第43話 剣を持つ者たちは繋がっている
「『ワーウルフ』は貴方の大切な誰かを奪ったの?」
向き合うように座るエルーラのその言葉に対して、ロイは一瞬だけ躊躇った。そして、
「はい。父を殺されました」
強い瞳で答える。隊長に対して嘘をつく事はしないと先ほど決めたからである。
「でも、今回の件がロイの御父様を殺した『ワーウルフ』と言う確証はないわ」
「……解っています。それでも……俺は……ヤツを倒さないと先に進めないんです」
自分でも、やっていることは単なる慰めに過ぎないと言う事は解っている。でも……割りきれなかった。
「それなら、何故先に王都騎士になったの?」
エルーラはロイの行動の矛盾を尋ねる。
父の仇である『ワーウルフ』。ソレを倒す事が優先なら王都へ来て騎士になるよりも冒険者になった方がまだ見つけ出せる可能性は高いだろう。
「……最初は純粋に剣だけを考えていました。そして、『ワーウルフ』を見つけ出す事も……」
「特定の『ワーウルフ』を見つけるなら騎士よりも冒険者の方が確率が高い。けど……」
それでも世界は広い。そんな一個体と遭遇する事は……奇跡が起きない限りは不可能だ。
「出会えるハズはない。忘れるべきだ。自分にそう言い聞かせて……騎士を目指して今日まで剣を握って来ました」
自分の進む道を歩む。ジンやジェシカやレンがその様に歩いていたからこそ、ロイも本来の根幹にある『騎士』への道を選んだ。
そのどっちの為に剣を握れば良いのか曖昧のまま……
「…………」
エルーラは隊長としてロイの動向を見てきた。しかし、彼が無理をして民達と接している様には見えなかったのだ。
見返りなく、誰かの為に行動して剣を振るうのはロイの本質だったのだろう。故に今回の件が無ければ――
「この件で『ワーウルフ』が関わってるって聞いて薄れてた想いがまた濃くなったのね?」
「……そうだと思います」
『ワーウルフ』が現れた。その話を聞いて父が殺された時の記憶が呼び起こされ、真っ先に剣と鎧をつけ直して現場に向かったのだ。
「隊長……俺は騎士としては失格どころか……中途半端なんです。『ワーウルフ』が現れたって聞いて……この剣を何のために握るのか解らなくなってるんです」
父はどちらを望んでくれたのだろうか……
「貴方は悩めるなら大丈夫よ」
「……え?」
ロイが包み隠さず心を打ち明けてくれたと察したエルーラも、自身の抱えていた想いを打ち明けた。
“待ちなさい! カリス!”
“あの人は助けを求めてる! ダンじぃなら必ず助けろって言うハズた! それに俺は認めてねぇぞ! なんでダンじぃが降格して、“ファンダル”のアンタが隊長になるんだ!? ふざけんじゃねぇ! そこまでして俺たち『ヒュドラ族』を迫害してぇのかよ!”
「私もかつて、部下を魔物に殺されたわ。そして、その敵は――」
“駄目だ、エルーラ追うな! ヤツは……『ゴート』だけは誰にも勝てん……カリスは……もう死んだのだ……”
「目の前に居た。部下を瞬きするかのように殺されたのに、私はその仇に剣を振るうことさえも許されなかった」
「……」
それはウェインが言っていた事だとロイも察する。
エルーラ程の実力者が手を出せない魔物……考えられるのは『太古の魔物』くらいしか思い付かない。
「いつか必ず仇を討つ。それだけを考えて強く、鋭く、己を鍛え続けたわ」
どんな手を使ってでも『ゴート』は自分が倒さねばならない。そうすることで……ようやくカリスに認められる隊長となれると思ったから。
「でもね、その重荷は四年前に下りたの」
「……四年前……」
「『霧の都』がこの国に現れた。貴方の最初の任務よ」
それは、“三災害”の一つである『霧の都』へロイが派遣された時の話だった。
多くの民と、先行していた騎士団を救出するべく赴いた王都の救援騎士団はロイとサハリを残して全滅。
『太古の魔物』との死闘の果てに生存者は僅か三名と言う悲惨な結末となった。
「当事者じゃない私は、あの任務でロイが何を感じて乗り越えたのかは知らない。けど、少なくとも貴方は『ゴート』と戦った事で多くを救ったわ」
エルーラは優しい瞳でロイを見る。
「当時の市民達、騎士団、『ゴート』に捕まっていた彼、そして、カリスと私を」
「……隊長を……?」
「ええ」
新人騎士が『ゴート』を退けた。
王都へ帰還し、エルーラが最初に知りたかったのは一体どんな人間が『ゴート』と渡り合ったのかと言うモノだった。
そして、ロイの姿を見たとき、自分が止められなかった
「そこで私は気づいたの。自分が討てなくても、誰かが、誰かの為に剣を振るってくれる。私だけが背負う必要はない。そうやって剣を持つ者たちは繋がっているんだ、ってね」
「…………剣を……持つ者たちは繋がってる?」
「ロイ、貴方は自分が騎士として中途半端と言ったけれど、それは大きな間違いよ。誰かの為に剣を振う、と言う事は誰もが望む騎士なの」
「けど……俺は……」
父の仇を忘れて生きる事が正しいと思えなかったのも事実だった。だからこそ、迷っているのだ。
悩み苦しむロイにエルーラは微笑みながら、
「騎士も感情を持つヒトよ。誰しもが、ロイのように迷いを持つ事はあるわ。でもね、前ばかり見ていないで、少しだけ後ろや横を向いてみて」
ロイはそんなエルーラの口調が少しだけナタリアと重なった。
「貴方を見ているヒトが必ず居るわ。具体的に上げるなら、ジンやレン、ジェシカもそうでしょ? 前に紹介してくれたからね。勿論、隊の皆や私もいるわ」
だから、貴方は一人じゃない。一人で剣を振る必要はない。
そう微笑むエルーラにロイは少し涙ぐみながら、はい……と短く答えた。
それからランプを消し、月の光だけが部屋に射し込む。横になったロイは隣に置いた剣を見ながら家族の事を思い出していた。
「…………」
俺が剣を持つ意味……本当に誇りある剣を掲げる為には……今何が出来るのか……
それは本当に……父の仇を討つ……事なのか?
今の俺を見て、父がどの様に言ってくれるのかは解らない。寡黙な父の本心は幼い自分では読み取れなかったから。だから――
「父さん……俺はもう騎士になっても良いのかな?」
この手で父を殺した『ワーウルフ』を討つ。それが亡き父へ出来る最初で最後の親孝行だと思っていた。けど、それは俺が勝手に考えた事で父はきっと――
“そうか。頑張れよ”
「……頑張るよ。俺」
進む道を応援するように頭を撫でてくれた事が、父の本心だったと思い、ロイはゆっくり目を閉じた。
王都に朝日が昇る。
昨晩は『ワーウルフ』の出現報告は馬房以外にも上がらずに、緊張していた夜は朝日と共に安心感を王都へ与えた。
「――ん?」
王都の仕立て屋で早朝から、客服の寸法を直していたラガルトは、ガタガタと聞こえた物音に掛けていた眼鏡を外す。
「ラキアかい?」
娘が起きて来たのかと声をかける。
昨晩は厳戒態勢により、さっさと就寝した事もあって早く起きたのではないかと思ったのだ。
しかし返事はなく、ガタガタ、と言う音は鳴り続けていた。
「…………」
そっと、扉を開けて店の作業場から廊下へ出ると、突き当たりの一部屋の扉が開いていた。
あの部屋は布の保室だ。妻や娘が個人的に用のある場所ではない。
ラガルトはそっと様子を見に開いている保管室へ近寄ると、横から手が伸びてキッチン部屋へ引きずり込まれた。
「!?」
「ラガルト……声を抑えてくれ……」
それは妻のカーラだった。
鎧は着けて居ないが、常に側に置いている剣だけを持ち、その後ろには娘のラキアもいた。
「父さん……」
「ラキア」
小声で不安そうな声を出す娘をラガルトは抱きしめる。
「カーラ、これは――」
「『ワーウルフ』だ」
保管室へ頭を突っ込んでエサでも探している様子の『ワーウルフ』の尻尾が廊下側に見えている。
「何故ここに? 夜中に侵入したのか?」
「正直な所……厳戒態勢を掻い潜り、ここに現れる理由が解らないんだ」
裏口は『ワーウルフ』の背後を通る必要があることからも、逃げるなら表の店側の出入口しかない。しかし、
「室内では剣は不利だ。習慣で反射的に持ち出したが……私の魔法も閉鎖空間では……」
カーラの風魔法はフィールドが広い程威力を纏う。『ワーウルフ』を相手にする実力はあれど、状況は不利でしかない。
「ここからなら、店の入り口から外に出る方が安全だ。扉に鍵は?」
「掛けている」
店として戸締まりは特に気を付けている。内側から閂を三つかける程度だが。
「今は脱出する。ラガルト、先に行ってくれ。ラキアは次だ。殿は私がやる」
その言葉にラキアは母の腕を掴む。不安そうにする娘にカーラは安心させる様に微笑んで、
「ラキア、私は『霧の都』から帰還した。あんな『ワーウルフ』よりも、もっともっと危険な奴らを退けたんだ。だから、大丈夫。お父さんと先に行きなさい」
「ラキア、行くよ」
「……うん」
いつ『ワーウルフ』が顔をこちらに出すのか解らない。ラガルトは静かに動き出し、その後にラキアが続く。カーラは剣を腰につけてキッチンナイフを持った。
「…………」
「…………」
「…………」
『ワーウルフ』はまだ保管室を漁っている。肌触りの良い生地もあるため、それが気になっているのだろう。
ラガルトが扉に着くと、閂を一つ開けた。
カチリ――
「――――」
『ワーウルフ』の動きが止まる。動いていた尻尾が停止し、部屋の中でのそりと起き上がり――
カチリ――
二つ目の閂をラガルトが開けた瞬間、保管室から顔を出した。
それは片眼が潰れて、古傷のようになっている老狼。三人を見ると即座には襲いかかってこず、様子を見ている。
……剣を警戒している? それに……報告と合う隻眼だが……
「ラキア!」
「お母さんも早く!」
三つ目の閂を開けて、夫と娘は外へ逃げ出していた。
しかし、『ワーウルフ』はカーラの隙を伺っている。剣をいつでも抜けるように構えるカーラは開いた扉から流れ込む風を背に受けながら――
「風よ――」
短くそう言うと、後ろに跳んだ。
カーラの身体が宙に浮くと同時に『ワーウルフ』は接近。カーラが次の着地に追い付く勢いで――
「私に応えよ」
カーラの身体は室内には着地せず、風に運ばれて一度の跳躍で外にいる二人の前に着地した。
「二人とも下がれ!」
カーラは夫と娘に告げて『ワーウルフ』の追走に備える。
剣を抜き放ち、風がカーラの意志に呼応し、夫と娘を護るように周囲を舞う。こうなれば『ワーウルフ』など敵ではない。
「来い!」
一度、ヒュッと剣を振り、強い闘志を宿す眼を開いた扉の向こうで止まった『ワーウルフ』へ向ける。
「…………」
しかし、『ワーウルフ』はカーラの戦意には乗らず踵を返すと室内の奥へ引っ込んで行った。
カーラは風で扉を閉めて、その前に立つ。
「ラガルト、私が見張っておく。騎士団に通報してきてくれ」
「わかった」
「ラキアも一緒に行きなさい」
「うん」
『ワーウルフ』は室内にいる。カーラは裏口から逃げてもわかるように家の周りに風を回転させ、感知に回す。
『ワーウルフ』が出現。場所は王都中央広場より西の『ラガルトの仕立て屋』。
ラガルトの通報により程なくして王都騎士団が到着。裏口と表の入り口、窓に至るまで騎士団による包囲が完了した。
野次馬も集まる程に朝早くの事件としては、仰々しくなってきている。
「カーラ」
包囲を騎士団に引き継いでもらったカーラは風魔法を停止。少しだけ緊張を緩めると現場指揮を担うランロットに声をかけられる。
「家族は全員無事か?」
「はい。迅速な対応を感謝します」
「当然の事だ。それよりも……」
場の全員の意識は内部に居るとされる『ワーウルフ』だった。確実にこの中に要る。しかし、
「今、適任者が向かっている。我々は逃がさぬように包囲を固めるぞ」
閉鎖空間に置ける『ワーウルフ』との戦闘は極めて危険だった。魔法や武器が制限される上に、素手の距離で『ワーウルフ』の爪と牙を相手にしなければならない。
「よう、朝から騒がしいな」
そこへ、野次馬の中でも頭一つ出ている『獣族』『狼』のヴォルフが声を出した。
「ヴォルフ殿」
遊撃小隊『黒狼遊撃隊』。その隊長を勤めるヴォルフは、『人馬族』のランロットと同じくらいの目線を持つ大男だった。
ランロットは現場に通す様に部下に告げる。
「ちょいと小耳に挟んだんだが中に『ワーウルフ』が居るんだって?」
「適任者を召集してるところです。間も無く来るかと」
「いや、俺が様子を見てくるよ。その方が早ぇだろ」
ポリポリと後頭部を搔きながら『仕立て屋』を見る。
「しかし……」
「室内で『ワーウルフ』に奇襲されても俺ならひっくり返せるからな。一番良い、人選だろ? それに、ラガルトには世話になってるしな」
部隊の隊服を作ってくれているラガルトとはそれなりに関係は深い。
「それではお願いします」
「まぁ、なるべく中のモンは壊さないようにするよ。生け捕りが良いか?」
「出来るなら」
グイっと袖を捲るヴォルフは店の入り口へ近づく。
「ヴォルフさん、店の事は気にせず思いっきりやってください」
そのヴォルフにラガルトが告げる。
「昨晩から起こっている王都の問題をここで解決出来るのなら安いものです」
「陛下に被害届を出せば受理してくれるからよ。この場の全員が証人だ」
そう言って、ヴォルフは片手を上げながら店内へと入って行った。
「総員! 警戒態勢! 『ワーウルフ』が飛び出して来る可能性がある! ヴォルフ殿が出てくるまで、片時も油断するな!」
ランロットの指示に包囲する騎士団の気迫が高まる。
そして、静かな店内の様子を認識しつつヴォルフの動きを待った。そこへ、エルーラとロイが駆けつけた。
「ランロット副司令。報告を受け、エルーラ・ファンダル、ロイ・レイヴァンス。参じました」
敬礼するエルーラとロイにランロットは視線を店に向けたまま応じる。
「来たか。今、ヴォルフ殿が中に入ったところだ。お前たちも包囲に加われ」
「はっ! ロイ、裏口側に回るわよ」
「はい」
エルーラに続いて移動する際にロイはラガルトの側にいるラキアと視線が合った。
任せとけ、と軽くアイコンタクトするとラキアも安心した様子で頷く。
「どういう事ですか?」
「どうもこうもない。『ワーウルフ』は居なかった」
十数分後。ヴォルフは狐につねられた様な顔で表口から何事もなく出て来るとランロットに告げた。
「あり得ません。私は交戦寸前でしたし、夫と娘も見ています」
カーラが抗議する。『ワーウルフ』は間違いなくいた。
「あぁ、それは疑ってねぇよ。不自然な獣の体毛が落ちてたからな」
服を取り扱う関係上、ラガルトの家ではペットは飼っていない。
「居たのに消えた、と言う事ですか?」
「外の奴らは魔力の反応は感じたか?」
「いえ、特に何も」
「ってことは、考えられるのはそう多くない」
ヴォルフは考えられる仮説の一つを口にする。
「『勇者』の『転移魔法』が他国に流れてる可能性がある」
勇者シラノが遺した『転移魔法』は彼以外には使えなかった。しかし、国王ヘクトル・ヴァルターが解明した事は公に晒されている。
「旦那……いや、陛下に情報の管理体制を詳しく聞いた方が良いな」
「やぁ! 騎士諸君! 民諸君! 朝から仰々しいね! 私は今帰ってきたのだが、どうしたのかな!? ラガルト君の服が爆発的なブームでも巻き起こしたのかい!?」
と、野次馬の後ろに停車した馬車から顔を出す国王が声を上げていた。
「丁度、帰ってきたみたいだしな」
「『ワーウルフ』が民の命を脅かしているそうだね!」
王城の執務室にて召集をかけられた、
「昨晩より発生した事態です。陛下には選りすぐりの護衛をつけます」
「いや、リンクス司令。その戦力は城下町の民を護る為に回してくれたまえ! フハハ! 私には必要ない!」
豪胆に宣言するヘクトルであるが、それは強がりでもなんでもなく、ヴォルフに比肩する程の実力を持つ故の言葉だった。
「リンクス司令。陛下の近くには私も居ます。それ程の戦力は必要ありません」
側近の『吸血族』ミレディが眼鏡を一度、くいっと上げて告げる。彼女はヘクトルの片腕として執務、護衛の両方を担う実力者である。
「それで、ヴォルフや。今一度、問うて良いかのぅ?」
「なんだ? 婆さん」
ヴォルフとリンクスが立ってヘクトルと向き合う中、『獣族』『狐』のナルコは高価なソファーに座って紅茶を淹れていた。(ミレディはいつの間に!? と驚く)
「『ワーウルフ』。確かに消えたのかのぅ?」
現場に単身入ったヴォルフは室内に居るハズの『ワーウルフ』の姿を確認出来なかったのだ。
「ああ。俺も居るところを直接見たワケじゃないが、残ってた体毛や壁や床についた爪痕から居たのは確実だ。ラガルトが嘘をつく理由もない。入った瞬間は獣臭も残ってたしな」
今も警戒しつつ、騎士団と学園魔術師による現場検証が行われている。程なくして実在したと結論が出るだろう。
「そうか……ふむ……」
「ナルコ様、何か思い当たることでも?」
ミレディが尋ねる。場の面子は悩むナルコを見たのは初めてだった。
「思い当たる……と言うよりもちょっとした小骨が刺さった感じじゃな。学園では昨晩よりレガリアが姿を消しておる」
「レガリア殿が?」
リンクスは昔から学園を護るレガリアの事は知っている。彼は他に替えの効かない実力者であり、学園の校舎を宿りとする
「ヤツは屋敷から離れん。故に姿を消す事は何らかの事態に掛かりきりになっておる場合じゃな。しかし、普段はそうなる前に妾に相談がある」
レガリアは学園内の秩序と各魔術師の研究とプライバシーを護っている。そんな彼が何も告げずに姿を消すと言う事は、ナルコからすれば無視できない。
「そうじゃ。ヴォルフよ、カムイは昨晩、お主の隊に居ったか?」
「ああ。ちゃんと居たぞ? 女湯で
「ふむ……」
「ナルコ、何か引っ掛かるのか?」
ヴォルフとナルコのやり取りの意味をリンクスが問う。
「これも昨晩じゃが、学園の生徒がカムイを目撃してのぅ」
「なに? こっちは学園に用事なんて何もねぇぞ?」
「そのカムイは王都騎士の鎧を着けておったそうじゃ。ヴォルフ、心当たりはあるかのう?」
「王都騎士の鎧だぁ? アイツはウチの副隊長で真面目が服を着て歩いてるヤツだぞ? 組織を二足草鞋するなんてあり得ねぇよ。さっきも言ったが、昨晩カムイはずっと誰かと一緒だったしな」
謎が深まるばかりだ。
全ての事柄がバラバラに起きているにも関わらず、発生し始めたのが昨晩からと不自然な一致を見せている。
これ程の知恵者と実力者が集まっても尚、全てが繋がる仮説さえ浮かばない。
「まぁ『ワーウルフ』に関して、俺は『転移魔法』が怪しいと踏んでますがね。そこんトコはどうなんですか? 陛下」
「ヴォルフ、陛下を疑うのですか? あの魔法は――」
と、ミレディが告げようとした所に手を翳してヘクトルが制する。
「現状からして『転移魔法』に疑いが行くのはしょうがないな! 実際に『ワーウルフ』は出現と消失を繰り返している! 騎士団もナルコ様の眼も掻い潜り王都にそれらの事象を起こすには一番有力な説だろう!」
すると、ヘクトルは『転移魔法』に関して語る。
「結論から言うに、『転移魔法』はとてもコストパフォーマンスの悪い代物なのだよ!」
「そうなのですか?」
「私が詳しく解説しましょう」
ミレディが全員に分かりやすく補足する。事情を知るナルコは紅茶を啜った。
「『転移魔法』は一度の転移に約100人分の魔力と起点と起点を繋ぐ二つの複雑な魔法陣を必要とします」
勇者シラノの遺産の中で最も注目されていた『転移魔法』。その中身はとても実用化に出来ない代物だった。
「特に起点と起点を繋ぐ魔法陣は寸分違わずに同じモノでなければならず、更に陣を展開する場所も限りなく同じ環境である必要があるのです」
「フハハ! つまり、他の魔法とは類に漏れないと言う所だな! その複雑な手順を勇者シラノは己の能力で補完していたのだろう!」
勇者シラノが居て、初めて実用的に機能する。
「故に今回の件は『転移魔法』は関係ない!」
「更に管理はナルコ様に一任しております。情報の漏れは万に一つも無いかと」
「当然じゃな」
自分とレガリアの眼が光る学園から無断で資料が持ち出される事は皆無だった。
「……陛下。この場をお借りし、発言したい事があります」
「なんだい? リンクス司令」
リンクスは自分が語るべきが迷ったが、ここまで来たのなら共有するべきだと考えた。
「この件『シーカー』が関わっている可能性はありませんか?」
場が凍りつく。
『シーカー』。それは他に擬態する『太古の魔物』であり、四年前の『霧の都』でカーラが接触した事は報告に上がっている。
「カーラは『シーカー』が『転移魔法』を書き換えたと言う発言を聞いています。もしも、ヤツが『勇者シラノ』を模倣出来るのであれば、今回の件は全てが陽動で、陛下の御身狙っている可能性があります」
ソレをこの場で口にすると言う事は、かなりのリスクがあった。もし『シーカー』がこの中の誰かに成り代わっていたらこちらの内情を全てを知ってしまう事となる。
「それはほぼ無いと言ってもよい」
しかし、ナルコがソレを否定した。
「もしも、そう動いていると確定した場合、タイミングがあまりにも不自然じゃ。最初の馬房の件も陛下が王都へ戻ってからの方が陽動としては利がある」
結果として昨晩から二人一組の厳戒態勢が強いられた。それは騎士同士でさえ互いに互いを見張る事になり、擬態する『シーカー』としては良くない状況だ。
「それにラガルトの店を狙った理由もわからん。無駄な事を繰り返して痕跡を残し続ければより動き難くなる。よって、妾は『シーカー』の線は薄いと考える」
一応、ナルコの言うことは辻褄が合う。
するとヘクトルが場を仕切り直す様に一度、パンッ! と手を叩いた。
「諸君! 今、我々が頭を捻っても答えは出ない! ならば、可能な限り各々の役目をまっとうしようではないか!」
不審な波を一言で晴らす王の言葉。全員が心を改めた。
「リンクス司令! 君はこれまで通り、城下町の保護と民に被害が出ない様に動いてくれたまえ!」
「ハッ!」
「ヴォルフ! 君の部隊はもう暫く王都に在中を頼む! 場合によっては動く必要がありそうだ!」
「ま、それが良さそうっすね」
「ナルコ様! 貴女は――」
「妾は自由に動く。なに、この件は退屈しのぎになりそうじゃからのぅ」
「フハハ! 頼もしき言葉! 全員、心して欲しい!」
ヘクトルは場の面々にソレが出来ると踏んでその事を宣言した。
「何よりも、民の命が失われると言う事はあってはならない! そして、君たちの身内も決して死んではならない! これは王命として宣言する!」
そう、心を奮わせるヘクトルの言葉に全員の心が事態解決に向けて一つとなった。
リンクスは王の執務室から出て、王城を出るまでヘクトルの言葉が心に残っていた。
陛下の『王命』は心から遂行するに値する。自ずと己の中の士気が上がる様を感じた。
「あ! リンクス司令! 大変ですニャ!」
そこで待っていた『獣族』『猫』のキャリコが声を上げた。急いで来たのか息が上がっている。
「どうした?」
「『ローレライ』が広間に現れましたニャ!」
「なに!?」
『ローレライ』は『ゴート』に匹敵する『太古の魔物』。リンクスも【陵墓】で交戦した事があり、その脅威は肌で知っている。
「今、ランロット副司令とウェインが対応して――」
「案内しろ!」
リンクスは強化魔法を発動するとキャリコと共に現場へ駆ける。
同時刻。ナルコも学園に戻り校長室へ歩いていた所を、
「よかった! ナルコ先生!」
モルダがナルコを探していた様子で声をかける。
「どうしたのじゃ? 朝から大きな声を出すのは頂けんのぅ」
「ジェシカさんと一緒に、レガリアさんから伝言を受け取りました!」
「! なんじゃと!?」
その言葉にナルコは反応する。
「王都が【迷宮】に呑み込まれている、と」
「【迷宮】……じゃと?」
「今、ジェシカさんが持ち帰った【迷宮】の資料を急いで解析してます! 少しでも【迷宮】の情報を明確にする為に」
「妾も手伝う。モルダ、お主も同席せよ」
「はい!」
急転直下の事態に二人はジェシカの部屋へ急いだ。
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