第6章 ロイ編2 仇敵と復讐者

第40話 その道の果て

――アルバルス歴690年――

 ナタリアと出会ってから五年後――


 カンッ、カンッ、カンッと木剣が交わる音が大樹付近で鳴り響く。

 ロイは二日に一回のペースでナタリアと木剣を使って稽古を行っていた。


 彼は木剣を両手で握り、腕を使って斬るのではなく、身体全体で斬りたい所へ刃を持って行く。

 そうすることで、剣筋は対象を斬りつけてもブレる事が少なくなり、安定した刃筋を立てることが出来る。

 剣に体重も乗るために弾かれる事も少なくなるが、身体全体を使うための体力の確保は必須。しかし、成長期のロイにとっては本来持ち合わせる才能もあり、一年もすれば息も上がらずに剣を己の一部として機能させる事は難しくなかった。

 対するナタリアは片手で剣を構えてロイと打ち合っているが……


「――――」


 未だに彼女に両手を使わせる事は叶わず、片手で全て捌かれている。ナタリアのやっている事は、相手を打ち倒す剣でなく、攻撃を受けきる為の剣。

 身体も出来てきたロイに対して、鉄製の剣と同じ重さの木剣に切り替えたので、打ち込みに慣れさせているのだ。

 すると、打ち込む手が止まる。


「……」

「どうしたのですか? ロイ」

「はぁ……はぁ……なんだかさ……リア姉の強さが途方も無い気がして。なんか工夫をしないと駄目かなって……」

「新しい重さですから。前よりも勝手を覚えるのは時間がかかりますよ。少し休憩にしましょうか」


 ナタリアは木剣を逆手に持ち変えて正座をすると、傍らに置く。

 ロイもナタリアの正面に胡座をかく様に座り、ふーいー、と息を吐く。後ろに体重を預けて木漏れ日が差し込む大樹の枝葉を見上げた。

 ナタリアと出会ってから五年。他の三人も各々の道を見出し、ソレに向かって研鑽を始めた。

 ジンは『刻針』を、ジェシカは『魔法』を、レンは『料理』を。

 その中でもロイの道は最初から明確に決まっていたが、それ故に……“ある迷い”が心の中に生まれていた。


「ロイ、何かに悩みがありますか?」


 すると、ナタリアが微笑みながら聞いてくる。剣を交える中で、いつもより身の入っていない打ち込みに彼が心に何かを抱えていると察したのだ。


「……リア姉にはお見通しか」


 ロイの言葉にナタリアは微笑みながら、言いたくなったら言ってね、と告げる。

 しかし、ロイは信頼する彼女だからこそ、心の内を隠さずに口にした。


「昔さ……リア姉が俺に見せてくれた過去の光景があっただろ? ほら、この場所に来た時に初めて見せてくれたヤツ」


 それは、簡単な魔法陣で“心の傷”を見せてくれた時の事だ。何を見たのか、ロイは今日まで誰にも語らなかった。


「あの時、ワーウルフが親父に襲いかかったんだ。でも、本来は俺はその場には居なかった」

「……ロイ、辛いことを聞きます。嫌なら答えなくてもいいわ」


 ナタリアは先生モードから親身な雰囲気で尋ねる。


「ロイはお父様の死因を何か知っている?」

「…………ゼノおじさんが、あ、ゼノおじさんってのはジンの親父さんね。おじさんが森の中で親父の死体を見つけたって言ってるのを聞いた。なんでも、獣に食い殺されたみたいになってたって……」

「……ロイ。落ち着いて聞いてください」


 ナタリアは一度前置きをすると、昔ロイに過去を見せた魔法について説明する。


「あの魔法は当時の世界をほぼ完璧に再現する魔法なのです。もし、ロイが見た場面が御父様が亡くなる瞬間であったのなら、その要因は限りなく真実に近いと言えるでしょう」


 父――ギリアムはワーウルフに殺された。しかし、父はそのワーウルフの片目を潰していたのだ。つまり……


「隻眼だった……」


 隻眼のワーウルフ。それが父の仇だ。心の中にある確固たる信念。『騎士ギレオ』に憧れて剣を握る。

 しかし、今は……剣を振るう理由は“違うモノ”に上書きされている。


「ロイ、貴方の剣はまだ騎士としてのモノではありません」

「……俺もわかってる。私情で剣を振るなんて『ギレオ』に程遠いって」

「それは違います」

「え?」


 ナタリアはロイが剣を見る目を否定しなかった。


「大切な者の事を思えばこその剣。その気持ちの方向性は違えど、誰かの為に剣を振るった『ギレオ』となんなら変わりませんよ」

「……でも……リア姉。やっぱり、俺さ。父さんの仇を討つまで胸を張って『ギレオ』を目指す事が出来ないよ」

「ロイ、貴方の進む道の果てはとても素晴らしい場所です。しかし、必ずしも綺麗な道を歩き続けられるとは限らない」

「…………『ギレオ』もさ。何かに悩んだりしたのかな?」


 絵本の中のギレオは鎧を取らない。料理をしている時も、洗濯している時も、誰かを助ける時も。

 昔は特に気にかけなかったが、最近絵本を読み返していると別の解釈を感じる様になったのだ。

 鎧で全身を覆うのは本来の自分を隠しているからではないか? 誰かの為に心から剣を振るう『ギレオ』は居なくて……


「『ギレオ』もヒトです。ヒトならば当然、悩み、葛藤し、時には私情の為に剣を振るう事もあるでしょう」

「…………」


 ナタリアの言葉にロイは夢から覚めた様な感覚を覚える。


「だからこそ『ギレオ』の剣は血が通っているのです」

「血が……通ってる?」


 初めて聞く言葉にロイは思わず聞き返した。


「皆が『ギレオ』の振るう剣は暖かいと感じました。それは、優しくても強くても得られないモノです」


 ナタリアも木漏れ日を見上げる。その目はとても嬉しそうに『ギレオ』の剣を肯定している様だった。


「何が正しくて、何が間違っているのか。その境はヒトによって曖昧ですが、『ギレオ』はその両方を飲み込み、剣を無機質な刃にするのではなく血を通わせました。そうする事で多くの者達を助けられると信じて」

「…………」

「ロイ。貴方は今、他の三人に比べて誇れる道を歩いていないと思ってるかもしれない。けど、忘れないで」


 ナタリアはロイに視線を合わせる。


「貴方の歩む道は決して間違いではないわ」


 そう微笑む彼女はロイは己の道を必ず歩ききると確信していた。






――アルバルス歴698年――


 【霊界権能】。

 半透明で白黒の世界はいつ見ても慣れないモノだった。

 『霊界』に身を置き続けると常に身体が浮いている様な感覚に普段の生活感覚が麻痺しそうになる。


 そこで、必要になってくるのはイメージだ。


 地面を、構造物を、世界をイメージする。そして、それに色がつき、己の立っている場所が明確に目の前に現れる。

 夜になると言うのにヒトの往来が絶えない王都。半透明のヒト達はジンの存在を認識していない様にすり抜ける。


「あまり、呆けるでない。ジン坊」

「ナルコ様」


 『霊界』から王城を見上げるジンの頭を閉じた扇子で軽く叩くのは魔法学園校長――鳴狐真なるこしんだった。

 彼女の種族は『獣族ビーストレイダー』『狐』であり、自身も『霊界』に関係する『相剋』を持つ。故にジンは師として彼女へ教授を受けさせてもらっていた。


「『霊界』で呆ける事は死を意味する。今も、お主の魂は『霊界』に融けかけておったぞ?」


 三年前の『収穫祭』の後にジンはジェシカからナルコを紹介してもらった。

 最初は顔を合わせるまで時間がかかると思っていたら、ある日枕元に現れた時には本当に驚いた記憶がある。

 ナルコは、野放しにするには危険、と言うことでジンに『霊界』に関して教授し、その関係は師弟として今も続いている。


「大丈夫です。最初に比べてだいぶ馴れて来ましたし」

「これ」


 ぽん、と再度軽く扇子で頭を叩かれる。身長はナルコの方が上だった。


「『霊界』に馴れてはならぬ。ソレは最も危険な信号であると何度も教えたであろう? 【霊界権能】は使いこなせば万能である故に依存しやすくなる。ジン坊よ、線引きを間違えてはならぬ」


 軽々しい発言だった。『相剋』を便利な戦闘手段として使ってきた勇者たちと同じ心持ちになってきている事をジンは咎められる。


「『相剋』とは便利な道具などではない。世界を傷つける行為なのじゃ。今の我々が干渉しているのは『霊界』だけじゃが、それだけでも十分に異端である」

「……すみません」

「ヒトが干渉するのは『現世うつしよ』のみ。その事を努々ゆめゆめ忘れてはならぬ。よいな?」

「……はい」


 今、【霊界権能】を使いこなそうとしているのは偶発的に発動してしまう事を防ぐ為だ。

 次に『アカシックレコード』に呑み込まれれば今度こそ、帰ってくる事は出来ないだろう。


「本日の鍛練は終了じゃ。『現世』へ戻るぞ」


 ナルコは、バッ! と扇子を開くと、景色が切り替わり半透明の魔法学園の校長室へ場面が移った。


 『相剋』の発動を止める。

 世界に色がつき、五感の全てが世界の中に居ることを伝えて来る。

 心からほっとする。安心できる家に帰ってきた感覚に近い。そして、相変わらず身体が冷えていた様で触覚が戻った事で少しだけ身震いした。


「……っ」


 『霊界』と『現世』の落差にジンは少しだけふらつく。すると、ナルコが優しく後ろから支えた。


「良いか、ジン坊。お主の【霊界権能】は、本質だけを見れば妾の【霊御殿たまごでん】よりも上位の力である。故にきちんとブレーキを見定めねばな」


 ナルコはジンの身体を後ろから抱きしめる様に腕を回してくる。


「妾の【霊御殿たまごでん】と違い、五感の感じられない『霊界』において依り代となるモノが無いお主では、己の魂を保護する場所を確保する事は容易ではない」


 真剣な教授であるハズが耳元で妖艶に囁くナルコの口調。ジンは思わず心臓が早鳴った。


「故にまだまだ妾が必要じゃ。わかるな?」

「……ナ、ナルコ様!」

「ん? なんじゃ?」

「その……近いです……」

「大した事ではない。お主の身体はまだだいぶ冷えておるからのぅ。鼓動を早め、きちんと暖めんと、まだ倒れてしまうぞ?」


 普段は隠している尻尾まで絡まってくる。後ろから回してくる腕、尻尾、その全てが安心できる暖かさを感じた。


「ジン坊よ。何か起こっても決して無理をしようとしてはならぬ。必ず妾を頼るのじゃ。よいな?」

「……はい」


 その言葉はナタリアにも似た優しさを感じた。すると、覆ってきた腕と尻尾が離れる。


「もう、よさそうじゃな。次は三日後じゃ」

「わかりました」


 微笑むナルコを見ると尻尾は消えていた。ありがとうございました、とジンは一礼して扉に手を掛ける。すると、


「ジン坊よ。『湯館計画』は妾も期待しておるでな」

「あれは……まだ計画段階なので、長い目で見てていただければ……」

「ほっほっほっ」


 少し唾悪く反応するとジンは校長室を後にした。






「だいぶ、彼に入れ込んで居る様ですね」

「なんじゃ、レガリア。嫉妬かのぅ?」


 ジンが去った様子を確認したレガリアが姿を現す。


「【霊御殿】。その使用には貴女にもリスクが伴います。ソレを承知ですか?」

「ジン坊にはその価値があるのじゃ。それに前々から『霊界』には何か底知れぬ“果て”があると感じておる。少しでもその真理を確認しておかねばな」

「……探求することが魔術師の使命ですが、貴女自身の使命は違うでしょう?」

「誰かと関わりを持つと言う事はそう言う事じゃ。次に『魔王』が来たとしても妾は動けぬのでな」


 三年前、ヴァルター領地の『収穫祭』で起こったレイスによる『サトリの眼』事件。

 確実に無力化したハズだった。効果は弱かったとは言え『サトリの眼』は復活していたのだ。この事実は『サトリの眼』が誰かに製造されている事を意味している。


「現状、信頼できる者は四人。出来る事ならばもう少し増やしておきたい所じゃ」


 来るべき時に備えて、ナルコも己の『相剋』を更に見極めねばと思っている。


「王座の埋まったこの国は問題なかろう。妾たちは“来るべき敵”を討つ事を考えねばな」


 どれ、とナルコは立ち上がると、少し上機嫌に校長室を出る。


「それにジン坊を弟子に迎える事は妾の人生において最大のプラスだったからのぅ♪」


 魔法学園の食堂に追加された『油揚げ』をジンの妹であるレンがレシピ提供してくれたおかげで毎日大好物油揚げが食べれる。

 それだけで、あの兄妹は生涯面倒を見る価値があると思っていた。


「私にはわからない感覚です」

「実に人生を損しておるな」

「私は雰囲気しか味わえませんので、ナルコ先生」


 味覚に頼る食事が意味をなさない屋敷執事ハウスバトラーのレガリアには、ナルコと酒を飲み交わす事の方が有意義だと感じていた。






 新国『オルヴィス』。


 二年前に行われた選挙にて、空位となっていた王座に座ったのはヘクトル・ヴァルターだった。

 彼は国名を『オルヴィス』に改名する事を宣言。それは古い言葉で“大地”を意味する言葉である。


 土地とは自らで育てるモノ。それは一人では決して成し得ない。

 国を纏めるのは王だが、国を作るのは国民である。


 国名を新たにする。滅びかけた国が新たな歩みを始める為に必要なプロセスとして。

 そして、皆の力が必要だと言うことの証明する意味でもある改名は若干の反感もあったものの国民達はヘクトルの力強い言葉を受け入れた。

 故に、国は新たなスタートを切ったと言うよりも、生まれ変わったと言う方が正しいだろう。


「…………」


 魔法学園を出たジンはそこから見える王城を見上げる。まだ、再建途中だが後一年もすれば綺麗に終わる所まで来ていた。

 『魔王』の襲撃より約四年。王都の廃墟となっていた建物は殆んど改修を終え、人々の生活は前よりも良いモノに戻ってきている。

 これは新たな王による采配と、王都騎士達や魔法学園の魔術師達による尽力も大きい。国としては十分な建て直しが行われたと言っても良いだろう。


「ただいま」

「お帰り、兄さん」

「お邪魔してるわ」


 王都内の廃墟を建て直して店舗とする真新しい細工店に帰ったジンは、レンと話すマリーの姿に驚く。


「マリー? 確か、今は陛下と領地の視察に行ってるんじゃ」

「ミレディさんが合流したから私は戻ってきたの。そろそろ半期の収入決算の時期だから、皆に資料の作成をお願いしに回ってて」


 新しい王による最初の政策は空いた土地に店舗を作り、そこへ参入する事業の援助を行うと言うモノだった。

 時期は三年間。無論、その間に評判や収入が悪ければ援助は打ち切られると言った条件があり、正当な収入であるかどうかも考慮される。


 ジンはフォルドからの推薦を受けて、王都にて細工師として腕前を振るっていた。

 ロイやジェシカからもツテを得て、騎士団と魔法学園に細工の腕前を提供しており、なとか定期出入は安定している。


「私たちは問題ないよー。騎士団や学園の厨房はマグナス印だからね! 今度、おっきな施設計画があるよね、兄さん」

「あの『湯館計画』だろ? 正直言ってオレはあんまり乗り気じゃないんだけどな……」

「何言ってるのさ! お金さえ払えば誰だって暖かい湯を堪能できる施設があるなんて……サイコーじゃん!」


 多くの組織が集まって話が上がりつつある『湯館計画』。各方面から必要な人材を集めたり、資金提供者を募っている段階である。

 統括者も決まっておらず、明確な利益などの算出も出てない以上、国からの援助審査は対象外だった。

 熱望する声だけは高いが。


「女の子はね……1日2回はお風呂に入らないと駄目なのさ!」

「ナルコ様にも言われたが……別に風呂なんて、2日に1回で良いだろ」


 すると、ガシッ、とマリーが肩を掴む。


「ジン君……この計画は貴方が思ってるよりも女性にとっては重要な事なの。真剣に考えてみて」


 マリーは必然と鋭い目付きでジンに詰め寄る。慣れたと思ったが本気で凄まれると少しだけ身がすくむ。


「それに、労力に似合うだけのリターンもあると思うわ。色々な商業展開も可能だし、観光名所にも出来れば、他国からの注目度も高まるから」


 古くからあった国をヘクトルによって新スタートを切った事態による、周辺諸国との摩擦は必然なモノだった。

 それを少しでも解消できるメリットを国に作る事が出来るのならやりがいも出てくる。


 この国が少しでも良いモノになるのなら個人としても手を貸したいと思っていた。


「わかったよ。『湯館計画』は少し優先して話を聞いてみる」


 特に自分はロイやジェシカの様に直接、何かを手助け出来ているワケではない。縁の下で少しでも人々の生活を支えて行こう。






 二年前の選挙でヘクトル様が戴冠し彼の生活環境は王都へと移った。その時に信頼できる臣下も同時に移動。貴族としての身分と地位を与えられた。

 その中には必然とマリーの姿もあり、戴冠式では綺麗なドレスを着ていた様子を覚えている。

 ナルコ様より王冠を授けられ、リンクス総司令が剣を捧げる戴冠式は圧巻の一言だ。後に絵画にもなったシーンは王城の廊下に飾られている。


 マリーは選挙の頃からヘクトル様の側面に立つ様子は多く見受けられた。

 それに伴って、オレとレンとの関わりも少なくなったが、目的に突き進む彼女の邪魔をしたくなくて、その距離感は必要だと思ったくらいだ。


 その後はヘクトル様が王となった事でマリーの立場は自然と“姫”となった。

 しかし、一般的に庇護される姫とは違い、ヘクトル様の側近としての認識が強い。今では、ミレディさんと並ぶ手腕でヘクトル様をサポートしている。


 オレはフォルドさんに薦められて、王都で細工店を開く事になった。

 元はフォルドさんがヘクトル様に誘われていた様だが、失敗しても良いから一度やってみなさい、とレンと共に王都へやって来たのである。

 簡単な引っ越しは、ジェシカやロイに手伝って貰って、例の援助制度にて商いを開始。

 とは言っても売り出せるのは彫金技術だけだが、ナルコ様やジェシカから仕事を頼まれたり、ロイ繋がりで騎士団の方面にもツテが出来たりと、なんとか生活は回っている。

 レンは店を優先で考えているが、頼まれた際には酒場や学園の食堂に度々顔を出して料理面で名を広げている。

 そんなこんなで、結局は四人とも王都に来たじゃん、と笑い会うのは日常の光景となっていた。






 城門付近に存在する馬房は、偵察や伝令、哨戒の為に使われる馬を休ませてある。

 その世話は基本的には騎士団で持ち回りであり、王都を離れても個人で馬のケアが出来るように配慮された役割だった。


「やけに静かだな」


 夜になり、闇に覆われる馬房が静か過ぎる。日中に動いた馬は休む時間だが夜に動く予定の馬はこれからが本稼働だ。

 今月の世話役を担っている騎士は持っているランタンを掲げながら、馬房の中を覗くと――


「! なんだ!?」


 肉を咀嚼する音と、全滅した馬にそんな声を上げる。すると奥で動く影がある。

 ランタンの光量を正面に集束して前方を奥まで照らすと――


「なっ!?」


 そこに居たのは隻眼のワーウルフだった。先ほど片眼を潰されたのか、ぽたぽたと血が滴っている。

 光を照らされたワーウルフは騎士に気がつくと、即座に飛びかかった。


「うっお!!?」


 その喰らいついてくる跳躍に騎士は驚き、尻餅をつく。しかし、それでも剣の柄を掴んだのは普段の鍛練の賜物だっただろう。


「…………な、なんだ?」


 しかし、隻眼のワーウルフの姿は忽然と消えていた。まるで、最初から居なかったかのように気配が完全に消えている。


「……夢でも幻覚でもねぇな……」


 それでも、馬房内の馬の全滅は、ワーウルフが現実に居たことを証明していた。






 後にジェシカ・レストレードにより、この事件は記録される。

 “三災害”の一つ『迷宮ラビリンス』に巻き込まれ、ジンとロイは王都より去ってしまった事を――


 それは王が決まり、ジン、ロイ、ジェシカが18歳、レンが17歳の頃に新国『オルヴィス』に襲いかかった最初の災害だった。

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