第37話 過去でも未来でも無い場所

 レイスは思わず身震いした。

 それは外気的な寒気ではなく、危機的状況を遅れて認識した時に、ゾッとする寒気に近い。

 その寒気は――ジン・マグナスが起き上がった時から放たれて身体を猛烈に冷やして行く。


『相剋』【霊界権能】


“――――何だこれは!?”


 声を出したつもりが声が出ない。いや……それよりも……身体の感覚を感じない!?


“レンから……離れろ”


 その言葉と共にドンッと押される感覚に思わず後ろに倒れる。その腕に抱えていたマリシーユ・ヴァルターはいつの間にか離れて――


“なん……だ? と……”


 倒れた拍子に見ると隣に私が居た・・・・

 はマリシーユ・ヴァルターの近くで項垂れる様に膝をついて動いていない。

 そして、改めて自分の姿と世界を見た。

 全てが半透明。空も地面も無限に広がる様に視覚的隔たりの無く、白と黒の世界の中、全てが透過している。己の姿も――


“なんだ……なんだ!? この世界は!”

“お前を引きずり込んだ”


 質問に答えるように、マリシーユ・ヴァルターを連れ戻しに来たガキが歩いてくる。ヤツも同じように半透明だった。


“お前か! お前がやったのか!?”

“お前が二人目だ”

“ふざけるな!”


 掴みかかろうとすると、ガキは指を差して指摘する。


“動かない方が良い。その糸はお前を現世と繋ぐ唯一の要素だ”


 その言葉に本能的に動きが止まる。見ると自分の身体から伸びるが、項垂れている私に繋がっている。


“魂と肉体の繋がりはとても強い。しばらくすればお前は元に戻るだろう”


 わざわざ説明するとは……間抜けなガキだ! なら私はじっとしていればいい。戻ったらお前を殺して、次はマリシーユ・ヴァルターだ! 角を切り落とし、ヘクトルに送りつけてやる!


 と、レイスはジンへ視線を向けると、あることに気がつく。

 自分と同じ条件でこの状態なら、動かない“肉体”があるハズだ。なのに……向こうの世界にジンの身体は見当たらない。


“だが……お前は還さない”


 ジンは自らの身体に刺さるナイフを背中から引き抜いて手に持つといつの間にかレイスの糸の前に居た。


“な!? 何をしている?!”

“オレの家族を狙うヤツは全部オレが殺す。そして、その罪を背負う”

“それに――さわるなぁ!”


 レイスはジンへ掴みかかる。

 その時だった。レイスの目の前に一人の女性が現れて彼は動きを止める。


“――あ……あぁ……なんで……なんでここに……キャス”


 それはレイスが救えなかった仲間でも一番大事な女性。同じように半透明で現れたのだ。


“レクシス”

“君なのか……キャス? わたし……僕は……ずっと君やトーマ……リノ……ジョンに……会いたかったんだ”

“私も……ずっと貴方を思っていた。貴方に声をかけなければならないと……ごめんなさい”

“な、何を言ってるんだ。君は何も悪くない! 悪いのは……悪いのは――”


 この世界だ。とレイスは口にしようとするが、伝えることが出来ない。


“ダメなの……レクシス。貴方は……許されない”

“何を――”


 キャスへ手を伸ばしたその時、レイスの足を何かが掴む。

 ソレは『サトリの眼』で最初に洗脳して狂わせた挙げ句に妻子を殺させた戦場の指揮官だった。ヤツは故郷に侵攻してきた部隊を率いており、キャス達を殺した部隊を指示していた。


“な!? 離――”


 すると、次々にレイスの足に手を伸ばす者達が下から現れる。


“レクシス……なんで……罪を犯してしまったの? 私たちは……正しく生きようって約束したのに……”

“キャ、キャス! 聞いてくれ! 僕は『サトリの眼』で――”


 これまでやってきた事が記憶が辺りから聞こえてくる。多くの組織や国を内側から崩壊させ、その過程で数多の不幸を生み出して来た。

 ソレを行った事で、レイスの受けた悲劇を受ける者達も生まれた所も垣間見え――


“あ……僕……僕は……”


 レイスは己の罪にようやく気がついた。

 『サトリの眼』は何でも出来た。しかし、彼は過剰な力を得た事で“レクシス”ではなく“レイス”として生まれ変わってしまったのだと。


“……レクシスは……私たちと死んでしまった。貴方は……レイス。『サトリの眼』に見要られて、多くの私達を生み出した……”


 地から伸びる手が増え続け、レイスを飲み込んでいく。彼らに連れていかれる先は二度とキャスを想うことさえも出来ない深淵だとレイスは理解した。


“ま、待ってくれ!”


 レイスはキャスに手を伸ばすが、彼女はその手を取ろうとしなかった。

 ま、まだだ。もうすぐ……肉体に戻れる! 糸さえ繋がっていれば――

 その時、プツン、と糸が切断された。

 絶望するレイスの眼にはナイフで糸を断ったジンの姿が映る。


“彼女と話をさせたのはオレからの手向けだ。さっきも言った。お前はオレが殺すと”

“う……うぁぁぁぁ――――”


 身体、肩、首、頭と、今まで殺した者達の腕にレイスは飲み込まれると底の見えない深淵に引きずり込まれて行った。

 その叫びも次第に消えて、ジンと背を向けたキャスだけがその場に残る。


“…………彼を止めてくれてありがとう”


 キャスはジンにそう言うと彼女の魂は、トーマ、リノ、ジョンの光と共に天へ消えていく。


“……ありがとう……か”


 キャスから贈られた言葉をジンは繰り返す。

 そんな事を言われる資格はない。いつの日か……オレも裁かれない罪の代償を払う日が来るだろう。しかし、それは今ではない。


 現世戻ろう。『霊界権能』を停止した。


“――――なに……?”


 肉体は現世に帰った。しかし、魂は『霊界』に存在したままだ。

 何だ……どうなっている?


“己の存在を現世に置きつつ『霊界』へ接続出来る”


 すると、オレの疑問に答える様にナタリアとの会話の記憶が空間に反響した。

 その時、まるで世界がひっくり返った様に空へ向かって落ち始める。


“どこが……上……このままだと……肉体に戻れ――”


 揉みくちゃになる平衡感覚と滅茶苦茶に回転する視界に元居た自分の位置が分からなくなった時――


“……なんだ?”


 巨大なナニかの“眼”がオレを見ていた。その瞬間、ブツリ、と意識が暗転する。






「何が起こった?」


 立ち上がったジンにトドメを差そうとした誘拐犯の男は目の前でジンが消え、背後のレイスの前に倒れる様に現れた様を不思議がっていた。

 そして、レイスは虚ろな眼で項垂れ、生気を感じられない。死亡していた。


「……何かの魔法か?」

「何にせよ、マリシーユ・ヴァルターを連れてこの場を離れるぞ」


 レイスは外様の戦力だ。居なくなった所で支障は無い。二人は気を失っているマリーを掴むと、その時。


「お嬢ぉぉぉお!!」


 空からレヴナントが降ってきた。薪割りの斧を肩に担ぎつつ、石畳の地面を砕いて着地する。

 二人組はとっさに視線を向けると、レヴナントは足から血を流し気を失うマリーとうつ伏せで倒れるジンを視界に移す。


「お前ら――」

「動くな! レヴナント!」


 一人がマリーの首筋にナイフを突き立てた。


「お前が僅かでも動いたと見なしたらマリシーユ・ヴァルターを殺す」

「……」


 レヴナントの目的はマリーの保護。彼女の命を握り続ければ場を脱せると二人組は考えていた。

 しかし、僅かでも隙を見せればたちまち消されてしまうだろう。ビリビリとした気迫をレヴナントから向けられる。


「そうだ動くなよ……」


 ジリッ、と二人組はレヴナントを視界から外さずに路地へ下がる。その時、


「あ! 居た! 兄――さん!?」

「おお? なんだ? リア姉……?」


 その場にロイとレンが現れる。新たなイレギュラーに二人組は困惑する。


「全員動くな! マリシーユ・ヴァルターが死ぬぞ!」


 ジンに駆け寄ろうとしたレンと、レヴナントを見てナタリアを連想したロイはマリーを人質に取る二人組を見た。


「いいか? 追ってくるなよ?」


 そして、後退りする形でマリーを連れて路地へ入っていく。


「ニャにやってんのさ」

「え?」


 しかし、二人組はレヴナントに注視するあまり、路地に回り込んだターニャには気づかなかった。声をかけられて後ろを見ると、ふふーん、も手を振っている。

 それに気を取られてマリーに突きつけるナイフが僅かに緩んだ。


「おいおい」


 その動きは瞬きの間さえも感じられなかった。

 レヴナントはマリーに突きつけられたナイフを持つ腕を薪割りの斧(ストロンガー)で切り落とすと更に男の顔面を鷲掴みする。

 本気の動き。誰もレヴナントの姿を追えなかった。


「取りあえず、お前はアンダーヘルな」

「ま、待――」


 顔を、グチャッ、と握り潰した。その圧力で眼球の一つが外へ飛び出す。


「うわ、エグ」

「お嬢!」


 解放したマリーの安否を確認する為にレヴナントは彼女を抱き寄せる。


「くっ!」


 残った一人は倒れているジンを人質に取ろうと彼へ迫った。

 レヴナントの意識はマリシーユに向いている。あのガキの価値はわからないが、マリシーユを助けに来た所を見るに無関係ではない。

 この場を脱するだけの人質の価値はあると判断して駆け寄る。


「おい、俺の家族に近づくなよ」


 横からロイが割り込んだ。向けられる剣に対して咄嗟に剣を抜いて応戦。人質を取る動きを阻害された。


「邪魔を――」

「……あんた、どっかで――」


 ふと、ロイは男の顔に見覚えがあった。そして、思い出す。

 そうだ。こいつは……王都会議の時に貴族の護衛として同行していた――


 その時、チチッ、と静電気が走った。


「ガッ!? ギィ!!?」


 紫色の落雷。曇り始めた空から落ちた雷が男へ直撃する。


「下手に動くな。次は内部を焼くぞ」


 バサッ、とカムイが場を制する様に上空から着地する。彼女は俯瞰視点から、ターニャに路地に回るように指示を出したのだ。

 落雷のダメージで、男は軽く痙攣しその場に膝立ちすることしか出来ない。


「うん。お嬢は気を失ってるだけだね。足の怪我も大したこと無いよ」

「そうか……」


 ターニャからマリーが無事な事を聞くとレヴナントは膝立ちする男へ歩いていく。


「レヴナント。こいつは尋問する。何者なのか調べ――」

「知らん」


 カムイの制止を一言で切り捨てるとレヴナントはストロンガーで男を縦に割った。

 当然、男は絶命。そして、次は項垂れているレイスに歩み寄ると本気の蹴りを放つ。


「誰がお嬢を傷つけたか分からない以上、全員アンダーヘル行きだ」


 マリーは生まれた時からレヴナントが世話をしている事もあり、妹の様なモノだった。

 それを側で見ていたカムイもレヴナントの怒りは納得出来る所はある。


「……気持ちはわからんでもないが」


 カムイは、レヴナントの蹴りで上半身が蒸発したレイスの死体を見て、彼女は組織的な行動には向かないな、と感じた。






「……う……うぅ……」


 夕立による豪雨が降り注ぐ音でマリーは眼を覚ました。側で様子を見守っていたレヴナントは安堵と同時に声をかける。


「お嬢」

「う……レヴ……? ここは――」

「針ジジィの店だ。ジン坊の事もあって雨から避難してる」


 場にはターニャも夕立から避難していた。雨やだなー、と外の様子を見ている。


「ジン君……! レヴ! ジン君は!? 彼はどうなったの!?」


 マリーは最後の記憶はジンが倒れた所で止まっていた。

 レヴナントが今、側に居るのなら事態は解決したのだろう。それなら、ジンはどうなったのか――


「お嬢……」

「レヴ……ジン君は助かったの!?」


 ジンの事で詰め寄るマリーは自分の足の痛みに転びそうになった。レヴナントが咄嗟に支える。


「ジン坊は……死んだ」


 レヴナントは告げる事を躊躇う様にそう口にする。






「……身体的な異常はないです。しかし……」

「心臓が動いてない」


 医療員でもある『鬼族』の天魔はカムイの指示を受け、ベッドで安静にするジンを見ていた。その場で立ち会うレン、ロイ、フォルドがその結果を聞く。


「……嘘だ。ロイ……兄さん……死んでないよね?」

「レン……」


 間違いだと言ってくれる事を懇願するレンの眼にロイは何も返せない。


「正直な所、今のジンの状態は不可解なんだ」


 天魔はジンの様子を詳しく語る。


「意識がなく、心臓も動いてない。しかし、身体の腐敗は始まっていない」

「どういう事だ?」


 フォルドの言葉に天魔は歯切れ悪く続ける。


「完全に未知の状態です。死の定義として見るならジンは死んでいません。故にどうすれば目覚めるのかもわからない」

「いや……ジンは死んでいる」


 結論の出ない面々の中で過去に同じ遺体を見たことがあるカムイが告げた。


「昔、『迷宮ラビリンス』に巻き込まれたときにジンと同じ状態の死体を見たことがある。その時、一人の騎士に助けて貰ったのだが、彼が言うにはこの状態は“魂”が抜けた事による“肉体の停止”だそうだ」

「魂……」


 カムイの情報にロイとレンはジンが『霊界権能』を使ったのだとわかった。


「一度肉体を離れた魂は膨大な渦に巻き込まれ、二度と戻る事はないとその騎士も言って――」

「ッ!!」

「レン!」


 レンはロイが呼び止める間も無く部屋を飛び出した。


「随分と冷酷ですね」


 この場で言うことではない。ロイの眼はそう言いたげにカムイを睨む。


「……受け入れなければならない。親しい身内の死は希望を持てば持つほど深い傷になる。そして、残った者も狂ってしまう」


 その経験があるかの様にカムイは背を向ける。

 夕立が止む。オレンジ色の夕焼けが部屋へ射し込んできた。


「君たちの絆はよくわかる。やり場の無い怒りや憎しみは私にぶつけてくれ。天魔、行くぞ」

「はい」


 そう言って、カムイと天魔は部屋を出ると、ターニャにも声をかけて三人は店を出ていった。


「……レヴ、手を貸して」

「お嬢……今、ジン坊を見るのは――」


 すると、奥からレンが出てくる。その手には一つの瓶を持っていた。


「レンさん……」


 涙を眼に溜めながらもマリーの姿が見えない程に必死なレンはそのまま外へ駆けていった。






 見えていた。

 ずっとずっと先の事がいつも見えていた。

 疑わなかった。

 これからも何も変わらない。

 兄さんが居て、ロイが居て、ジェシカさんが居て、それが変わらない“未来”なのだと。

 だから――


「嫌……」


“レン”


「嫌だ……」


“転んだのか? ほら背負ってやる”


「嫌だよ……」


“大丈夫だ。お兄ちゃんは必ずお前の側にいるからな”


「嫌だぁ……」


“オレには出来すぎな妹だよ。お前は”


 そして故郷の村に立つ兄の墓標が――


「そんなの……嫌だぁぁ!」


 そんな未来をレンは観た。

 どうしたらいいのかわからない。レンは混乱したままに走っていた事もあり、濡れた地面に足を取られて転んだ。

 その拍子で眼鏡が外れて落ちるとレンズが割れてしまう。


“眼鏡を作った。これで、少しはマシになるだろ”


「うう……」


 お願い……助けて……


「ナタリアさん……お兄ちゃんを……助けて……」


 夕立で出来た目の前の水溜まりにナタリアから貰った香水も落ち、蓋が外れていた。






 ――ン――ジン――


「っ……」

「ジン、起きろ」


 その声にジンは額を抑えながら眼を覚ます。

 とても懐かしく、忘れることの無い声。そして、それは確か……二度と聞くことが出来ないハズだった。


「……父……さん?」

「ん? なんだなんだ? 幽霊を見た様な顔をして」


 目の前で覗き込むのは、ジンの父親であるゼノ・マグナスである。彼は魔災でジンやレンを逃がすために村に残り、死んだハズだった。


「…………」


 ジンは更に周囲を見回す。

 川が村を横断する以外は何の変哲もないジンの故郷――ハイデン村である。

 夕焼けの時刻。オレンジ色の光に染まる村と流れる風は毎日見ていた光景だ。その様が一望できるこの場所――小高い丘の1本木は、村の子供達が遊びに集まる集合場所でもある。


「お前がうたた寝とは珍しいな。レンの事が心配で昨晩は眠れなかったか?」

「ここは……あれ? オレは……確か――」


 『霊界』から戻れなくなって、そのまま目の前が真っ暗に――


「大丈夫か? ジン。風邪か?」


 心配そうに眺める父。

 思い出そうとすると記憶に靄がかかり、少しずつどうでも良くなってくる。


「レン……レンは……家?」

「? レンはロイやジェシカと一緒に『収穫祭』に行ってるぞ。その他の子供達もな。お前は父さんと母さんの事を考えて村に残る組に入ったんだ」

「そう……だっけ?」

「ああ。お前は本当に親孝行者だよ。父さんは涙が止まらん」


 一喜一憂するその様子は紛れもなく父だった。目の前にいて、話せる。それを何よりも望んでいた。

 それ以外のを思い出そうとしたんだっけ?


「母さんは?」

「ナギサはご飯を作ってるよ。そろそろだから父さんが呼びに来た」


 すると、ぐーと腹の虫が二人同時に鳴る。ゼノとジンは、互いに笑った。


「帰るか」

「うん」


 するとゼノはジンの手を取って起き上がらせると二人で並んで歩き出す。


「ジンは16、レンは15歳か。お前達が元気に育ってくれて本当に父さんは嬉しい」

「あはは。何回それ言うのさ」

「何回でも言うぞ! お前達は父さんとナギサにとって何よりも大事だ!」


“ジン! レンを護れ!”


 一瞬、何か悲惨な光景が頭を過った。思わず足が止まる。


「ジン?」

「父さん。オレも父さんと母さんの事が大事だよ」

「ふっふっふ。それは死ぬほど嬉しいが、お前の一番は違うぞ」

「え?」

「お前はレンを護れ。それがお兄ちゃんの役目だ! そして、お前達は俺とナギサが護ってやるからな!」

「――――うん。わかった」


 オレはそんな父さんの隣に駆け寄った。当然だと思える日常だけど、絶対に失いたくないとどこか思えた。


「ナギサー、帰ったぞー」

「ただいまー、母さん」


 ここがオレの帰る場所だったんだと――






 アルビオン経由で情報が飛ぶ。

 ヴァルター領地にて、マリシーユ様の誘拐事件が発生。

 実行犯は三人。内一人はレイスとのこと。

 三人は死亡。レイス以外の二人の身元は確定と呼べるモノは無いが、現場に居合わせた王都の見習い騎士ロイ・レイヴァンスの証言により、他領地の護衛者であった可能性が高い。

 そして、マリシーユ様を救った一番の功労者であるジン・マグナスは死去した。


 それが、ヘクトルが領地へ帰る馬車で受けた事件の詳細な報告だった。






 事態の報告を屋敷に来たカムイから聞いたジェシカもフォルドの細工店へ駆けつけた。

 店主のフォルドに初対面の挨拶をしつつも、ジンの伏せている部屋へ案内されると、そこにはマリー、レヴナント、ロイがジンの側に座っていた。


「ジェシカ」

「……レンは?」


 しかし、絶対に居るハズであるレンの姿がない。


「ジンを頼む。俺はレンを探しに行くよ」

「……そう。お願いね」


 その言葉に察したジェシカはジンの側に寄る。

 ロイは剣を持って立ち上がると、フォルドに一礼して場を後にした。


「…………この状態は」

「……魂が抜けた状態だそうです」


 カムイから話を聞いたマリーがジェシカに説明する。


「……なんで……使ったのよ。ジン……」


 『霊界権能』は全てが未知だ。

 故にジェシカでもジンをどうすれば救えるのか検討がつかなかった。その様子にフォルドが問う。


「すまんが、ここまで来たのなら説明をしてくれないか?」


 ジンの様子は明らかに異常だ。にも関わらず、ジンが家族として接する三人は何か起因となる事を把握しているとフォルドは察する。


「…………」

「ジェシカさん……教えてください。ジン君に何が起こったんですか?」

「うん! そうだ! 教えてくれ、赤いの! ジン坊を救うにはお前達の事をレヴ達は知らなさすぎるぞ!」

「お前達に事情があるのは理解している。だが、ワシもジンを救いたい。長生きだけはしているのでな。何かしら役に立つ知識があるかもしれん」


 三人はジンの為に力になろうとしてくれる。しかし……これは、そう言う問題ではないのだ。

 けど……僅かでも可能性があるのなら……


「…………ジンは『相剋』を持っています」


 ジェシカはジンがマリーを助けようとして発動した『相剋』【霊界権能】について、わかっている事を語った。






 『収穫祭』は夜でも賑やかに行われる。

 夕立があった為に、少してんやわんやしたものの、祭り事態は熱が冷める事はなく、夜の催し物などは賑やかに始まった。


「…………」


 そんな『収穫祭』の様子をレンは道の端で膝を抱えて座り、ぼんやり眺めていた。


「……うぅ……」


 兄の居ない“未来”が何度も何度も眼に映る。顔を伏せて視線を覆った。

 何も見たくない。こんな……お兄ちゃんの居ない世界で……なんで……生きて行かないと……行けないんだろう……


 ナタリアを喚ぶ香水を使っても何も起こらなかった。転んだ拍子に蓋が開いてしまった為に中身は全部水溜まりと混ざってしまったのだ。


“レン、何を見てもそれを覆す行動を起こしてはなりません”


「……私が……ナタリアさんの……言うことを……聞かなかったから……?」


 レンはジンが『相剋』を発現したあの時期から『未来視の眼』を得た。

 身内に関する未来を見る事が可能であるが、自らで制御しているワケではなく、突発的に映像が写されるのだ。


“未来はとても不安定で、些細な事で変わってしまう。レン、貴女はソレを意識的に引き起こす可能性があるわ”


 変えたい……お兄ちゃんが……生きてくれる未来に……

 でも……どうすれば良いのかわからない……


“貴女が行動を起こして変えた未来において、幸と不幸が入れ替わる事かあるかもしれない。それは貴女にとって大切な者を失う未来へ繋がる可能性も十分にある”


 ナタリアさんの言っていたのは……こう言う事だったんだ……私が……お兄ちゃんを殺したんだ……

 私は生きているべきじゃない……きっと……ロイやジェシカさんも……殺してしまうから……このまま消えてしまえば……


「……お兄ちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 その時、ふわり、と何かを被せられる感覚を覚える。ゆっくり泣き腫らした顔を上げると、


「レン。風邪を引きますよ?」

「――――えっぐ……ううう……」


 そこには微笑みながら優しく見下ろすナタリアが立っていた。

 レンは思わずナタリアに抱き着くと、ナタリアも優しくレンを抱き締める。


「どうしたの? 皆に何かあった?」


 心から安心できる声色と暖かさは別れた時から何も変わらないナタリアそのものだった。世界で一番、頼れる人が来てくれた。


「ナタリアさん……お兄ちゃんを……助けて……」

「……ええ。ジンの元へ案内して。説明は道中で出来る?」


 ナタリアと手を繋いだレンは、こくり、と頷いた。






「お帰り、二人とも」


 家に入ると母さんが出迎えてくれた。そんな母さんに姿にオレはどこか感じるモノがあって、何故か泣きそうになる。


「ん? どうした、ジン」

「おお? なんだ、ジン。ナギサの料理に感動したのか?」

「食事の用意は私の役割だから、別に感動する程でも無いと思うが」

「いやいや、ナギサには本当に感謝してる。その俺の気持ちをジンも感じたのさ。流石は俺の息子!」


 あはは、とオレは父さんと母さんのやり取りを見て笑う。何の涙かわからないけど、悪いモノでは無いと言う事だけはわかった。


「やれやれ。ジン、手と顔を洗ってから席に着きなさい」

「はーい」


 オレは一度外に出ると濾過樽から水を出す。桶に水を溜めてふと水面に映った自分の顔を見た。


「…………あれ?」


 両目とも……同じ色だ。傷も……ない?


「……え?」


 あれ……? 何で両目なんて気になったんだろう? だってオレは……顔を傷つける様な怪我なんてしたことも無いのに――


「――――」


 その時、背後から誰かに見られている様な気配を感じて振り向く。

 しかし、そこには夜になった村の静けさと小川の流れる音だけが聞こえていた。


「…………」


 少し怖くなってさっさと顔と手を洗うと桶の水は横の土に捨てる。

 そして、父と母の居る家に入った。






“まだ……【問える者】ではない……実に惜しい……”

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