続けた。


「君たちが知る『お稲荷様』ってのは平安時代に伏見稲荷で祀られた宇迦之御霊に端を発するもので、本来のボクは神道どころか大和朝廷より古く日本彼の地で信仰されてたし、―――君たちが知らない古代文明でも信仰されていたんだよ。」


 ビックリ?って聞いてくるナコトにカズマ達2人は神のすごさに驚いていた。

 お稲荷様この方地蔵菩薩アレが同類だってことに。

「改めて聞きますけど、…なんでその神様がメイドの恰好で、俺達なんかに用があるんですか。」

地蔵菩薩アイツとは仲間ではあるけど領分が違うからね、神としては君達には介入できない。けど、君たちはボクの領分に踏み込める。だから、ボクの領分で叶う範囲で介入しようと思ってね。」

「具体的には?」

「本来冒険者は中・小ギルドに所属して活動している。そのギルドも、国家、種族、信仰によって派閥化した大ギルドの傘下に入らなきゃならない。そのメンドクサイしがらみとは無縁になる協会直轄、の冒険者として君たちをスカウトに来た。―――と、言っているんだけど。」

「……ソレはなかなかに魅力的だな。―――、ネッロはどう思う。」

「ワタシはもともとお稲荷様の信者だから、カズマに任せるぅ。」

「あれっ、ソレなんか卑怯じゃない。」

「そぉれでぇ、ボクのモノになるのぉ、ならないのぉ?」

「あれっ、ソレなんか卑猥じゃない。」

 カズマの視界には、黒髪メイドのナコトとカンパネッロが左右からおねだりしてくる幻が見えていた。

「とりあえず、この話を蹴ったからって何かあったりするのか。」

「最悪、協会が敵に回る可能性もあるよ。」

「それ、受けるしかないんじゃないのか。」

「君たちが何もしなければ問題ないんだけど。君たちはたぶん大化けおおばけする。その時にどっかの派閥に属してると協会内のパワーバランスを壊しかねない。だから協会直轄のていで政治のお話から離れてほしいんだ。」

「あぁ、そういう話なら喜んで受けさせてもらいます。」

「ありがとう。君達には協会からできる限りの便宜を図ろう。で、今後の活動予定は?」

「世界を旅してカンパネッロの名前を広める。エルドルフを、それに続く新しい命が生まれ、幸せに暮らせるような意識を作り出す。」

「なかなか大きく出たねぇ。」

「―――つきましては先立つものを得るための仕事が欲しいです。」

「それでは登録手続きに入りましょうか。」


 ■■■


 冒険者教会で冒険者の登録を済ませたカンパネッロ、ことカズマはキウラキの街近くの森に来ていた。

 冒険者のデビュークエストはソロ活動でできる簡単な討伐クエストだった。

 最近、近くの畑などにイノシシが出没するので、森で10頭ほど討伐してくれという農家からの依頼だ。

 そしてカズマは絶賛―――大ピンチであった。


「―――トイレ、……何処?」


「トイレって何?」


「なっ、んだ、…と。」

 この世界に来て初めて催してしまったカズマはカンパネッロの言葉が一瞬理解できなかった。

「厠だ、便所はないのか。」

「あぁ。厠ね。それなら街の中にしかないよ。」

「じゃぁどこですればいいんだ!」

「そこらへんですればいいじゃん。」

「――――…あぁ、地蔵菩薩様。ゲーム仕様にしてくださるなら、何故ここも対応してくれてなかったのですか。」

 現代日本で暮らしてきていたカズマの常識ではトイレ以外で用を足すことがあり得なかった。

 これがアウトドア(上級者)経験や発展途上国への旅行経験があればこうはならなかったのだが、残念ながらカズマには無かった。



 カズマが野〇ソデビューを果たした後、すっきりした頭で自分が今は美少女である事を思い出し、さらにトイレがないなら紙もないことに気づいてひと悶着あった。

 さいわいにもカンパネッロは魔法を使えた。


「ははは、初めて魔法を使ったけど、それがトイレの後の手やアソコを洗うために使うことになるとは。」


「いつまでいじけてるのさ。」

「むしろネッロは自分の体でオトコが用を足すことに何も思わないのか。」

「ワタシとカズマの仲じゃないか。」

 一心同体、一蓮托生の身の上であれどもカンパネッロの割り切りの良さは男らしかった。

 これがファンタジーな世界で長年1人で生き抜いてきた者の強さであった。


 さて、カズマ達は別にウ〇コをするために森にやってきたわけでは無い。

 改めて言っておくとイノシシの討伐に来たのである。

 数は10頭。

 駆け出し冒険者がソロでこなすにはいささか手ごたえがある内容なのだが、「カンパネッロさんは、腕試しにもこのあたりから行くのがいいよ。」というメイドの恰好をしたお稲荷さんによって決められてしまった。

 きっかけはどうあれ受けた依頼をこなすためにも、カズマことカンパネッロは森の探索を続ける。

「それにしてもこの世界は便利なのか不便なのか分からんな。」

 カズマがギルド協会で支給された冒険者カードを弄びながら独り言ちた。

 冒険者カードはカードと言いながら見た目はスマホのようなモノだった。

 これで協会での身分証明のほかに、討伐クエストでの討伐カウントを記録しておくことができるらしい。

 このカードの機能とカズマのコンソールの機能に若干かぶりが見られるのは、どちらも神様の恩恵でありながら扱う領分が違うかららしい。

 他にも疑問はあったが、イノシシだ。

 思考をいったん切り替えて戦闘態勢をとる。


「【ライト アウト】。」


 しまっていたハルバートを取り出したところでイノシシがこちらに突っ込んできた。

 それをサイドステップで避ける。

 思ったより身軽で、軽く地面をけっただけなのに予想以上の距離を飛んだことにカズマは驚いた。

 しかし、カンパネッロはその動揺が出ることなく自然とバランスをとって危なげなく着地する。

「う~む、思ったより動きが良すぎてコントロールができないのに、体は自然とバランスを保っていたりと、無意識の行動がゲームみたいだな。」

 振り返れば、イノシシも振り返っており改めてにらみ合う形となる。

 カズマは今までに野生のイノシシに出会ったことはないけど、カンパネッロの胸のあたりにイノシシの頭があるのは、絶対に日本の奴よりでかいと断言できた。

 それこそ、子供がイノシシに挑んでいるかのような、そんな危険な光景に見えるはずだ。

 しかしカンパネッロには恐怖が無かった。

 体が全く怯えていない、どころか鼻歌が出てしまいそうなほどに余裕を感じる。

 そう感じたカズマはこのイノシシでカンパネッロの感覚を掴むことにした。

 突っ込んでくるイノシシを躱して、躱して、躱して。

 その繰り返しでカンパネッロの手足の動き、その動きから体そのものに働く動きのリズムをつかんでいく。

 それを何回か繰り返しているとイノシシはカンパネッロから顔を背けて逃げ出した。

「おっと、ここまでか。―――なら次は。」

 ぐっ、と足に力を込めて走り出す。

 加速は急なものでカズマの意識が遅れる。

 それでもカンパネッロは転ぶことなく、次の足を踏んで前へと進む。

 ここは森の中、足場は岩や木の根で凸凹していて、目の前にも木の枝葉が伸びていたりするのに、―――カンパネッロの体はそれらをものともせずに駆け抜けていく。

 ぐんっ、ぐんっ、とイノシシとの距離は縮まっていく。

 振り払おうとしてるのかジグザグと軌道を変えてくるが問題なく追いついた。

「そんでもって―――これ…はっ!」

 イノシシの背をめがけて渾身の力でハルバートを振り下ろした。


 ズッ―――ズッズン!


「プゥギィ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 胴を斜めに勢いよく断ち切られたイノシシは断末魔の声を上げながら、前と後ろが切り離されたことでバランスを崩して、走っていた勢いのまま――――臓物と血しぶきをまき散らしながら別々の方へ転がって行った。


「うっへぇー、……グロ。」

 派手にぶちまけられたことで薄暗い森の中には鮮烈な光景がひろがっていた。

 が、――――――

 ソレもあるが、振り下ろされたハルバートの刃が地面の岩も木の根もお構いなしに、深々と切り裂き吹き飛ばしていることもカズマに「グロ。」と言わしめていた。

 カンパネッロが見た目の体形に比べて力があるのは分かっていたが、それでもちょっとした爆撃みたいな威力には驚かざる得ない。

「見た目はエルフ、力はドワーフ、中身はオッサン。……我ながらオッサン要素必要ないだろ。」

 例えるならば、一つのセイロに蕎麦とうどんとイカ素麺が盛られているようなものだ。

 もちろんイカ素麺がオッサンなのだが…………言いたいことは分かるだろうか。

 これで、「薬味がワサビならうどんだけ合わねぇぞ。」って答える人はそういないだろう。

 とはいえ、エルドルフと言う種族はまさにレアな存在と言えるのが分かるだろうか。

 器用さと魔法にたけて、なおかつ森の中で自在に動き回れる空間把握能力とバランス感覚を持つエルフ。

 ミスリルをはじめとする魔力を帯びた鉱石を加工することができ、小柄な体躯で岩をも持ち上げるほどの筋力を持ち、熱さ寒さに毒などにも高い耐性を持つドワーフ。

 双方の種族特性を併せ持つカンパネッロの肉体はそのままチート性能を持っていると言える。

 だからこそしがないオッサンは自分が欠点にならないようにしようと心に決めたのだった。

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