第5話 街への旅
僕は、教会で育った。
物心ついた時からそこに居るので、どこで産まれたのかは知らない。
両親も、知らない。
誰かが教会の前に捨てたのか、
村の外で保護されたか、
モンスターに殺られた一家の生き残りか、
両親を亡くして行く宛がなくなったか、
そんなところだ。
僕の後から来た子供達がそうだったように。
シスターは優しかった。
僕達の面倒を見てくれて、村人や、たまに訪れる冒険者の傷を癒し、そして毎日、神に祈りを捧げていた。
でも教会は貧しかった。
収入はわずかな寄付だけ。僕は村の畑を手伝ったりして食べ物を持って帰ったけど、ぜんぜん足りなくて、食べ盛りの弟、妹達はいつもお腹を空かせてた。
だから、冒険者になってお金を稼ごうと思った。
ある日、村に立ち寄った商人に、街まで連れて行って貰えるようにお願いした。
シスターは最後まで反対していた。
僕は十五才で、世間知らずだった──。
「ヨハン、どうした」
え?
「何か考え事か?」
「あ、フレド。……ううん。なんでもない」
「……そうか? ……なあ、村もずいぶん形になって来たな」
「うん。次は何を作ろうか!」
「その事なんだが。教会を作らないか?」
「! ……でも、神父も、シスターも居ないよ」
「村長と話したんだが……」
────魔王がいた頃は、皆、平和な世界を神に祈った。
今は魔王は消えたけど、平和な世界でも人には心の依り処が必要だ、とジールとフレドは考えている。
なるほど。しばらく雨が止まなかった時とか、魚が釣れなかった時なんか、自然と神様に祈ってるもんな。僕も賛成。で、神父は?
「ヨハン、お前にお願いしたい」
はぁーーー!?
「な、なんで!?」
「お前は、誰よりも優しい。それだけで十分だ!」
いやいや、聖職者って、そんな簡単になっちゃうもん?なんか、ちゃんと修行とか……。あ、そうそう。
「僕、解毒や蘇生、出来ないよ?」
神父と言えば、通常の回復の他に、各種異常回復や蘇生も出来なければ格好がつかないだろう。
「ヨハンなら、修行すればすぐだろう、って、村長のお墨付きだ」
……ジールが?
「近く、一度街に行く事になった。それまでに考えておいてくれ」
僕が、神父?
想像もしたことない……でも……。
ずっと冒険者になるつもりで、結局なれなくて、ジールのお陰でこの村に来れて……。
僕はこの村が、好きだ。この村の皆が好きだ。皆の役に立ちたい……。だったら。
街まではかなりの道のりだ。
僕達がこの村に来てから、一度も商人が来た事がない。
「年寄り五人のここに、はるばる来るほどの、用はないんじゃろ。もう何年も来ておらんよ。せめて、東の川に橋があればのう……」
前にお爺さんが言っていた。
村の開拓を進めるにつれ、足りない物や必要な物が出てきていた。街へ買いに行くしかない。
そして僕は、街の教会で神父になる修行をする。
回りにモンスターが居なくなったとはいえ、前みたいに、まだ山奥には討伐されていない強力なモンスターが残っているかも知れない。
街へ行くメンバーは、戦力でジールとフレド、回復役の僕、魔法が使える様になったルルーの四人に決まった。
……ルルーの参加については、ジールは反対したが
「お父さん。私、もう子供じゃないわ!」
と押しきられていた。……まだ十分、子供ですけど。
ルルーは十二歳、僕は
食料と水、テント、街で売れそうな革や薬草、そして一番大きな魔石を荷物に詰め込んで、僕達は村を出た。
「まず川に沿って北に向かう。山に入って川を渡る。山を降りてさらに東に向かい、洞窟を抜ければ村と街道がある。街道を南へ行けば、その先が目的の街だ」
数年前、ジールとルルーが辿った道。
「特に危険な場所はない。……強力なモンスターさえ居なければな」
川沿いの道程は楽だった。
草原と、まばらな森の繰り返し。道はないが、川に沿って歩くので迷う心配もない。まだまだ先は長いので、獣や魚を食料に加えつつ、先を急いだ。
北の山まで三日で着いた。
「ルルー、疲れたら回復するよ」
「まだ大丈夫よ、お兄ちゃん」
「ルー、お前は体力が少ないんだから、マメに回復しろ」
「……はぁい」
ルルーは、あまり疲れたと言わない。
お荷物になりたくない、と思っているのが分かる。
ルルーの体力は、多分、僕やフレドの半分ほど。ジールの三分の一もないだろう。ここからは山道だ。体力の減りが早い。僕が気をつけてやらねば。
山に入り、川を渡れる場所を探す。
「川幅は狭まってきたけど、流れが急だね……」
「昨日、雨が降ったからな」
「もう少し先へ進んでみよう」
川は、その幅を広くしたり狭くしたりしながら、山と山の間を流れている。山をひとつか二つ越えて、やっと渡れそうな場所を見つけたけど、流れは穏やかではなかった。
「よし、ここに橋を渡そう。俺とフレドで木を切って来る」
僕とルルーは休憩の準備をする。
「お兄ちゃんは、神父様になるの?」
「うーん、なれるかなぁ」
「……お兄ちゃんが神父様になるなら、私、シスターになろうかしら」
「ははは、ルルー、シスターになると、結婚出来ないよ?」
「え!?そうなの!?」
「シスターは、神様と結婚するんだ」
「……」
急にどうしたんだろう。僕と一緒に街で修行したい、って事かな?
……魔法使いのシスターなんて聞いたことないけど。
ジールとフレドが、かなりの大木を担いで戻って来た。川に渡して橋にする。
「ふぅ〜」「回復頼むわ」
「お疲れ様!」 二人に回復魔法をかけて休憩。──ルルーがなんだか、さっきから黙り込んでいる。僕、何か変なこと言ったかな……?
やっと川を渡ったが、だいぶ奥まで来ていたので、山から脱出するのに何日もかかった。
村を出発してから九日目、洞窟の入り口までたどり着いた。
「……本当に、モンスターは居なくなったのね」
確かに山奥でも、全くモンスターに会わなかった。
ルルーは少し、残念そうだ。
……なるほど。ルルーは、魔法の腕を試したかったのか。だから、この旅に参加したかったんだ。「街が見たいから」とか言ってたけど。
「ルルーの魔法の腕前は大したものだ」と、お婆さんが言っていた。でもルルーには実戦経験がない。
「ルルー、もしモンスターが出たら、逃げてくれよ?」
ジールが頷き、フレドが苦笑する。
「!……また、子供扱いして!」
拗ねてしまった。
女の子の扱いは難しい。
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