第45話 迷宮
『
それは『イフの魔神』、『
“三災害”は各々が、その全容はおろか対抗策さえも取れない程に神出鬼没で人智の枠の外から襲ってくる。
唐突に巻き込まれる事は仕方のないと言え、巻き込まれれば耐え忍ぶしか生き延びる道はない。しかし『迷宮』に関しては少しだけ特殊だった。
『迷宮』は常にどこかで発生している。いや、“発生”しているのではなく――
「『迷宮』は常に移動しています」
魔法学園校長室で、現時点での理解がまとまったジェシカは場の面々にソレを語る。
「ふむ。発生ではなく移動かのぅ?」
魔法学園校長――『
「はい。他の三災害である――『イフの魔神』『霧の都』と違って情報が多い事からこの推測が立ちます」
『霧の都』は巻き込まれた者が“太古の魔物”によって殺される故に情報が極端に少ない。
『イフの魔神』は記録が殆んど存在しない。
しかし『迷宮』は三災害にしては逆に情報が多すぎるのだ。
「けれど『迷宮』と言うだけで、私たちの周囲には魔物が現れる以外に変化は何もないわ」
場に同席している『王都騎士第4小隊隊長』のエルーラが現在の王都の状況を見て疑問を投げ掛ける。
「変化が起こっているのはある一点だけです。それは私たちの身近にあり、日常的に使用しているモノ――」
「“扉”か?」
「そうよ」
即座に理解した騎士のロイが発した言葉をジェシカは肯定する。
「“扉”が『迷宮』へと繋がってしまう。今の王都の屋外、室内の扉全てが『迷宮』の出入口となっているのです」
その発言はあまりにも信じがたいモノだった。エルーラとロイは自分達が入ってきた校長室の扉へ自然と視線が向かう。
「学園は大丈夫じゃ。そうじゃな? ジェシカ」
「はい。きっとレガリアさんが、全ての能力を駆使して『迷宮』から護っているんだと思います」
故にレガリアは姿を成す事が出来ない程に余裕がない。辛うじてメッセージを残す事で精一杯だったのだ。
「『迷宮』は今現在、王都とほぼ重なっていると言っても良いでしょう。そして、入口と出口で場所が異なる。恐らくは……その扉の向こうに『迷宮』があり、そこから更に扉を抜ける事でこっち側に現れるのです」
「ふむ。それならば、『ワーウルフ』が神出鬼没な理由もわかるのぅ」
『ワーウルフ』はどこかで『迷宮』に呑み込まれ、そのまま共に連れ回されているのだろう。扉を抜けてこちらへ戻ってきても、また扉を抜けて『迷宮』へ戻るを繰り返している。故に、痕跡がその場にしか現れないのである。
理性のある者なら異常に気がつき、こちらへ戻ってきた時点で二度と扉を抜けようとは思わない。しかし、本能で動く『ワーウルフ』は違う。
「ちょっと待ってくれよ、ジェシカ。それじゃ、広場のアーチゲートから現れた『ローレライ』はどう説明するんだ? アレは“扉”じゃない」
「ロイ、その前提が間違ってたのよ。“扉”とは一定の区画を仕切り、その場所への侵入を促す出入口。この定義が『迷宮』の定める“扉”であると仮定するなら広場と馬房の件も辻褄が合うわ」
馬房では『ワーウルフ』は外から見つけた騎士を襲おうとして不意に消えた。今考えれば、あの時、馬房の入り口は『迷宮』と繋がっていたのだろう。
アーチゲートの『ローレライ』もそうだ。
「そうなると……現時点で市民の中に行方不明者が居るやも知れぬな」
何も知らない市民が扉を通じて『迷宮』へ迷い込んでいる可能性がある。後に住民の確認が必要だとエルーラは感じた。その前に、
「ジェシカ、まだ解らない事があるわ」
「『ワーウルフ』の年老いた個体が現れた事ですね」
ジェシカはエルーラの言いたいことを理解して、その件も説明を行う。
「『迷宮』内部は恐らく……時間の概念がこちらとは全く違います」
それは考えられる中でも
「最初に見つかった『ワーウルフ』は片眼を潰されて怪我を負っていました。しかし、次に現れた時はかなり年老いた隻眼だったと聞いています」
「ふむ。つまり、こう言う事かのぅ? 若い頃の『ワーウルフ』は『迷宮』を通じて王都で騎士と接触し、再び『迷宮』に入り、『迷宮』内の歪な月日を得て再び王都に現れた」
「その解釈で間違いありません。事実、あたしとモルダは『王都騎士だった頃のカムイさん』を見ています」
あの時、遭遇したカムイさんもこちらを認識していたが、知り合いでもあるあたしを見ても何も反応を示さなかった。
彼女は過去に『迷宮』に巻き込まれた事があると言っていた。その時のカムイさんとあたしは遭遇したのだろう。
「ふむ。では、ジェシカよ。この事態をどの様に対応する? お主の意見を貰おうかのぅ」
「『迷宮』を止める事も終わらせる事も出来ません。けれど、リスクを減らす事は出来ます」
完璧な対処法ではないが。それでも、やらないよりはマシなのだ。
「王都中の戸のある“扉”を全て解放するんです。あたしがロードワークで調べた内容と、これまでの王都での経緯から戸のある扉は閉じない限り『迷宮』には通じません」
「アーチゲートはどうすればいいのかしら?」
「“戸の無い扉”は常に長物を通過させ、『迷宮』と繋がってないか確認し続けるしかありません。特に危険な采配になると思います」
『ワーウルフ』や『ローレライ』が不意に現れた様に“戸の無い扉”からは常にナニか出てくる危険性が伴う。
「現時点で安全なのは建物の中よりも外です。室内にも“戸の無い扉”はたくさんあります。市民の皆さんは事が収まるまでは王都の外が一番安全でしょう」
王都内では“戸の無い扉”から魔物が出てくる可能性がある。それも考えて、事態が収まるまでは王都から出ることをジェシカは進言した。
「ジェシカ、貴女の言うことは間違いないのね?」
「はい」
エルーラの質問にジェシカは間を置かずに真っ直ぐ見つめ返して肯定する。
「エルーラよ。『迷宮』は三災害。妾達の認識を越えておる。現時点で立てておるジェシカの対策は100%ではない故に、臨機応変な対応は王都騎士の見せ所じゃ」
「解っています」
「ジェシカ、今の話を騎士団でもしてくれるか?」
「そのつもりよロイ。きちんと共有しないと、とんでもない被害が生まれるかもしれないから」
「陛下には妾から伝えておこう」
ナルコは席から立ち上がる。外に出る準備をしに、ジェシカは先にロイと退室した。しかし、エルーラは場を去る前にナルコへ一つ提案する。
「ナルコ様。『戦闘武者』の出撃を打診していただけませんか?」
それは必要な戦闘力。今の王都は三災害と接触中だ。可能な戦力は出来るだけ展開しておきたい。
「状況に応じて動かそう。『戦闘武者』を戦わせるとなれば、妾も汗を掻くのでな」
「わかりました」
ジェシカとナルコが騎士団と王宮へ事態の説明と可能な対策を告げた事で、王都内では緊急避難発令が出された。
民家も室内の扉を全て解放し、王都城壁周辺にキャンプ地を設け、市民の移動が開始。数万規模の大移動である。
「落ち着いて騎士団の指示に従って移動してください!」
「整理券は一世帯、一つだけです! 後に人数に応じて物資を配給しますので、失くさないように!」
「手荷物は少なめに! 要望があれば、後に我々が私物をお届けします!」
それでも、説明する間も無く発令された突然の緊急避難に市民達は困惑の色が大きい。
騎士団が冷静に対応し、城門から郊外の護衛を担っているが、それでも何か引き金があれば収集がつかなくなる程のパニックが起きる危険性は十分にあった。
「諸君!」
しかし、そうならなかったのは城門の上から
「無茶な願いを押し付けてしまい、大変申し訳なく思う! しかし、私や王都騎士団に民を蔑ろにする判断は決して行わない! 今は説明する時間も惜しい程に諸君らの安否が第一だ! 後にきちんと状況を私の口から説明する故、ここは落ち着いて迅速な避難を頼む!!」
そう言って城門の上から告げるヘクトルの姿と力強い言葉は王都市民の気持ちを安定させた。
「あっちは大丈夫そうじゃな」
学園の屋上から地平線へ日が沈む様と避難する市民を見ていたナルコは扇子で軽く、ぽん、と手の平を叩いた。
程なくして城門からの避難は完了する。同時に王都内では騎士団による市民の確認と“戸の無い扉”前による警戒が同時に行われていた。
ランロットを中心に機動力のある者達が伝令と警邏に王都内を走り回り、昼間以上の厳戒態勢が敷かれている。
魔術師達は安全な学園に残り、ナルコの指示で『迷宮』に関しての情報を蔵書から少しでも見つけようと動いていた。
「ナルコ様」
「来たか、ジン坊」
そんな中、ナルコはジンを自らの元に呼び出した。
「学園にオレとレンの寝床を用意して頂き、ありがとうございます」
「ほっほ。お主らは妾にとっても有益じゃ。この様な状況でも『油揚げ定食』の供給は決して止めてはならぬ」
「ははは……」
本気か冗談か図りかねるナルコの発言にジンは苦笑いを浮かべる。
「それに、今の状況だからこそ学ぶ必要もある」
ナルコは向き直るとジンへ告げた。
「ジン坊よ。【霊界権能】を発動してみるが良い」
「今ですか?」
「うむ。お主も“見て”おくのじゃ」
ジンは集中する様に眼を閉じ、『相剋』【霊界権能】を発動。己の身を置く世界を“
『――これは!?』
半透明の王都に声の反響する
王都内に存在する扉の中で、“戸の無い扉”の幾つかの、
『アレらは『迷宮』と繋がっておる』
ナルコも自身の『相剋』【
『ジェシカはファインプレーじゃ。現時点で王都は完全に『迷宮』と重なった。避難が数時間遅れていれば……大混乱が起こっておったじゃろう』
“戸の無い扉”だけではなく、普通の扉も『迷宮』を繋げるモノとなったら被害は計り知れなかっただろう。
アレに自分やレンが巻き込まれていたと思うと、改めてゾッとする。不意に先の見えない『迷宮』に迷い込んでしまったら――
『寒気がします』
『それはお主がまだ霊界に慣れておらんだけじゃ』
ナルコはジンを横から抱き寄せると、尻尾を出して暖める様にジンの身体に絡める。
『あの……ナルコ様。恥ずかしいです』
『今は余計な事を考えずに“霊界”に集中するのじゃ』
完全にからかわれている口調。ジンは恥ずかしい気持ちを紛らわす為に王都の状況に注目する。
『――接続先はランダムでしょうか?』
『うむ。どうやら法則性はない。ジェシカの推測を裏付けておるな』
開けた扉には『迷宮』との接続は全く確認できない。つまり、ジェシカの推測通り、扉は開いていれば『迷宮』の干渉を受けないのだ。
『ナルコ様。『迷宮』はいつになれば消えるのでしょうか?』
『解らぬ』
ナルコははっきりと断言した。
『明日か、一週間後か……はたまた一年後か。“三災害”は妾たち魔術師が何万年も前から解き明かせない世界の神秘……いや、災害じゃ』
『…………』
『じゃが、妾たちは『迷宮』が王都と重なっておるかを観測できる』
『!』
霊界に干渉できるジンとナルコは『迷宮』の有無を一目で解る。
『それを教える為にオレを呼んだんですね』
『妾たちは観測係じゃ。恐らく、世界で唯一『迷宮』の有無を確認出来るじゃろう。ジン坊よ、協力してくれるな?』
『はい』
本来なら【霊界権能】は使うべきじゃない。けど……命を奪うだけだったこの力が誰かを救うために使えるのなら、これ程嬉しいことはない。
『ふむ……ジン坊よ。お主は妾に伝えよ』
ナルコはジンから離れると、バッと扇子を開いた。
『間違いなく“来る”ぞ』
地平線へ太陽が完全に沈んだ――
行方不明者11人。
扉を介して『迷宮』へと迷い込んだ者がいると、それだけの人数の失踪が騎士団に上がっていた。
「我々の怠慢だ」
リンクスは中央広場のアーチゲート警戒の為にその目の前で待機していた。
昼間に『ローレライ』が現れ、大きさ的にも他の大型魔物が現れる可能性を鑑みての采配である。
「リンクス司令。貴女のせいではありません」
「そーそー。仕方ねぇって」
『獣族』『狼』の大柄な大男――ヴォルフと『吸血族』の臣下ミレディは、現場の情報をリアルタイムに得る為にヘクトルの命令で王都騎士団と行動していた。
ヘクトルの補佐官としてはマリーを就けており、更にレヴナントも護衛に就いている。あちらの防備は問題ないだろう。
「市民からの訴えを優先度の低いモノとして処理したのは明らかに事態解決を遅延させた」
「仕方ありません。相手は“三災害”です。こちらの常識は全く通用しない。こうして早期に行動出来ただけでも奇跡のようなモノです」
「いい人材を抱えてた、ナルコの婆さんのファインプレーだな」
もしジェシカが居なかったら、ナルコでさえも『迷宮』の動きと対応策は数日遅れただろう。
「それでも民は我々の助けを求めていた。故に彼らを見捨てたりはしない」
「どの様に対応を?」
「『迷宮』に入り、民を助けに行く」
ミレディの問いにリンクスは間を置かずに返答する。
「危険です。『霧の都』の様に地続きであれば、リンクス司令の部隊でも突破は可能でしょう。しかし『迷宮』では――」
「魔術師ジェシカに比較的に安全な侵入方法を考えて貰っている。例え、良い成果が得られずとも私一人で『迷宮』へ行く」
“三災害”に自ら入り込む事をリンクスは全く恐れていなかった。しかし、ヴォルフとしては『霧の都』と比肩する『迷宮』にアプローチするには些か準備が足りないと思える。
「そいつは聞き捨てならないですね、ボス。抜け駆けは卑怯ですよ」
「ウェイン」
赤黒い眼に褐色の肌を持つ『ヒュドラ族』の男――ウェインは自身の部下と共に現れた。どうやら三人の会話を聞いていたらしい。
「俺は第二師団に入った時からボスの下で働く事しか考えてねぇんですわ。野郎共もそうです」
見た目は厳つく、ガラの悪そうなウェインの部隊の面々は、意外にも王都騎士の中では市民達に頼られている者達ばかりだった。
「ってことでボスが行くなら俺らも『迷宮』について行きますよ。人手が多い方が何かと戦略の幅が広がるでしょう?」
「一度吐いた言葉は撤回させんぞ」
「解ってますって」
侵入メンバーは自然と固まった。種族として基礎身体能力の高い『ヒュドラ族』は局地戦闘には特に秀でている。
「そう言うことなら一度、ウチの副長の話も聞いた方がいいな」
「カムイ殿の事か?」
ヴォルフは自らが隊長を勤める『黒狼遊撃隊』の副隊長カムイの名を上げる。
「あいつは『迷宮』からの生存者だ。今回の件で可能な限りの情報を『黒狼遊撃隊』では共有している」
「情報だと?」
「ああ。『迷宮』内には――」
「司令! 大変ニャ!」
斥候部隊の一人として屋根の上から王都を偵察していた『獣族』『猫』のキャリコは、慌てたように叫び、近くの建物から着地した。
「『霊剣座』の『亡霊騎兵』が西の商店街ゲートより出現! 現在、ランロット副司令が交戦中ですニャ!」
「『亡霊騎兵』だと!?」
「おいおい……『霊剣座』にも繋がってんのかよ」
禁則地の一つである『霊剣座』。
数週間前に『黒狼遊撃隊』が
「ランロットは遅れをとらん! それよりも他に被害が出ないように援護を――」
その時、リンクスは広場のアーチゲートを見る。その動きに場の全員が視線をそちらへ向けると、カッ! と光が――
「拠点防衛!」
リンクスが剣を抜き、ギィンッ! と地面に突き立てる所作と、アーチゲートの向う側から“光線”が飛んで来るのはほぼ同時だった。
ヴォルフも反応したが“光線”は、目に見えない“壁”に当たった様に斜め上へ角度を変えて夜空へ飛んでいく。
そして、アーチゲートから身を後退させるように背を向けてこちら側に着地したのは――
「っ! 外……?」
「おいおい。お前はナディアか?」
『迷宮』から現れた女にヴォルフが反応する。
彼女は勇者シラノが最初に迎え入れた元奴隷の従者だった。ヴォルフの声と周囲の視線にナディアは反応し視線を向ける。
「ヴォルフ隊長? それにリンクス副司令? ここは――」
彼女は目の前から周囲に意識を移す。リンクス、ヴォルフ、ミレディ、そして王城を見上げて――
「ゼルセリア王国……」
旧国名を口にする。
見るとナディアの顔には傷があり、服も至るところが焦げていた。まるで戦っていたかのように。
「お前、今までどこに居た?」
ヴォルフが質問したその時、再び、カッ! とアーチゲートが光る。その飛来する“光線”をヴォルフは素手で弾いた。
「熱っちいなぁ……さっきから『迷宮』からカッカッ光らせてんのは何だ?」
シュゥゥ……と腕から煙が出る。ヴォルフは腕に纏った圧倒的な魔力で“光線”を受けたのである。
「ピピピ――」
その様な鳴き声を発してアーチゲートから姿を表したのは『ローレライ』だった。
眼の色が赤色に点灯し、ナディアの姿を確認すると他には眼もくれず巨大な腕部を彼女に振り下ろす。
場の面々は左右に散って避け、煉瓦で作られた地面が砕けた。
「コイツは――」
「チッ! 面倒くせぇな!」
「……」
リンクス、ヴォルフ、ミレディは明らかに交戦の意思がある『ローレライ』の対応に回るざる得ない。
「総員! 手を出すな! 私達が攻撃を仕掛ける!」
「お前ら! 下手を手を出すなよ! 狙われたら殺られるぞ!」
「これが『ローレライ』。確かに生き物ではありませんね」
リンクス、ヴォルフは部下に指示を出し、ミレディは眼鏡を外して“魔眼”で『ローレライ』を分析する。
「はっ!」
皆が回避に一歩動く中、ナディアは『ローレライ』の側面に回り込み、攻撃超過の一閃を見舞う。
「ピピ」
しかし、『ローレライ』は全員を見下ろす程の巨体にも関わらず、最小限の動きでナディアの剣を避けた。
「それなら――」
更に踏み込み、二閃、三閃、四閃――
ナディアの剣技はその場全員の眼から見ても相当に洗練されたモノであると解る。だが、
「ピピピ――」
『ローレライ』は巧みな足捌きで身体を剃らして避け、身を退いて避け、そして四閃目を――
「――バカな」
キィン、と腕部で受けた。
岩をもバターの如く切り裂く、攻撃超過を
その動揺した隙に効率良く動く『ローレライ』はもう片腕でナディアを殴り、アーチゲートへ吹き飛ばす。
「ぐぅ……」
ナディアは咄嗟に後ろに飛んで威力を軽減するが、それでも内臓と骨を軋ませる程の衝撃を受け、アーチゲートへ消えた。
「……ピピピ」
その彼女を追いかけて『ローレライ』もアーチゲートへ消える。
カカカッ、カカカッ、と蹄の音と鉄が打ち合う音が王都の公道を疾走していた。
「噂には聞いていたがこれ程とはな」
“…………”
『霊剣座』。それはこの世に未練を持つ者が死して尚も事を成さんと残り続ける『亡霊』達の存在する“禁則地”だ。
魔力が異常なまでに濃い事から、死して尚も意志の強い魂を現世に縛り付けていると言われている。
そこを徘徊する『亡霊』は本来ならば『霊剣座』から出る事は出来ない。しかし、特定の条件が整った時、奴らは『霊剣座』から“漏れ出て”来るのである。
「貴公は……さぞ名の知れた騎士だったのだろうな」
“…………”
『人馬族』のランロットは自分の動きについてくる『亡霊騎兵』に感嘆する。馬上戦でついて来れる者など久しく戦った事はなかったからだ。
奴の持つ武器は、貫くことに特化した円錐形の槍だ。加えて装備もフルフェイスで馬も鎧を纏う重装備の装甲馬。
装甲馬は重く速度も出るが、扱いが難しく小回りが効きづらい。しかし『亡霊騎兵』はまるで馬の一体化しているかのように巧みに操っている。
そして、円錐の槍による殴打がしなる様に襲いかかってくる。
突撃槍は基本的に人馬一体となり正面を貫く為の一点突破に使われる事が主だ。しかし、コイツはソレを近接で殴打できる威力を生む程に使いこなしている。
ランロットは並走しながら、『亡霊騎兵』の突撃槍の殴打を剣で受けるが、その重みに身体ごと押されそうになる。加えて、
「――やはり、こちらからは当たらんか」
ランロットの剣は『亡霊騎兵』をすり抜ける。振るわれる突撃槍を受ける事しか出来ないのだ。
どうする? このままではジリ貧だ。それに先にこちらの体力が尽きるだろう。
「――ん?」
すると、進行方向に人影が現れる。ソレを確認したランロットは一度剣で突撃槍を大きく弾いて『亡霊騎兵』から距離を開けた。
“…………”
『亡霊騎兵』はランロットの動きを気にしたが、正面の人影を見て突撃槍を脇に固定し、ソレを貫く為に速度を上げる。
そして、人影と『亡霊騎兵』が交錯。
抜き放たれた刃は月の光を反射し、『亡霊騎兵』は地面を滑らせながら馬を反転。再度、突撃を行おうとしてその首が落ちた。
“…………”
そして、落馬する様に騎手は消えると装甲馬も煙のように消滅した。
「助かりました」
『亡霊騎兵』の首を落とした『戦闘武者』にランロットは歩み寄ると語りかける。
『気にするでない、ランロットよ。『亡霊』は圧倒的な魔力で散らすか、この様に同じ領域の攻撃でなければ通じん』
『戦闘武者』を操作するのはナルコ。彼女は自身の『相剋』の領域に『戦闘武者』を置く事で『亡霊騎兵』と同じ領域に立ち、その首を落としたのだ。
『流石はリンクスの右腕じゃ』
「貴女も相当でしょう?」
『騎兵』の首を平地から刀で落とす技量も並外れたモノである。
「頼もしい限りです」
『まだまだ来る。今宵は長くなりそうじゃな』
予想外。
そんな言葉なんて使う事が無いくらいの修羅場を『黒狼遊撃隊』で経験してきた。だが――
「サハリ、一瞬でも気を抜くと殺られるぞ」
「……わかってますよ」
『角有族』のカーラと『獣族』『獅子』のサハリは、冷や汗を止められなかった。
商店街のアーチゲートから『亡霊騎兵』を相手にランロットが去った後に現れたのは――
「チッチッチッ」
白の毛並みで平均的な体躯のその“山羊”は、
『ゴート』
それは『霧の都』における悪夢の一つ。かつては己の近くに浮かせていた死体の代わりに、今度は大きな鐘を浮かせていた。
「『迷宮』は『地下の庭園』にも繋がってるんですかね……」
「分からない。しかし、現状から眼を反らしている瞬間は無いな」
場の騎士団の指揮はランロットが不在の今、カーラが執る。加えて『黒狼遊撃隊』はカムイが中央広場へ一時的に呼ばれた為に今だけは騎士団の指揮下に入っていた。
「総員! 私が合図をするまで手を出すな!」
『ゴート』の攻撃は得体が知れない。慎重に見極めねば……
「チッチッチッ――」
『ゴート』は口を鳴らす。
ロイが掴んだ情報によると『ゴート』がこちらを把握するのは震動とのこと。故に対策はある。
「――風よ」
カーラはゆっくりと微風を起こし、少しずつ『ゴート』を囲う。
風によって震動と音を消す。そして、
「『
ゴッ! と周囲の建物が揺れる程の突風が『ゴート』を持ち上げん勢いで吹き上がった。カーラ以外の全員が余波で生まれる風に吹き飛ばされそうになる。
『風魔法』を本懐とするカーラが本領を発揮できるのは屋外。『霧の都』での決戦は室内だった故に全力を出し切れなかったのだ。
「『ゴート』。お前の弱点は小柄な身体だ」
空中へ木の葉の様に舞い上がれば、眼の見えない『ゴート』は状況を把握する前に落下死する。
それがカーラの考えていた『ゴート』に対する解答であった。しかし、
「チッチッチッ――」
『ゴート』は『上昇気流』で舞い上がったものの足場を見失って居なかった。ソレは規格外の攻略。自分の乗っている地面を抉るように共に浮かび上がり、天地を的確に把握している。
「何だと!?」
「ホントに……アレは何が起こってんだ?」
『上昇気流』の最中に居ると言うのに空中でピタリと停止する足場に『ゴート』は乗ったまま動かない。そして、その能力の行使に対して『ゴート』からは一切の魔力を感じられないのだ。
奴から見下ろされる形になった……しかし、『上昇気流』でこちらを捉える術は奪っている。このまま遠距離から攻撃を――
その時、鐘が鳴る。
それは王都の物ではなく、『ゴート』が持ち込んだ“鐘”だ。カラァン……と静かな高音が周囲に響き、ソレが場に居る『騎士団』と『黒狼遊撃隊』の位置を明確にする。
「そこか」
『ゴート』の口が吊り上がる様に嗤う。
「総員! 回避行動!」
カーラは身体に纏わりつく圧迫感に場の全員に指示を出すが、『ゴート』の挙動は“意”を向けるだけで良い。到底間に合わない。ねじり潰――
その時、ガァァァァァンン!! と王都の鐘が勢い良く鳴り響いた。
その音に『ゴート』はカーラ達の居場所をロストする。
「バトルメイドォォォ!!」
「…………チッチッ――」
「お掃除キィィィィック!!」
『上昇気流』の最中。王都の鐘を蹴って勢いを着けたレヴナントが彗星の如く勢いで『ゴート』へ飛び蹴りを叩き込んだ。
「…………なんだありゃ?」
学園の屋上から彗星の如く飛んでいくレヴナントを見てジンは思わずそんな声が出た。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「チッチッチッ――」
接触時の衝撃波に『上昇気流』は霧散。レヴナントの“お掃除キック”を『ゴート』は眼前に停止させるように受け止めて続けている。
「アレは!?」
「うわぁ……バトルメイドだぁ……」
カーラは驚愕し、サハリはげんなり。他の面子も、自由にさせておくとトラブルしか起こさないレヴナントに、でたぁ……と視線を向けた。
レヴナントの『お掃除キック』VS『ゴート』の防御。その勝敗は――
「チィッ!」
「ふふ……」
バチッ! とレヴナントが弾かれてカーラ達の前にヒーロー着地。『ゴート』は嗤う。
「やるな、のっぺり! レヴの『お掃除キック』を止めるとは……城を貫く威力じゃ足りないだとぉ!? 面白れぇ!」
『ゴート』は浮いている地面ごと、ゆっくりと着地した。しかし、カーラは先にレヴナントの事情を確認する。
「レヴナント、お前は陛下と姫様の護衛だったハズだ」
「
先ほどの『上昇気流』がレヴナントを呼び寄せたらしい。
レヴナントは、ザッ……と『ゴート』へ向き直る。
「ヴォル以外には初めてだぞ! このレヴの攻撃を受けきった奴はな! 名前を聞こう!」
「そいつは『ゴート』だ」
「毛むくじゃら! お前が言うんかい!」
「だから、毛むくじゃらは止めろって!」
レヴナントの呼び名に意見のあるサハリは噛みつく。すると、握られる感覚を場の全員が再度受けた。『ゴート』の攻撃である。
「チッチッ」
しまった! レヴナントのアホに気を取られてた隙に!? と、レヴナント以外の全員が死を覚悟する。
「ぬがぁぁぁ!!」
バチィィ!! と音を立ててレヴナントは『ゴート』の行った拘束を力強くで無理やり外した。
「『お掃除キック』が駄目なら――」
そして次の呼吸の間に、ヒュッ、と『ゴート』の目の前に踏み込む。
「チッ――」
「レヴの奥義をくれてやる!」
放たれるレヴナントの拳は一瞬で音速を越える。音を置き去りに、空間の摩擦で自然と熱を纏い、食らった対象が勝手に燃え上がる拳の名は――
「バトルメイド・奥義! 『落ち葉焼却拳』!!」
『ゴート』はカーラ達への攻撃を中止。全ての能力を防御に回す。
レヴナントの拳が『ゴート』の防御に接触した刹那、光と衝撃波が発生。周囲の建物の窓ガラスが割れ、一部の隊員も吹き飛びそうになり近くの設置物に捕まった。手を離すなー! と、まるで爆発が起こったかのような風圧に、わぁー、と声も上がる。
カーラは魔法で風を分けて、サハリは地面に爪を突き立ててその場で耐え凌ぎ、この現象を起こしている双方を見届けた。
「うぬぬぬぬ!!」
「チッチッチッチッ――」
断続的に発生する波紋が周囲に散り、その都度、建物を揺らす。そして、
「くっ!」
留まった力が解放される様にレヴナントが吹き飛んだ。くるっと着地し、『ゴート』を見る。
「やるな! のっぺり!」
「ふふ」
そんなレヴナントに『ゴート』は嗤う。そして、再度、自身の鐘を鳴らそうと揺らした。
「…………」
しかし、鐘は『落ち葉焼却拳』の熱で振り子が溶着し、鳴らなくなっていた。怪訝な口元を『ゴート』は作る。
「よし! こい! 次の奥義『ヘルキッチン』を見せて――」
「お前の勝ちだ」
そう言って、『ゴート』は商店街のアーチゲートへトコトコ歩くと、スッと消えた。
「はぁ!? 待てぃ! レヴの勝ちだとぉ!? ちょっとぉ! 聞いてない!」
「待て! レヴナント! 行くな!」
「バカやろう! なんの準備も無しに『迷宮』に行こうとすんな!」
「のっぺり! 戻ってこぉぉぉ!!」
ドタドタドタ、と全員がのしかかる様にレヴナントを取り押さえる。
場の全員が今宵、全力を出したのは、レヴナントが『迷宮』へ行こうとする行為を止める事だった。
「リンクス司令報告します!」
王都内で起こり始めた『迷宮』との接触。現れたモノはどれも一筋縄では行かないモノばかりだった。
「さっきの鐘はレヴナントか?」
「はい! 商店街アーチゲートにて、王宮メイドのレヴナントが『ゴート』と接敵! 退けました!」
「相変わらず無茶苦茶な女だ……」
ヴォルフは呆れて腕を組むが、レヴナントの異常なまでの戦闘力はこう言う時は頼りになる。
「『亡霊』はランロット副司令とナルコ様によって撃破! 『戦闘武者』が出撃しています!」
「ありがたい戦力だな」
「“三災害”だ。出し惜しみは無しにして欲しいモノだぜ」
となれば、ナルコは王都を俯瞰して見ているだろう。戦力の薄い箇所に『戦闘武者』を采配してくれるハズだ。
「リンクス司令」
広場のアーチゲートに呼ばれたジェシカは、市民の救出に関しての解答をリンクスに告げる。
「ここから『迷宮』へは入れます。しかし、中は完全に未知です。時間の概念が異なる以外にどの様な法則があるのか推測すら立ちません。それでも……」
「
リンクスとウェインの部隊は未知の空間だろうと全く怯む様子はない。
「分かりました。あたしが言える事は多くありませんが、生存率を上げる為にも“アルフレッド”と言う人物を見つけて下さい」
それは、カムイが『迷宮』に巻き込まれた時に助けてくれた者の事だ。
「ジェシカ、それなら私も行こう。隊長、良いですね?」
「いいぞ。ただし、絶対に戻れ」
「はっ!」
名乗り出たカムイはヴォルフの命令に返事を返す。
「『迷宮』はいつまで王都と重なっているのか分かりません。可能な限り迅速に戻って下さい」
「ああ。ありがとう。総員、最終チェック!」
リンクスは用意させた医療具と簡単な携帯食料を全員に抱えさせ点呼とチェックを行っていると――
「リンクス司令!」
別の伝令兵が声を上げてやって来た。
かなり急いだ様子で重要な報告である事がわかる。
「どうした?」
「第4小隊のホーキンスです! 民間人捜索班、『ワーウルフ』と接敵! エルーラ隊長が……死亡しました」
「なんだと?」
ホーキンスの報告にリンクスは思わず聞き返す。『ワーウルフ』程度にエルーラが遅れを取るハズがない。
「そいつは確かか?」
「……はい、ウェイン隊長。エルーラ隊長は、食料倉庫にて『ワーウルフ』と対峙。そこに隠れていた民間人を庇い、胸部を切り裂かれ、出血後、間も無く……衛生兵が確認しております」
「……そうか」
エルーラの死に対しリンクスは悲しむのは後にした。死者を弔うのは全てが終わってからで良い。
「しかし……隊員のロイが『ワーウルフ』を『迷宮』へ追走し消息不明です」
「! 何故誰も止めなかった!?」
「す、すみません。気づいた時にはもう……」
そのホーキンスの報告をリンクスが受けている最中ジェシカは、
「ジン? 追う? ロイを?」
“必ず連れ戻す”
『霊界』からそう囁くジンも『迷宮』へ入っていく旨を聞きジェシカは聞き返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます