第7話 休憩時間に
-・*・- リアム視点
「これは終わらん......」
先程追加された書類の山から目を逸らして息を吐き出す。そして、隣の小机で凄い勢いで書類を仕分けていく幼馴染をちらっと見た。
(剣もできて机仕事もできる。しかも綺麗ときた)
正直言って、この幼馴染には嫉妬するようなことも多くあった。俺なんかよりオリが王女として産まれれば良かった、なんてヤケになったこともある。
でも最近は、そんなオリが俺を本気で主人として慕ってくれているのだということにやっと気がついた。そしてその信頼が、俺に自信をくれるのだということも。
グレイどのを見つけたのも、そんなオリのために主人たる俺も頑張らなきゃな、と気合を入れて仲間探しに励んだからというのが実際のところだ。
(そしてこの大量の書類もその成果のための代償と考えれば軽い......いや、やっぱり重いわ)
「ーーこれは多少の休憩くらい許される気がするな」
無意識のうちに呟いた言葉を聞いたらしいオリは、呆れ顔を隠すこともなく俺を見た。
「さっきから何をアホなこと言ってるのかと思えば......。書類を置いて真剣に考えた結果出た結論がそれなの?」
オリの言葉は他の誰のものより俺に刺さる。しかも思いっきり、グサッとだ。
とは言っても、怒られることの少ない王子としてはその対等な言葉はむしろ少し嬉しいこともあるのだが、それにオリは気づいていないだろう。気づいていたら、汚れたものでも見るかのような目で見られたあと、数日口を聞いてくれなさそうだ。
そんなオリを想像しつつ、相変わらずジトッとした目で俺を見ているオリと目を合わせ、にっ、と笑う。
「こんな結論しか出ないくらい疲れてるっていうことで、行かないか?」
オリ相手だから言える暴論だ。
オリは一瞬目を見張ったが、すぐに溜息をつくと苦笑してこう言った。
「......全く。少しだよ。流石にこれ以上仕事は遅らせられないからね」
-・*・-
就業中の宮廷内は色々な人が行き交う。とは言ってもいつもの俺は歩き回らない時間帯だから、どうせならと普段は行かない方へ足を向けてみることにした。
「いよいよ夏本番だなあ」
廊下に差し込む日差しはジリジリと暑く、歩いているだけでじんわりと汗が滲んだ。
「あれ? リアムの世界ではこの間まで春だったよね。早いね時が経つのは」
日差しの方を向いて目を細めながらオリが答えた。いやからかってきた。
「げ、お前まだそれ引きずるのか! 」
「きっと渾身の冗談でしょうから、乗って差し上げたのですが、無駄足でしたか。申し訳ありません」
そう言ってオリは明らかに落ち込んだ顔をしてみせる。それがわざとだと分かっていても、ついつい心臓がドキッと慌てるのを感じた。
「ちょ......オリ! 今敬語はずるいだろう! 俺が無茶振りしたみたいなるわ!」
「ふふっ」
焦って叫んだのに、オリはもう肩を震わせて笑っていた。
「......お前な」
「いや、わざとだよ。ごめん」
今日もいつも通り踊らされた俺は、わざと大げさにしかめっ面を作ってみせる。
そんな俺の魂胆など分かっているのだろうオリは、それでも苦笑して肩をすくめると、
「申し訳ありません、リアム殿下。以後は気をつけましょう」
そう言って恭しく頭を下げた。
「仕方ない、今回は許そう」
俺もそう返してみたが、やっぱりこんな主従関係は俺らに合わない。
一瞬の空白ののち、俺たちはお互いの仮初めの真顔を見合って吹き出した。
「相変わらず仲がよろしいのですね」
不意に後ろから声が飛んでくる。途端オリの顔が真面目なものになり、俺の一歩後ろに下がって頭を下げた。
「お久しぶりです、兄上。それに......オフィーリアどの」
歩いてきた人物ーー俺の弟、ルースは俺とオリに順番に視線を移しながらそう挨拶した。
「ご無沙汰しております、ルース殿下」
オリも頭を下げたまま挨拶を返す。
ルースがそれに僅かに頷いたのを見て、俺も口を開いた。
「元気そうだな、ルース」
ルースの、俺と同じ色の瞳が、形のいい口と一緒に弧を描く。
「えぇ、おかげさまで。兄上は散歩中ですか」
「あー、まぁそうなるな。ルースは?」
「私はもう書類を片付け終わりましたので、騎士団の方へ顔を出そうかと」
「もう終わったのか? 早いな」
「......私は街に出たりしませんから、仕事も先にやってしまうことが多いもので」
ルースは笑みを深めてそう言った。
これはどうやら昨日の外出も、その前にちょこちょこ出てたのもバレてるらしい。皮肉、いや牽制と言ってもいいかもしれない。
だからあえて俺も笑みを返した。
「そうか。だが、街に出ないと本当の民の暮らしは分からんぞ。お前も行ってみるといい!」
「ーーそれでは兄上に案内をお願いしても?」
「え」
(案内を?)
「リアム殿下、こちらにいらっしゃいましたか! 王がお呼びですぞ」
一瞬フリーズしたとき、再び誰かに声をかけられた。振り向くと、ツカツカとこちらへ歩いてきたのは父上のおつきの執事だった。
「おや、これはこれは。ルース殿下もいらっしゃったとは。お話中でしたかな?」
そう首を傾げた執事に、すぐさま答えたのはルースだった。
「いや、問題ない。ーー兄上、それではまたいずれ」
そうしてサッと礼をするとさっさと歩いて行ってしまった。
「では、よろしいですかな」
それを見送り、執事がこちらを向く。
早い展開に一瞬瞠目し、だが王からの呼び出し以外に優先することもないので頷いた。
「ーーああ。すぐ参ると伝えて頂けるか」
「承知。お待ちしております」
ぺこり、と礼をすると執事も足早に歩き去った。
「リアム、行こう」
オリがやや気遣わしげな顔をして俺の横に立つ。
「そうだな......嫌な予感しかしないけどな」
ははっ、と乾いた笑いが出た。
(歩き回ったせいで、休憩どころか考えなくちゃいけないことが続々と増えたようだな)
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