第44話 世界の亀裂

“王都が『迷宮』に呑み込まれている”


「これが、レガリアの残したメッセージかのぅ?」


 『獣族』『狐』の学園校長――ナルコはジェシカとモルダの部屋へ足を運ぶと壁に刻まれたメッセージを確認していた。

 屋敷精霊の宿る建物は破壊されても彼らの魔力で修復される。言わば、屋敷は彼らにとって身体の様なモノ。壁へメッセージの様に建物に傷をつける事が出来るのは本人レガリア以外には出来ない。


「ジェシカよ、お主は『迷宮』に関してはどれ程の理解が進んでおる?」


 ジェシカの『追い求める理』は“三災害”。『迷宮』はその内の一つだった。


「フィールドワークで資料を集めて戻ったばかりです。これから纏めようと思っていまして……」

「良い良い。あまり、こう言う事は言いたく無いのじゃが、『迷宮』の研究を優先して進めて欲しい」

「それは勿論です。王都の状況は聞いています。それに、昨晩のカムイさんの件が『迷宮』と関係があると言うのなら“ある推測”が立つんです」


 ジェシカは『迷宮』を経験した者や、情報持つ者から直接話を聞いていた。断片的なモノばかりだが、持ち帰った資料以上に己の中で『迷宮』に関しての整理は進んでいる。


「うむ。後にエルーラを寄越そう」

「エルーラさんを?」


 ジェシカはロイの上司と言う事でエルーラとは面識があった。少し厳しい雰囲気を持つが、しっかりとした綺麗な騎士だったことを覚えていた。


「あやつはこの件を筆頭で調べている。情報は些細なモノでもあるに越した事はない」

「解りました」

「現状、国内に置いて『迷宮』をもっとも理解しているのはお主だけじゃ。モルダ、サポートをしてやってくれ」

「はい」

「任せたぞ」


 下手に自分が手を出すよりも、ジェシカのやりたい様にやらせた方が早い。

 ナルコはジェシカとモルダの部屋を出ると廊下を歩きながら、


「レガリアよ、応えられずとも聞こえておるのじゃろう?」


 何処ぞで己の責務を果たしている屋敷精霊へナルコは告げる。


「よくぞ伝えてくれた。こちらは妾達に任せ、お主はお主しか出来ぬ事に集中せよ」


 わらわも妾にしか出来ぬ事をやる――






 『ローレライ』の出現。

 その事実は騎士団としては決して看過できない事態だった。

 身体強化にて現場へ急ぐリンクスは、屋根伝いに駆け上がり最短距離で現場へ。その後を、司令速すぎー、とキャリコが必死に追っていた。


 『ローレライ』だと……これも『ワーウルフ』の件と関係があるのか?


 『ローレライ』は“太古の魔物”。その脅威性は【陵墓】で相対したリンクスが一番良く知っている。

 そして、中央広場へ屋根から飛び降りる。


「ランロット」


 『人馬族』の副司令ランロットへリンクスは声をかける。

 緊張感の支配する場には、現在、王都騎士の中でもエルーラを除く相当の実力者たちが『ローレライ』を囲んでいた。

 エルーラには他の民衆を遠ざける為の指揮と、各所への伝達を指示し、彼女の部下もそちらの対応に当たっている。


「『ローレライ』の動きは?」

「現れ、花壇を前に動きを停止しております」

「花壇だと?」


 ランロットの言うとおり『ローレライ』は花壇を見て微動だに動かなかった。

 中央広場には壊れた噴水の変わりに中央には花壇を作っていた。それは各々の四季にしか咲かない花が一年中花を開いている特殊な花壇。

 身近なモノを慈しむ心を忘れない様に、と言う王の考案でもある。


「突如として広場へのアーチゲートより出現し歩き出すと花壇を前に停止したのです」

「その間の戦闘行為は?」

「ありません。こちらから仕掛けなかったから、と言う可能性もありますが」

「……」


 リンクスは『ローレライ』を“視る”。

 長い腕。鎧のような全身。小山の様に感じる体躯は現在の姿勢が前屈みでも見上げる程であり、直立すれば3メートルは行くだろう。


 相変わらず生物としての“音”は何も聞こえない。聞こえてくるのは、空気が動く音と歯車の軋む音のみ。

 常に聴覚で世界を認識しているリンクスからすれば、生物は丸裸も同然だった。しかし、『ローレライ』だけはその定義を外れている。


「こちらからは仕掛けない。攻撃されても回避を基本に立ち回れ」

「ハッ! 総員! 交戦となったら回避を優先! ここは王都のど真ん中である! 何よりも民達への被害を抑えよ!」


 リンクスの指示をランロットは場へ通す。そして、自身も鎧のフェイスガードが閉まり戦闘形態へ。


「…………」


 『ローレライ』は動かない。

 リンクス達は【陵墓】で『ローレライ』に関する記録の一部を手に入れた。

 その正体へ迫れると思っていたのだが、書いてある文字は見たことの無い記号ばかりでまるで理解出来なかった。

 その資料はそのままナルコへ渡したが、彼女も大雑把にしか理解出来なかったとのこと。


 やはり……実戦に勝る情報は無いか……


 【陵墓】には入り口があるが、そこから侵入すると『ローレライ』が現れる。

 侵入者を排除する様に攻撃を仕掛けてくる『ローレライ』は万の軍隊でさえその奥への侵入を許さない。

 入り口とは別の方法で【陵墓】に侵入出来たとしても中には無数の『ローレライ』が徘徊しており、その眼を掻い潜る事は不可能だった。

 そこでリンクスが取った方法は、入り口より現れる『ローレライ』を誰かが引き付けている間に、他の部隊が侵入して調査を進めると言うもの。

 『ローレライ』と対峙したのはリンクスであり、首皮一枚の攻防にて数十分間引き付ける事に成功。その間に資料を持ち帰ったのだ。

 その戦闘でリンクスが肌で感じた『ローレライ』のスペックは――


 倒せる気が起きん。


 と、思わせる程のモノである。

 『ローレライ』は、自分達よりも二回りもの巨大な体躯にも関わらず機動力はこちらを上回る。

 剣を避け、常に死角へ移動し自身の長腕を武器として振るう。

 振り下ろされるヤツの腕は大地を砕く威力があり、それが死角から常に襲ってくるのだ。

 しかし、ヤツの持つ武器の中で最も威力のある攻撃は腕による打撃ではなく、その口から吐き出される“光線”だ。

 “光線”に射程は無い。地平線の彼方まで風穴を空けるソレはどんな防御魔法でも防げないと言われている。

 距離を取った攻撃を仕掛けた場合『ローレライ』は回避を止めるが、変わりに放たれる“光線”によって敵が居なくなるまで前方を破壊しつくす。

 近中遠距離。全てに対応し、素の防御力でも傷をつけた事例が片手程。『太古の魔物』としては十分な“格”を持つ存在と言えた。


「……まだ準備が出来てない以上、“光線”だけは撃たせてはならんな」


 とにかく、『ローレライ』と戦闘になれば王都は【魔王】襲来の二の舞となる。市民にも多大な被害は避けられない。しかし、ずっとこのままにしておくワケには――


「――ドライ。ここに居たのかい?」


 その言葉に全員が思わず、その声を発した方へ視線を向けた。

 声のした方へ立っていたのは『黒鎧の騎士』だった――






 周囲の見張りと人の眼は至る所にあるにも関わらず、その騎士は唐突に現れた。

 そして、その姿を見たカーラは一層の戦意を纏う。


「お前は――」

「止めた方が良い。今度は死ぬよ?」


 今の受け答えからこの『黒鎧の騎士』は『霧の都』で対峙した者だと確信が取れる。


「僕は“迷子”を探しに来ただけで、この場を穏便に済ませたい。まだ、その時・・・じゃ無いからね。でも、攻撃を仕掛けて来るなら都市の壊滅は避けられない事を頭に置いた上で行動して欲しい」

「…………」


 リンクス達の無言を肯定と受け取った『黒鎧の騎士』は目の前を悠々と歩くと『ローレライ』へ後ろから再度話しかけた。


「ドライ。急にこんな場所に出て困惑してるかい?」


 すると、『ローレライ』の頭部が180度回ると背後の『黒鎧の騎士』へ顔を向ける。そして、身体をそれに合わせる様に向き直った。


「ピピピ……」

「今ならまだ帰れる。行こう」


 次に『ローレライ』は、周囲の騎士団に視線を向ける。緊張が走る。一人一人を品定めしている様に数秒ずつ視線を止め、『黒鎧の騎士』へ視線を戻した。


「ピピピ」

「いや、いいんだ。君の役目はここじゃないだろう? 作業も止まってて彼女も心配してるよ」

「ピピ……キキカ……」


 そして、『ローレライ』は重々しく一歩を踏み出すと『黒鎧の騎士』の前を通りアーチゲートへ歩いて行く。すると、その姿は不自然に消失した。


「!!?」


 騎士団は驚愕する。一体……何が起こっているのだ……? と。


「騒がせたね。それじゃ」

「待て」


 『黒鎧の騎士』も同じ様にアーチゲートへ向かおうとした所をリンクスが前に出て呼び止める。


「お前は私たちに起こっているの事の原因を全て知っているのか?」

「さぁね」

「この際、何者かは問わない。だがこの質問にだけは答えて貰おう」


 リンクスの圧が強くなり『黒鎧の騎士』も彼女へ向き直る。


「この騒ぎはお前達の仕業か?」

「これは“世界の亀裂”なんだ」

「どういう意味だ?」

「世界が悲鳴を上げてるのさ。まぁ、今回はお互いに見なかった事にしようよ。僕達に余計な体力を使ってる場合じゃ無いだろう?」

「…………」

「僕達も巻き込まれているんだ。本当に困ったモノだよ」


 そう言って『黒鎧の騎士』も『ローレライ』の消えたアーチゲートへ歩く。その様を騎士団は止めない。


 カーラとのやり取りを見るに、ヤツは我々の敵だ。情報を得る意味でも今、斬り結ぶ……か?


 リンクスが慎重に事を見極めている最中、おぉぉぉぉうぅぅぅ! と上空から声が聞こえ、ズゥゥゥン!! と小さなクレーターを作った何かが中央広場に着地した。

 もくもくと漂う土煙にうっすらと存在する者にブワッと煙が晴らされ、一人のメイドが現れる。


「呼ばれて! 飛び出て! バトルメイドのレヴが来てやったぞ!! 城の外壁の苔を掃除していたら、なんだこれは! ヤベー奴らが勢揃いしやがって! レヴも混ぜろ!」


 王族専属護衛のメイドのレヴナントはモップをくるっと回して肩に担ぐ。

 騎士団の面々は、面倒なヤツが来やがった……と頭を抱えた。


「レヴナント、ここは騎士団の管轄だ。お前は姫様の護衛だろうが」

「リンクス、それは違うぞ! レヴはお嬢の命令で苔掃除をしているのだ!! それに見ろ! この『新バトルメイド服』を! レヴが本気で走っても破れない特別仕様だ! ラガルトに作って貰ったんだ! 試しに来た!」


 レヴナントに1を言うと、どうでも良い事を含んで10の返答が帰ってくる。彼女を制御できるのは、ヘクトルかマリーだけだった。


「そんでもって、ヤベーヤツ居んじゃん! レヴの出番だな……おい、そこの黒いヤツ!」

「え? 僕?」


 唐突なレヴナントの出現に流石に理解が追い付かなかったのか『黒鎧の騎士』も呆気に取られた様子で反応した。


「レヴと一発戦らないか? 相当ヤルだろ? お前」


 メイド服でモップを槍のように構えるレヴナントの姿はシュールだ。そこへ、


「サハリ、命令を待て」

「…………はい」


 『ローレライ』が出たと聞き、迎撃の為に『黒狼遊撃隊』も場へ現れた。

 サハリは因縁のある『黒鎧の騎士』に鋭い視線を向けるもヴォルフが制する。

 身軽な者は建物からカムイの指揮下にて『黒鎧の騎士』を見下ろし、地上はヴォルフが指揮を執っていた。


「ヴォル! 邪魔をするなよ……コイツはレヴが戦る!!」

「お前……前に他国の大使を殴った罰として城の外壁の苔掃除させられてるハズだろ? ここで何してんだ?」

「あのバカはお嬢の尻を触った! だからレヴは殴った! 当然だよな? お嬢のラブリーに間男なんて要らないんだよ! しかも、いやらしい目でお嬢の胸まで見てやがったぞ! お前もその場に居たら『砲撃』かましてたに決まってる!」

「わかったわかった。ちょっと黙れ」


 ふんす、とレヴナントは満足そうに鼻息を吹く。

 『レヴナント』『王都騎士の精鋭』『黒狼遊撃隊』。

 国の一つは取れる戦力の集まりは普段は和気あいあいとする中央広場には過剰な戦力と言えた。


「これはあれかな? 武力で僕の選択肢を失くしに来てるのかい?」


 そう言う『黒鎧の騎士』は一瞬でその場の存在全てにセンサーを張った。ソレに気づいたのは、リンクスとヴォルフだけである。


「あ? お前、レヴが目の前に居ると言うのに他にも目をつけやがって。間男は要らないと言っているだろう! その尻にモップを突き立ててやるっ!」


 ついでにレヴナントも気づいていた。チャキッ、と突進の構え。


「総員、動くな!」


 ビリッ、と場を制するリンクスの声が響いた。すると場の王都騎士達は、駆けつけたレヴナントと『黒狼遊撃隊』の動きを遮る様に前に出る。


「王都での戦闘は『王都騎士団』の管轄下になる! 『王都騎士』が認知しない戦闘行為は原則禁止だ! これは陛下が決めた事! 違えると言うのなら反逆者として処理するぞ!」

「問題はそこのバトルメイドだけだろ」

「むむむ……」


 唸るレヴナント。俺たちはお門違いだぜ、とヴォルフ。

 むむむ、じゃねぇんだよ……と場の面子はようやくレヴナントが大人しくなった事に一息ついた。

 リンクスはランロットが制するレヴナントを追い抜くと『黒鎧の騎士』へ歩き、その前に立つ。


「僕は帰っていいのかい?」

「ああ。その前に一手良いか?」


 リンクスが剣を抜く。『黒鎧の騎士』を狙った一閃は無拍子で放たれた故に反応は出来ない。


「僕を試してるのかな?」


 しかし、『黒鎧の騎士』は逆手で腰の剣を抜いて僅かに見せる刃でリンクスの剣を受け止めていた。


「止めるか。私の剣を」

「君は悪くない。僕以外なら斬られてるよ」


 キンッと交わる刃を離すと互いに剣を収めた。


「じゃあね」


 『黒鎧の騎士』は踵を返すとアーチゲートへ歩き出す。

 剣を一瞬交えただけで『黒鎧の騎士』が持つ並みならぬ力量を感じったリンクスは、その背後に“無数の骸”を見た。


「……お前はどれだけ斬って来た?」

「本当に君たちは“怖い”。200年程度だったら、僕は逃げる事しか出来なかったよ」


 嬉しそうにそう返答する『黒鎧の騎士』は振り向かずに『ローレライ』と同じくアーチゲートを通る。

 その姿はフッと消えた。






「……」


 『ローレライ』と『黒鎧の騎士』の出現した中央広場は封鎖。アーチゲートの調査が慎重に行われていた。


「レヴ……」

「待ってくれ、お嬢! 話を聞いてくれ! レヴはこの新バトルメイド服の性能を試したかったんだ! 苔掃除ばかりではその性能が測れないだろ!? だから、強いヤツとアンダーヘルを賭けて死闘する必要がある! これはお嬢を護る為の事! けどな、目の前でリンクスが抜け駆けしやがったんだ! ずるいよなお嬢! 解ってくれるよな!?」

「苔掃除に戻って。それが終わったら私の護衛に戻って貰うから」

「! やった! レヴは遂に許されるのだな!」


 ぴょーん、ぴょーん、とレヴナントは重力など無視した跳躍力で苔掃除に戻っていった。

 マリーは現場に立ち会っているリンクスへ謝罪する。


「リンクス司令。王宮の者が場を混乱させて申し訳ありません」

「彼女の破天荒ぶりは知っています。ですが、彼女の参入で正体不明の敵との会話の間が生まれたのも事実です。マイナスな事ばかりではありませんでしたよ」

「本当にごめんなさい」


 気を使って返答してくれるリンクスにマリーは更に申し訳なく告げる。

 レヴナントに拘束具は着けられない。本人の特殊な体質から拘束系の魔法は軒並み無力化され、あの身体能力から物理的な拘束も不可能。加えて不器用と言う事もあり、事務仕事などは一切出来ない。

 なんでメイドなんだ? と言う疑問は毎回飛んで来るが本人は、


“レヴはバトルメイドだからレヴなのだ!”


 と、謎の誇りを持っているらしい。






「『黒鎧の騎士』ですか?」

「ああ、そうだ。『ローレライ』を使役しているかのような振る舞いでな」


 事態が収まった事を聞き、場の整理を部下に任せたエルーラはランロットへ状況を聞きに訪れた。


「『ローレライ』を……」

「『太古の魔物』を支配下に置くなど今まで考えられなかった。今回に戦闘行為は無かったが、アレは我々にとって明確な敵だろう。『ローレライ』対策に今一度、【陵墓】への遠征を打診せねばならぬかもしれん」

「……そうですね」


 『黒鎧の騎士』……エルーラの心当たりはギレオしかいない。自分がその場に立ち会えれば彼かどうか解ったかもしれないが……


「だが、今は『黒鎧の騎士』よりも、不意に現れ、消える魔物達に関してだ」

「あのアーチゲートはくぐれば消えるのですか?」

「慎重に試したが、そんな効果はなかった。普通の通過ゲートになっている」

「魔力の痕跡は?」

「無い。全くもって原理は不明だ。エルーラ、お前はこれらの情報をナルコ様へ伝えて来てくれるか?」

「わかりました」

「それと、最悪の事態に備えて『戦闘武者』の出撃を打診して頂く様にお願いしてみてくれ」






 早朝から起こった騒ぎは、王都に不安の影を作る。

 『ワーウルフ』に続き『ローレライ』の出現、更に正体不明の『黒鎧の騎士』も現れたとなれば騎士でも気が緩めない状況が続いた。

 事態の解決は騎士団では困難。可能な限りの情報は魔法学園へ流され更にソレはジェシカへと流れる。


「なーんか、かなり騒がしい事になってるね」

「そうだな」


 時間帯は昼時。

 学園の内設食堂に週二で手伝いに来るレンは朝早くから厨房に入り昼の仕込みを終えていた。

 その隣では魔法陣の調整をしにやって来たジンと話しながら外の騒ぎを気にかける。


「ラガルトさんの所に『ワーウルフ』が出たそうだ」

「え!? それってホント!?」


 ジンはここに来るまでに朝の散歩帰りのヴォルフと遭遇し、挨拶がてら話してもらった事を口にする。


「三人は無事で傷一つなかったそうだ。店の被害もさほど大きく無かったらしい」

「よかったぁ……じゃあ『ワーウルフ』も何とかなって問題は解決だね!」

「いや、『ワーウルフ』は消えたらしい」

「えー? 王都騎士の人たちは何やってるのさ!」


 レンの意見は一般大衆目線からすれば最もな不満だ。

 しかし、騎士団の宿舎に出入りし、設備を細かなに調整するジンからすれば、王都騎士団の包囲網を潜り抜けている『ワーウルフ』の神出鬼没な様の方が異常だ。


「そう言うな。ロイも頑張ってるんだし、事態が複雑化したら師匠ナルコ様も動いてくれる」

「でもさ、『ワーウルフ』だよ? ロイにとって……」

「同じ個体とは限らない。それに、ロイの周りには自粛させる大人も多いから大丈夫だ」


 ジン、レン、ジェシカはロイの事情を知っている。今回の件が彼の過去を掘り下げていると言う事も。


「隊長のエルーラさんだよね? 綺麗な人でしっかりしてるけど……だけど私はちょっと近づき難い印象かな。なんかさ、遊び心が無い!」

「部隊の長ってのはそんなモンだ。だが、逆にきっちり締めてくれるならロイの行き過ぎも止めてくれるだろ」


 ジンとしてはエルーラの事は良い大人と言う印象だ。元は三大貴族らしいが、それを鼻にかけず実力でリンクス司令の部隊で成り上がったと言うだけでも相当なモノである。


「今日はシフトだったのね、レン」

「ジェシカさん」


 そんな会話をしているマグナス兄妹のいる食堂へジェシカがやってくる。


「疲れてるな」

「ジンも来てるわね」

「定期メンテだ。調理は止めて貰ってるぞ」

「あれ? 札は張ってたよね?」

「ちょっと二人に意見が欲しくてね……」


 ジェシカは料理の受け取りカウンターまで椅子を持ってくると座った。


「オレたちがお前に助言できる様な事があるとは思えないが……」

「そうそう。ジェシカさんって完全に魔術師だし」


 ナタリアと共に学んでいた頃ならまだしも、魔法に関しての知識量では二人はもうジェシカにはついて行けない。


「昔、師匠の授業で『迷宮』に関して触れたの覚えてる?」


 それは、ナタリアの“三災害”を題材とした授業の事だ。


「大雑把だが」

「私は……ある程度……」


“『迷宮』とは“迷う宮殿”。道順や法則を見い出す事が困難など程に複雑化した空間なのです。そこへ入り込んだ者は二度と同じ場所へは帰って来れません”


 当時の授業では『迷宮』に捲き込まれた時の事だけを考えた。その為、『迷宮』が発生する事に関してはノータッチだったのである。


「ここだけの話し、今王都は『迷宮』に呑み込まれてるらしいのよ」

「え!?」

「…………そこまで解ってるなら、オレたちの助言は何もないぞ」


 混乱を避ける為にナルコからは口止めされているが、ジンとレンなら問題ないとジェシカは続ける。


「いや……問題は起こっている現象の法則よ。『ワーウルフ』が忽然と現れて消える理由が掴めなくて」

「魔法の痕跡は?」

「全く無し」

「魔力の多い所に現れるとか?」

「馬房もラガルトさんの店も特別に魔力的要素が強い場所じゃないし、一貫性が無いの」


 現れる場所が解れば先に網を張れる。

 ジェシカは『迷宮』の特徴を既に看破していた。しかし、『ワーウルフ』の現れる“場所の条件”が解らない。


「ジェシカー、ここに居る……ってジンとレンもかよ」

「やっほー」

「奇遇だな」


 次に現れたのはロイだった。彼は共に学園にやって来たエルーラからジェシカへ『ローレライ』と『黒鎧の騎士』に関して伝える様に言われて食堂を訪れた。

 ジンとレンが居るのは予想外だったが、意図せず家族全員が揃う事となる。


「何かあったの?」

「あー、まぁいずれお前らも知ることか」


 ロイはジンとレンにも『ローレライ』の件を伝えた。


「『ローレライ』って太古の魔物だよね? どこに居るんだっけ?」

「『陵墓』にしか生息してないって聞くけどな」

「ロイ、その『黒鎧の騎士』は……」

「『霧の都』のヤツだ。カーラさんが確認した」


 益々意味が解らない。しかし、『迷宮』の全ての情報を頭の中に集めたジェシカはロイの話しにピースが繋がり始めていた。


「ジェシカ、現段階で何か解らねぇか? このままじゃ、『インフェルノ』とか『ドラゴン』も現れるかもしれん」

「…………結果だけ言うとね、『迷宮』は時間経過で解決するのよ」

「おお!? そうなのか?!」


 ロイはこの事態に対してジェシカが対策を取っている事に思わず声を上げる。

 しかし、ジェシカは浮かない表情のままだった。


「けど、それがどれくらいの期間なのかは不明なの。取りあえず、その事はナルコ様に伝える予定だけど、もう少しだけ情報をまとめたくてね」

「それで先にここに来たのか」

「その『黒鎧の騎士』が糸を引いてる可能性は?」

「そいつは“自分達も捲き込まれている”と言っていたらしいからな。実際に『ローレライ』を連れて行った時も突発的な感じだったらしいし」

「じゃあ……“扉”から来てるとか」


 レンが、これだ、と声を上げる。


「扉? それなら一発目から破綻する。最初の目撃は馬房だぞ? 馬房に扉は無い」

「『ワーウルフ』の姿が変わった件も気になるな。馬房では若くて、ラガルトさんの所だと年老いていたんだろ?」

「ああ。痕跡を分析した結果、二体とも同一の個体だったらしい。ホントに意味がわかんねぇよ」

「…………扉」


 三人の会話からジェシカの中でゆっくりと全てのピースが繋がっていく。


“片目を負傷した『ワーウルフ』”

“『馬房』『ラガルトの仕立て屋』『中央広場』に現れた魔物達”

“王都騎士の鎧を着ていたカムイさん”

“レガリアさんが姿を見せられない理由”


「――――だとしたら最悪ね」


 ジェシカの中で『迷宮』の及ぼす災害が何なのか理解した瞬間、彼女は立ち上がった。


「ロイ、エルーラさんは校長室?」

「あ、ああ。ナルコ様と話すって別れたから多分な」

「ついて来て。今すぐ皆に伝えないと!」

「あ、おい! じゃあな。お前らも気を付けろよ」


 慌てて駆け出すジェシカへロイが続いた。


「ああ」

「お仕事頑張ってー」


 後は二人に任せて大丈夫だと感じたジンは作業に戻り、レンは料理の仕込みの寝かせ具合を確認した。






 校長室ではナルコとエルーラが互いの情報を持ち合って会話をしていた。


「『ローレライ』に『黒鎧の騎士』……か。中々に事態は複雑化しておる様じゃのぅ」

「我々も困惑するばかりです。ナルコ様は何か解りましたか?」

「こちらはレガリアからのメッセージがあった。王都が『迷宮』に呑み込まれておる、とな」

「『迷宮』……“三災害”の一つ……」

「案ずるな、エルーラよ。今――」


 すると扉がノックされた。

 エルーラは視線を向け、ナルコは、入るが良い、と入室を許可する。


「ナルコ先生。『迷宮』の件の最低限の事が解りました」


 ジェシカは入室と同時にそう口にする。


「俺は廊下で待機してます」

「ロイ、貴方も一緒に聞きなさい。良いですか? ナルコ様」

「構わぬ」


 ロイは後ろ手で扉を閉めた。

 

「昨晩から王都で起こっている最悪の事態。それに対する説明と可能な限りの対応策も」

「そうか。説明を頼む」


 ジェシカは今回起こっている最悪の事態に関して三人の前で語り出す。

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