第25話 世界に嫌われた者
光が王都の夜空に走る。
それは、流れ星の様に放物線を描くのではなく、まるで互いに消滅を願うかのように幾度と交わっては離れていた。
「チィ!」
「ほう……」
シラノと魔王は共に『エレキライン』を使った高速戦闘。最初は地を移動していたが、建物から夜空へと戦場が移る。
何が……どうなってやがる!?
剣と剣が交わる度に一方的に弾かれ、攻撃は常に先を取られる。
身体能力の強化だとしてもソレはあまりにも様変わりし過ぎている。更に魔法を無力化する鎧など魔力を消耗し続けているハズだ。
魔力の総量は生物ごとに決まっている。
それでも身の丈を超える魔法を使用するには、消費する魔力を抑える必要があるのだ。
『魔道具』『魔法陣』『効率知識』
これらを使用することで魔力消費を抑え、あらゆる魔法を使用することが出来るのである。故に――
「あるんだろ! 何らかのデメリットが!」
世界の仕組みの中にいる以上、プラスだけが働く現象などはない。
転移魔法にて先に着地すると剣に魔力を込めて、夜空に居る魔王へ向けて放つ。
「『
温度差によって陽炎が揺めき、放射の熱によって発生する炎の柱が魔王を飲み込む。
「『エレキライン』」
魔王は単調な『過剰熱』を容易くかわす。
「それを待ってたぜ!」
『エレキライン』のかわす先を読んでいたシラノは転移魔法にて強制的に移動させる。転移先は――
「『ホールアウト』」
魔王が着地したのは広場。無数の
逃げ場はない。無数の魔法が一斉に放たれ、魔王の影さえも残さぬ衝撃が王都に響く。
「――」
震動と衝撃が止んだ土煙から、無傷の魔王が疾走してきた。
シラノは転移魔法にて魔王を再度移動させようとするが、ソレを読んだ魔王は『エレキライン』で避けると側面から斬りかかる。
「!」
シラノの剣を持つ片腕が斬り飛ばされ、離れた所に生々しく落ちた。咄嗟に痛覚を遮断。同時に止血を行う。
「叫び散らさぬか」
その時、魔王の頭上にある“光の王冠”の一部が欠けた。シラノはその様子を逃さずに捉える。
「この“
シラノは回復魔法で止血しつつ、明るみになっていく『コール』のデメリットに探りを入れる。
深傷に武器を失ったシラノに対して、魔王は攻めを急ぐ事はせず、冷静に油断なく剣を構える。
「その命、余が在るべき場所へ還そう。勇者シラノよ」
同時刻、『霧の都』。
「見えたぞ、転移舎だ!」
勇者領地に派遣の部隊として来ていた『角有族』の騎士カーラは民間人を護りながら転移舎にたどり着いた。
部隊員もほぼ欠けておらず、民間人を優先して転移舎の中へ誘導する。
「カーラさん!」
「ナディア」
ナディアは後陣を指揮しているカーラへ駆け寄ると、無事を確認する。
「私たちが最後だ。出来るだけ助けたが……」
「ベルグさんは?」
「隊長は殿を勤めた。無事なら合流する――」
その時、近くに、どっ! と何かが飛んで来た。カーラ達の近くに転がったのは、派遣部隊の隊長ベルグの首である。
「ベルグさん……!?」
「! ナディア!」
濃霧の向こう側――
正面からは、チッチッチ、とゴートの鳴き声。
右からは、ピピ、と言う鳴き声とうっすらと浮かぶ巨躯。赤い一つ目が光る、ローレライである。
左より、金属を引きずる様な音が少しずつ近づいて来る。
そして、頭上には“光球”が見下ろす様に全員を照らしていた。
「カーラさん。これを――」
ナディアは緊急避難先への転移を可能とする腕輪をカーラに手渡す。
「まだ、セバスさんや羅刹さんも戻ってません。フリサート君も待たなければ。私たちが時間を稼ぎます。先に行って下さい」
ナディアとラトは『相剋』を放つ準備をする。視界は不明瞭だが、生存者を巻き込む可能性が下がったのなら撃つ価値はある。
その時、ナディアの指輪と、ラトのピアスが強く光った。
「ナディアお姉ちゃん! シラノおにーちゃんのが!」
「――シラノ様」
それはシラノが『相剋』を使う際の合図だった。
シラノは片腕を失いつつも、転移魔法を駆使して魔王の攻撃を耐え忍んでいた。
この男。やはり、喚ばれるだけの事はある……か。
魔王はシラノの動きが少しずつこちらの動きに合わせてつつある事に懸念を浮かべる。
剣と片腕を失ったからこそ、余裕を無くし、深い集中力を発揮しているのだろう。
そして――
「『インパクト』」
シラノは転移魔法の影に隠し、掌に乗せた衝撃魔法を至近距離で魔王に直撃させる。冷静な局面と、強力な魔法の影に隠した攻撃は魔王の意識をすり抜ける。
魔王の鎧は僅かに砕け、その威力に吐血した。
ダメージ? どんな魔法攻撃にも無傷だった鎧が攻撃を通した――
「そうかお前は――」
シラノは『コール』の弱点に気がつく。しかし、縦に振り下ろされた剣に片眼を斬られ視界の半分を失った。
「『コール』の本質を掴んだ所で、最早覆せる盤面ではない」
片眼、片腕の損傷。
シラノは片眼の喪失に思わず片膝を着く。
「本来の輪廻に還るが良い。勇者シラノよ――」
その言葉と共に空と地に魔法陣が現れると、魔王の剣が振り下ろされた。
『そろそろ転移舎へ入るヨ』
「表を片付けたら僕たちも転移先に行く。その接続は任せるよ」
ギレオは幾つかの戦士を切り捨てつつ、シーカーと会話していた。
『勇者の血を手に入れていたことが幸いだったネ』
「前準備にかけた時間だけ、望んだ結果への整合性は取れるものさ」
『ギレオー』
「どうしたの? ゼノンちゃん」
割り込んでくるゼノンにギレオは会話相手を切り替える。
『なんかね、赤いひかり。“てんいしゃ”にふたつと、そこに向かうのにひとつ』
「赤い光?」
『うん』
「それは『覚醒者』から光ってないかい?」
『んー、たぶんそー』
情報では覚醒者の中でも勇者シラノの直属とされる者達には特別な魔道具が贈られる。
その魔道具は様々な効能が付与されていると聞いているが、真偽までは確認できなかった。
赤色……それは危険や緊急性を現す事に用いられる。
何をする気だ?
魔法は最低限しか使えず、都市内の魔法陣や魔法効果は『霧の都』に上書きされて機能していない。
アイズからも危険な信号は送られ来ない以上、『霧の都』で警戒する意味は――
「――――」
その時、ギレオは猛烈な悪寒を感じた。
それは……かつて、身を引き裂かれる程に後悔した……あの瞬間と同じ――
「ゼノンちゃん! “アンサー”の条件を変えるよ! 15秒後、転移舎を破壊する!」
ギレオは建物の屋上に駆け上がると屋根づたいに最短距離で転移舎へ向かって疾走を始める。
『ギレオ?』
『ギレオさん? どういうしたノ? 理由ヲ――』
「理由は勘だ! だけど、このままだと多分僕たちは
その言葉にゼノンとシーカーは事の重要性を理解した。そして、ギレオが本気で空間の一部を消し去ると言うことも――
『み、みんなー!! にげて、にげてー!!』
『ギレオさん! まだ抜いたらダメだヨ! ワタシ、転移舎に近いんだかラ!』
転移舎を包囲していた太古の魔物達はゼノンからの指示に退却を始めた。動きの遅いハウゼンはゴートが浮かせて共に距離を取る。
「? なにが起こったの?」
転移舎を包囲されていたナディアとラトは気配の消えた太古の魔物の様子に発動しかけた『相剋』を待機状態へとする。
すると、不自然に前方の濃霧が晴れ、開けた視界の正面建物の屋上からギレオが着地する。
「お姉ちゃん!」
「あれは――『死の騎士ギレオ』!?」
ギレオは剣を鞘に納め、柄を添えながら疾走してくる。何をする気? ナディアは一瞬、考えるが――
「カーラさん! 行って下さい!」
「! 待てナディア――」
ナディアは緊急避難先への転移を強制起動し、カーラ達を含む、他の生存者を一斉に転移させた。ギレオは更に距離を詰めて来る。
「――ラト! 私が『相剋』を撃つわ! 貴女は温存して!」
ギレオの赤く光る眼に身の毛が震えた。アレは止めなければ、マズイ!
「遅い――“アンサー”」
滑るように停止しながらギレオは、腰の剣を貯めるように構えると剣を抜き放つ。
ギレオの抜刀。ソレは距離的にも届く範囲ではなく、魔法を乗せられた形跡もない。
だが、描いた絵を切り裂く様に、ギレオの剣の動きに合わせてその視界内は両断され――
「――――」
「あ……」
「え……?」
その両断は転移舎の端を斬りつけた所で止まった。
間に入ったセバスがギレオの剣をその身に受け、更に鉄糸で彼の身体を強制的に拘束し停止させたのである。
自身の身体で刃を受け止めたセバスは吐血しつつ、ギレオを掴む。
「……セバス……これはどういう了見だい?」
「未来は……変わると言う事ですよ……」
剣が身体の半分まで斬り込まれた状態でセバスは告げる。口からは血が流れ出ていた。
「セバスさん!!」
「お爺ちゃん!!」
「行きなさい!」
助けようと走ってくるナディアとラトにセバスが、来るな! と言いたげに叫ぶ。
「勇者様が待ってますよ」
そして、ニコっと笑うとナディアとラトは消え去った。
夜空と地面に現れた魔法陣。
ソレは魔王が戦いの中『エレキライン』で作った魔力の流れを魔法陣に昇華された代物である。
戦いながらも常に二手三手を考える魔王の思考は計りきれない。
「本来の輪廻に還るが良い。勇者シラノよ――」
振り下ろされる一刀。しかし、シラノは片腕で武術家の様に受け流した。
「!」
「……最後に油断か? 悪いが……こっちは『拳聖』の婆さんからボコボコにされててね!」
そして、魔王に前蹴りを放つと距離を開けるように吹き飛ばしつつ、自分も後ろに跳ぶ。
今更何を――
魔王は着地しようと体勢を整えようとした時、シラノは『相剋』を発動した。
「【
その言葉と共に世界に居る、彼が最も信頼を置ける五人が魔王の回りに召喚された。
同時にシラノはこれまでの戦いの記憶も全て、ナディア、ラト、羅刹に見せる。
「全員! 撃て!!」
シラノの声に三人は瞬時に状況を把握し、着地の間に合わない魔王へ『相剋』を放った。
「【
「【
「【
その衝撃波に王都の生物は一斉に意識を失い、直撃した魔王を中心に地は割れ、
世界が悲鳴を上げた。
「……」
大樹の下で眠っていたジンは、不思議と眼を覚ました。
まるで、心がえぐられた様なモヤモヤに思わず起きてしまったのだ。
「……兄さん?」
隣で眠っていたレンは、微睡みながらも兄を見る。
「……何でもない。少し、悪夢を見た」
「よしよし、して上げようか?」
「寝ろ」
ジンはナタリアの真似をする妹にデコピンを食らわすと再び横になった。
「……」
地下帝国の宿にて、熟睡するモルダの横で『スフィア』の調査内容を個人の手帳にメモしていた鳴狐真はふと、魔法筆を止めた。
今のは……同時に『相剋』を……? いや、ソレよりも今、世界が――
「一体……何者じゃ?」
メモ帳を閉じると『スフィア』の調査は切り上げて王都へ戻る事を決める。
入り乱れた理が戻り、その場の全員が戦いの結末を見届けた。
「――シラノ様!」
「おにーちゃん!」
「シラノ君!」
ナディア、ラト、羅刹は片腕で瀕死のシラノへ駆け寄る。
「魔王は……やったか?」
「喋らないで下さい!」
「うー!」
「……ええ、シラノ君。消滅したわ」
羅刹は魔王は完全に消滅し、その気配は感じられない事を伝える。
「……レディの婆さんとナギの姿がないな……」
【世界転移】で喚ばれる対象は五人の覚醒者。
ナディア、ラト、羅刹、ナギ、レディレイドの五人だった。しかし、この場には三人しか転移してきていない。
「今、都市が『霧の都』に呑まれているの」
「! 『霧の都』だと!?」
羅刹からの情報に興奮したシラノは吐血し、ナディアから安静にするように支えられる。
「恐らく……太古の魔物にやられたのよ」
「私たちも最後に『死の騎士』より攻撃を受けそうになりましたが……セバスさんが……」
ナディアはセバスの命を賭けた行動を思い出す。
「……避難施設へは?」
「市民の大半は避難出来たと思います」
「なら……広場の陣を再構築しないとな……」
戦いによって大きく損傷した広場の魔法陣は、今のままでは機能しない。
すると、瀕死のシラノをナディアは優しく諭す。
「少し休んでください。ラト、学園に行って回復術者を読んできてくれる?」
「わかったー」
「全く……無茶したねぇ、勇者クン」
羅刹はからかうように槍を肩に担ぎ、シラノに笑いかける。シラノもようやく一息をついた。
……魔王を倒した。しかし……俺はまだ帰れないな。
王を含む、多くを失った。その責任を果す為にも元の世界へ戻るのはまだ先になりそうだ。
「驚きである」
そんな声が聞こえて、三人はそちらを向く。
「よもや……この時に繋がるとはな」
そこには、ラトを剣で貫いた魔王が立っていた。
【あぁ……イフよ……これが我々の未来ですか?】
シラノはラトに向かって手を伸ばすように叫び、ナディアと羅刹が魔王へ攻撃をしかける。
【これが……アナタの望む結末なのですか?】
魔王は剣を振って串刺しにしたラトを投げつける様にナディアへ。そして、羅刹に接近すると、身を反らす様に槍をかわして、腹を斬りさく。
【見ていてください……】
羅刹は血を吐きながらも、魔王に組み付き『エレキライン』でこの場から引き離そうとするも、突き下ろされた剣に心臓を貫かれ絶命した。
【私たちは……この世界で生きています……生きているんです】
シラノは咄嗟にラトを抱えたナディアを転移させる。場所はわからない。とにかくここから離れた、遥か彼方へ――
【不純物は取り除きます。そして――】
ナディアは転移の直前までシラノへ手を伸ばすが、その手は握られる事なく消え去った。
【最後にアナタの問いに答えましょう】
「……逃がしたか」
「……」
佇む魔王は、戦う力は残されていないシラノを見下ろす。
「お前……は……何だ?」
「余は『呼び水の魔王』」
天と地に魔法陣が現れる。それは先ほど、シラノにトドメを刺す時に展開されたモノだった。
「貴殿らはこの世界を進め過ぎた。それは虚無しか見ない“イフ”が注目する程に」
「イフ……【イフの魔神】……か?」
「過ぎた力は世界を加速させ、この世界の生きる者、全ての未来を消滅させてしまう」
魔王は剣を逆手に持つと切っ先をシラノへ向けた。
「在るべき魂は、在るべき世界へ還るが良い」
そして、シラノを貫くと魔法陣が光り、彼の姿を世界から消し去った。
「――井……――藤井……
シラノは名前を呼ばれて跳ね起きる様に眼を覚ました。
「え……? あれ?」
眼を開けると見慣れた教室で、自分の席でいつもの様に授業中に居眠りしてた。クラスの全員が注目している。
「寝るとは良い度胸だ。常習犯め。後で職員室に――」
「せ、先生!」
「な、なんだ!?」
必死な表情のシラノに先生は逆にたじろいだ。
「気分が悪いので……早退します……」
「え? あ、ああ……」
余りにも必死な様子のシラノの気おとされ、先生は彼を見送る事しか出来なかった。
記憶が残っていた。あの世界での仲間達と生きた記憶が。
シラノは学校を出て昼間の下校路を歩きながら魔法の使用を念じる。しかし、
「……なんだ……なんだってんだよ!」
何も発動しない。それは何も出来ない事を強く認識するしかなく、シラノはただ項垂れるしかなかった。
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