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自分はとても世の中のことに疎いのだが、初めてこの「吸い込まれる」という現象が起こったのは四月のことだった、という情報は作家の友人から聞いていた。
幼い頃からルイス・キャロル著の「不思議の国のアリス」が好きだった十九の女学生が、ある日突然姿を消したという。
その時女学生は「不思議の国のアリス」を読んでいた、ともその作家の友人から聞いた。その場にはもちろん、死体の横に花が添えられるように―――あぁ、いや。この表現はやめておこう。まだ死んだとも決まってないのに、死んだと表現するのは命に対する冒涜だ。
とにかく彼女がいたはずのそこには「不思議の国のアリス」があったという。
本の状態はもちろん、物語の構成、登場人物、ましてや挿入画にも変化はなかった。この現実にも、物語の中にもまるで彼女の居場所はいないとでも言うように。
この現象が起きて、この本は重要なてがかりとして厳重に調べられている(流石にこの現象の噂を聞いて以来、新聞を購入した)が、やはり変化はないというのだから、不思議な話だ。
最初は「そんなバカな」と思ったんだ。それこそSFの世界じゃああるまいし、と。
非科学的なものへの興味関心はあるし、現実世界での存在の有無について議論し合うのも趣味だ。なんなら自分はその非科学的なものを、世界を数多く生み出し、その世界について熟考して生活しているのだ。興味関心がなければできっこないと、心の底から思う。
でもいざ、その非科学が迫ってくるとこう思ってしまう。
「いやいやまさか」
非科学的なもの、神秘的なものは現実に迫らないからこそ娯楽に変化することができるのだから。本当にそんなことが現実として起こるのであれば、魔女裁判で裁かれたのは本当の魔女でもおかしくないということになってしまうのではないか、とすら思った。
ところがそれが自分の前に現実として現れた。あまりにも急だった。
そう。情報のアテだった、先程から記載している作家の友人がその現象にあってしまったのだ。その知らせは友人の妻からの電話だった。
自分の記憶が正しければ、次のように言っていたはずだ。
「こんにちは、先生。主人がお世話になっています。いいや、もうお世話になっていましたでしょうか? ええ、はい。今日はご報告をしようと―――もうご察しになられてるかもしれませんが―――先程、主人が「吸い込まれて」しまいました」
書いているうちに思い出してきた。やはり自分も物書きなのだと、こういう時にしっかりと感じることができる。
そして自分はこう返したのだ。
「では、どこの物語に?」
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