第3話 山越えといえば


 森を抜けると、目の前に岩山があった。どーんと。……うへぇ。


「ジール、ルルーとこの山、越えて来たの?」

「いや、北から大きく迂回したんだ。ルーにはきついだろうし、俺もさすがにルーを背負って登山はきつい」

「じゃあ今回はどうして?」

「近道だ。ヨハンの回復魔法があれば大丈夫だろう」

 あ、なるほど。


 大きな荷物とルルーを背負ったジールを回復しつつ、山を登った。

 途中モンスターにも出くわしたが、ジールが難なく斬り倒していく。

 ジール達と出会ってから、回復魔法ばかりを使い続けたお陰で──僕の回復魔法のレベルが上がった気がする。


 山越え三日目。

「この山で最後だな。ここを越えれば目的地まで一日か二日だ。──こんなに順調に来れたのは、ヨハンのお陰だよ」

「ヨハンお兄ちゃんの、おかげ〜」

 あは。素直に嬉しい。僕はモンスターを倒せないけど、役に立ててるんだ。


 山越え四日目。

 予定通り、日暮れ前に山を降りれそうだ。

「あ、湧き水がある!」

「よし、休憩しよう」

 ジールが荷物とルルーを降ろし、水筒に水を汲む。そこは見晴らしの良い場所だった。眼下にまばらな森と街道が見える。

「ルルー、ほら、道が見えるよ。もうすぐだ──」

 ────振り返ると、囲まれていた。


 山賊だ。

 モンスターの気配ばかり気にしていたから……いや、あと少しと思って油断してしまった。数は……六人か。ルルー、ルルーはどこだ……?よし、大丈夫、岩の陰に隠れてる。そこに居ろよ……!

 ジールはしゃがんで水筒を持ったまま、山賊に背後から剣を突き付けられている。でも、ジールなら大丈夫だろう。僕の仕事はルルーを守ること。僕はジリジリと、ルルーの方に近づこうとした。

「おっと、動くな!」

 山賊の一人が僕の方を向いて言ったその瞬間────

 ジールが動いた。

 低い姿勢のまま後ろの人間の足をつかんで引き倒し、突き付けられていた剣を使って隣のヤツを切る。

 残り四人。

 一人が僕に向かって来た!応戦するしかない。僕だって少しは戦えるんだぞ!──が、山賊の方が圧倒的に強い。身を守るだけで精一杯だ。

 ヤバい、と思ったら山賊が突然、倒れた。背中にナイフが刺さっている。その向こうには、ジール。と、倒れた山賊達。

 僕はホッと息をはいた……。はっ!ルルー!無事!?

 ひょこ、っと岩陰から顔を出すルルー。はあぁぁあー、良かった。


「助けてくれ……。頼む……」

 ナイフが背に刺さったままの山賊が言った。「子供達が……俺が、死んだら」

 ……子供達?

 僕はナイフを抜いて、回復魔法をかけた。

「……いいのか?お前を殺そうとしたヤツだぞ」

「……でも、人間だから。モンスターじゃない」

 山賊は「……恩にきる」と言うと、気を失った。とりあえず死にはしないと思う。

 他の山賊にも回復魔法をかけていく。六人全員にかけ終わると、僕の魔力が尽きてしまった。

「ゴメン、ジール……動けない」

「いいさ、まだ日暮れまで時間もある。ゆっくり休もう」


「あ、あのう……」

 山賊の一人が遠慮がちに声をかけて来た。

「オレ達、どうしたら……?」

 ジールがジロリと睨む。

「とっとと消えろ!!」

「ひっっ!!?は、はい!!」

 消えろ、と言われても無理だろう……。動けそうなのは声を掛けてきたコイツしか居ない。もっと回復してあげたいけど。

 だがその山賊は倒れている仲間に何か声をかけると、急いで行ってしまった。

「……仲間を連れて来たり、しないかなぁ」

「まあ、大丈夫だろう」

 だよね。ジールのあの強さを見て再戦を挑むヤツは居ないだろう。でも万が一に備えて、ルルーには岩陰から出ないように言った。


 しばらくすると、さっきのヤツが戻って来た。人を連れてる──が、女の人が二人だ。

 女達は事情を聞いたのだろう。僕達に頭をさげると、黙って仲間に回復魔法をかけたり、薬草を使ったりした。

 ……山賊の仲間には見えないんだけど……。

 さっき背中にナイフが刺さってたヤツが、起き上がった。

「悪かった……。命まで助けて貰って、何と言っていいか……」

 ジールは黙っている。

 他の山賊達も、神妙な、あるいはバツの悪そうな顔で黙っている。

「……子供達って、言ったよね」

「あ、ああ。オレにも、コイツらにも、家族が居る」

「なんで、盗賊なんか」

「……」


 男はフレドと名乗った。

 フレドはモンスターハント専門の冒険者だったが、モンスターが居なくなってしまって困っていた。街にあった家を売り、同じ境遇のハンター仲間と共に、家族を連れて旅に出た。モンスターを求めて。だが最近は全くモンスターに遭遇できず、食料も尽きてきて、やむを得ず村の畑から食べ物を盗んだりして食い繋いでいた。今はこの近くの洞窟に皆で住んでいる。人を襲ったのは僕達が初めてで、危害を加えるつもりはなかった……。


「ヨハン、そろそろ行くぞ。ルー、出ておいで」

 ずっと黙っていたジールが、唐突に言った。ルルーを荷物に乗せ、担いだ。

 フレドが目を丸くして「子供が、居たのか」とつぶやいた。

 ジールは無視してスタスタと行ってしまう。

「あ、待ってよー!」

 チラッとフレドを見ると、フレドは泣いていた。

「本当に、すまなかった……」


 本当は悪い人達じゃない。

 時代が悪いんだ。


 僕は腰に着けた袋から中くらいの魔石を取り出して、フレドに渡した。

「え? おい……」


 僕はジールを追いかけた。



「まったく、ヨハンはお人好しだな」

「お兄ちゃんは優しいんだよ!」

 ジールだって……。

 ジールは誰も、殺さなかった。器用にね。

「……僕も、ジール達に会ってなければ、ああなっていたかもしれないから」

「……そうか」

「ねぇジール、平和って……思ってたのと、違う」

「……みんな、世の中がまだ、平和に慣れていないんだ」



 それから約一日、僕達は目的地に着いた。





















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