第12話 神父の資質


 修行生活もひと月を迎える頃、ジールとナミが教会に来てくれた。

「はぁい、新米僧侶くん!」

「ヨハン、元気でやってるか?」

「うん。お陰さまで!……皆は元気?」

「ああ、ナミのお陰で村の開発も進んでるし、鍛冶屋達と家族も加って賑やかになったぞ。とにかく忙しいよ」

 ジールは楽しそうだ。


 ルルーもたまにやって来た。

 ルルーは街に、村で取れた野菜や、焼いたパンを売りに来る。売れ残ると教会に持って来てくれた。

 ──半年が過ぎた頃──。

「村で赤ちゃんが産まれたのよ!」

 ルルーは興奮気味に話した。

 ただ僕はその頃、少し感傷的になっていた。

 墓掃除を始めた頃は──人は生き、子を残し、死ぬ、子が成長し、また子を残し、死ぬ──そのサイクルが連綿と遥か昔から続いている事に、そこに様々な人生がある事に新鮮な驚きを感じ、感動すらした。

 だが、数ヶ月の間毎日、人の人生に思いを馳せているうちに……ふと、虚無感に襲われてしまって、抜けだせずにいたのだ。

 死は必ず訪れる。どんな人生を歩もうとも……。

「……お兄ちゃん、元気がないね……そろそろ帰って来たら?」

 ルルーを心配させてしまった。いけない、こんな事じゃ……。


 でも、そんな鬱々とした気分も長くは続かなかった。きっかけをくれたのは、サミエルだ。

 その日もサミエルは、マリアさんの墓の前で一人佇んでいた。

「よお、ヨハン」

「……こんにちは」

 僕はシスターから、サミエルは盗賊ではないし、昔から教会に少なからず寄付をしてくれている、と聞いたので、少しバツが悪い。

「……あなたと、マリアさんは、ここで育ったんですね。シスター・メリーから聞きました」

「……」

「寂しいですね……まだ若かったのに」

「ん〜 ……最近、思うんだけど……マリアは幸せだったよね」

「え?」

「短い人生だったかも知れないけどさ、幸せだったよ、きっと」

 ───僕の中でモヤモヤしてた何かが消えて行くのを感じた。

 死は必ず訪れる。どんな人生であっても。


 ──教会に来てもうすぐ一年が経つ。

 僕はついに、墓地にある全ての墓を磨きあげた。雑草は減り、十字架は全て真っ直ぐに立っている。よし。

 僕は神父様に報告した。

「ありがとう、ヨハン。良く頑張りましたね」

 ……これで、治癒魔法とか蘇生魔法を教えて貰えるのかな……と、思っていたのだが、神父様は意外な事を言った。

「ではヨハン、村に帰りますか?」

 ──え?

「あ、あの……蘇生魔法とかは」

「神父に必要なのは、魔法ではありませんから……あなたは既に、神父となる資質を身につけたと、私は思っていますよ」

 資質?何も変わったとは思えないけど……。

「でも……神父様も、シスターも、蘇生魔法が使えますよね?」

「私は神に祈っているだけです。……そうですね、シスター・メリーが蘇生魔法を教えてくれるでしょう」

 どういう事だろう?ワケが分からないけど、とりあえずシスターに聞いてみよう。


「シスター・メリー、聞きたい事があるのですが……いいですか?」

 僕は神父様に言われた事を話した。

「ホホ……神父様が?」

「シスター、僕は蘇生魔法を使えるようになりますか?」

「きっと、もう使えますよ」

「え!?」

「ホホホ、ちゃんと説明しましょうね……、ヨハン、蘇生は、魔法とは少し違うのよ。どちらも魔力を使うから混同されているけれど。蘇生魔法と言われているものは、そうねぇ、言葉にすると──神に祈って、神の力をお借りしているの。だから私達は、いつも祈りを捧げているのよ。神にお力を貸して頂けるように」

 ──蘇生魔法は魔法じゃない?目からウロコ、だ。

「……ではシスター、誰でも、神に祈れば蘇生魔法が使えるようになるのですか?」

「そうねぇ、資質があれば……でも、魔力は必要ですけれど」

「資質とは、何ですか?……僕、何も変わった気がしないのですが……」

「神に認められる心を持つこと──神の御心を考える者──神と契約を結び……」

 難しい。ちんぷんかんぷんだ。

「ヨハン、焦ってはいけませんよ。常に祈りを捧げることです」

 ────僕はまだ、修行が足りないようだ。


 僕は神父様に、修行を続けさせて貰えるようにお願いした。


 それから毎日、ほぼ一日中、僕は礼拝堂で神に祈り、考えた。

 ────神の心……神との契約……祈る事……祈りとは、神との約束……約束とは代償を捧げること……祈りを捧げること……その者の心……

 そんな僕に、神父様とシスターはいつも

「焦らなくていいのですよ」

 と言った。


 ────ある晩、いつもの様に礼拝堂で祈っていると、バァン!と教会のドアが開いた。

 びっくりして振り返ったら、ナミが駆け込んで来た。

「ヨハン!神父は!?」

 ──その日、神父様とシスターは街の住人に病人と産気づいた人が居て、出掛けていた。

「じゃあ、あんたが助けて!私は神父を探して来る!」

 ナミが飛び出して行く。

「お願いです、神父様!この子を……」

 真っ青な顔をした女の人が、抱いている赤ん坊を差し出した。真っ白な顔、息をしていない……。

 慌てて回復魔法をかける……ダメだ!蘇生が必要だ……!間に合わないかもしれない。僕しかいない。

「ああ、お願いです、神父様……!」

 僕は祈った。

 まだ、小さい赤ん坊だ。ルルーが言っていた、村で産まれた子供かもしれない。必死な母親、生まれて間もない命──。

 神よ、この子と母親をお助け下さい──。

「……ぁ、ふぁ……」

 !!!

 息を吹き返した!回復魔法!

「ふぇ……う、うぇぇ〜〜〜!」

「ああ!良かった!よし、よし……」

 助かった……のか?

「ありがとうございます、神父様!ありがとう……!」

 いや、僕は神父じゃないんだけど……。とにかく良かった!神様、ありがとうございます……!!


 その後、ナミが神父様を連れて帰って来て、シスターも帰って来て。

「ヨハン〜〜!!あぁ、良かった!何よ、もう蘇生できるんじゃない!」

 僕は何と言っていいのか困った。僕は神に祈っただけで────あ。

 そうか、なんとなく、わかったかも……。

 シスター・メリーと目が合った。

 慈愛に満ちた声で、シスターが言った。

「お疲れ様、神父様」


 それで僕は、村に帰ることにした。
























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