第5話 男の正体

 -・*・- オリ視点

「じゃあ行くか」


 そう言って歩き始めたリアムの腕を掴み耳に囁く。


「リム! 一体この後どうするつもり?」


 だがその心配をよそにリアムは、にやっと笑って大丈夫だ、と言っただけでまた足を前に進めていく。

 何か策があるのはわかるのだが一向にその中身が見えない。護衛としてかなり不安な状況だが、リアムも一国の王子、決して馬鹿なわけではない。とりあえず今はその言葉を信じてみることにして自分の気持ちを抑えた。

 その心配の種ーーフードの男を見やると、ちょうど彼が口を開いたところだった。


「君たちの村は、護衛の代金も払えないくらい困窮しているのか?」


「あぁ、クナ村というところなんだが、どうやら前の領主が税を横領していたみたいでな、やっと正規の値段で引き取ってくれるようになったところだ。これで母の薬も買える」


 クナ村、その名を聞いた瞬間男の肩がぴくっと跳ねた気がした。


「......酷い領主だったんだな」


「あぁ、全くだ。いなくなってくれて良かったよ」


 クナ村は実際にある村で、その地域は最近まである伯爵の領土だった。だが2年ほど前にその伯爵の横領が発覚し、他にも小さな余罪がぽろぽろとあったので爵位を没収され、その地域は国の管轄地となっている。主犯だった伯爵とその長男は未だに牢の中に入っているはずだ。


 その事実は置いておいて、今はリアムの言葉に驚きを感じざるを得ない。彼は普段、人をあからさまに悪し様に言ったりしない。言うべきことはちゃんと言うが、いなくなってくれて良かったなんて彼にしては過ぎた言葉だ。

 挑発するかのようなその言葉に何か意味があるのか。そう警戒しながら男の返事を待ったが、男は、


「......そうか」


 とだけ短く返すと、何かを考え込むかのようにフードを被った顔を更に伏せがちにして、黙って歩いていた。




「お、じゃあここで休憩していこう!」


 リアムが再び声をあげたのは、街を出て少し行った林の中の池のほとりだった。

 そして木の下に腰掛けると、私たちにも座るよう促してきたので、一応いつでも立てるように気を張りつつも横に座らせてもらう。

 だが、男は立ったまま座る気配がない。


「......? 座ら」


 座らないのか? と聞こうとした途端、男は凄い勢いでフードを取ったかと思うと、その場に土下座した。


「申し訳ないっ! 俺は、君たちの村の領主だった男の次男だ!」


 そうしてあげた声は、悲痛なまでに苦しみの篭ったものだった。


「俺は父が、兄がやっていることを知りながら止められなかった......。君たちからしてみれば同罪だろう。生きることを許してもらえるならばこの命、君たちのように迷惑をかけた者たちのために捧げるが、殺されても仕方のないことを俺たちはした! だから......ッ! 俺のことは好きにしてくれていい!」


 続けて叫ぶように言った言葉に私は驚きを隠せなかった。だがリアムは至って冷静で、静かに立ち上がると口を開く。


「好きにしてくれていい、か......」


「ああ!! どうとでもしてくれ!」


「......言ったな? じゃあ俺の仲間になってくれ」


「......え?」


「なっ、ちょっ、リアム!」


 さらっと重大な頼みごとをしたリアムを思わず本名で呼んでしまう。だがこっちに目をやったリアムの自慢げな顔を見て、やっと納得がいった。


(リアムは、初めからこの男が目当てで!)


 どういうわけだか知らないが、リアムはこの男の状況と居場所を把握していたのだろう。そしてどうにか仲間にできないかと考え、今日それを決行した。

 そうとなれば先ほどの挑発めいた物言いも、この男の性格を確認するためのものだったと考えられる。


 そこまで考えると、知らず知らずのうちに溜息が出ていた。本当に、無茶苦茶なことをする王子様だ。男も、涙を目に溜めたままきょとんと間抜けな顔になってしまっている。


「......リ、アム?」


「ああそういえば名乗り忘れていたな。ーー俺は」


 男の方に向き直り、目線を合わせるようにしゃがんだリアムがにっ、と笑った。


「俺はリアム・ウォーレンロードという。もう一度言うがグレイどの、俺の仲間になってほしい」


「王太子殿下......?」


「そうだ!」


 状況が把握できていない様子の男に、リアムは子どもの頃から変わらない無垢な笑顔を向けて断言してみせた。

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