第6話 明日への希望と重い夜

 -・*・- オリ視点

「王太子殿下が私に仲間になってほしいと......?」


「あぁそうだ。嫌か?」


「いっ、いえっ! ですが、私は罪人の息子です! そんな簡単に身の内を晒さないで下さい!」


(全くだよ)


 そう思って、やや睨むような視線をリアムに送ると、リアムはうっ、と狼狽うろたえた。


「いや、まぁ、そう言ってくれる時点で大丈夫だとは思うけどな、欲しいなら理由をつけようか」


 やっぱり初めからこのつもりだったのか。


(それは、私に先に話さなかったことも含めてぜひとも、)


「ぜひとも、聞きたいところだね」


 そう言って微笑んでみせる。

 するとリアムは、どうしたものかな、なんて言いたげに苦笑を作った。


「と言っても、ごく単純なものだ。俺は後学のためにグレイどのらの裁きを見ていた。そして......グレイどの、貴方が必死に身内の失態を償おうとするのもな。その働きが認められ、貴方は爵位剥奪に留まった。だが、その後の行き先を追えなくてなあ、いや、探したぞ」


「わざわざ、探されたのですか......?」


「そうだ。貴方のお父上の元領土に定期的にまとまった額の募金が届くこと、地方の傭兵上がりにしては腕が立つのに騎士団に入ろうとしないフードの男が街にいること......元々は、別々の場で噂として聞いただけだが」


 噂。恐らくは、街に来ていたときに小耳に挟んだ程度のものだ。つまりその場には私もいたはずだけど、記憶は全くない。

 分かってはいたけど、やっぱりリアムは王子なのだ。普段の少しだらしなく見えるときも、実際は他人よりずっと多くの情報を受け取っているんだろう。

 そして、それを知っているから、私はリアムについてきた。


 (やっぱりリアムは私のあるじだ。護る価値のある人。王になるお方)


 そう改めて実感して、胸の奥がふわっと暖かくなる。


 そんな風に、話に関係ないところで動く私の感情なんてリアムは知る由もなく、話を続けている。


「仲間が欲しいと考え、貴方に思い至ってからは、その男が貴方ではないかと探っていた。そしてデュー......知り合いの商会のやつから酒場の話を聞いて今日動いてみたところだ。まぁ、まさかいきなり本人に当たるとは思わなかったけどな」


「そ、それで、なぜ、そこまでして私を......?」


 呆然とその話を聞いていたグレイどのがした質問に眉根を寄せると、だがすぐに肩をすくめたリアムは苦笑しながら言った。


「まぁ、結局は勘かもな」


「えっ?」


「いやな、貴方の行動を見て信じられる人だと思ったって言うこともできるが......いや、やっぱり勘だな」


 そこまで言うとリアムはにっ、と笑ってグレイどのを見た。


「貴方なら一緒にやっていけると思った。それでは納得できないか?」


 その言葉にグレイどのは目を見開き、くっ、と声を漏らすと一度目をぬぐい、跪くような姿勢をとって顔を上げた。


「ーー勿体ないお言葉。このセシル・グレイ、必ずお役に立ってみせましょう。全ては、リアム・ウォーレンロード殿下の為に」


「違うぞ!」


 リアムはいたずらっ子のような笑顔でそう声をあげた。


「俺はこの国の民のための王になる。だから貴方が目指すものも、また国民の幸せだ」


 今度こそグレイどのの目から涙が溢れた。


「ーーはい、この国の民の幸せのために生きてみせます」


「ああ! その意気だ!」


 そんなリアムの笑顔につられたようにグレイどのも微笑んでいた。

 こうやって、舞い上げるように相手の笑顔を救い出してしまうリアムに、私も何回も救われてきたのだ。


 そう考えていた私の顔も、きっとグレイどのと同じように笑っていただろう。



 -・*・-

「それじゃあ火を落とすよ」


「......」


「リアム?」


「今日、俺はグレイどのの気持ちをちゃんと掬えていたか? 俺の色々を押し付けただけな気がするんだが......」


 難しい顔をしてリアムはそう問う。


「あれだけ啖呵を切っておいて今更?」


「あーー、本当だよなぁ、毎回のことだけどな」


 そう、毎回。何かを判断するたび、それが間違ってはいなかったか悶々と考える、それがリアムだ。とは言ってもその悩みを持ち込むのはベッドの上だけで、それを知っているのは私だけかもしれないけど。


「ーー大丈夫。彼は救われたと思うよ、きっと」


「そうか」


「うん、じゃあおやすみ。明日は書類仕事が溜まりに溜まってるからね」


「げっ。嫌なことを思い出させんでも......。まあ、お前がいれば大丈夫だろ!」


「善処するよ」


「はは、じゃあ、おやすみ」


「うん」


 火を吹き消す。途端、暗闇の中にすぅ、すぅ、と小さな寝息が聞こえてきた。

 それを邪魔しないようにそっと歩いて部屋の外に出る。


「私がいれば大丈夫、か」


 嬉しい言葉だ。臣下としてこれ以上ない言葉。

 でも。


「私は、リアムが思っているままの私じゃない」


 声に出しても、なお苦しい。

 

(あぁ、でも明日の朝にはいつも通りの笑顔を見せなきゃ。そのために今は、)


「......行かなきゃ」


 重苦しい夜に一歩踏み出す。



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