第30話 と言うことは~?

 収穫祭の数日前。

 ジェシカは屋敷精霊ハウスバトラーのレガリアにナルコが学園内に居る事を確認し、内部を捜し歩いていた。


「見つけましたよ、ナルコ先生」

「ほほう。妾を見つけるとはやるではないか。ビーかのぅ?」


 彼女が居た場所は蔵書。

 学園の地下に造られた巨大な図書館の様な蔵書は入り口は学園関係者しか見つけられない仕掛が施され、地下は三階まで存在する。


「ビーは室内では飛ばしません。聞き込みです」


 蔵書地下二階の隅で、文献を広げていたナルコの様子にジェシカは距離を取って会話をする。


「近寄っても構わんぞ。見ても問題ない」

「失礼します」


 他人に研究を見られるのは好きじゃないジェシカにとって、許可なく研究中の魔術師には近づかなかった。


「……ナルコ先生、これは――」

「リンクスが持ち帰った『陵墓』の記録じゃ」


 広い机に広げられた資料は手書きの物や古めかしい物もある。特に古めかしい物に関しては――


「……『ローレライ』?」

「ほう? 知っておったか」


 それは太古の魔物『ローレライ』の生態図鑑だった。見たことのない文字や数字、記号が使われている。


「たった一体でさえ、万の軍勢を退ける太古の魔物。討ち取ったと言う報告は無く、カーラの話では此度の『霧の都』にも現れたそうじゃ」


 カーラは王都の騎士。勇者領地で発生した『霧の都』に巻き込まれ、辛くも生存者した一人である。ナルコは『霧の都』で起こった事を直接聞いていた。


「……生物じゃない?」

「ほう。古代文字が解るのかのう?」

「いえ、絵を見て判断しました」


 広げられた文献の文字は何一つ解らないが、『ローレライ』は少なくとも生物としての生態では無い事だけは絵を見れば解る。

 まるで鎧だ。しかし、中にヒトが入っている様には読み取れない。


「この資料は実に貴重じゃ。リンクスは良い働きをした」


 【陵墓】は『ローレライ』によって不可侵を貫かれている。しかし、あらゆる策を講じてリンクスはこの資料を持ち去る事に成功したのだ。そして、彼女はその事を現地の調査団には明かさずに持ち帰って来たのである。


「機会があればリンクスの遠征に付き合うと良い。【陵墓】は広大な領地が丸々未踏破なのでな」

「『ローレライ』が居るんですよね?」

「うじゃうじゃとな」


 死にます。ほっほ。とナルコはジェシカの返答に口元を抑えて笑う。


「妾も全ては解らぬが、一部解析するだけでも戦闘武者と歩兵の底上げになるやもしれん」


 この資料は頭打ちだと思っていた“傀儡”の底上げが出来るかもしれない。


「……そんなに戦力が必要なのですか?」

「【魔王】の戦闘力は未知数じゃ。ほいほい現れて、その都度、王を殺されてはらちがあかぬ。万全以上に戦力を整えて置くことは必要な事と言えよう」


 リンクスもそれが解っているのか、騎士団の再編を行い、今までの地位を全て取っ払った。また王都に【魔王】が現れた際に動けないヤツばかり抱える気は無いのである。


「して、ジェシカよ。妾に何用じゃ?」

「そうでした」


 ジェシカは脇に抱えていた、一冊の本をナルコの前に出す。


「三災害に関して調べていたんですが……『イフの魔神』に関しての資料は蔵書でもコレしかありませんでした」


 『イフの魔神』

 “研究者――ジャック・F・ミーティア”


 そう書かれた一冊の研究書は蔵書内から持ち出す事の出来ない、特別な本棚に納められていた。


「本の内容はまだ殆ど読み解けていませんが、中の記述に“白毛の子狐を弟子に迎えた”とあります。これはナルコ先生の事ですか?」

「何かの比喩かも知れぬ。魔術師の研究は他者には簡単には読み解けぬモノ。それは的外れな解釈かも知れぬぞ?」

「この研究書だけだったんです」


 ジェシカはこの研究書だけがおかしい事を理解していた。


「棚の書は全て、他が解釈しやすい様に他の魔術師の研究が簡略化されて纏まっていました。しかし、この研究書だけが、未完で納められています」


 ナルコの本来の姿を知っていなければ気づかなかった事実だろう。


「そうじゃな。実に面白そうな文献故に、後に解析しようと思っておったのじゃ」

「その場合はナルコ先生は校長室に置きますよね?」

「置くスペースが無くてのう」

「校長室の本棚はスカスカでしたが?」

「ふむ。これ以上は言い訳が思いつかぬので、妾の負けとしよう」

「何の勝負ですか……」


 何をしてても楽しそうに笑うナルコにジェシカは呆れる。そして、少しだけ真面目にその本を受け取った。


「これは妾の師の研究じゃった」

「ナルコ先生のお師匠様ですか?」

「うむ。魔術師として優れた方ではなく、研究費を捻出する為にギャンブルや闘技場に出るお方じゃった」

「……それは魔術師なのですか?」

「違うじゃろうな」


 ナルコは子供のような眼で本を見ると当時を思い出す様に笑う。


「『イフの魔神』。それが師が追い求めていた“理”じゃった」


“何で『イフの魔神』を追うのかって? そんなの決まってるさ。ロマンだよ、ロマン!”


「まぁ、あまり頭の方は良くなかったがのう」

「ははは……」


 どの様にリアクションを取れば良いのかジェシカは苦笑いで場を濁す。


「魔術師として一般的に見れば三流以下じゃろ。しかし、妾からすれば師以上の魔術師はおらん」


“ナルコ……少しずつ繋ぐんだ。お前ならそれが出来る……お前が無理だと思ったら……次に繋げ……そうやって世界は回って……いつの日か……全ての理をヒトが理解する日が来る……”


 師の最後の言葉と笑み。そして事切れるまで頭を撫でてくれた感触は今でも覚えている。きっと師はジェシカの様な魔術師が必ず跡を継ぐと理解していたのだろう。


「これは“繋ぐ書”であり、妾では終らせる事が出来なかったモノ。ジェシカよ、お主は師の跡を継いでくれるか?」

「はい」


 迷いの無い返事にナルコは微笑む。


「まぁ、本格的に始めるのは収穫祭から戻ってからで良かろう。それまでに研究資料はまとめておく」

「わかりました」


 ジェシカはペコリと頭を下げると研究書をそのままに蔵書を出ていった。

 ナルコは掘り起こされた師の研究を見つつ、あることを思い出す。


“ナルコ。お前の『相剋』を見て一つ仮説を立てた。この世界はもしかしたら――”


「『イフの魔神』による“相剋”の可能性か」


 本当に師の考えは魔術師として破天荒なモノばかりだったと、ナルコは改めて笑った。






 収穫祭前日。

 ヴァルター領地にて、マリーはヘクトルの見送りに間に合わなかった事を考えて座り込んでいた。


「はぁ……」

「どうされました? マリー様」


 マリーは中庭の木の下で座ってため息を吐いているとそれを庭師のエリックスに聞かれた。

 エリックスは老いた『鳥翼族』の『鷲』。伝令組織を退職した後に、趣味の園芸をしていた所をヘクトルに勧誘された経緯を持つ。

 ちなみにマリーが産まれる前から庭師をやっている為、家族の様なものである。


「何でもないわ……邪魔しちゃった?」

「いえ。私の癖の様なモノでして。伝令の仕事をやっていた身としましては聞き耳は鋭い方なのですよ」

「恥ずかしいわ」

「失礼。今後は気づいても黙って置くことに致します」


 エリックスは翼を出して飛行すると、高所の枝の整理を始める。


「……はぁ」


 また、ため息が出る。

 お父様の事は偉大だ思っている。隣国との関係を良好に保ちつつ地下帝国より来る他国からのヒトや技術者に対しても十全な対応をしている。

 今よりも小さい頃は興味は無かったが、歳を重ねて行けば行くほど、父がどれだけ凄い事をしているのか理解できる様になっていた。それに比例して、父の後を継いで自分にも同じことが出来るのか? と考えれば考える程、無理だと思ってしまう。


 確かに父は一人で全てを成したわけではない。様々な経験や出会いに別れを、今の自分の糧にしたからこそ、ヴァルター領は形を成しているのだ。対して私は……まだ街さえも満足に出た事のない箱入りだ。

 と言っても、父のように戦闘スキルがあるわけでもなく、『角有族』として感覚が鋭い程度だ。


「……」


 ヘクトル・ヴァルターがどれだけ凄いのか。それは世界の誰よりも説明できる自信がある。けど、今の自分に父と同じことが出来るかと言われれば、遠く及ばないだろう。

 だからこそ、私は早く父に認められなければならない。父の隣でもっと深く学び、一日でも早く安心させてあげたいのだ。

 きっとそれが私に出来る唯一の親孝行なのだから。でも……


「はぁ……」


 こちらを見てくれない父の顔が浮かぶ。

 今任されているのはスラムの配給だけ。無論、それが嫌とは言わない。立派な仕事で領地内でも上の者が引き受けるべき事だ。

 しかし、私にはそれが限界だと父に言われている気がしてならない。


「……はぁ」


 そんな事を考えてしまう自分に嫌気とため息が出る。


 そんなマリーの“偉大な身内を持つ者の悩み”をエリックスは感じ取り、微笑ましくなった。


 マリー様の年齢は遊び盛りな時期なのに、もうお父上に並ぶ事を考えておられる。ヴァルター領の未来もだいぶ明るい。


「むむむ……お嬢。短時間で4回のため息とは。やはり、ジン坊を誘えなかった事が相当に堪えたか。くっ! 針ジジィめ! レヴが動くしかないか!」


 そんなマリーを外柱の影から見るメイドのレヴナントは、シュバッ! とその場から消えた。


「若い者同士の方が理解し合えるか」


 もはや老骨である自分は庭と若人の行く先だけを見守るとしよう。






 同時刻の王都。

 ジェシカは修繕された中央広場の噴水で本を読んでいた。

 特徴的な赤に黒色の混ざる髪。若干残る幼さも年齢は重ねて行けば美麗な容姿へとなるだろう。

 現時点でも美少女として王都でも認知されているジェシカ・レストレードは、意外にも虫の駆除などを頼まれる事が多く、学園の魔術師でも庶民に近い交友関係を築いていた。


「よう。インセクト・クイーン」


 そんな彼女に話しかけたのは腰に一振の剣を持つ騎士である。

 若く未熟な様を感じ取れるものの、垢抜け始めた表情は容姿端麗な青年として変わっている最中だった。

 ロイ・レイヴァンス。それが彼の名前である。今は騎士の鎧は脱ぎ、動きやすい剣士の姿でジェシカに近づく。


「クイーンじゃないわ。この子達と私は対等よ。間違えないで」

「そいつは失礼」


 すると、一匹の蜂がロイの肩に止まった。


「よう、ビー。前の強盗の時はありがとな」


 ジェシカと最も縁の深い“使い魔”――スズメバチのビーはロイの言葉に応えるように羽をブブッ、と鳴らした。


「ビー。アナタはきちんと休んでおきなさい」


 と、ビーはロイの肩から離れるとジェシカが取り出した小瓶へと入っていく。

 特別な魔法陣で構築されたその小瓶はビーの体力を回復させる専用の効果を持つ。


「馬車があるから行こうぜ」

「ええ」


 ジェシカは小瓶をポーチへ入れ、ロイは荷物を背負い直す。

 二人は各々の組織に収穫祭へ行く告げ、数日間、王都を離れる事になっていた。


「一年ぶりか。ジンとレンは元気かねぇ」

「手紙が来てるでしょ?」

「面倒だから返してない」

「返しなさいよ」


 ジェシカは呆れつつも、ロイは再編成された王都騎士の分隊隊長の下で日々、右往左往に走り回っている事を知っている。


 中でもロイは親しみやすい若騎士としてそれなりに有名で、老若男女、様々なヒトから声をかけられ、頼られる。その為、毎日忙しい日々を送っているのだ。


「俺も考える事が多くてさ。手紙を返すにしても状況が二転三転しそうで困ってんだ」


 王都も立て直しがだいぶ進んだとは言え、それは表面上の事柄だけだ。リンクス総司令が王都を離れた途端に暗い影を感じ取れるのである。


「やっぱりよ、都内で活動してると下っ端でも感じるぜ。王様って奴が居ないと皆は安心できないんだってな」


 ロイはナタリアの授業でもあった、“国の成り立ち”に関しては半分居眠りしていたのである。もうちょっとちゃんと聞いておけば良かったと今になって思う様になっていた。


「今はかなり特殊な状況だからね。それでも、王が決まれば自然と引き締まるでしょ」

「だと良いけどな。ジェシカは誰に投票するのか決めたか?」


 ロイは騎士団内でもそれなりに上がっている話題をジェシカに振る。


「考え中。結構話し合いは頻繁にあるみたいだし、ナルコ先生が言うには立候補する人間は王都で演説するそうよ」

「そうなのか?」

「王都の人は他の領地の事なんて知らないからね。それで判断してもらうって」


 今現在、王都に残っているヒトは他の領地に故郷を持たない者たちである。過酷な一年を生き抜いた彼らとしては立候補者の事は投票前には必ず知っておきたいのだ。


「ふーん」

「ふーんって……あんたも一応、“王都の民”なんだから他人事じゃないでしょ」

「貴族会議の警護に地方の貴族さん達をちょいちょい案内するけど、誰が良いとか今んとこは全然わかんないからなぁ。ジェシカはどうよ?」

「アタシはあんたよりも情報が無いから。強いて言うなら、ナルコ先生に一票入れるわよ」

「お? そう言うのアリなら俺は総司令かな」


 リンクスの剛健さは約1年前の国境の防衛戦で誰もが感じ取っていた。

 そして、彼女の配下となる騎士達も一人一人が歴戦の戦士であり、戦闘になればリンクスを中心に凄まじい統率力を発揮する。


「他にマシな人がこの国には居ないからなぁ」

「そうね」


 各々の組織で偽りの無い実績を持つ二人。王都騎士と魔法学園の観点のみで見るのなら、二人に票が割れるだろう。


「じゃあ誰でも良かったら?」

「そりゃ、聞くまでもないだろ?」


 ロイとジェシカは同時にその人物を名を挙げる。


「リア姉」「師匠」


 同じ条件ならジンとレンもナタリアに入れるだろうな、と二人は笑う。

 一年ぶりに会える二人の家族の事を思いながら笑って歩いていると馬車の停留所にたどり着いた。






「ジン坊!」

「うわ!? な、なんだ!?」


 ジンは地下室の通気用の窓からこちらを覗いて声を出すレヴナントに驚き視線を上げた。

 丁度、刻針の作業では無かったので、何かを損なう事が無かったのは幸いである。


「レヴナント……」

「緊急事態だ、ジン坊! 今日で既に4回のため息を確認している! よってレヴは5回目を止める為に奔走しているのだ!」

「ごめん。意味がわからない」

「とりあえず、店に行っていいか!? この小さい窓で会話をするには中々にキツイ態勢だ!」


 この予測不可能な行動力を持つ声の大きいメイドはレヴナント。マリーに付き人兼護衛のメイド(バトルメイド)である。

 ヘクトルからも直接指示を受ける事がある程に信頼されており、ジンも最初は敬語を使っていたが、


“レヴは世界平等精神を遂行中だ! だから相手がどんだけ偉かろうが敬語は使わない! ジン坊も真似していいぞ!”


 と、良くわからない精神論を説かれて、彼女に対しては変に意見するよりも流れに身を任せる事にしたのだ。


「……扉を壊さない様に入ってくれよ?」

「おう!」


 と、上からの気配が消えた。少し片付けてから出ようとしたら即座に呼び鈴が鳴る。リリリリリリリリリリ! とかなりの短い間で連打されている。


「あー、はいはい。今行くよ。行くから」


 フォルドさんは自室で王都からの依頼に取り掛かり、レンは夕飯を作ってるので恐らくレヴナントが連打しているのだろう。

 相変わらず何故にメイドをやっているのかまったくもって不明な存在だ。


 階段を上がり、店側に出るとレヴナントがベルを連打していた。


「それで、何が4回目なんだ?」

「お嬢の事だ!」

「マリー……様が?」

「別にレヴの前ではお嬢の事を気にかける必要はないぞ!」

「そうか。それで、マリーがなんだって?」


 もうすぐ夕飯なので、ジンは手短に済ませる為にさっさと用件を聞く。


「お嬢のため息は悩んでいる証拠だ! レヴはマスターよりお嬢を常に笑顔にするように命令されている!」

「マスターって言うと……ヘクトル様?」

「他に誰がいる!?」


 ヘクトル様……人選を間違えてますよ……


「話をまとめると、マリーが何か悩んでて、ため息が止まらないと?」

「流石のジン坊! お嬢を常に見ているだけの事はあるな!」

「いや……誤解を招く言い方は止めてくれ……」

「誤解ではあるまい! お嬢の眼はマスター似だが、それ以外は御母堂似だ! 美人でおっぱいも大きくなるぞ! 既にもうレヴと並んでいる! むむむ! そう言えばジン坊の回りにはおっぱいのデカイ女しか居ないな! レン嬢もでかくなるだろうしな! ぐふふ、いやらしいですな!」

「大きな声でおっぱい、おっぱい、言うのは止めてくれ……」


 変態みたいに言われると今後の業務に関わる。そこはきっちり訂正するとして、レヴナントが流れで口にしたある言葉が少し気にかかった。


「ヘクトル様がマリーの事は気にかけてるって教えてあげれば良いんじゃないか?」

「ダメだ! レヴはその事はマスターに固く制限されている! お嬢の行く末を誘導させるな、とな!」

「だったら放って置いた方がいいんじゃないか?」


 マリーと出会ってからもう1年近く経つ。毎日会っている訳ではないが、街中や屋敷ですれ違ったらそれなりに話をする間柄だ。会話をして、マリーがどんなヒトなのかある程度は理解している。


「マリーは真面目だし、本当に解決出来ない悩みなら他に相談するよ」

「さぁて、それはどうでしょうかね~?」

「レン嬢!」


 ふっふっふっ、と含み笑いをしながら奥からレンが現れた。ジンは余計なヤツが来たか……と面倒事になると察する。


「レン嬢! どう言うことだ!? お嬢は……お嬢はもうダメなのか!?」

「不治の病みたいに言うのは止めろよ……」

「ずばり! 私の見立てではマリーさんは兄さんなのです!」


 ビシっ! とその場で宣言するレン。ジンは、何言ってんだコイツ? と言う眼で見るがレヴナントは衝撃を受けた様に雷が走る。


「ば……馬鹿な……お嬢はジン坊? つまり……ジン坊がお嬢でお嬢がジン坊……?」


 謎の思考の迷宮に入り込んだレヴナントは四つん這いで項垂れた。

 そんなレヴナントにレンは腕を組んで得意気に言う。


「つまり! 兄さんとマリーさんは同じ性格の持ち主なの! と言うことは~」

「と言うことは~?」

「……オレに振るな」


 二人が、と言うことは~? と視線を向けてくる。どうリアクションしろと? 論理の破綻した会話の流れをジンは放棄した。


「どんなに悩みを抱えても自分の中に溜め込んじゃうってこと! きっとマリーさんも同じ状態になっているでしょう!」

「なん……だと……! レン嬢……お嬢は死ぬのか!? レヴでは救えないのか!?」

「大丈夫だよ、レヴナントさん。兄さんと違ってまだマリーさんは救える!」

「オレが手遅れみたいに言うな」

「一体どうすればいい!? レヴに……レヴに出来る事はあるのか!?」

「あるよ」

「教えて!」

「はいはい。勝手にやってくれ」


 ジンはレンの方がレヴナントと会話になっているのでその場は退散――しようとしたらレンに服を掴まれた。簡単に振りほどけない握力である。


「兄さんの力が必要なんだよね~」

「どうジン坊を使う!?」

「おい、お前達……ヒトを爆弾みたいに……」

「兄さんにマリーさんを誘わせるんだよ!」


 レンの言葉にジンは一瞬硬直し、そして冷静に息を吐く。


「兄さん、夕飯を僕の家でどうですか? キリッ、ってマリーさんを誘って来て」

「あのな、そんなの全部憶測だろ? 絶対に嫌だね」

「何ィ!? ジン坊はお嬢の事は好きじゃないのか!? 嫌いなのか!?」

「! ち、違う!」


 咄嗟に否定するジンだったが、はっ! とレンを見ると悪い笑みを浮かべていた。


「お嬢が好きなのか。なら問題ないな! 行くぞジン坊! お嬢にラブリーを頼む!」

「だから! 相手の気持ちも大切だろ! オレが行ってもその……迷惑かもしれないし」


 マリーは確かに可愛いし、会話も合うので凄く話しやすい。しかし……身分の壁と言うのはジンにとってはとてつもなく深刻な事だった。

 と言う、いいわけは建前で余計な事をして今の関係を壊すのが怖いだけである。


「兄さん」

「……なんだ?」

「大丈夫」

「根拠を言え!」

「レヴナントさん。兄さん連れてって良いよ」

「許可が下りたな」

「おい待て」

「超特急レヴナント便は一度乗ると途中下車は不可能なのです」

「お嬢の元まで一直線に行くぞ!!」

「わー! 離せー!」

「ご飯は多めに作ってあるので、存分に誘って来てちょ」


 レヴナントに強制連行されて行くジンにレンは、行ってら~、とハンカチを振った。






「お嬢様。ご入浴のお時間です」

「ええ。今行くわ」


 マリーはメイド長に呼ばれて座り込んでいた木から立ち上がる。この時間から館を出る事はなく、入浴し夕飯を食べて、少し勉強するのが寝るまでの流れだ。


「……何もかも中途半端ね。私は」


 明日は収穫祭だと言うのに、少し忙しくなる程度で何も変わらないだろう。


「とう!」

「うわぁ!?」


 すると、そんな声と共に塀を乗り越えてレヴナントが帰ってきた。その小脇にジンを抱えて。


「! ジン君!?」

「ど、どうも……マリー」


 レヴナントはジンを下ろすと腕を組んで仁王立ちに告げる。


「よし行けジン坊! 今こそ、キリッと炸裂させるのだ! 多分、五回目はまだだぞ! 全てはお前のラブリーに――」

「レヴナントさん」


 そのレヴナントの肩にメイド長は手を乗せた。


「メイドリーダー!?」

「皆さん、夕食の準備をしていますよ。貴女も手伝いなさい」

「ぬー! レヴは細かい作業は無理だ! 掃除でいくつの壺と壁を破壊したと思っている!」

「それでも出来る事はあるでしょう。薪が足りないから、作ってちょうだい。2000本ほど」

「それはメイドの仕事なのか!?」

「バトルメイドなら出来る仕事です」

「それを引き合いに出すのは卑怯だぞ!」


 襟首を掴まれて、ずるずると引きずられて行くレヴナントは、ハッ! とマリーとジンを見る。


「レヴに構うな! お前たちはお前たちの未来の為に行動しろー(徐々に小声)」


 メイド長はペコリとマリーに頭を下げて、レヴナントを連れて(引きずって)その場を去って行った。


「なぁ、マリー。レヴナントはいつもあんな感じなのか?」

「いつもあんな感じよ」


 レヴナントの様子を見て楽しそうに笑うマリー。鋭い目付きで誤解されがちだが、マリーは笑うと可愛いのである。

 場には二人きり。ジンは少し照れながら会話を切り出す。


「夜分に邪魔して悪かった」

「レヴが連れて来たんでしょ? 仕方ないわ」


 それを、仕方ない、で片付けられる程にレヴナントの行動は彼女にとっては違和感の無いモノらしい。


「門まで送るわ。行きましょう」

「マリー」


 ジンは歩みだした彼女を引き留める。


「その……なんだ。君が良ければいいんだけどさ……」


 妹が夕飯を作ってるだけど一緒にどうかな? 

 と、言いたいのにそれ以上が出てこない。何だこれ……失敗が許されない彫金作業よりも緊張する。


「何が?」


 対してマリーは少し期待する様に頬を赤らめてジンを見る。流れる風が彼女の髪を揺らした。


「その……そのさ……」


 心臓が速鳴る。一言を言うだけなのに……一歩が中々踏み出せない。

 すると、マリーはジンの手を取って目線を合わせてくる。


「ゆっくりで良いわ。落ち着いて」


 もっと落ち着けない。ジンの思考はぐるぐる回り、


「収穫祭! 一緒に行こう!」


 眼を閉じて、反射的に心の中で彼女と一番やりたかった事を口に出していた。


「……」


 マリーからの返答が無い。しかし、繋いだ手は離れて居なかった。


「私も……ジン君と一緒に行けたらと思ってたの」


 眼を開けるとマリーは嬉しそうにジンへ微笑みかけていた。


「そ、それって……」

「収穫祭……一緒に行きましょう」






「『魔王』様。傷の具合はいかほどですか?」

「四つの『相剋』。流石に相殺は不可能であった。存在の定義を固定する為に休養が必要だ。世界軍の編成はどうなっておる?」

「『カウンシル』『オーガ連合』はこちらに賛同するそうです。『フリージア』と『国境同盟』はもう少し時が必要かと」

「かの三災害を恐れるのなら『カウンシル』の帰結は当然か。“霧の娘”はどうしておる?」

「元気ですよ。『オーガ連合』は“我が剣”が説き伏せました」

「“国崩”はどこだ?」

「貴方様が傷を負った地にて私用を済ませると。こちらから命が無い限りは好きにさせています」

「そうか。となれば今、警戒するべきは『迷宮』か」

「アレは本当に予測がつかないモノなのです。“我が剣”は直感的に重なった・・・・時は解るそうですが」

「意思の無いモノほど無邪気で危険である。重々警戒せよ」

「はい」

「余は暫し休む。その間は任せるぞ。“叡智の体現者”よ」

「次に貴方様が眼を覚ました時が世界を停止する準備が整った時となるでしょう」

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