第12話 貸しひとつ (デュー視点)
「
「りょーかい。今行くよっと......げ」
視線の先に見えたのはーーいや見るつもりなど毛頭なかったけど見てしまった先にいたのは、王太子殿下の仲間入りをした元貴族だという男、セシル・グレイだった。
しかも動きが怪しい。
本人は傭兵を偽っているつもりで貴族の癖が出てしまうと言っていたが、あれは貴族もやらん。ただの怪しいやつだ。
迷ってーーオフィーリアどのと殿下への恩とグレイどのへの苦手意識を比較してーーギリギリ脳内殿下方が勝利したので、軽く舌打ちして近づく。
「......あっの~、グレイどの?」
普通に話しかけたのにも関わらず、男が真上に飛び上がった。
「な、き、君!......ん? 君はこの間の......デューどの! 君はこんなところで一体な」
「ここは俺の商会の目の前なんでね。で、あなたはこんなところで一体何されてるんですかね?」
「あーいや私は、街を散策していてな、その、」
「迷ったというわけですか」
「うぐっ」
なるほど。確かに王都はだだっ広いし、大通りから一本裏手に入れば迷路みたいな路地が広がっている。
(にしても、王子の秘密の仲間がこんな体たらくじゃ俺も困るんだがな)
「ちょっとついて来てください」
「えっどこに」
「はい余計な言葉は謹んでくださいねー。あ、あの方の仲間を辞めるっていうなら置いて行きますけど」
「辞めるものか! ご恩には報いなければ」
真面目な顔でそう言ったグレイどのの目に、自分と同じものを感じる。
(やっぱ嫌だな、自分を見させられているようで)
「はぁ、んじゃ行きますかぁ」
やる気は半減、だが決めたのは自分。
さっさと終わらせるとしよう。
-・*・-
「ここ、か?」
「はい飲み屋ですね~、こういう所は秘密流出にも保持にも向くんですよ。じゃ、入った入った」
「あ、あぁわかったから押すんじゃない!」
「へいへい」
適当に返事をして背を押しつつ、いつも商談用に使っている奥の部屋の、更に奥の個室に入った。この間殿下方とも話した場所だ。
「じゃ、おねーさん果実酒2つーー」
「果実水を2つ頼む」
あっさりと訂正される。そういうところは殿下方と同じ貴族様か。
「......じゃ、それで」
重い溜息をこらえてそう告げると、店員がひとつ礼をして下がった。
(ーーさて)
目の前で俺のことをじーっと見ているこの男をどうしようか。つかなんでそんな見てるんだこの方。
「......あのですね、グレイどの」
「未成年の飲酒はダメだぞ」
(うん? あ、まさか俺のこと見てたのってそれを言いたくて? つか今? 今更なの?)
「あぁ、はい。知ってますけど」
適当に答えると、グレイどのがぐっと眉をひそめた。
「ーー私の父上も兄上も、酒癖が酷かった。あんなものに、わざわざ飲めないうちから溺れる必要など無い」
「!」
(あぁ、そうか)
そういや、グレイ家の末路はだいぶ悲惨なものだった。その噂を聞いたときは、お調子者貴族がまた、としか思わなかったが......この人は当事者なワケで。
(そりゃ、止めるか)
それが原因で無くとも、少しでもその罪に、存在に繋がるのを防ぐために。
(そして、こういう真面目なところが、殿下に引っ掛かったってことね)
運ばれて来た果実水をひと口だけ口に含み、そのさっぱりとした甘さを感じつつ飲み込んで、グレイどのを正面から見る。
「ご忠告、どうも。俺も少しあなたに言わせてもらいますけどね」
「あ、ああ。なんだ? 」
「それですよ」
「それ?」
「そ。その口調、いつになったら直すつもりですか? それに、傭兵が街で迷うなんてアホなことしてどうすんです?」
厳しめに言ったのは、それだけ納得がいかなかったから。さっき見せた真面目さと相反する、この体たらくぶりに。
それに何より、
「ーー殿下方を危険に晒すつもりですか?」
それだけは許されない。絶対に。
殿下方にはーー殿下には、幸せになってもらう必要がある。
「あのお方の邪魔になるなら、俺があなたを切ります」
感情のままに伝えると、グレイどのは僅かに目を見開き、ぐっと口を結んだ。どうやら、自覚はあったようだ。
「ーー私は、いや、俺は。俺を信用できないからだ」
「信用?」
「そうだ。俺は、あの父上と兄上と血が繋がっていて、同じ場所で生きてきた。ーーだから、」
そこで一度言葉を切ったグレイどのの顔が歪む。
「ーーッだから、俺も何かやらかすかもしれない。そう思うと、とても自分自身で自分を変えていくのが怖くてたまらない」
「へぇ」
意外に重い理由だ。これは、なかなか傭兵として意識を変えるのは難しいかもしれない。
「ッ、それに何より!」
続けて叫んだグレイどのの、ゆらゆらと自信なさげな視線が下を向いた。
「殿下が褒めてくださったのは、俺の貴族としての兄と父の罪への償いだ!」
「うん?」
「だっ、だから、俺は認めて頂けた貴族としてならともかく、傭兵としてはどうしたら良いやら分からなくて......!」
「......なる、ほど?」
ーーいやなるほどじゃない。
(え、一番気にかかってたのってそこなの?)
だとしたら、それは。
「......いや、それは問題ないだろ」
「え?」
きょとんとした顔。まさか本当にこの男分かっていないのか。
「言っておきますけど、一応殿下が、王太子ともあろう方がそんな理由だけで人を選ぶと本気で思ってるんですか?」
「......へ?」
なおも分からない様子に少し語気を強める。
「だから! 殿下は俺に話しかけてきたときも、俺の背景やらなんやら細かいことめちゃくちゃ調べてましたからね? いやそれはもう怖いくらいに」
それでも首を傾げるグレイどのにもう一度溜息をついて、ストレートな言葉に言い直す。
「あなたのそういうところも全て知った上で、あの人はあなたに話しかけたんですよ。だから、あなたはあなたの思う通りに尽くせばいい」
つかそれを求めてるんだ、まで言おうとして言葉を止めた。
なぜなら、それを聞いたグレイどのの目がゆっくりと見開かれ、なんと涙がこぼれ落ちてきたからだ。
「ちょ! 良い大人が泣かないで下さいよ! なんなんですか一体......」
慌てて声をかけるも、泣き止む気配はない。
それどころか。
「うぅ、うっ、デューどの......!」
げ、ちょっと、泣きながらそのやけにキラキラした目で見つめてくるのやめてくれませんかね。
なんて言葉を危うく飲み込んで。
「......なんですか」
「俺はッ! 俺は、必ず立派な傭兵になってみせるぞ! 今日からだ!」
「......うん、俺のいないところでね」
ついに出てしまった言葉はグレイどのの男泣きに消された。
(なんか、拍子抜けだねえ、こりゃ)
声を上げながら泣くグレイどのを見て、苦笑がこぼれた。
だがふと、ひとつの疑問を思い出す。
「ーーそういえば、道に迷っていたのは?」
今の話の理由には関係なさそうだ。だとしたら、まさか。
俺の疑問にぴくっと肩を揺らしたグレイどのの目が、左右に泳いだ。どうやら予感は当たったらしい。
「......俺は、方向音痴なんだ......」
(......)
うん、やっぱりか。
今までで一番長い溜息をついてから、覚悟を決めて目を開く。
「じゃ、俺のもとで働いてください。期間はとりあえず、俺が
「え、だが、」
「はいそこつべこべ言わない! あなたにとっても、お金が入るわ道は覚えられるわで一石二鳥でしょうが」
まぁ、商会の中でも、道を走り回るような仕事はかなり大変だがそれは言ってやらない。
その代わりに、また涙をにじみかけさせたグレイどのが頭を下げるのを見守る。
「ッ、ありがたい。よろしく頼む」
「はいよ」
(全く。これは殿下とオフィーリアどのに貸しひとつ、だな)
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