第11話 勇気をもらって

 -・*・- オリ視点

「......おかしいな。目の前に山積みの書類が見える」


 執務室に入ったリアムが開口一番そう言った。後ろを歩いていた私は、いきなり立ち止まったリアムを避け、机を覗き込む。


「ーーあるね、確かに」


 そこには確かに、昨日まで通り大量の書類が所狭しと並べられていた。


「......父上は今日からの仕事はなしと仰ってなかったか?」


 なおも現実を認められないらしいリアムを横目に、机に近づいて本を一冊手に取る。そこに書いてあったのはーー『トウ国の歴史』。


「仕事を省いてやるからトウの勉強をしろ、ってことだね」


 そう言いながら本を掲げると、本と私を交互に見やった後リアムはふっ、と笑った。

 その目は全力で据わっている。


 勉強という以上、私が手伝えることはない。私がトウ出身とはいってもそのときの大半は孤児だし、8歳のときにはトウを出たのだから。それは、望まぬ出発ではあったけど。


 なんて黒い方へ走り出した思考を止め、ひとまずあるじを机につかせるべくーーというより私がこの場を発つべく、口を開いた。


「まぁ、頑張って。私は騎士団の方へ顔を出してくるから」


 その前に思考を飛ばせていた影響か、あまり上手く説得の言葉を並べられなかった。


(これじゃリアムは納得しないだろうな)


 そう思ってリアムを見たのだが、反応は予想の斜め上だった。


「ふふふふ、ふふ......オリ、俺は現実逃避なんぞしない。今日中に全て終わらせ、そして......、騎士団の練習に飛び入り参加の後、オリに勝つ! 今日こそな!!」


(......)


(まぁ、大人しく勉強してくれるならなんでもいいか)


 無言で礼をして部屋を後にした。




 -・*・-

 リアムなしにゆっくりと城を歩くのは、随分と久しぶりな気がする。

 この国に来て10年、リアムの護衛騎士となってから3年。あっという間だったと思う。初めこそ、ガキが仲良いからって王太子の護衛任務なんか任されやがって、という視線をいっぱい浴びたし、実際に言われたこともある。でも最近では、それなりの立場として尊敬してくれているのだと感じることも多々あるのだ。


 (リアムの、おかげだ。今見える夏の青さとは真逆の日、リアムが私に話しかけてくれたから)


 あの日の自分たちを想って、自然と口元が緩んだ。


「あれ、今日は兄上はいらっしゃらないのですね?」


 そう声をかけて前から歩いてきたのはーールース殿下だ。

 歪みそうになる口をこらえ、ゆっくりと礼をする。


「ーールース殿下。リアム殿下は今は執務室にてお勉強をされていますから」


「あぁ、トウに行かれるそうですね。貴女もご一緒に?」


「はい、私は護衛騎士ですので」


「そうですか、それは......。貴女にはお辛いのでは?」


 心配げな顔ーー全て知っているくせに。もちろん、自分がなど、お互いおくびにも出さないけれど。


「いえ、昔のことですから」


「......それなら、安心ですね」


「ーー失礼ながら、騎士団の稽古に出る予定ですのでこれで下がらせて頂きます、ルース殿下」


「そうでしたか、それは引き止めてしまってすみません。では、また」


 その言葉に、無言で礼をして立ち去るーーリアムに対してとは、真逆の気持ちを渦巻かせて。


「ああ、トウ国へはどうぞお気をつけて下さいね」


 後ろから追いかけてきた言葉に、足が止まる。まさか、何か途中に仕掛けるとでもーーいや。仕掛けるなら宣言する必要はないし、今仕掛ける理由もないはずだ。


(つまりは、ただの皮肉ということか)


「......お気遣い感謝いたします、それでは」


 ふつふつと沸きそうになる怒りを収め、もう一度だけ礼をして今度こそ歩き去った。




 -・*・-

 ギィィ、と剣が悲鳴をあげる。


「ッ、」


 強い力に耐えようと、自分の口からも息が漏れた。それなのに相手の男はにぃ、と強気に笑う。


「あっ......!」


 一瞬の隙。でもそれは相手にとっては十分な猶予。私の剣は横に弾き飛ばされ、私もドサッと尻餅をついた。


「がはは! オフィーリア、強くなったな!」


 目の前の男が笑う。相変わらず、声がデカい。


「......ずっと勝ち越している方に言われても、とは思いますけどね、団長」


「んん、そうか? だが、お前ほど俺の剣についてこられる奴はいない、自信を持て!」


 団長はそう言うと、またがははと笑った。

 もう色々と雑だ。でもその大雑把さが、根拠のない叱咤が、私を奮い立たせてくれる。


「手合わせ、ありがとうございます」


 礼をすると、ピタ、と団長の笑いが止まった。そしてぐぐっと眉をひそめて私を凝視してくる。


「......オリ」


 子どもの頃の呼び名、なんで、今......?


 困惑して顔を見上げると、目があった瞬間団長が優しく笑った。


「なんでもない。だが、何かあれば相談しろよ。こんなでも、俺はお前が子どものときから見ているからなあ」


 はは、と頭を撫でられる。


(私は、そんなに険しい顔でもしていたのだろうか......?)


(でも、そうか。そうかもしれない)


 ルース殿下を相手にすると、どうしても疲れるのだ。きっと緊張が残っていたのだろう。


 でも、普通は気づかないくらいのものだとは思う。私だって貴族社会に紛れる中で、表情を繕う術は身についているのだから。

 だからそれに気がついた団長は、なんだかんだ言っても、団長としての強さと優しさを兼ね備えた私の憧れだ。


 だからこそ伝えられないことが辛いけど、でも。


「ありがとうございます、私は大丈夫です」


 今、勇気をもらったところだから。

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