第8話 今はまだ

 -・*・- オリ視点

「失礼致します、陛下」


「ああ、リアム。オフィーリア君も入りなさい」


 リアムが入ったのを見届け、お話が終わるまで廊下で待っていよう、そう思ったのも束の間、陛下にそう言われ、一礼して部屋の中に入った。


「さて、いきなり呼んでしまってすまないな」


「いえ。ですが、何か至急の用事でもあったのですか、陛下」


 入れてもらったとはいえ私はただの騎士。直接話しかけられたときを除き、受け答えは全てリアムが行う。

 だが、私まで呼ぶ必要のあることーーとなれば、何らかの外出予定でも入ったのだろうか?


「至急、と言えば至急だな」


 にや、と笑った。

 凄まじく嫌な予感がするが、もちろんそれを顔に出すわけにはいかない。


(あ、リアム、顔に出ちゃってるね)


 いや、あの顔は隠すつもりがないのだろう。


「はは、素直だなリアム。少しはオフィーリア君を見習いなさい。ーーと、さて、あまり時間がないので本題に入らせてもらうが、リアム、お前は外を出歩くのが好きなようだな」


 今度ぎくっとさせられたのは私だった。対してリアムは、むしろバレたなら仕方ないか、とでも言いたげに堂々とニヤッとした。

 ......堂々とニヤッとしたってなんなの、と自分でも思うけど、あれは堂々とニヤッとだ。


「ええ、民の暮らしを間近に感じてこその政治ですから」


「なるほどな。では、そんなお前ならお手の物だろう。リアム、トウ国へ行って来なさい。期間は3ヶ月、そしてそのあと3ヶ月かけて各地を回れ」


(ーーーーなっ)


トウ国ーーーー3ヶ月ですか?!」


 リアムが驚きの声を上げる。私も思わず目を見張った。トウ国、それは今私たちが問題としている、だ。つまりルース殿下が繋がりを持たれている国。


 ーーそして。私にとって彼の国は、それの重みも持っていた。


「そうだ。あちらで他国のことを学び、次世代との繋がりを作ってこい。 そして、帰りは地方の村を巡りながら、王都以外の民の暮らしも学んでくるのだ」


「ーーは、それは......また、長いですね」


「王になれば簡単には出歩けなくなるからな。今のうちに民の心を学んできなさい。出発は2週間後。それまではお前の仕事は他の者に割り振るのでな、よく準備するように」


「ーー承知致しました」


 リアムがサッと礼をする。陛下はそれを見て軽く頷くと、私の方に目を向けた。


「して、オフィーリア君」


「は」


 すぐに返事をしたつもりだが、私が動揺したことに陛下は気づかれただろうか。

 失礼にならないようゆっくりと視線をあげると、視線が合わさった瞬間、陛下はふっ、と顔を綻ばせた。


「そなたにとってトウ国は、良い思い出の無い場であろう。だがそう案ずるな。何かあればリアムを頼れーーだが、いざというときはそなたの力に頼らせて頂こう。王太子を頼んだぞ」


 、わざとそう仰ったのは、私にこの護衛の重みを感じさせるためだろう。やはり、陛下直々のお言葉はとても重い。だが、私は元よりリアムを守り抜くとから心に決めている。


「ーー必ず、お守り致します」


 恐らくは、その言葉を口にした私の表情が硬いものだったからだろう、言葉を聞いた陛下が私を憂うように微笑んだ。


「何度でも言うが、心配ない。かつては彼の国の孤児とて、今はこの国の民、そしてリアムの護衛騎士だろう」


 陛下のその言葉の温かみは、私の悩みが事実それであったなら、どれだけ私を癒しただろう。ーーけれど、実際の私の今を思えば、表情の本当の理由を考えれば、その言葉はむしろ棘を持つ。


(でも。今はまだ、それを悟られてはいけない。全ては、リアムのために)


 その覚悟を笑顔に。瞳に宿して。

 陛下の顔を一度見上げ、頭を下げる。


「ーーお気遣い、感謝致します」


 陛下は満足そうに深く頷いていた。




 -・*・-

「ーーというお話をうけましたので、私もトウ国にしばらく滞在致します」


「はは、そうか! それは僥倖! あの王太子がいない間に色々と進められようぞ!」


 嬉しそうに叫んだ男の顔がニタァ、と卑しい笑みに歪んだ。


「ーーあぁ、あの国が我が国、トウのものになる日も近い。ふふ。ああ、良く報告したなオフィーリア。ーーまた、頼むぞ?」


「えぇ、必ず」


 顔全体に貼り付けたのは、嘘の笑み。

 それでも男は満足そうにふふふ、と笑った。


(当たり前だ。この笑みを見抜けるのは、見抜けたのはただひとり、リアムだけだから)


 そしてこれは、リアムのための、嘘。

 だから、今はまだ彼にこの顔を見られるわけにはいかない。


 あの日、私を救い上げてくれた彼に報いるために。

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