第2話 森の出来事


「──ちゃん。お兄ちゃーん」


 ────なんだ? 懐かしい……柔らかい感触の声がする。


「ヨハンのお兄ちゃん!」

 ────ハッ。目が覚めた。

 テントを這い出ると、明るい笑顔のルルーがいる。

「お兄ちゃん、おはよう!」

「あ、おはようルルー」

 いい匂いがする。ジールがスープをかき混ぜていた。──マントを脱いだジールの肉体は、かなり鍛え上げられたものだった。

「ヨハン、起きたか。朝飯だ」

「……僕も、いいんですか?」

 それは助かる。食べたい。でも、いいんだろうか。昨日も沢山食べさせて貰った。この親子の食料を、僕がこれ以上消費してしまうのは気がひける。

 ジールは僕の気にしている事を分かったみたいだ。

「気にするな、大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます……!」

 木を削って作った器にスープを注いでくれる。芋と草と、何か魚のようなモノが入っている。噛んでみると結構弾力がある。魚じゃないな。味は淡白で香草と良く合う。

「これ、何の肉ですか?」

「昨日、ルーを噛んだ毒ヘビだ」

 !!!毒ヘビ!? 危うく吹き出しそうになった。

「ははは、大丈夫だ、食べる分には毒はないよ」

 ルルーを見ると美味しそうに食べている。うん。僕も有り難く戴こう。


「ルルーもお手伝いしたの!」

 一晩寝て回復したのか、ルルーはとても元気だ。お兄ちゃんは嬉しいよ!

「そう、えらいな!ルルーは」

「お兄ちゃんもずっと一緒なのよね!」

 ん?何の話?

「……ヨハン、これからどうするんだ?」

「えっと……何も、考えてないです」

 そうだ。金も仕事も食料もなしに、これからどうやって生きていけばいいんだ、僕は。幸せな気分が、泥沼に落ちたように一気に重苦しくなった。

「ここに来る途中に、小さな集落があった。俺達はそこに行こうと思う。ヨハン、一緒に来るか?」

 なんとも有り難いお誘いだ。でも。

「でも、僕、足手まといじゃないですか?」

 たぶん、ジールは僕の回復魔法に期待してるんだと思われる。だけど僕の回復魔法は、本当に情けないのだけど、かすり傷程度しか癒せないのだ。攻撃魔法も使えないし、剣の腕もまだまだ修行中。ジールには昨日、話したはずだけど。

「どうせ、ここに居てもしょうがないだろう。ルーもお前を気に入ったみたいだし、回復を使える者がいるのは俺も安心だ。無理にとは言わないが」

「お兄ちゃんも行くよね」

 ルルー。君に言われたら断れないよ!……もちろん断る理由などあるはずもないのだけど。

「よろしくお願いします!」


 こうして僕は、ジール・ルルー親子と行動を共にする事になった。


「その集落まで、どれくらいですか?」

「あの、東の山を超えた先だ。……十日程で着くだろう」

 山越えか。そんなに険しい山ではないと思うけど……。

「山にはまだ、モンスターが居るんじゃないですか?」

「ああ、多少な。……戦闘になったら、ヨハンはルーを守る事に専念してくれ」

 わ、責任重大!でもその任務、頑張ろう!!僕も役に立たなくちゃ。命に代えてもルルーを守るぞ!


「お父さん、これ、食べられる?」

「残念だ、ルー。この草は腹を壊す」

「ふーん」

 森の中を、かなりゆっくりしたペースで進んだ。ルルーの速度に合わせるせいもあるが、食料や薬草を調達しながら行くからだ。

 ジールはかなり上級の冒険者だと分かった。サバイバル能力が凄いのだ。

 薬草の種類や食べられる植物の知識、鳥を弓で射ぬく腕、大剣で獣を仕止めて、ナイフで手際良く解体する技術。

 この数日間で、ジールから色々な事を学んだ。獣の解体の仕方や干肉の作り方。高く売れる薬草や木の根。

 剣も教わっているんだけど、「……ヨハンは魔法の方が向いているかもな」と言われた。つまり、剣の才能はない、ということですよね?

 ……まあ、なんとなく分かってた。自分が非力な事も、俊敏でない事も。でも体力はある方だし、大剣を振り回す剣士に憧れていた。魔法は女性の方が向いているってのは常識だし。だから魔法の練習はしなかった。

 回復魔法を習得したのは、節約の為だ。教会で癒して貰うにも、薬草を買うにもお金がかかるから……。


 五日目。

 そろそろ森を抜けてもいい頃だ。

「!!──止まれ」

 ジールが大剣を抜いた。

「モンスターだ。ヨハン、ルーを頼む」

 確かに気配がする。でも、姿は見えない……どこだ?どこに居る?

 僕も剣を抜き、盾を着けたもう片方の手でルルーを抱き寄せた。

「上か!!」


「ギイィィーーー!」

 飛行型のモンスターだ!デカイ!

 ジール目指して急降下して来る。ジールは大剣を両手で構え、ジッとしている。危ない!と思ったその時、ジールの剣が下から上へ走った。

「ギギャアァ!」

 モンスターは一旦離れたが、すぐ体勢を建て直し、火を吹く。ジールは横に飛んで炎をかわし、すぐさま地面を蹴ってモンスターの片翼の下に入り、その片翼を切り落とした。

「ギャギャア!!」

 地面に落ちたモンスターに飛び乗り、その首に大剣を突き刺す。

「ギィッ……」


 あっという間の出来事。

 ジール……強えーーー!!!


「大丈夫か?」

 はっ。僕は我にかえって自分の役割を思い出す。……ルルーは無事だ。ルルーは僕の手を振りほどき、ジールに駆け寄った。……うん、そりゃそうだよね。ちょっと寂しいけど。

「ジール、スッッゴく強いんだ!?」

「……いや、コイツは本当はもっと手強いモンスターだ。多分、手負いだったんだろう……ほら、見てみろ」

 近づいて見ると、確かにモンスターには大きな傷跡がいくつかあった。

「誰かがコイツと戦ったんだ」

 そしてコイツが生き残っていたという事は……。うう、考えたくないな。

「ヨハン、魔石を取り出してくれ」


 モンスターを倒すと、魔石が手に入る。この魔石が、モンスターの魔力の源だとされている。弱いモンスターだと小さな魔石しか取れないが、強いモンスターからは大きくて良質の魔石が取れる。

 この魔石は人の生活に色々と役立つので、高く売れるし魔石そのものが貨幣の役割を持つ。さて、このモンスターの魔石は……と。

 腹の辺りから魔力を感じたので、腹を裂く。ゴロン、と魔石が転がり出た。

「すっごぃ……」

 こんな大きな魔石、初めて見た。コレを売ったら数ヶ月は余裕で暮らせるな。

「ヨハン、持っていろ」

「……いいの?」

「魔石は持つ者の魔力を高める。魔法を使える者が持つのが当たり前だ。……知らなかったのか?」

 はい。僕、パーティー組んだ事もなかったので。雑魚を倒して手に入れた魔石は、すぐ食事と宿賃に消えてたし。

「早いとこ、森を抜けよう。少し急ぐぞ」

 ジールはルルーをひょい、と荷物の上に乗せると、軽々と背負った。


 ──しかし、森を抜ける前に、陽が落ちてきてしまった。

 仕方なく、テントを張る場所を探す事にした。僕達は少し開けた場所を見つけた……が。

「うわ……」

 そこには、冒険者の亡骸が、散らばっていた。少し前のものだろう。白骨化している。とりあえず、祈りを捧げる……ルルーには見せたくなかったな。

「お骨だね。むにゃむにゃ〜」

 あれ。意外と平気なんだ。

「よし、まずは腹ごしらえだ」

 え〜、ここで……? 気にしなさ過ぎじゃないか?

 僕はとりあえず骨を拾って、一ヶ所にまとめた。テントを張る場所も必要だし。ルルーが手伝ってくれた。

「お骨、どうするの?」

「……後で、お墓を作ってあげよう」

「うん!」

 多分、五人パーティーだったのだろう。頭蓋骨が五つ。武器や防具も錆びついて転がっていた。


「もしかして、さっきのモンスターに、この人達……」

「……そうかもな」

 いつもより暗い、食事になった。


 次の朝。

「ルルーは、お花を摘んで来てくれる?」

 ジールは使えそうな武器、防具の選別をしている。

 僕は穴を掘って骨を入れ、上に五つの頭蓋骨を並べて上から土をかぶせた。錆びた剣を刺して墓標とする。


「お父さん、みて〜」

「何だ?……おお、いい物拾ったな」

 ──綺麗な石のついた指輪だ。骨になったパーティーの、誰かが身に着けていた物だろうか。

「……少し、この辺を探してみるか」

 遺品探し、か。あんまりいい気分じゃないけど……。

 ──ん? 何か、魔力を感じるな。この辺? ──あ、これは!

 ボロボロになった革袋から魔石が覗いている。

「お、やっぱりあったか。貰っとけ。……気にするな、弔い代だ……」

 なかなかの大きさの魔石が何個か、小さな魔石は数えきれない程あった。


 僕達は墓標に花と祈りを捧げ、出発した。































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