第11話 修行生活スタート
シスター・メリーは教会の中の一室を、僕にあてがってくれた。
「僕は、何をしたらいいですか?」
──自分でも、間抜けな質問だと思う。けど、その言葉しか思い浮かばないし、本当に何をしたらいいのか、見当もつかない。
シスターは、ゆったりと微笑んで、
「焦らなくていいのよ。まずは着替えて……礼拝堂に行くといいわ」
それだけ言って静かに出て行った。
部屋は広くも狭くもなく、古びた机と椅子が二つ、二段ベッドが二つ置いてある。四人部屋なのだろうか。だけど机もベッドも、誰かが使っている形跡はない。
僕は迷ったけど、窓側の机とベッドを使う事にした。
僧侶の服は……神父様が着ていた長い法衣を短くしたような、上着だった。下に普通のズボンをはく。
言われた通り、着替えて礼拝堂に向かった。
「ヨハン。なかなか似合いますよ」
礼拝堂に神父様がいて、僕の首に十字架のペンダントをかけてくれた。
なんか照れくさい。一気に僧侶になった気がする。
「まずは神に祈りましょう」
────僕は何を祈ればいいのか分からなかった。
子供の頃、シスターは「神に平和を祈りましょう」と言っていた。何の疑問も持たなかった。魔王が倒されて、モンスターが居なくなる事が『平和』で、あの頃は皆が『平和』を望んでいた。『平和』になると何か素晴らしい事がおこる、そう思っていた。
今が『平和』であるなら、何を祈ればいいのだろう。
とりあえず……これからの修行が、ちゃんとうまく出来ますように……。
「ヨハン、何を祈りましたか?」
神父様に聞かれて、顔が赤くなるのを感じた。間違えた、と思った。神父だったら、人の幸せとか、自分以外の事を祈らなければいけなかったんだ、きっと。
「えっと……」
「言わなくても良いですよ……祈りとは、神との約束なのです、ヨハン」
「約束……?」
「そう。例えば、病を癒して下さい、と祈ったとします。けれどもそれだけでは、祈りではなく“願い”です。……祈る時には、その代償として、神への献身を約束するのです」
「……」
「言葉で説明するのは難しいのですが……そのうち、きっと理解できますよ。焦らないことです」
それから、僕は神父様に『修行』を言い渡された。
教会裏の墓地の墓を、すべて磨きあげること──。なかなかの苦行だ。ざっと見渡しただけでも、大小合わせて三百くらいありそう……。
でも、やるぞ。
僕は早速、水を入れた木桶とボロ布を持って、ルルーのお母さん、マリアさんの墓へ向かった。
そこから始めたのは、知ってる人の縁である事と、そこがちょうど墓地の端だったからだ。──それは、僕にとって幸運だった。
──皆に愛されたマリア、ここに眠る──
その言葉が彫られた石の、一字一字を、丁寧に擦った。
皆に愛された、か。どんな人だったんだろう……。綺麗な人だろうな、ルルーのお母さんなんだから。ジールのどこが好きになったんだろう……やっぱり強いところか。いや、ジールの方がマリアさんに一目惚れ、とか。……ジール、辛かっただろうな……マリアさんも、まだ死にたくなかったはずだよな……可愛いルルーを残して。
十字架を磨きながら、いろんな事を考えた。次から次へと、止めどなく想いが溢れてきた。
僕のお母さんは、死んだのだろうか。
僕のお父さんは、どんな人だったんだろう。
気付くと、もう日が暮れ始めていた。僕は立ち上がって、もう一度広い墓地を見渡した。
──この十字架、一つ一つに、誰かが眠ってる……。その人達は元もと、生きていて、笑ったり泣いたり話したり食べたり戦ったり困ったり手をつないだり──生きていたんだ。それぞれの人生があって、そして死んだ。
そう思ったら、たくさんの十字架が、今までとは違うものに見えて来た。夕日に染まった墓地は、とても綺麗だった。
……明日もがんばって掃除しよう。
次の日。マリアさんの隣にあった小さな古い十字架を掃除する。
凄く古いのだろう。十字架も傾いているし、名前もかすれて読めない。
僕はとりあえず、十字架をまっすぐに直すことにした。土を掘ったり大掛かりな作業になったが、なんとか建て直しに成功。それから雑草を抜き、石を磨き、思いついて、雑草だけどキレイな花が咲く草を取ってきて植えた。
次の日。腰が痛くて動くのが辛い……。
当初、一日に二つ三つのペースで進むだろうと考えていたが、甘かった。他にもやる事があるのだ。(当たり前だ)
朝は、神父様とシスターと一緒に神に祈りを捧げてから、朝食の準備。朝食の後、片付けて教会の掃除をして、昼食の準備をして、午前中が終わる。
昼食の後、墓の掃除に行くのだが、これが、かなり腰にくる事が分かった。二つ続けては、無理だ……。
まあ、いいや。時間に制限がある訳じゃない。『焦らず』だ。
そんなわけで、墓掃除は一日一つに決めたら、午後は時間ができた。神父様にお願いして、教会にある本を読ませて貰うようになった。
一週間も経つと、教会の生活にすっかり慣れた。
墓の掃除は腰にくるけど、苦痛ではない。その墓の下に眠る人がどんな人生を送ったのかを想像していると、あっという間に時間が過ぎる。
そして読書にも熱中した。この教会には読み切れないほど本があって、僕はワクワクした。
ある日、墓地に行くと、マリアさんの墓の前に、誰かがいた。
後ろ姿が、ジールでもルルーでもない……誰だろう? ──暫く見ていたけど、静かにじっと、佇んでいる。
「こんにちは」
僕は声をかけた。振り返ったのは……あ!ジールの知り合いの、軽そうな盗賊だ!
「──あれぇ?……キミはジールと一緒に居た……」
「ヨハン。今は、この教会でお世話になってます」
「へぇ……。墓の掃除してるの、キミかぁ」
「……何、してるんですか?」
「何って……墓泥棒してるように見えるかい?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ま、頑張ってね〜」
軽そうな奴 (そうだ、確かサミエルっていった) は僕に背を向けて街の方に戻って行った。
「あの!」
僕は呼び止めた。
「盗賊なんて、止めた方がいいですよ!」
サミエルは立ち止まって振り向いて、何か言いかけたけど、
「……く、あは、あはははは!」
大笑いしながら立ち去った。
マリアさんの十字架に、立派な花輪がかけられていた。
そう言えば……
墓の掃除をしてる事に、気付いてたな……。前にも、来ていた、ってことだ。
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