第9話 置いてけぼり殿下

 -・*・- リアム視点

 冬の透き通った空気の朝。

 その中で、風を切り裂く短い音。


 それに呼ばれた気がして振り向くと、自分と同じ年頃の女の子が手も顔も真っ赤にして一心に剣を振っていた。

 まだ誰もいない淡い光の中で。

 拙い剣の腕だ。それでもその子は凄く綺麗だと思った。


「お前......。」


 思わず声をかけると、ぴくっとその子の肩が震え、顔がこちらに向く。

 目が合うと、女の子が一瞬びっくりした後に笑みを浮かべた。


(あぁ、あの微笑み、あれは)




「......オリ。」


「なんだ、起きてたの? リアム。」


「ーーへ?」


 目の前の顔に焦点を合わせると、見ていたはずの女の子の笑顔ではなく、いつも通りの幼馴染の無表情がそこにあった。


「オリ?」


 問うように声を出すと、無表情が訝しげな顔に変わった。


「ぼけた?」


「いや、もう子どもじゃないからな......あ。」


 いや、ぼけた? に対する答えは、まだそんな歳とってないわ! だった。

 夢の中の子どもとしての意識が残っていたのか、変な返しをしてしまった。


「......今日はもう少し寝といたほうが」


 案の定、訝しむを超えて心配げに眉を下げたオリを、慌てて止める。


「いや! これは少し夢が残ってただけでな! 問題ない。」


「ーーなら、良いけど。」


 ふっと顔を綻ばせたオリが窓まで歩いていき、カーテンを開けた。


「今日はデューとグレイどのの顔合わせでしょ。場所は用意してあるし、仕事もないからゆっくりできると思うけど、寝惚けて国家機密を漏らしたりしないでね?」


 にっ、と優しく笑った顔は、夏の日差しを浴びていることもあってか、夢のあの子よりもずっと輝いて見えた。




 -・*・-

「お、集まってるな。」


 そう声をかけた瞬間、グレイどのがぐるんっ、と凄い勢いでこっちを向いた。


「殿下! この子どもは一体、」


「だから子どもじゃないって言ってるんですけどねぇ、全く。あ、殿下、オフィーリア殿、お久しぶりでーす。」


 立ち上がって興奮するグレイどのに対して、デューはあくまでいつも通りだ。机の上に広げた資料ーー恐らく商会に関することだろうーーを眺めながら、優雅にお茶を飲んでいる。


「ちょ、君緩すぎないか!」


 グレイどのがデューの言葉に敏感に反応する。

 そのタイミングで、オリが俺の一歩前に出た。


「はい、2人とも黙る。一応秘密裏に集まってるってこと、忘れないで。」


「も、申し訳ありません、オフィーリアどの。」


「いや本当この方ずっと煩いんですよ、オフィーリアどの。まさかとは思いますけど、新しい仲間がこのお貴族様ってわけじゃないですよね?」


「あたり。」


「うわぁ......。」


 デューが心底嫌そうな顔をした。


「うわぁってどういう意味だ。というか、お貴族様と言ったか君! 私は今は傭兵として」


「口調がなってないんですよ。君とか私とか、お貴族様しか使わないやつですからね。」


 全く静かにならない2人を前に、まぁあるじからしてこんなだしね、とちょっといやだいぶ聞き捨てならない台詞を呟いたオリは、お茶を作り直しながら会話に入った。


「口調といえば、初めは俺って言ってましたよね、グレイどの。それにもう少し一般の方々に近い話し方だったと思いましたが。」


 途端グレイどのが気まずそうな顔になる。


「その、あれは、貴族の口調では傭兵として馴染めないと思ったので......。」


「なるほどな。」


 ここでようやく俺が口を挟めた。


(いや、この面子の中で一番立ち位置が高いはずの俺が置いてけぼりってちょっと凄くないか?)


 なんて、少し拗ねていたのは秘密だが。

 それよりも要件を伝えてしまおうと思って口を開く。


「まぁ、それは外で動くときに気をつければいいだろう。それより今日は話すことがあっ」


「あ、そうそう! 外国から少し面白いボードゲームを手に入れたんですよ。みなさんで試しても......いや、仲を深めるためにやりませんか?」


「おい君! 今殿下が話している途中だっただろう!」


「おや、やりませんか? やる前から逃げるんですかぁ?」


 デューが煽るような声を出す。


「んなっ!......やってやろう、君には負けないからな。」


「良いですねー男ですねー。さ、やりましょう。」


「......」


 簡単に会話の主導権を奪われ呆然としていると、オリが俺の前に紅茶のカップを置いた。


「リアム......お茶。」


 「リアム」と「お茶」の間に俺を見たオリがふっ、と鼻で笑った気がしたのは気のせいじゃない。

 すぐに視線を逸らしたのが証拠だ。


「......つ。」


「「「え?」」」


 3人が俺の方を向いた。


「......そのゲームは俺が勝つ‼︎ ぜっったいな!」


 半ばやけくそになって宣言した。


(もうこうなったら、ゲームで勝って俺の話を聞かせてやるわ!)

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