第38話 彼の帰る場所(前編)

 時間帯は夕刻から夜。

 夜になっても賑わいの尽きない『収穫祭』にヘクトルの乗る馬車が到着した。

 街内は人混みに溢れている為、停留所は普段とは別――街の外に設置されている。

 『収穫祭』期間中は領主の馬車であろうとも例外なくそこに停める事を義務付けられているのだ。


「良い賑わいだ。四年間に及ぶ、皆の準備が形になったと言える!」


 馬車から降りたヘクトルは己の声にも負けぬ程の活気に人々が積み上げた軌跡として強く共感し、感動さえも覚えた。

 この輝きを見る度に思うのだ。

 黄金が霞む程の光。数多の人の意識が集まったこの瞬間こそ、自分が求めていた理想なのだと。


「素晴らしいな! 我が領民達は!」


 今、ヘクトルの眼にはこれまでに無いくらいに人々は輝いて見えている。故に、この光を陰らせるモノは決して見逃すワケには行かない。

 そんなヘクトルとは一呼吸置いて、馬車から降りたミレディは彼に歩み寄る。


「ヘクトル様。此度の会議はお疲れ様でした。本日は英気を養う意味でも、『収穫祭』をご堪能ください」

「いや、すぐに館に戻る! 報告も詳しく聞かねばならぬのでな!」


 あ、ヘクトル様だ。

 ヘクトル様ー。


 と、街の領民が『収穫祭』にも負けない存在感を放つヘクトルを注目する。ヘクトルも軽く手を振って返した。


「わかりました。メルティに伝令を送って政務の準備をさせます」

「フハハ! まぁ、ゆっくりで良い! その前に行くところがあるのでな!」

「どちらへ?」


 ミレディの質問にヘクトルは応える様に歩き出す。


「フォルド殿の『細工店』だ!」






 ジェシカから、ジンの『相剋』【霊界権能】について、一通り話を聞いたマリー、レヴナント、フォルドの三人は驚きよりも理解が追い付かなかった。


「『相剋』と言うモノが禁忌に近い力である事は知っていたが……」

「……そんな力を、勇者シラノは何人にも宿らせていたと言うの」

「なんだそれは! 良くわからんが! なんだ! それは!」


 この国では『相剋』保持者と言うと勇者シラノが生み出した『覚醒者』が該当する。


「『相剋』は十人十色です。それに、ジンの【霊界権能】は自らで発現しました」


 彼の色の違う瞳と眼の傷はその時に負ったものだと言う事も説明する。

 何故『相剋』と言う“具現化”が起こるのか。そして、ヒトに宿るのか……

 『覚醒者』を生み出した勇者シラノはその仕組みを知っていた様だが、誰でも自由に得られるモノではない事だけはわかっている。


 その時、表の扉が開く音が聞こえた。

 店は閉めているので客は来ない。すると、ロイとレンの声が近づいてくる。

 ロイがレンを見つけて帰ってきたのだと、場の四人は察していると、


「リア姉、奥の部屋だ」

「ナタリアさん、こっち!」

「失礼します」


 扉が開き、部屋に入ってきたのはレンとナタリアだった。


師匠せんせい!?」


 一番にジェシカが驚く。ナタリアは自身の胸に手を当てて、一礼した。


「夜分に礼もなく軒家へ踏み入れた事を深く御詫びいたします。私の名前はナタリア。ジンにゆかりのある者です」


 質素な旅人服を着ているにも関わらず、気品ある立ち振舞いと物言いに、最上位の貴族を連想させた。

 まるで、どこかの国の王を思わせる程の気迫にマリーは思わず立ち上がる。


「あ、わ、私は……マリシーユ・ヴァルターと申します!」

「フォルド・パッシブ。この店の店主だ。彼らの身内と言うのならば、礼を欠いた事は気にしていない」

「……」


 各々でナタリアへ返す中、レヴナントだけが困惑するように彼女を見る。

 そんなレヴナントの視線にナタリアも僅かながら反応があったものの、すぐに微笑み返した。


「彼を助けに来ました。側に寄っても?」

「ああ」


 フォルドは場を開けると、ナタリアはジンへ近づき眼を閉じる彼の額や頬を触る。

 その様子を反対側に回った、レンとジェシカは見守った。


「師匠、ジンは……」

「ナタリアさん……」


 ジンから、すっ、と手を離すナタリアに二人は不安そうに問う。


「レン、ジンは生きてるわ」

「! ホント!?」


 ナタリアの言葉に場の空気が変わる。

 生きているのか死んでいるのか不明瞭なジンの様子にナタリアは“生きている”と断言したのだ。


「でも、私一人じゃジンを救えない。力を貸してくれる?」

「うん!」

「ジェシカ、何か書くものを貸して」

「これで良ければ」


 ジェシカは普段から持ち歩いている手帳を手渡す。

 ナタリアは一番手後ろのページを開くと、サラサラと手書きで魔法陣を描いた。


「ジェシカ、これをロイと一緒に建物を囲う様に展開して」


 返された手帳には、簡易な図形を重ねた要点を建物の四方に配置し、それを結ぶ様に線繋がれた魔法陣が記載されていた。


「いい? 貴方とロイの二人だけで描くのよ」

「わかりました」


 手帳を受け取り、ジェシカは部屋から出るとロイにその事を告げて一旦、店から出る。


「レン、貴方はジンの手を握って、呼びかけて。声ではなく、心の中で」

「うん」


 常識外のジン救うと言うのに、まるでまじないでも始めるかのような様子に他の面子は少し気が抜ける。


「すみません」


 そんな四人の様子にマリーが声をかけた。


「私も……何か出来る事はありませんか?」

「マリシーユ様。その申し出はとても心強く思います。しかしこれは、ジンと縁が深い者達だけで行わなければならないのです」

「それなら――」

「お言葉ですが貴女様とジンの“縁”は私たちよりも深くは無いのです。心当たりはありませんか?」


 マリーは意識を失う際、咄嗟に頭をよぎったのはレヴナントだったことを思い出す。


「フォルド様。失礼ながら、ご退室をお願い出来ますか?」

「ああ。部屋には誰も入れぬ方が良いか?」

「はい。よろしくお願いします」


 退室するフォルド。マリーはナタリアに一礼すると部屋を後にし、その後にレヴナントが続いた。

 ナタリアはジンの隣の椅子に座ると己の魔力に集中する。



〖何をしている?〗

 救うのです。

〖その者はお前に取って、“凶”の一つであろう?〗

 違います。彼は“凶”などではありません。

〖ならば何だ?〗

 “未来”です。



 魔力を感じる。ジェシカが魔法陣を仕上げた様だ。

 見ずとも魔法陣の要点に置ける図形を細かく把握出来る程に魔力の流れがスムーズに感じる。急ぎで走り書きだったあのメモで、ここちらの意図を汲み取り、より適切に仕上げた様子に彼女の成長が伺えた。


 ナタリアはゆっくりと詠唱を始める。


“悠久よ――”

“この身をお許しください”

“踏み入る私をお許しください”

“まだ、そちらへ行くべきでない者がいらっしゃるのです”


 それは、ナタリアの心で唱えたが、ジンと関係の深い三人には伝わっていた。


 魔法陣が光る。それは『収穫祭』の明かりに比べてとても弱々しく、見落とすような淡い光――


「レン、ジンを呼ぶ声を絶やさないでね」

「うん!」


 『再界【霊界権能】』


 その瞬間、ナタリアの魂は身体を残し、立ち上がる様に白と黒で構築される半透明の世界――霊界へ侵入した。

 そして、ジンの身体から伸びる魂との糸を視認。その瞬間、突風のような虹色の濁流が襲ってきた。


“…………”


 ソレに対してナタリアは抵抗せずに、ただ眼を閉じて呑み込まれる。






「……師匠せんせい


 霊体は他の誰にも見えないものの、ナタリアがジンを救いに行った事はジェシカとロイにも感じ取っていた。


「……あーだ、こーだ言っても仕方ないとは思うけどよ。正直、こんな時に何も出来ない俺はむず痒いぜ」

「……今回は私達の手に負える問題じゃないわ。必要なのは魔法でも剣術でもなくて……」


 ヒトを想う力。

 その言葉がロイとジェシカの心に答えの様に浮かび上がる。


「後は、この魔法陣を維持しないとね。何かの手違いで消される事が無いように――」

「おや? これはこれは! 有名な者達が居るな!」


 その時、存在感のある声に二人は振り返る。そこにはヘクトルとミレディが立っていた。






「ロイ・レイヴァンス君だろう? あの『霧の都ミストヴルム』より生存した優秀な騎士」

「え? えっと……どっかで見たような……」

「そちらのレディは、ジェシカ・レストレード君だね? レイスの件は実に助けられたよ」

「え、は、はい」


 突如に名前を言い当てられて、困惑する二人。すると、ロイが思い出した様に、


「あ、あ! ヘクトル・ヴァルター領主!」

「え? ヘクトル領主様!?」

「フハハ! 良かったよ! 君たち程のビックネームでは霞んでしまうと思っていたが、まだまだ大丈夫なようだ!」


 その瞳は力強さがありつつも、場に現れると張った気が解放される程の安心を感じさせた。


「店内では何やら怪しげな事が行われてるようだね! 説明を聞いてもいいかな?」


 魔法陣を見てヘクトルが問う。

 ジェシカとロイが説明して良いものかと悩んでいると、


「ヘクトル、今は店内に入るのは控えてくれ」

「む! やはりマスター! おかえりなさい!」

「御父様……」


 店内からフォルド、レヴナント、マリーの三人が出てきた。

 ヘクトルはマリーの様子を見て、ミレディに告げる。


「ミレディ、マリシーユを屋敷へ連れていき、安静にさせなさい。レヴナントは場に残り彼らの警護を」

「御父様。私の……せいなのです。ですから……せめて見届け――」

「今のお前に出来る事など、ここにはない」


 ヘクトルはマリーにそれだけを告げて視線を外すと、フォルドへ状況の確認を行う。

 マリーは己の無能感から視線を落とした。


「お嬢様。応急処置だけでは後遺症が残る可能性もあります。きちんと治療しなければ」

「わかっ……てるわ」

「む、むむ……マスター、お嬢は――」

「いいの、レヴ。ジン君たちをお願い」


 庇おうとしたレヴナントをマリーは制すると、一度深呼吸をして、こちらへ背を向けるヘクトルを見る。


「失礼致します、領主様」


 そう一礼して、ミレディに支えられながら屋敷へ帰って行った。

 そのマリーの言葉を聞こえていない様子でヘクトルはフォルドと会話を続ける。


「ジン君に縁のある者と?」

「彼らの家族でもあるそうだ」


 フォルドは、ロイとジェシカへ視線を向ける。


「ロイ君、ジェシカ君、君たちが話せる範囲で良い。中で何が起こっているのか、何が必要なのかを私に教えてはくれまいか?」






 虹色の濁流に身を任せたナタリアは、その奔流が収まった様子にゆっくりと目を開けた。


 コツ、と暗闇に荒れた大地に足をつける。目の前には虹色に光る巨大な螺旋が絶えず動き、果ての無い天へと消える。


世界の記憶アカシックレコード


 あらゆる物事を観測し、記録し、結論を与える虹色の螺旋。ここに管理者などいない。いるのは、“観測する者”だけだ。


“……やはり、ここは果てしない”


 ジンの魂は膨大な情報の渦に巻き込まれ『過去』でも『未来』でも『現実』でもないこの空間へ呑み込まれたのだ。


 無数に混じり合う記憶や輪廻に魂を呑み込まれない様にナタリアは虹色の螺旋へ歩を進める。

 ジンの糸は螺旋の中へと消えていた。


 ここは時間の概念も常識外。ジンの“糸”が消失してない所を見るに未だに繋がっているが……それでも、彼が別の輪廻に生まれ変わるのは時間の問題だ。

 ましてや、何も解らずに彷徨っているのなら、こちらから見つける時間は残されているのか――


 ナタリアは『世界の記憶アカシックレコード』に集中する。ジンの糸の先――彼の魂の場所を見つけ――


“――――見ていますか?”


 ジンの糸の先がどこに繋がっているか、解ったナタリアは思わずそう呟いた。

 その瞳から涙が流れ、頬を伝わる。


〖見ている〗

“私は、この瞬間に出会えた事を何よりも誇りに思います”

〖“コレ”が貴女の“答え”か?〗

“……違います。ですが、貴方も驚いているのではないですか?”

〖求めるのは“代表者の答え”のみだ〗

“……解っています”


 ナタリアはジンを待つ選択を取り、虹色の螺旋アカシックレコードの前で佇む。


 




「ジン、明日は朝から畑を調整に行くぞ。『収穫祭』でレン達が種もみを買ってきてくれるからすぐに植えられるように手を加えておかなくてはな!」

「うん」

「いや、待てゼノ。その前に森の様子も確認しとかないとダメだ。特に今は『収穫祭』で、街付近が騒がしくなって、魔物達がこっちに寄ってきてるかもしれない」

「それもそうだな。じゃあ、ギリアムに声をかけて一通り森を回ってみるか」


 ギリアムさんは昔からこの村で猟師として、森の中に住み、異変を察知する一族だった。ロイの父親でもある。

 まぁ、ロイは猟師よりも騎士に憧れているが。


「明日は早いぞ! ナギサ、朝飯はいつもより早めに頼む!」

「それよりも、私に毎朝起こされない様に習慣付けてくれ」


 とにかく行動を起こしてから次を考える父と、あらゆる要素を加味して自分達に起こる事を予測する母。

 父さんの性格や行動力はレンに強く見られ、オレは母さん似だと言われていた。


“――ちゃん”


「――――」


 オレはレンに呼ばれた気がして咄嗟に椅子から立ち上がった。


「どうした? ジン」

「あ、いや……」


 母さんが聞いてくる。


「今、レンの声が聞こえた気がして」

「ジンよ……それはとても良い傾向だぞ! いいか、もしもレンに言い寄る男が現れたら……必ず父さんに言うんだぞ!! 絶体、絶体にだ! 例え世界の支配者であろうとレンは嫁にやら――」

「ジン、父さんの言葉はあんまり真に受けるな。今日は少し疲れたんだろう。もう、休みなさい」


 父さんの言葉を母さんがバッサリと切り捨てる。

 似たような性格から波長が合うのか、父さんとレンは本当に仲が良い。そんな爛漫な二人を諌めるのが、オレと母さんの役目だった。


「うん。そうするよ」

「ジン、明日は父さんの隠された力を見せよう」

「まったく……ゼノ、お前もさっさと寝るように」


 自分とレンの部屋へ向かうオレは、そんな会話をする二人を後ろ眼に微笑むと居間を後にした。


「レンの奴は今頃、『収穫祭』を楽しんでるかな」


 きっと、お土産を持って帰ってくるだろう。しかし、妹に気の効いた物を選ぶセンスは皆無なので、一緒にいるジェシカが気にかけてくれる事を願うしかない。

 その時、コトッ、とナニかが落ちた。


「? なんだ、これ」


 それは小さな箱。少し高価な装飾に手の平に乗る程度の小さな――


“お兄――”


「…………なんだ……何か……」


 屈んで箱を拾い上げる。


“これは、ほんの少しだけ世界を良くするための道具”


「あ……これは……」


 違う……だって、父さんと母さんは生きてるじゃないか。今も話す声が聞こえ――


“お兄ちゃん……ごめんなさい……お兄ちゃん――”


「――――レン」


 聞こえる……。

 誓った……じゃないか。家族を……レンを守ると……


「ああ……ごめん……そう……だよな……」


 オレ達の……オレの……帰る場所は――


“お兄ちゃん……帰ってきて……”


「…………ああ、今帰るよ」


 ジンは拾い上げた『刻み針の箱』を握りしめて居間へ引き返した。






「父さん、母さん」

「ん? どうした? ジン」

「眠れないのか?」


 目の前に居るのは間違いなく父と母だった。二人の雰囲気は決して間違う事はない。何故ならジンは何度も何度も二人に会いたかったから。


「オレは……帰るよ」


 ジンは絞り出す様に二人へ告げる。するとナギサが立ち上がった。


「ジン……何を言ってる? お前の家はここだろう? どこに帰ると言うんだ?」

「違うんだ母さん……オレはレンを一人に出来ない」

「レンは『収穫祭』に行ってるだけだ。二日もすれば戻ってくる」

「そうじゃないんだ。オレが迎えに行かないと……レンは泣き止まないから」


 ジンは涙を堪えながら強い瞳で母に告げる。


「だって……もうレンを護れるのはオレだけだから。父さんも母さんも……レンを護れないから……」


 父と母は死んだ。

 そう、確かに死んだのだ。だから……妹を絶対に一人には出来ない。


「ジン……ここに居ればまた、家族皆で笑い会えるんだ」

「母さん。レンが泣いてるんだ。ずっと……ずっとオレの手を握って泣いてるんだよ……」


 ジンは手にある『刻み針の箱』を強く握りしめる。拒絶ではない。認めて欲しいと言う願いをナギサへ訴える。


「……駄目だ……ジン。お前は……私とゼノの大切な家族――」

「ナギサ」


 この場に留まらせようとするナギサをゼノが制する。そして、椅子から立ち上がった。


「ジン、レンは泣いてるんだな?」

「うん」

「そうか。なら、行ってあげなさい」

「! ゼノ!」

「ナギサ。ジンはもう大丈夫だ」


 詰め寄る妻にゼノは諭すように言う。


「オレと君の子は強く成長した。いつか、各々の道を歩きだしたら二人の意志を尊重すると決めただろう? 今がその時だよ」

「…………私は……」


 ナギサは視線を落とす。そんな母の背にジンは抱きついた。


「母さん。オレは……父さんと母さんの子で……レンの兄貴だ。だから……レンを護るって言う……母さんとの約束を破りたくない」

「――ジン」


 ナギサは振り返ると、ジンを強く抱き締める。


「ごめん……ジン。お前達が本当に私達を必要としている時に……側にいてあげなきゃ行けない時に……お母さんはお前達を撫でてあげられなかった……」

「そんなことは無いよ。きっと……父さんと母さん達が魔物を食い止めてなかったら。オレもレンも父さん達を想えなかったから」

「……本当に……お前はゼノの息子だな」


 ナギサは離れると涙を流しながらも笑顔でジンに告げる。


「ジン、オレに一つだけ教えてくれ」

「ん?」


 涙を拭いながらジンとナギサはゼノを見る。


「レンに男の気配はあるか? いや……世界一可愛いオレの娘の事だ! きっと、何人もの男が寄ってるに違いない! うぉぉぉ! ジンよ! レンに近寄る野郎は全員去勢だ! これは生涯をかけた父さんとの約束だぞ!」

「おい、さっきお前が言った事を復唱してみろ」


 呆れるナギサに、これはコレそれはソレだ! とゼノは言い返す。


「ハハ、大丈夫だよ、父さん。さっきも言ったでしょ? オレがレンを護るって」

「ジン……お前は本当に出来た息子だよ。涙が止まらん」

「まったく……」


 そんなゼノに改めて嘆息を吐きつつも、ナギサは微笑んだ。


「もう行くよ」

「ジン」


 ゼノは、最後にジンの頭に手を乗せた。


「子供は大人になって、大人は老人になる。お前はこれから、老人になるまでにいくつも辛い事を経験するだろう。けど忘れるな。お前の帰る場所は“家族がいる所”だ」

「父さん……」

「私達はもう見守る事も出来ない。けど、お前には私達と同じくらい、強い絆で繋がれた家族がいる」

「ありがとう、母さん」


 ジンは家の扉に手を掛ける。


「ジン、最後に父さんから」

「なに?」

「ナタリアさんは良い人だ。彼女の助けになってあげなさい」

「うん。わかってる」


 その言葉にゼノは、ニッと笑うと腕を組んでジンに告げる。


「よし! 言いたいことは全部言ったぁ! ジン! 行ってこい!」

「行ってらっしゃい、ジン」

「――行ってきます」


 色の違う両目で二人を見ると、ジンは扉を開けて家を出て行った。

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