第2話 信じられるか、この剣…動いてないんだぜ。

 朝日が差し込むこじんまりとした部屋に一人の金髪の少女が、正直みすぼらしい剣と向かい合っていた。

 少女の名前はカンパネッロという。

 しかし、カンパネッロの意識はカンパネッロの体には無く、カンパネッロが向かい合っているみすぼらしい剣の中にある。

 ではカンパネッロの体には意識がないのかと問われれば、答えは否である。

 カンパネッロの体の中に居るのはカズマと言う30過ぎのオッサンである。

 ニホンと言う国から転生してきたカズマは、本来の冴えないオッサンと変わってダンディーなおじ様になっていた。のだが、そこからみすぼらしい剣になったうえでカンパネッロと中身が入れ替わってしまったのである。

 また、カズマとカンパネッロの2人は前世で恋人であった。

 しかし、身分違いの実らぬ恋であったために心中を果たした。

 その後2人は異なる世界に生まれ変わったが、地蔵菩薩の導きにより今こうして再会した。

 2人の関係を簡単に説明してみたが、正直ややこしいことこの上ない。

 そして、そのややこしい二人の会話はと言うと―――



「―――っど、どうも、は、は、は、―――初めまして。俺、いえ、自分は向井 一馬、です。」


「ドモドモ~。カンパネッロ~、デス。」


 緊張しているカズマがバカみたいである。

 カズマとは対照的にカンパネッロのほうはユルかった。

 2人を比べてみれば、解りやすいほどカズマがバカに見える。

 カズマもその自覚があるのでカンパネッロ程ではないにしても、気持ちをゆるめていくことにした。

「すぅー、はぁー。あの、カンパネッロさん―――

「あぁ~、ゴメン、ゴメン。アタシ、アタシから質問させて。」

「ぁっ、はい。どうぞ。」

「あのね、なぁんていうか?今のアタシなんか気持ち悪いの。」

 グサリッ。

 べつにカズマのことを指して気持ち悪いと言われたのではないのに、傷ついてしまうのはカズマが童貞ピュアだからだろうか。

「なんかね、ベタベタと言うか、全身がヌルヌルになっているような感じなんだけど。」

 ヌルヌルである。

「カズマ、なんかした?」

 何かしたかと問われれば。

「地蔵菩薩の指導で武器を強化する【貢ぐ】ってのをしたな。」

「ふ~ん、で、それはナニで?」

「化粧水って言ってたけど。お地蔵さまがくれたヤツ。」

「ソレ、ホントに化粧水かぁ~。どんなヤツだったよ。」

「こーう、これくらいの瓶に入った液体で、あっ、確か化粧水の原液って言ってた。」

「あぁ~、ハイハイ。分かった、解りましたよぉ~。」


「―――っ、ソレはだろうが!アンのダボが~~~~‼‼」


 今までのユルーイ話し方から一転、いきなりドスを利かせてきたカンパネッロ。

 そのギャップにちょっぴりビビっているカズマだった。

 ちなみに地蔵菩薩は「あとは当人たちでごゆるりと―。」と、言い残して霞のように消えていた。

「なぁ、カズマ。お前同情交じりに笑っているけどさ、ちょっと鏡見て自分が念液まみれになってるトコロを想像してみろよ。」

「……………………。」

「なぁ、興奮シタんじゃなおのかぁ。」

「……………………。」

「ホントのとこ興奮するだろぉ。シタんだよな。シタんだろ。正直に答えてみろよぉ~。」



 この会話を聞く限り、オッサンが美少女に絡んでいるようにしか見えないだろう。

 しかし、この間にカンパネッロが入った剣が勝手に動くことはなく、映像としてみれば全然動きは無かったのである。

 メタい発言をすれば、まさにアニメ化に配慮したシーンだと言わざる負えない。

 そしてアニメでは粘液でヌルヌルになったカンパネッロ(体)のアイキャッチが流れたりするんだろう。



「改めまして、……何から話しましょうか?」

「ん~、やっぱり今後の生き方についてからとか~かなぁ。」

「お互いのことを話したりは?」

「とりあえずカズマって呼ばせてもらうけど、カズマって前世の話とかできるほう。」

「いや、前世って言っても心中する夢を見る程度で、ソレも地蔵菩薩が出てくるまでは前世のことだってことに思いもよらなかったから。」

「普通はそうだろ。まぁ、アタシはなぜかそのあたりを覚えているんだけどな。」

「そうなのか?」

「疑うのも分かるわぁ~。けどアタシは鈴だった時のことを覚えている。」

「その割に雰囲気がちがうような。」

「「一馬様は鈴のことを信じてはくださらないのですか。たとえそうだとしても鈴の心は変わらず、お慕い申し上げます。」っで、どうよぉ~。」

「確かに今のは記憶にあるのと同じ―――と言うか、なんかつられて他のこともなんか思い出してきたような。」

「ほぉお、もしかしたら肉体によって魂の記憶を引き出す能力に差があるんじゃねのか。」

「なるほど、ありえることかも。」

「しかし、それに対してワタシはこんななりになってもフッツーに頭まわってるし、バカにはなってないからなぁ、そこんところは断言できないけどな。」

「……………………。」

「どうした?黙り込んで。」

「そういえばステータスの欄に賢さが無かったなぁ、って思って。」

「つまり?」

「つまり体は変わっても頭が良くなったりしないってことだ。」

「あぁ~、バカは死んでも治らなかった。ってことか。」



「で、話は変わりますが。」

 しばし落ち込んでいたカズマは気持ちを切り替えてカンパネッロに質問してみた。

「お互いのことを知るのも大切だと思うけど、カンパネッロさんの言う通り今後の生き方も大事だと思うんだ、…です。」

「カズマさぁ、変にかしこまらずワタシみたいに砕けなよ。」

「カンパネッロさんは砕けすぎな気がしますが。」

「うぅーん、まずは呼び名かなぁ。ワタシのことはネッロて呼びなよ。」

「ネッロ…さん?。」

「呼び捨て。」

「ネッロ…でいいのか。」

「そうそう、敬語もなしでなぁ。ほら、アタシってエルフとドワーフのハーフだろ。親が死んでからは1人っきりだった訳だから、こういうのが嬉しいんだわ。だからはよ慣れろ。」

「ネッロは…その、慣れるの早すぎじゃない。」

「いやぁ、こうなると喋ることぐらいしかやれることが無いからなぁ、なぁんか気が抜けちまったんだよな。」

 何か分かる、と思うカズマであった。

 日本では社畜と言っていいほど働き詰めだったけど、たまにまとまって休みができることがあるのだが、そういう時は決まって何もせずにゴロゴロしているものだ。

「カズマぁ、それよりもそろそろ何かしないと、喋ってるだけだとアニメ化してもつまらないだろ。」

「それもそうだなぁ……ってなんでネッロがアニメとか知っているんだ。」

 カンパネッロのセリフのおかしさにカズマは驚いた。

 だって、カンパネッロの前世は江戸時代の人間なのだから。

「もしかしてこの世界にもアニメとかの文化があるのか。」

「無いよ。」

 カズマは額が床につくぐらい落胆した。

「ないのかぁ~。ぁ~~~じゃぁ何でアニメ知ってんの。」

「ソレは数日前に地蔵菩薩あのダボから説明をされた時に、「向こうの世界のガイドブックをおまけに付けてやろう。」ってくれた本に載っていた。」

 何やってんだアイツって顔のカズマだったが、そこである事を閃いた。

「なぁ、本を【貢ぐ】したらどうなると思う。」

「おっ、面白そうだな試してみるか。」

 カズマが本は無いかと部屋を見渡すとベットのわきにあるチェストに本が並んでいた。

「まずは実験だから読み終わった奴で頼む。あ、その端っこにあるピンクでいこう。」

 カズマが言われた本を手に取ってイベントリにしまってから【貢ぐ】してみた。

「ん?なんだ……。」

「ネッロ、どうなった?」

 カズマが【貢ぐ】してみても、コンソールには『ピンクの本を貢いだ。』と、テキストが出ただけで変化が見られない。

「ネッロ?―――おーい、どうしたんだ。」

「……………………。」

 ツンツンしてみるけど返事がない。

 ただのみすぼらしい剣の様だ。


「カンパネッロォォォォォォォォォォォォォ!」


「―――ッ、カズマ、カズマ、すごいぞ。」

「おぉ、よかった。返事が無いからマジでバグったかと心配したぞ。」

「バグ?ってのがワタシの知ってるものとは違うと思うけど、心配させたのならすまん。」

 ホントのところは数10秒ぐらいのことなのに、カズマの顔に心配って書いてあるもんだから素直に謝るカンパネッロだった。

「それよりもな、マイルームだ。マイルーム。」

「?」

 カズマは要領を掴めないままだったが、嬉しさにテンションが上がっているカンパネッロはそのまままくし立てる。

「カズマが【貢ぐ】をしてくれたら背後から物音がしたからそっちに意識を向けたら別の部屋に居たんだ。」

「どうどう。…何か、ネッロはその剣にこもりきりでなくて、ちゃんと生活できる部屋があったと。」

「そうそう、念願の自室プライベートフィールド。」

「……この部屋は。」

「しょせんは宿屋の一室です。」

 先ほど大声をあげてしまったが騒音には気を付けよう、と思うカズマだった。

「その部屋にはカズマが【貢ぐ】みついでくれた本もありました。」

「って、ことは、【貢ぐ】した物はその部屋に送られると。」

「いや、それは早計かと。最初の化粧水の原液スライムの粘液は部屋には無く、ヌルヌル感も剣に居た時だけで、部屋では普通に人の姿でした。」

「その姿ってお髭のおじさん?」

「そうそれ、地蔵菩薩あのダボが前世の恋人の姿にリクエストはあるかっていうから選んだデザインなのに自分の体になるとわねぇ。」

「まぁ、アレだしね。」

「あれだしねぇ。」

「あとなんでリクエストが髭のおじさんだったの。」

「ただの好みだよ。ダンディーいいじゃん。」



「で、話を戻すと、つまりは武器に作用するものと、部屋に送られるものがあるとがあるという訳か。」

「法則性が分かるまで試したいところだけどぉ~。」

「その部屋ってどれくらいの広さ。」

「この部屋と同じくらいで、ベットとチェストとデスクが1つづつあるだけ。」

「じゃぁ、無駄に【貢ぐ】と部屋を圧迫するか。」

「……じゃぁさ、試しに【貢ぐ】して欲しいものがあるんだけど。」

「ん?」

「ベッドの下にあるんだけど。」


 ベッドの下ぁ。


 それは日本人男性にとってはバミューダ―トライアングルのような領域。

 数多く男性が秘密を抱えながら、しかし、家族の手によって暴かれてきた場所である。

 親亡き今、初めての身内と言ってくれたカンパネッロの秘密の場所に、カズマ(童貞)は手を出すのぉか?


 普通に漁っていた。


 異世界にエロ本の概念があるかは分からないが、あるとしたらさっきのピンクの本がそれだろ。

 そう結論したカズマはためらいなくベットの下に手を入れていた。

 その手につかんだものは―――。


「なにこれ。」


「ワタシの自慢の一品、【ミスリルハルバート】です。」


「つかぬことをお伺いしますが、カンパネッロさんは普段何をなされていらっしゃいますか。」


「冒険者を嗜み、モンスターや悪者なんかを叩きつぶしておりました。」


 そのハルバードの輝きはよく手入れされているのか美しい輝きをしていた。

「この色って、ネッロの瞳と同じ色だ。」

「そうなんだよなぁ。だからお気に入りなんだけどさ、それを【貢ぐ】してくれねえかな。」

「え!これって貴重なモノじゃないのか。」

「ソレは貴重だぜ、これだけのミスリルなら屋敷ぐらいは買えるかもな。」

「いいのかよ、そんなものを試しにつかっちまって。」

「モノは使ってなんぼの精神なんだよ。それに、これだけの物を【貢ぐ】したらどうなるのか気になってな。」

 貧乏性のカズマは貴重なものほどもったいなくて使わずじまいになるほうなので、カンパネッロが男らしく見えた。

「ほれほれ、しょせんは拾い物。ぐっと一気にやって。」

 言われて持ち上げたハルバートはずっしりとした手ごたえをしていた。

「いくぞ!……ほんとにいくぞ!……ほんとのほんとに―――

「いいからっさっさとやれってぇの。」

 カズマとしてはオヤクソクだったのだが、いざやるときには緊張で手が震えていた。


 ポチッとな。


「お、おおぉー。何ということでしょうか、あのみすぼらしかった剣が、ミスリルの輝きが美しいハルバードになったではありませんか。」


「おっし、成功だな。よかった、よかった。」


 2人が喜んでいたら『パンパカパーン!』と、ファンファーレが聞こえてきた。

「今のって神クエスト達成の通知。」

「確認してみろよ。」

 カズマはコンソールを操作して神クエストの画面を開いてみた。

 そこには、『レアリティ―・Sランクのアイテムを一つ【貢ぐ】。』のクリアを示すテキストが出ており、徳ポイント3ポイントが手に入っていた。

「お、隠しクエストか。さっきのがSランクだったのか。」


「さっすが、オヤジの形見なだけあるなぁ。」


「―――――ッ、ちょ……おま……—―――。」

「でさでさ、徳ポイントって何と交換できんの。」

「いや、ネッロさん、ちょっと待って。そんなことより、形見って何?」

「ん?さっきのハルバートだよ。オヤジが使ってたやつ。」

「アンタなにさせてんのやぁ!失敗してたらどうすんの。」

「カズマが気にしなくったっていいんだよ。うまくいったんだし。」

 ネッロさん、マジパネェと思うカズマはカンパネッロにせかされて、徳ポイント使用の画面を開く。

「カズマ、メインの【形状保存機能拡張】てのが2ポイントで取れるぞ。」

「どれどれ、変化するメインウエポンの形状の保存機能の開放?ハイ即決。」

 カズマは説明を確認すると即ポイントを使用して機能を解放した。

 これでメインウエポンの形状を3つ保存しておくことができるようになり、さっそく現在の形状を保存して、かつロックが掛けれたので掛けておく。

 メインの機能を獲得でサブの対象が増えたが、残り1ポイントでは使用はもったいないので、確認だけならカンパネッロの部屋でもできるらしいのでカズマは後で確認することにした。

 今は話しておくことがある。



「今までのカンパネッロは冒険者として生きて来たんだよな。」

「冒険者って言えば聞こえはいいが実際は浮浪者みたいなもんだけどな。」

「ギルドとかは入ってないのか?てかギルドってある。」

「ワタシ、基本ボッチだったから。」

 その寂しい答えに閉口するカズマだったが、一つ気になることがあった。ので聞いてみることにした。


「地蔵菩薩様、お尋ねしたいことがありますので御答えくださぁい。」


「ヘイ!呼ばれて飛び出て吾輩、即・登場。意外に早い出番よりも気持ち悪い呼び方されたことにオコである。」


 普通に崇めたら気持ち悪がられたカズマはもうめんどくさくなったので、地蔵菩薩の扱いは雑でいいいやとなった。

「じゃぁ単刀直入に聞くけど。俺らが死んだらどうなるんだ。」

「お主らにとってはここは死後の世界みたいなもんだから吾輩が生き返らせてやる。」

 そこんところもゲームみたいなら少しぐらい無茶して死んでもいいかと思うカズマ。


「しかし、多少のデスペナルティはあるし、その都度「おぉ、勇者ヨ死んでしまうとは情けない。」的小言をくれてやる。」


 地蔵菩薩の例えに言ったセリフがあんまりにも憎ったらしかったので、できるだけ死なないようにしようと誓うカズマだった。

「……それとこのスキルについては説明がなかったが。」

 カズマがコンソールのステータス画面からスキルの欄を選択して見せる。

「そこはあえてだ。神クエストに関してはこちらの都合で説明してやったが、スキルはお主自身の為のモノ。自分自身で努力と試行錯誤をもってしてものにしていくがいい。」

「つまりゲーム仕様になっている中で俺自身のやり込み要素。ってことか。」

「もう質問は無いか?ないなら吾輩はこれで―――行く前に、お主そろそろ動いてもらわんとつまらんのだが。」

「言われなくてもそろそろ出歩くつもりだよ。」

「ならばよい。せいぜい楽しめ。」

 そう言い残して地蔵菩薩は消えていった。

 そしてカズマは神クエストの提示されてる条件を確認してから、カンパネッロに話しかけた。



「なぁ、ネッロ。俺、やりたいことがあるんだけど―――。」

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