第33話 ジンの家族

 滅びた王国。

 その国の女王に忠誠を誓う者がおりました。

 その者は“始まりの騎士”。

 いつ、いかなる時も騎士は女王の為に忠を尽くし、女王もまた、彼へ信頼を寄せていました。

 しかし、ある時……騎士が遠征に出向いている時に国は悪い大臣の手によって乗っ取られてしまったのです。

 遠征から戻った騎士は女王に変わって王座に座る大臣に問いました。


 我が主はどこか?


 大臣は自分こそが新たな王であると、忠誠を求めましたが、騎士の剣は大臣を貫いたのです。

 女王は大臣により国から追放されておりました。大臣を討った騎士は国を出てその消息を探す為に旅に出ました。

 僅かな情報を頼りに、危険地帯、秘境、三災害に至るまで旅路は続きます。

 いかなる困難を前にしても彼の足取りが止まらなかったのは、目指す先で多くの者達から女王に助けられたと口々に聞いていたからです。


 我が主は生きている。


 それだけを胸に騎士は旅を続け、女王と同じ様に多くの者を助けました。

 そうすれば自分が捜している事にも気づいてくれる。しかし、とても永い歳月の旅の最中、王の居ない騎士の祖国は滅んでしまったと風の噂で聞きました。

 もはや、彼は騎士ではなく、彼女は女王ではありません。しかし、騎士は旅を続け、遂に女王を見つけました。


 女王は驚きましたが、昔と変わらずに頭を垂れて剣を差し出す騎士の忠義を笑顔で称えたのでした。






 パチパチと、青空の下にて行われた音楽に合わせた演劇に拍手が起こる。

 遠方からやってきた演劇楽団は『収穫祭』を盛り上げる為に毎回ヘクトルが招待しているのである。三日間の公演料は前払いで支払われており、食事に関しては収穫祭での無料手形を発行している。

 そして、今回の『始まりの騎士の冒険』は楽団の持ち合わせている演目の一つだった。


「第二幕は明日、第三幕は明後日を予定しております。本日は第一幕を後二回公演致します。是非ともご家族やお友達にも宣伝をお願い致します」


 楽団長が丁寧に締めくくると、観客達は席を立って明日を楽しみに去っていく。


「…………」

「どうしたの、ジン君?」

「いや……似たような話を聞いたことがあってな」


 ジンはかつてナタリアから聞いた話に近い物語を目の前で演目されて少し驚いていた。


「どんな物語にも始まりが存在するもの。きっとジン君が聞いたのは、そう言う話じゃないかしら?」

「そうかもな」


 ナタリアから聞いたのは第一幕の物語だけ。二幕からは新鮮な気持ちで観ることが出来るだろう。


「何か食べに行きましょう」

「ああ」


 仮面を着けて二人は歩き出す。


「マリーはやっぱり、ヘクトル様の跡を継ぐのか?」

「ええ。そうなれば良いと思っているけど……まだまだ御父様の様には行かないわ」


 まだ幼いから。と言う理由をマリーは使いたくなかった。


「……オレ達は今は手探りの状態なんだと思う」

「手探り?」

「何が出来るのか。それを探る期間だ。能力以上の事をしようとしても多くの人に迷惑をかけてしまう。今はそれを理解しないといけないんだと思う」

「それでも、能力以上の事をしないといけないヒトも居るわ」


 マリーにとって、ヘクトルの跡を継ぐと言う事は己にその器が無くともやらなければならない事だと思っている。


「それなら、皆を頼れば良い」


 そんなマリーの気持ちをジンは察する。


「君の周りには沢山のヒト達がいる。一人で全てやろうと思わなくても良いハズだ」

「……皆の前を歩かないといけないわ。御父様の様に」

「ヘクトル様はヘクトル様だよ」


 ヘクトル様は確かに名主だろう。ヴァルター領がここまで活気づいているのは間違いなく彼の采配だ。しかし、マリーが同じ様に生きる必要はない。


「ヘクトル様は一人で出来ると思う。けど、オレはそれが良いとは思えない。彼は『王』じゃないから」


 ヘクトルの気質は領主と言うよりも、力強い太陽のような印象を受ける。

 暗闇でどうしたら良いのかわからない者達へ光を与える。

 優れたカリスマと明確な未来を見据え、多くの者を導く器だ。


「オレ達は一人じゃない。だから君はマリシーユ・ヴァルターで良いと思う」

「……うん。そうね」


 仮面で顔は見えないが、マリーの返答はとても嬉しそうに感じれるモノだった。


「ジン君は、フォルドさんの跡を継ぐの?」


 今度はジンの事をマリーが尋ねる。


「どうかなぁ。師匠はオレよりも長生きすると思うし、継ぐって言うよりも技術と師匠の名を周りに広め――」


 と、そこでジンは言葉を止める。不自然な停止にマリーは、どうしたの? と尋ねた。


「マリー……前もって謝っておく。オレの落ち度だ」

「ええ。別に構わないけど……」


 ジンはマリーから離れて近くの店の影につかつかと歩いていく。


 ヤバい! 逃げろー! だから近すぎるって言ったのよ!


 そんな声とごそごそと聞こえる音。ジンは店の影を覗き込むと、そこには妹を含む家族達が逃げる所だった。


「そこで止まれ!」


 ジンの一喝に三人と一匹は凍りついた様に停止する。


「あらー、どうしました? 仮面の御方。私たちトリオに何の御用でしょーか?」

「ヒトの事をコソコソ覗くんじゃない」

いらい! いらい!」


 ジンは三人の一人――レンの頬っぺたをつねり上げた。


「狂暴になってやがるぜ!」

「ロイ……一年経っても、思考がレンと変わらんねぇな」


 おっす、と片手を上げて笑うロイにジンは仮面を取りつつ呆れる。


「それにしても良く気づいたわね。そっちは仮面で視界不良な上に雑多で魔力は紛れてたハズだけど?」

「視線を感じたんだ。客商売をしてると視線一つで相手の意を汲み取る必要があるからな。ジェシカ」


 良いスキルを磨いている様ね、とジェシカは自分では得られない経験を積んでいる事に感心する。


「ビー。蜂蜜に釣られるんじゃない。お前が皆を諌めろ」

「ブブブ……」


 肩に止まったビーにもジンは注意を入れた。


「ジン君。お友達?」


 会話の様子からマリーは何かしらの脅威ではないと察して、ジンの後ろから顔を出す。

 ジンはマリーに自分の家族を紹介する。


「この二人はロイとジェシカ。一緒に育った身内だ。二人とも、彼女はマリシーユ。領主様の娘様だ」

「俺はロイ・レイヴァンス。王都で騎士やってます」

「ジェシカ・レストレードです。ジンから話は聞いて居ます、マリシーユ様」

「そして! 超絶美少女のスーパーレンちゃんね!」

「お前の事は死ぬ程、知ってるから今は黙れ」

「ひどー」


 相変わらずのマグナス兄妹のコントにマリーは、ふふ、と笑った。


「敬称は必要ないわ、二人とも。気軽にマリーって呼んでちょうだい」


 そう言って、マリーは仮面を外して素顔でロイとジェシカへ告げた。


「マリシーユ・ヴァルターです。よろしくね」

「……こ、こちらこそ! な、何て言うか……本当にすみません!」

「そ、そんなに怒らせてるなんて……ご、ごめんなさいっ!」


 久しぶりにマリーの目つきの悪さによる勘違いが炸裂し、彼女が怒っていると思ったロイとジェシカ。

 ジンはフォローするように慌ててマリーの事を説明した。






“私を『王』に推して頂きたい”


 王都会議にて、セグルが発言したその言葉に席に座る各々の領主は同時に同じことを考えた。


 ここでソレを言うか、と。


「先程の私からの発言に対し……信憑性が確実であると言う証拠を提示する事は出来ません。しかし、三年……いや、一年後にはその兆しを感じ取れるハズです。そうなってから急遽選挙を初めても『王』の価値は著しく失われているでしょう」


 ならば自分が立候補する。

 と、各領主達は現時点では言えなかった。

 恐らく、セグルはある程度の根回しを済ませているだろう。

 最も事情を把握していそうなヘクトルに関しては沈黙を貫いている所からも、どうしようもなかった様だ。


「前々から皆様には私が『王』になったあかつきの“利”は周知であると思われます。無論、そのように政策は進め、どの領地も平等に扱う事を誓いましょう」


 この場の席に着く者達は自らが『王』を諦めたワケではない。そうでなければ、ここに来る意味はないからだ。


「とは言え、急な要求であることは私も理解しているおつもりです。しばし、時を得てから返答をお聞きしましょう。この席に残った者の反感を買う事を私は望んでいませんからね」


 他が地盤を整えている最中に、不安的な足場でも王座へ踏み出し始めたセグル。道を踏み外すか、道が崩れるか、博打である事には代わり無いが、ソレがローリスクとなる程のリターンを王座に見ているのだろう。


 いささか、気が早い気もするが……仕方ないか。


 各領主はそう判断して席を立つ。情報を整理してから本格的にセグルの言葉に乗――


「転移魔法の原理を解明した」


 その時、席に座るヘクトルが腕を組んだまま、そう口にした。






 場に沈黙が流れる。席を立った三人はその場で停止した。


「ヘ、ヘクトル殿……今、なんと?」


 ハイマットは事実の確認をヘクトルへ問う。


「……フハハ! 失礼! 王都騎士は勇者領地を持て余していると小耳に挟みましてな! 興味をそそられ、私は個人的に部隊を派遣し調べていたのですよ!」


 ヘクトルの部隊……『黒狼遊撃隊』の事であると瞬時に悟る。


「我が領には実に優秀な人材が集まっておりましてな。一年前の勇者領地で起こった『霧の都』の直後から部隊を度々送り、調査を行っていたのです」


 『霧の都』は不可解な点が多い。完全に消えたとしても『太古の魔物』が残っている可能性を考え、他の領地は捜索に手を回さなかったのだ。それどころか、王都の支援が優先であった。


 王都騎士も、つい最近になってから安全であると確認し、勇者領地の視察に赴いている。しかし、ヘクトルはかなり前からその行動を取っていた様だ。


「私も賭けでしたがね! 何せあの三災害です。下手をすれば優秀な部下を失うリスクはありましたからな!」


 言葉ではそう言うが、ヘクトルとしては確信があって派遣調査を行えたと思っている。


「そして、最も高度な技術である『転移魔法』に関しまして、本日に回答が出ましてな!」

「ほ、本当か?」


 ハイマットの言葉にヘクトルは、豪快に笑う。


「あのナルコ先生のお墨付きです! 疑うなら問い合わせをどうぞ!」


 いや……こっちは別に良いんだけどよ……と、ハイマットはチラッとセグルを見る。

 彼は平常心を保ちながらもその重要性を何よりも理解していた。


 『転移魔法』は勇者シラノが遺した最も優れた技術だ。

 条件はあれど、別の場所と場所を瞬時に行き来する魔法はあらゆる面で国が豊かになる手段として利用できるだろう。


 物資の転送。人員の移動。戦いになれば戦略的な動きも可能になる。


 シラノはソレを個人的にしか使用していなかったが、国全体に手を伸ばしていたら今頃、この国は世界を統一していたとも言われている。

 そして、それは国内の生産性にも大きく影響する。まずは伝達組織が不要となり、荷を運ぶ業者も総じて失業となる。

 特に交通の要所として利用されているセトナック領は一番にお払い箱にされる魔法だ。

 故に……セグルはソレを完全に排除しなければならなかった。


 そう、セグルにとっての王座とは、必ず手に入れなければならない代物であり、損ねてしまえば、自領の価値は完全に暴落するのである。


「――それは素晴らしい! 流石はヘクトル殿と言った所ですな! かの勇者の秘術の解明を可能としたとは!」


 ヘクトルの発言にセグルは何とか言葉を出す。転移魔法の再起動。それは完全にセグルの急所を突いていた。


「これで我が国はより磐石となったワケですね! 更なる解明は共に手を取り合い、共有して行きましょうぞ!」

「フハハ! それには及びませんよ! 我がヴァルター領はその研究を進める為の技術水準は十分に満たしていますからな! 皆様には良い結果を報告致しますよ!」


 そう言ってヘクトルは席を立ち上がる。他の面子は明らかに二つに割れた状況にどっちに着くかを考える。


 どっちだ? どっちに付けばいい?


 セグルは十分な称賛があって、王位を進める発言をしたのだろう。

 対してヘクトルの言葉はまさに寝耳に水。ナルコが現在は王都に不在であり、即日の確認が取れない事からも現在の決断は即答出来ない。


「転移魔法の件はヘクトル殿に任せておいてよろしいのでは?」

「我々が下手に介入すると大事故の可能性もありますからな」


 すると、伝令組織の元締めであるルサイユと巨大湖『ミストラル』を使った水産業を主に扱うヨハンはヘクトルの言葉に賛成した。


 その二人の言葉にハイマットは即座に考える。

 転移魔法の汎用性が確立されればルサイユも致命的だと言うのに、ここで同調したと言うことは……そちらにも根が回っている?


 ヘクトルが何故、今のタイミングで転移魔法の話をしたのかは不明だが……セグルを王位に着かせるのは不都合と言う結論を彼独自に割り出したのならここは牽制をしておくのが得策か。


「セグル殿の王位へ推挙する件はじっくり吟味させて頂きますよ! 今日中には良い返答を約束しましょう! それでは!」


 ヘクトルはそれだけを言うと、部屋を出て行った。






「……些か面倒な事になりました」

「この国を救う条件は君が王になる事だったんだけどネ」

「その梯子はまだ落とされてはいません」

「けど結構厳しいんじゃないかイ? 君の書記官として会議は見ていたけどネ」

「……『眼』は使われたのですか?」

「使わないヨ。ワタシがアレを使う事は【魔王】様の意に反するからネ。君たちヒトも使いこなせなかったみたいだシ。譲渡はしないつもりだヨ」

「……手はあります」

「期待しても良いのかナ?」

「はい。ヘクトル・ヴァルターがいかなる技術を持とうとも、所詮は一人の親です」

「そう上手く行くかナ? 彼の娘はヴァルター領ダ」

「手は打っています」

「ワタシは行く末を傍観しよウ。分かってると思うけど、ワタシの事は他言無用でネ」

「はい。『シーカー』様」






「なんだ。二人ともお昼ご飯まだなんだ?」


 ピッ、とレンは『食べ放題手形』を出すとドヤる。その様にジンはイラっと来たが、ご馳走してくれるの? と言うマリーの言葉に溜飲を下げた。


 レン、ロイ、ジンは出店に食事を買いに行き、ジェシカとマリーは『収穫祭』用に設置された広場の外席で待つことに。


「その子がジェシカさんの“使い魔”?」

「ええ。名前は“ビー”って言います」


 ジェシカの肩に乗るビーは音を消して飛行すると専用の瓶の中へ入ってしまった。疲れたワケではなく、マリーの事を警戒して逃げ込んだのである。


「あら……」

「あんまり、家族以外に注目さられていると飛びたくなんです」

「若くして“使い魔”を持ってるなんて、ジェシカさんは凄腕ね」

「そんな事は無いです。まだまだ未熟者ですよ」


 マリーとしては“使い魔”は深い研鑽にて獲得するモノだと思っている。マリーの母親も魔術師だったが、使い魔を得る程には深部に達していなかった。


「私も……何か他のヒトとは違う尖った能力を持ってたらって思ったりするの。貴女達が羨ましいわ」


 自分が他よりも優れているのは『角有族』として探知が優れる程度だ。それは種族としてのステータスで、個人としての才能は何一つない。


「マリーさんは十分魅力的ですけど」

「ありがとう。でも、目つきの悪さはマイナス点よね」


 マリーは初対面の二人も萎縮させてしまった事で己の目つきに対するコンプレックスを更に強くしていた。

 そんな彼女にジェシカは何とか出来ないか考える。


「うーん……前髪で目を隠して見るとかどうです?」

「暗い印象を与えてしまうの。領主の娘としてはあまりそう言うのは良くないと思うし」

「うーむ。それなら」


 ジェシカは一つの眼鏡を取り出す。

 これは長時間、書物を読む際に眼が疲れない効果を付与した眼鏡だ。ルームメイトのモルダと共に作り上げた道具である。


「いっその事、眼鏡をかけてみるのはどうでしょう? 少しは柔らかい印象になるかも」

「試しても良いかしら?」


 どうぞ、どうぞ、とジェシカの差し出す眼鏡をマリーはかけた。すると――


「ジェシカー、デザート的なモノを待ってきたぜ」

「マリー、オレ達は食べごたえのあるものを――」


 と、ジンは思わず呆けた。

 ジェシカと対面するように座るマリーは、かけた眼鏡によって、鋭い目つきを構成する強気な眉が緩和され、綺麗な瞳と整った顔立ちが目立つ美少女になっていた。


「マリーさん、すっごい美少女!」

「おお。それ凄く良いっすね!」


 レンとロイもそんなマリーを見て称賛する。


「ジン君?」


 そんな中、停止したジンはマリーの言葉にハッとする。


「あ、ああ。似合ってる……よ」


 顔を赤くするジンにマリーも何だか恥ずかしくなって目を伏せる。

 二人だけが作り出す糖度の高い空間。他三人は、


「おいおい……マジかよ。ジンがこんな表情をするなんて」

「ホントね……あのジンが顔を赤くするなんて……」

「甘ぁぁい!」


 レンの魂の叫びにジンとマリーはビクっと我に帰る。


「もー、そう言う事なら私たちは引き上げますよ~」

「……」


 ジンは妹へ一発かまそうと動く。しかし、レンはそんな兄の行動を先読みし、ロイとジェシカの手を引いて距離を取った。


「料理とデザートは私の奢りだぜぃ。ロイ、ジェシカさん。二人でラブさせてあげようよ」

「お前、帰ったら覚えとけよ」


 レンに引っ張られてロイとジェシカも、ガンバ、と言いたげな笑みを浮かべて人混みへ消えた。ジンは手に持つ料理を、マリーだけが座るテーブルに置く。


「……なんか、すまない。身内が」

「き、気にしてないわ」


 残った二人は向かい合う形で席に座る。間が持たない雰囲気にジンは持ってきた料理を食べることにした。

 目の前に座る、眼鏡をかけたマリーが直視出来ない。


「ジン君」

「な、なんだ?」

「その……似合ってる?」


 眼鏡を調整する様にフレームを両手の平で触りつつマリーが尋ねてくる。


「……凄く可愛い」

「……え?」

「あっ! い、いや……まぁ……そう言う事だ……」


 思わず出たジンの本音にマリーも顔を更に赤くして目を伏せた。

 すると、マリーは眼鏡を外す。


「……眼鏡はジェシカさんに返しててくれる?」

「あ、ああ……」


 マリーと眼鏡は破壊力が凄まじい事をジンは知った。そして、


「その……良ければ眼鏡を作ろうか?」

「……いいの?」


 眼鏡はマリーが長年抱えていたコンプレックスを解消出来た。ジンは少しでも彼女の歩みに自信をつけさせる事が出来るのなら、協力したいと思っての提案だった。


「仕事の合間になるから……すぐには出来ないけど……」

「それなら……お願いしてもいい?」

「ああ。任せてくれ……」


 その返答にマリーも微笑む。その仕草から彼女に対する想いが溢れそうになったジンは席を立ち上がった。


「の、飲み物を持ってくる!」


 そう言って少しクールダウンしなければマリーの顔を見れそうになかったのである。






 ジンが席を立ち、飲み物を売っている出店へ向かう様をマリーは見届ける。


“凄く可愛い”


「…………」


 さっきの言葉を思い出して熱が湧き、ボンっと噴火するとそのままテーブルに伏する。きっと、鏡を見れば相当顔が赤くなってるハズだ。


「このままじゃ……屋敷には帰れないわ」


 物言いがストレートなレヴが今の自分を見たら更なる追撃を行うだろう。帰るまでには平常心に戻らなくては。


「…………ジン君はどう思ってるのかしら」


 可愛いと言ってくれたので、悪い印象では無いハズ。しかし……だからと言ってこちらに好意を持っていると決めつけるのは早計だ。

 今はまだ情報収集の段階で良いだろう。うん。それがきっと正しい。


 と、マリーは自分を納得させるが、実の所、今の関係を壊すのが怖いだけである。

 すると、目の前にヒトの座る気配。ジンが戻ってきたのかと感じたマリーは顔を上げる。


「ジン君――」

「『ついてこい』」


 席に座ったレイスと目を合わせたマリーはその様に言われて催眠状態に入った。






 とんでもないモノを見てしまった。

 ジンは飲み物を買うとマリーの元へ戻りつつ心を整理する。

 普段からマリーは可愛い。それは間違いない。マリーは美少女だが、鋭い目つきがソレを陰らせていたのだろう。眼鏡はそんな彼女のウィークポイントを綺麗に覆い隠す装飾品だったようだ。


「……本当に灯台下暗しだな」


 眼鏡の要素はずっと近くにあった。しかし、気づく事が出来たのはジェシカのおかげだ。

 問題の解決など何がキッカケになるかわからないモノである。


「マリー、食べ終わったら眼鏡の話を――マリー?」


 ジンは席に戻ると誰も居なくなっていた。

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