平和な世界

ぱぁと

第1話 宿なし生活


 魔王が倒されて一年半。


 世界に平和が訪れた。

 だが僕は困っている。


 魔王が倒される前まで、僕は駆け出しの冒険者だった。簡単な依頼をこなし、僅かな報酬を貰いながら、一人前の冒険者になることを目指し、日々、剣と魔法の修行に励んでいた。貧しくとも充実した日々、ってヤツだ。

 まだまだ弱くて「ひよっ子」扱いだったので、先輩の冒険者達も僕に優しくしてくれた。……ライバル認定されていなかったのだ。


 酒場にくる依頼はピンきりだが、僕みたいなひよっ子が受けられる依頼は、

「落とし物を探してください」とか

「薪割りを手伝って」みたいな、簡単で報酬がおこずかい程度のヤツ。

「街周辺の雑魚モンスター狩り」なんかは少し報酬が良くて、そんな依頼があると「ひゃっほう!」となる。修行にもなるし。

 中級以上の冒険者なら「護衛」や「危険なモンスターの討伐」といった、報酬の高い依頼を引き受けられる。


 僕も早くそうなりたいと思って頑張っていたある日、魔王は倒された。


「やっと平和な世界が!」って街の人達は大騒ぎ。

「勇者すっげー!」って、僕も少し興奮したし、皆が笑顔で喜びに沸いていた。

 その後のことなんて、僕の生活が変わるなんて、考えたこともなかった。

 だって「平和な世界」がどんなモノなのか、知らないんだから。多分、他の人達だってそうだったんじゃないかな?


 お祭り騒ぎが収まってくると、割とすぐ変化は現れた。

 酒場に集まる冒険者達の表情が険しくなった。仕事が減ったからだ。

 まず大きな報酬の依頼がなくなって、次にそこそこの報酬のがなくなって、そのうち安い報酬の依頼すら取り合いになった。

 当然、ひよっ子に回ってくる仕事なんてない。

 もともと貧乏な僕は、たちまち食うにも困るようになってしまった。


 今日、僕は宿を追い出された。宿賃の滞納が三日続いたから……しょうがない。今日から野宿だ。なけなしのお金でテント(中古)を買う。

 街の近くには、もうモンスターは居ない。もし出て来ても雑魚だろうし、僕でも倒せるはず。

 ……でも少し怖いので、他の冒険者たちのテントから程よい距離にテントを張った。


 さて、お腹が減った。何か食べるモノを探さないと。とりあえず森を歩き回る。

 ────が、何もない!なーんにも!

 木の実ひとつ落ちてない。何時間もかけてやっと見つけたのが小さなキノコひとつ。

 参った。歩き回った分、余計にお腹が減った。……しかたない、テントに帰ろう……。


「おい、しっかりしろ!」

 帰り道、男の声がした。何だろう?声のする方に行ってみる。

 木の影から覗いて見ると、小さな女の子が倒れてる!傷だらけの革のマントを羽おった冒険者っぼい男が女の子を抱き上げて、必死に声をかけていた。

「……あの、どうしたんですか?」

 近づきながら話しかけてみた。

「あ!そのキノコは!?」

 ヤバい。僕は手に持っていた今日唯一の収穫を後ろにかくした。

「頼む!その毒消しキノコを譲ってくれ!!」

 え?コレ、毒消しキノコだったの?どうしよう。唯一の食料……。でもこの子、顔が真っ青で苦しそうだし……あ、そうだ。

「何か、食べ物、くれるなら……」

「ああ、わかった!早く!」


 男はキノコをちぎって女の子に食べさせようとしたが、生のキノコはうまく飲み込めないようだ。僕はあわてて水筒の水を差し出した。

 男はゆっくり時間をかけて少しずつ、キノコちぎっては女の子に飲ませた。

 しばらくすると、女の子の顔色が良くなってきた。よく見ると、すごくカワイイ。七才か八才くらいかな。


「……ふぅ。もう、大丈夫だろう。お前のお陰だ。ありがとう」

 冒険者風の男が僕を真っ直ぐ見て言った。ちょっと怖そうだけどカッコイイ人だ。

「どういたしま……」

 ぐぐぅぅぅ〜〜〜

 ……お腹が鳴った。

「そうか、腹が減ってたんだな!よし、飯にしよう。すまないが、そのへんの小枝を集めてくれ」


 男は手早く火をおこし、大きな袋から肉の塊を取り出すとナイフに刺して火であぶり始めた。

 肉の焼ける匂い……!たちまち口の中にヨダレがたまる。

「ほら、食え」

「いっただきます!!」

 ああ、肉! 弾力のある噛みごたえ、確かな喉ごし!旨い!たまらない!

「ははは、よっぽど腹が減ってたのか?」

「モガッ(はいっ)」

「俺はジール。コイツは娘のルルーだ。お前の名は?」

「ヨハン」

「ヨハン、改めて礼を言う。娘の、命の恩人だ」

「いえ、僕こそ!腹が減って死にそうだったから」

「そうか。今、スープを作ってやるから。ルーも、もうすぐ目をさますだろう」

 そうだ。僕は思い出して、ルルーに回復魔法をかけた。

「おお、魔法が使えるのか?」

「これだけ……」

 そう、僕が使える魔法は今のところこれだけ。しかも微々たる回復量。独学だからな。

「いや、使えるだけ大したものだ。ちゃんと師匠につけば上達するかもしれんな。……ところで、どこから来たんだ?」

 僕は、今日街から出て来た事、近くにテントがある事、食べ物を探してさ迷った事などを話した。


「そうか……。こっちの街でも仕事はないか」

 ジールとルルーは隣の街から来たと言う。どこでも冒険者の状況は一緒のようだ。これからどうしよう。

 冒険者になっても仕事がないなら、僕は何になればいいんだ……。


「……おとうさん」

「ルー!どうだ、気分は?」

「うん……大丈夫」

「スープ飲むか?」

「うん」

 あー、良かった。助かったようだ。食欲があれば大丈夫だ!

 ……ルルーがじぃーっと僕を見てる。

「ルー、この人が助けてくれたんだぞ」

「……ありがとう、お兄ちゃん」

 いや、たまたまキノコ持ってただけで。キノコと引き換えに肉が食えるとは思いませんでした。君のおかげだよルルー!


「はぁー、ご馳走さまでした!」

「腹いっぱいになったか?」

「はい!」

 そろそろ暗くなってくる時間だ。

 ルルーがじぃーっと僕を見てる。……カワイイ。

「あの、これから街に行くんですか?」

「んー……いや、今日はこの辺でテントを張るよ。ヨハンのテントは近いのか?」

「はい、少し向こうです」

「お兄ちゃんと一緒がいいよ」

 え?

 ルルーちゃん、命の恩人のお兄ちゃんが好きになっちゃったとか……なんて。

「そうか。ヨハン、君のテントの近くに行ってもいいかな?」

「あ、はい。もちろん!」


 ジールは僕の向かいにテントを張った。

「じゃあヨハン、おやすみ」

「おやすみなさいお兄ちゃん」

「おやすみ、ルルー」僕もテントに入る。

 くぅぅ〜〜〜ホント可愛いな!大きな褐色の目とちっちゃな鼻と口、桃のようなほっぺ、サラッサラの髪。まるで天使だ、ルルーは。

 ……断っておくが、僕はロリコンじゃない。たぶん……。ちょっと、村の妹や弟達を思い出しただけだ。──皆、どうしてるかな……。


 明日の生きる術すらないのに、そんな事を思いながら眠りに落ちた。

























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