第34話 選択肢は4?

 それは全くの疑いを抱かぬ程に彼に着いて行く事が当然だと感じた。

 だから、マリーは彼の後に続き、そして――


「ここで止まれ」


 その声と共に手枷をはめられて我に返った。

 場所は収穫祭でヒトの溢れる街中ではなく、一件の民家。少し古びて埃のある室内は何年も放置されている様子である。


「彼方は……レイス!?」

「ほう……私を知っているとはな。その若さで随分と裏側へ足を踏み入れていると見える」


 マリーは彼の事を父親ヘクトルの側近であるミレディから説明されていた。

 『奴隷組織』――ノーフェイスの幹部にあたるレイスは、一年前にヴァルター領地に来た時、領主ヘクトルを見て即座に精神崩壊を起こした。

 その為、尋問しても大した情報を得られずに、そのままスラムへと移送。『ノーフェイス』が接触してくる可能性から、スラムのリーダー各の者に見張るように指示を出して放置されていたのだ。


「……」


 スラムで見たときの彼は片眼を失っていた。しかし、今は両目が揃っており、意識もはっきりとしている。

 潰された右目にどんな意味があったのかは説明されていないが、危険なモノだったとだけ聞いていた。

 マリーは自然と警戒心を強める。そして、『角有族』特有の探知能力にて周囲の状況を探った。


 場所は……建物の2階。一階にもヒトが二人いる。


「理解したか? お前は賢い。その手枷と我々の人数から逃げれぬと判断は出来るだろう」

「……目的は……父ね?」

「知恵者でも凡庸な考えだな。その考えは多くの可能性にたどり着く答えだ。鋭さが足りない」


 領主を父に持つ以上、いつかはこう言う事が起こるのは危惧していた。しかし……まさかヒトの眼が多い、『収穫祭』で拐われるなんて……


「やはり子供だな。お前の他者に寄せる好意という感情が、我々にとっての最大の障害――レヴナントを側から遠ざけたのだから」

「……彼女を恐れているのね」


 レヴナントは普段ならマリーの護衛として手の届く範囲にいる。しかし、今は――


「……」

「そう警戒するな。事が済めばお前は解放される。誰も傷つく事はない」

「信用……しろと?」


 どの様な方法で自分をここまで連れてきたのかは全く解らない。何らかの魔法である事は確かだが、マリーには推測すら立たなかった。


「街には【紫電】カムイの指揮する『黒狼遊撃隊』が警邏し、腕の立つ衛兵に、レヴナントも居る。包囲されているのは我々の方だ」

「だったら……私が声を上げれば貴方達は、すぐに捕まるのではなくて?」

「ソレはお勧めしない。そうなったら、我々も犠牲者を出さずに事を納める事が難しくなるのでな。お前の性格は己の安全の為に民を犠牲にする事はできない」

「…………」


 こちらの事を調べ尽くしている。この計画は前から入念にタイミングを見計らっていたと言うこと……? だったら……今まで実行されなかったのは……レヴやヒトの目が私を護って――


「……私が……勝手な行動をとったから」

「ヘクトルはお前を完璧に護っていた。だが、お前の勝手な感情のおかげで我々の計画が成った」


 今この場で捕まったしまった事実よりも、父の足を引っ張る事になってしまった事による後悔がマリーの心を埋め尽くす。


「ヘクトルがどうなるかは知らないが……事が済めば、お前はちゃんと返してやる」


 ヘクトルと会った時に、ヤツを殺す催眠をかけた上でな――






「そろそろかな」

「だな」

「放置しておくんじゃなかったの?」


 片手で持てる簡単なスイーツを食べ歩いていたレンとロイは、そろそろジンとマリーの盗み見に戻る頃合いだと感じる。

 そんな二人を見て、同じくスイーツを食べるジェシカはルームメイトのモルダに買うお土産を考えていた。


「まぁまぁ、ジェシカ。よく考えて見ろよ」

「あの年中無休でへの字顔の兄さんがマリーさんの前だと恋する少年になるんだよ? こりゃあ、歴史的な瞬間だよ。うひひ」

「楽しそうね。あんたら」


 日々を必死に生きる彼らにとって、“家族”以外の誰かを思う余裕など今まで無かった。

 特にジンは『相剋』を持つ責務やレンの事もあって、常に己を律して生きている。故に年相応の感情を表に出す様子に、他の三人はどこか嬉しかったのだ。


「こりゃ結婚するのは私よりも兄さんが先かな」

「でも相手は領主の娘だ。この恋のハードルは当人達が思ってるよりも高いぜ」

「そこは、このレンちゃんのスーパーサポートで何とかするのさ!」

「あんたらが余計な事をしない方が上手く行きそうだけどね」


 などと、会話をしつつジンとマリーが居る席へこそっと覗く様に戻ると。


「あれ?」


 そこにはジンしか座っていなかった。彼は腕を組んで、何かを考えるように眼を閉じている。そして、頭を抱えてうずくまった。


「何やってんだ? アイツ」


 ロイの言葉と共にレンとジェシカもジンの元へ向かう。






 まずは状況を整理する。

 オレはマリーの眼鏡をかけた姿を見て、冷静な思考を保てなくなると察し席を離れた。

 そして、少し席を外すとマリーが居なくなっていたのだ。

 これはどういう事だろうか?

 いくつかのパターンが考えられる。


 1、急な用事が出来て帰った

 2、入れ違いに何か料理を取りに行った

 3、生理現象

 4、……オレの事が嫌い


 1は彼女らしくない。誰か伝言を残すハズだ。

 となれば2だが、これも彼女らしくない。オレが戻ってからでも席を立っても問題はない。

 ならば3か。しかし……彼女が黙って席を外すなどちょっと考えられない。

 そうなると……残りは――


「うわぁぁぁ……」


 ジンはその場で頭を抱える。


 出会って一年ちょっとの奴に“可愛い”などと言われて嫌悪を抱いたのだろう。そうでなければ、彼女が黙って消える理由にはならない。

 何て事を言ったんだ……眼鏡を作ろうか? なんて、冷静に考えれば滅茶苦茶気持ち悪いではないか。ダメだ……完全にマリーに嫌われた……


「何やってんの? 兄さん」


 そこへ、レン、ロイ、ジェシカの三人がやってくる。






「ジン、お前一人か?」

「マリーが居ないわね」

「兄さん。マリーさんは?」

「…………」


 三人の質問にジンは言葉が詰まった様に答えない。


「なんだ? ジン、フラれたのか?」


 冗談で言ったロイの言葉がクリティカルしたジンは魂が抜けた様に色が落ちる。


「え? マジか?」

「そんなことある?」

「兄さん! オラァ!」


 と、レンはジンの頬へ渾身の拳を食らわせた。ぶふっ!!? とジンはきりもみして椅子から転げ落ちる。


「痛ってぇ……何しやがる!」

「これは不甲斐ない兄さんに対するレンちゃんからの鉄拳です」

「ワケわかんねぇ事を――」


 怒りのままに立ち上がるジンに、レンが呟く。


「マリーさんは?」


 その言葉にジンは、うっ……と行動と言葉を詰まらせた。そして、


「マリーは……帰った」


 ジンは自らで導き出した状況を説明する。


「オレは良かれと思って、マリーに眼鏡の製作を提案したんだ。けど……マリーにとってはそれが気持ち悪かったみたいでさ……はは……完全に距離感を間違えたよ」

「ふんすっ!」

「ぐほぁ!?」


 再度レンの鉄拳に沈むジン。そして、倒れた彼をレンはビシっと指差して、


「マリーさんがそう言ったの?」

「……言わなくても解る。状況を見れば……」

「マリーさんが、そ・う・言・っ・た・の!!?」


 珍しく声を荒げるレンに少しずつヒトの注目が集まってくる。


「とりあえず二人共、もう少し落ち着ける場所に移動しましょう」

「だな。ほれ、ジン。手を貸すぜ」

「あ、ああ……」


 レンをジェシカが連れ、ジンをロイが助け起こすと、四人は少しヒトの少ない路地で会話を再開する。


「兄さん。改めて聞くけど、マリーさんが兄さんの事を気持ち悪いって言ったの?」

「……いや……」

「じゃあ、なんでそんな結論に至ったのよ?」

「マリーが……急に消えて……」

「トイレじゃねぇか?」

「ロイ。デリカシーがないわよ」

「それは無いよ。マリーさんは無言で居なくなるヒトじゃないから」

「そう……なんだよ。だからオレは……考えたんだ。その結果が“4”なんだ!」


 4? と三人は頭にクエスチョンを浮かべる。


「とにかく! マリーさんを捜すよ!」

「! い、いや! それは……いい……」

「だりゃあ!!」

「うぐぅ……お前……腹を……」


 ボディブローに悶えるジンへ、レンはビシッと指先を向ける。


「いい? 兄さん! 嫌いなヒトと一緒に祭りを回ろうなんて誰も言わないの! これ世界の法則ね! きちんと覚えておいて!」

「お、おう……」

「ジェシカさんは、マリーさんが戻ってくるかもしれないから席にいてくれる?」

「良いわよ」

「ロイは手分けしてマリーさんを捜して!」

「任せな。集合はジェシカのトコだな」

「兄さん! 私たちも捜すよ! いい!!?」

「う……は、はい……」


 と、気の進まないジンはレンに手を引っ張られてまずは祭りの総合案内所へ向かった。

 そんなマグナス兄妹の背を見てロイとジェシカは故郷の村に居たときを思い出す。


「あんなジン、久しぶりに見たな」

「ええ。ジンが駄目になるとレンがしっかりするみたいね」


 家族を不安にさせない為に年相応な部分を抑え込んできたジンが、この街に来てから少しずつ本来の自分を取り戻している事にロイとジェシカは笑った。






「ミレディ。君はセグル殿の発言はどう見る?」


 王都会議の休憩中にて、ヘクトルは出された茶菓子を食べながらセグルの動きを気にかけていた。


「王位を急いでいる様に見受けられました」

「彼の気持ちも解らんでもない。だが……些か先を読み過ぎてる気がするのだ」

「よもや、他国の繋がっていると?」

「いや、その線は無いだろう。存在を知らぬ『アルビオン』の網を抜ける事は容易ではない。しかし、知恵を授けた者はいるだろうな」

「セグル様の近辺で人員が入れ替わった報告はありません。今回の会議に出席した者も皆が、顔見知りでした。一通り話をし、魔力を探りましたが、誰もが知っている者です」

「ふむ」


 となれば、何かを暗号のようなモノでやり取りを? しかし、セグル殿が動く程の大きな情報を事細かに伝える際、『アルビオン』が察知しないと言うのは考えられない。


「常識を越えたナニかが存在しているのか、はたまたセグル殿の独断か」


 後者である事が望ましいが……


「ナルコ先生への連絡は?」

「今回の王都会議の件には関与しないと仰られてます」

「まぁ、単なる会議だからな。現場に居なければこの違和感を感じ取るのは難しい……か」


 ヘクトルの懸念は直感に近いモノであるが、コレを他者へ危機感として伝える方向が無いのは仕方ないと腕を組む。


「フハハ! 中々に思うように行かないな! だが、それ故に今回の会議で得られるモノは多そうだ」


 それでもヘクトルは不適に笑った。

 こちらのカードは見せた。後は山札から引くかどうかは状況しだいだ。






「マリー様ですか?」

「はい。お祭りに来てて、この色違いの仮面を頭に着けてるんです」


 レンは総合案内所に行くと、ジンの仮面を見せながらマリーの身体的特徴を告げる。


「うーむ。少し席を外す事は、ままあります。それにマリー様が居なくなった状況を聞く限り、無理やり拉致されたとか言う様子ではありませんし」

「むむ……」

「どうかしたのか? ジン、レン」


 そこへ、カムイがやってきた。彼女は街の外で露店を広げる店舗を一通り見回って来た所である。


「困り事か?」

「カムイさん! 丁度良かった! 手伝ってくれませんか!?」

「話を聞こう。ここじゃ邪魔になるから、少し離れるぞ」


 ジン、レン、カムイは総合案内所から少し離れてヒトの流れから避けた所へ。


「何があった?」

「マリーさんが消えたんです!」

「お嬢様が? 確か……お嬢様は屋敷に居ると聞いている。レヴナントが出し抜かれたのか?」

「えーっと……兄さん! 説明!」

「……カムイさん。少々恥ずかしいんですけど……」


 ジンはマリーとその他の身内に知られずに『収穫祭』を回る計画を立てた事から、マリーが消えるまでの経緯を全てカムイに伝えた。


「ふむ。トイレじゃないのか?」

「マリーさんの性格から何も言わずにトイレに行きます?」

「無いな」

「やっぱり……嫌われたんだ……」


 近くの壁に項垂れるジン。あぁ、もー! とレンが引き剥がすも、ジンは今にも崩れそうな表情をしていた。


 なんだ、可愛いトコもあるじゃないか。


 と、カムイは普段は大人びた印象が強いジンにも子供っぽい所があると微笑ましくなる。


「天魔、ターニャ」


 カムイが名を二つ呼ぶと、近くの露店で買った麺料理を手に持ち、ずるずると啜る角の生えた巨漢が現れた。


「どうしました?」


 『鬼族』天魔。今回の警邏任務における『黒狼遊撃隊』のメンバーである。


「ん? ターニャはどうした? お前とは二人一組で動かしていたハズだ」

「ターニャの奴はサボって寝てますよ。あの木の枝が屋根にかかる建物あるじゃないですか? あそこなら副長の飛行視点からも逃れられるって」

「…………」


 その時、バチッと静電気が弾ける音と共に、うにゃあ!? と言う悲鳴がその建物の屋根から聞こえた。

 そして、ゴロゴロと屋根から転げ落ち、横に積まれた薪の山に落ちると、痛たぁ……と腰を抑える。そんなターニャにカムイは近づくと、腕を組んで見下ろした。


「カ、カ、カムイ副長!? バカな! ウチは完璧に隠れていたハズ!」

「サボっていた事を認めるな、馬鹿者」


 シュバッと立ち上がるのは『獣族』『豹』の女、ターニャ。彼女はかつてリンクスの部隊に居た事もある実力者である。


「天魔! ウチを売ったの!? この裏切り者! 副長! 裏切りです! 裏切り! 隊に裏切り者が――うにぃぃ!!?」


 ターニャは尻で弾ける静電気に身体を仰け反らせてると、尻を山にしてうつ伏せで地面に倒れる。


「天魔、ターニャ。任務だ。マリシーユお嬢様が少々、行方知れずの様でな。お前達は適度な聞き込みをしつつ、所在を捜してくれ」

「レヴナントは何やってたんです?」

「アイツは別の用事にかかっていた。私が伝えに行くから、お前達はすぐに動け」


 事情を考慮したカムイの指示にジンは心の中で彼女に頭を下げた。


「報告は副長で?」

「30分後に再度ここに集合だ。特に収穫が無くとも一度戻れ。その都度、索敵範囲を狭めて行くぞ」

「痛た……それで、ジンとレンは何の関係があるんです?」


 ターニャは尻をさすりながら起き上がると、カムイの横にいる二人に眼を向ける。

 ジンの働く細工店に出入りする事もある天魔とターニャもマグナス兄妹とは顔見知りであった。


「二人はお嬢様と一緒に『収穫祭』を回っていたそうでな」

「あぁ、仲良いよな。お前達」

「三人を見てると癒されるんだよね。荒んだ任務ばかりだからさ」


 ヴォルフの請け負う任務の大半はヘクトルからの無理難題が多い。

 一晩中走ったり、荒れ地を進んだり、危険な魔物を討伐したりと、物好き以外はワリに合わないモノばかりなのだ。


「ターニャ、次にサボってたら『収穫祭』の残りは私とペアだからな」

「りょ、了解!」

「じゃあ、オレは時計りに街をぐるっとしてみます」


 他の種族よりも視点の高い天魔は人混みならば歩くだけで索敵が可能だ。そう言って料理を食べながら歩いて行く。


「ウチもさっそく行きまーす」


 ターニャもこれ以上、カムイの前でお仕置きを受けるのを懸念し、屋根づたいに中心地を主に捜索に向かった。


「カムイさん……本当にすみません。オレのせいで……手間を」

「もう! 兄さん! ネガティブはもういいって!」

「だ、だけどな……」

「ふふふ」


 と、珍しく口元を抑えて笑うカムイにジンとレンは視線を向ける。


「ああ、すまない。笑う所ではなかったな」

「いえいえ! この情けない兄を存分に笑ってやってください!」

「うぅ……」

「ジン」


 と、カムイは暗い表情のジンの肩に手を置く。


「お嬢様は君と一緒に居るときが一番良く笑う。隊長が嫉妬するくらいにな」

「え? ヴォルフさんって、マリーさんに……」

「隊長からすれば、お嬢様は娘みたいなモノなんだ。名付け親でもあるからな」


 おっと、私が言ったことは黙っててくれ、とカムイは二人の前だとポロッと口が滑る事を改める。


「お嬢様は街の者達から見ればヘクトル様の跡継ぎで、お嬢様もその期待に応えようと常に考えておられる。『黒狼遊撃隊』はそんな彼女を産まれた時から見守ってきたが……お嬢様の性格から“家族”の前では鎧の紐を緩める事はない」


 いずれは全てを継ぐ事を考えるマリーにとって、家族や身内は長となり護るモノだと思っている様だった。


「そこで、君が現れてくれた」


 カムイから見てもマリーは自分に出来る事以上の事をやろうと無理をしているとわかった。


「君はお嬢様が背負う“責務”の外にいた。そして、君も大人びていたから、お嬢様からすれば、唯一気兼ねなく言葉を交わせる相手だったのだろう」


 マリーにとって、自分以外の領民は護るべき者達。ヘクトルの様にそれを全て受け入れる器に成らなければと思っていた。

 そこへ自分と年代も近くて話の合うジンと出会った事は何よりも嬉しい事だった。


「君はしっかりしているし、お嬢様と考え方がすごく良く似ている。冷静に考えればお嬢様がどう思っているかは解るハズだ。彼女は無言で席を立つ様なヒトかい?」

「……いえ」

「なら、見つけてあげると良い。何か事情があって離れたのなら、君が迎えに行ってくれるとお嬢様は一番喜ぶだろう」

「……わかしました」


 その言葉を聞いたカムイは、もう一度微笑むとレヴナントへ事情を伝えに屋敷方面へ歩いて行った。


「…………」


 ジンはカムイに言われた事が心に響く。そして、


「レン」

「ん?」

「オレの頬を思いっきり叩け」

「でぇぇぇぇいいい!!」


 バチィィィ!! と、躊躇いの欠片も無く全体重を乗せたレンの平手打ちがジンの右頬を叩き込まれる。

 その威力にジンはよろよろと、壁に寄りかかると、ガハッ! と嗚咽をもらす。


「あ……ごめん。強すぎだ?」


 流石のレンも渾身過ぎたか、と思い謝るが、ジンは一度息を吐いた。


「いや……腑抜けたオレには丁度良かった」


 顔を上げたジンの表情はいつもの様に戻っていた。何かと堅実な兄のいつもの表情。それはレンが一番安心できるモノである。


「全く、手間かけさせて!」

「ああ。悪かった」

「それで、どうするの? ロイやカムイさん達の報告を待つ?」

「いや、マリーを捜す」


 レンの質問に即答するジンは即座に歩き出す。


「どこに行くの?」

「一旦、ジェシカの元へ戻り、手がかりを見直す」


 自分に状況を置き換えて、再度現場を見直せば別の手がかりが見つけられるハズだ。


「ふっふ~ん♪ りょーかーい♪」


 そんな兄の背にレンもいつものように続く。






 あの方から『サトリの眼』を渡される以前は這いつくばって生きてきた。

 生まれた土地はとても貧しく、日々の食べ物さえもまともに得られない。そんなある日、そんな苦難に落ちいっているのは自分達の様な存在だけであると気がついた。


 王国でも落ちるに落ちた者達が最後に身を寄せる汚物の掃き溜め。そこでの生活が私のもっとも古い記憶だった。

 隔離壁で遮られた向こうにはヒト並みの生活が出来る環境がある。しかし、ソレを理解しても越える事など出来はしない。

 時折現れる、壁の向こうからのヒトの眼は自分達をヒトとして見ているモノではないからだ。

 こちらに対しては汚い塵を見るかの様な眼。そして、私達はそんな彼らに怯えて生きていた。


 何故なら彼らの言葉があれば、こんな掃き溜めはすぐに掃除出来るからだ。

 なるべく機嫌を損ねない様に日々を生きる。小競り合いや争いは自分達の中だけでしか発生しなかった。

 生きる為に食べて、数少ない仲間達と寄り添い、笑う私達が街に暮らす者達と何が違うのだろうか?

 過酷な環境でも、仲間の一人は常に希望を持っていた。


 いつの日か自分達を見つけてくれる。ヒトとして見てくれる眼がきっと向けられる時がくる。だって、自分達は何も悪いことをしていないのだから。


 そんな彼女の言葉が……途方もない希望に縋る事だけが明日を望む原動力であったのだ。



 しかし、そんな国の末路は、あまりにもお粗末なモノだった。

 ある日、第一王子が暗殺された事で国に大きな衝撃が走った。

 王子の暗殺をキッカケに貴族と王族による醜い争いが起こったらしい。

 ヒトの心に芽生えた蝋燭の程度の小さな疑心と言う火が、数日で大火の様に燃え上がり、王国の中枢は内輪揉めによって崩壊した。

 それでも、生き残った王族が何とか舵を切っていたが、数年後に他国から攻められて国は隣国の領土となる。

 その戦火は私の住む貧しい土地にまで及び、その最中に彼女は凶刃によって命を落とした。

 結局は誰も見つけてくれなかった。攻め込んできた敵兵士の眼でさえ、塵を駆除するかの様に――


「シーカー。勘弁してくれないですか? 私はゆっくりしていたいんですよ?」

「君を使うセカンドプランは必要なかっネ。この国の頭は前から臭くて死にそうでネ。旅をしている彼女に見せる様な場所じゃないと思わないかイ? ザク」

「それについては、同意としておきましょう」


 その時、敵兵士たちは震える様に血を吹き出し、そして爆発した。

 私は何が起こったのか理解出来ず、死んだ彼女を抱えて呆けるしか無かった。


「シーカー、見られましたよ?」

「そう言えば……索敵の類いはお互いに苦手だったネ」


 二人がこちらへ歩いてくる。しかし、遠巻きに見ていた別の兵士が増援を呼ぶ角笛を吹いていた。


「ザク、お願いネ」

「はぁ……シーカー、君の頼みは今後は効かないですからね」


 一人はその場から異常な跳躍を見せ、敵兵士の声が多い場所へ。


「友達かイ?」


 話しかけられて、私は思わず返事をする。そして、彼の獣のような眼を自然と見てしまった。

 すると、唐突にあらゆる情報が流れて来た。それは彼の記憶なのか、眼の力なのかはわからない。


「ン? おやおヤ。これは驚いたネ」


 彼が感心するように言う。


「なぁ、少年。君は『シーカー』になる気はないかイ?」


 彼はそれ以上は何も説明しなかった。私にただ、答えだけを求めているかの様な質問。


 本来なら疑問やそれ以外の答えを求める返答をしただろう。だが私は彼について行けば……私の腕の中で二度と目覚めない彼女の言っていた希望を掴めると思った。


「……なります……『シーカー』に。どうすれば良いですか?」


 そう返答する私に彼はナイフを足元に落とす。


「覚悟を見せてくれるかイ?」


 ソレを拾い上げ、どうすれば良いのか考える。そして私は自らの右目をえぐった。

 彼女や仲間達と共に生きた手足を失う事は耐えられなかった。しかし、私達を見つけられなかった世界など……半分見えなくても問題はない。


「ほウ……なる程ネ。君は余程世界に絶望したらしイ」


 すると、彼は自らの片眼に手の平を当てると“獣の眼”を取り出した。


「本来の君らしく生きてみなさイ。ワタシは常に見ているからネ。『シーカー』と成ったのなら迎えに行くヨ」


 そうして、彼は私に世界を否定する『サトリの眼』を差し出した。

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