第26話 “呼び水”を冠するモノ

 地平線へ沈む太陽は王都を僅かな間だけオレンジ色に染める。影はより濃くなり、その範囲を増し、まるで底知れぬ闇へ沈んで行く様だった。


「ふむ。中々に解釈に困るのぅ」


 『レコード』にて【勇者】と【魔王】の決戦を確認した魔法学園の校長――鳴狐真なるこしんは珍しく頭をひねった。


 【魔王】の存在はこの戦い以外に、噂さえも聞かなかった。これ程の実力者であれば、世界のどこかに記録が残っているハズだ。

 まるで降って現れた様な存在……顔も解らない以上調べようがない。


「『相剋』をまともに受けても尚、無傷に近い形で現れる……か」


 『相剋』は防げるモノではなく、発動すればほぼ必中となる。そして、理を無視した現象故に一撃必殺と言っても過言ではない。

 【魔王】の使った『コール』と言う技も今の世界において、理解が及ぶモノではない。直に戦っていた【勇者】はその本質に気がついた様であったが……


「課題は……山積みじゃな」


 この国は僅かな糸で持ちこたえている。

 【魔王】は世界を停止させると口にしていた。一人で乗り込んで来たとはいえ、その背後には世界を相手にする程の戦力が整っていると推測できる。

 だが、世界に大きな軍事的な動きはない。国の中枢を単騎で潰しに動き出したからには、僅かにでも情報を検知しても良いモノだが。


「“呼び水”を冠するモノ……か」


 意図と底の見えない【魔王】の動き。

 自分は『サトリの眼』を警戒し、姿や能力を徹底的に隠していた事もあり、的にされなかったのだろう。当時の夜に王都に居なかった事は良くも悪くも今の未来に繋がったと見て良いのかもしれない。

 【勇者】が死に、王位が途絶え、国は心臓部を失った。故に今のこの国に再び剣を振り下ろしには戻らないハズだ。


「さて……各領主はどの様に動くかのぅ」


 ミレディは『レコード』を見て、ヘクトルにはありのままを報告すると言っていた。

 対策を講じるにしても……地盤そのモノが揺れている今ではまともに立ち向かう事も出来ないだろう。


「政権の回復と国力の維持……少なくとも新たな王が必要じゃ」


 と、そこで考えるのは止めた。国の維持など自分の役割ではない。この国に住まう者達が決める事だ。


「ふむ。孤児のわらし達にも仕事をやらんとな」


 今は奴隷組織ノーフェイスから保護した子供達の事を考え『レコード』を停止する。『アルビオン』の件も綿密に把握しておかねばならない。


 窓から傷だらけの王都を眺めると、ぽつぽつと松明の火で照らされる街並みが闇に覆われていく。それはこの国の未来を暗示しているのか。それとも……


「校長先生。ジェシカさんが来ましたよ」

「ほほ、そうか。会おう――」


 今は小さき探求者を迎え入れよう。未来の事を決めるのは自分ではなく、後世なのだから。






「ロイ、無事でよかったね」

「アイツは“三災害”程度で死ぬようなヤツじゃない」


 ヴァルター領地、領主の街の細工店にて同じ夜を迎えるジンは隣のベッドで寝そべって話しかけてくるレンに日記を書きながら応じていた。


「日記書いてるの?」

「何があったかを記録しておくと後々に役に立つからな。ナタリアに言われただろ?」

「私は三日で投げた。でも、ロイは二日だったよ」

「まったく……」


 日記よりもレシピを考える方が楽しいとレンは告げる。


「マリーさんの事は書いてる?」

「……何で彼女の事が出てくる?」

「ふっふっふ。女はね、男には無い察知能力を持っているのだよ。マリーさん、兄さんに気があると思うなぁ」


 顎に手を当てて、キランッ! とレンは眼を光らせる。


「そんな訳無いだろ。彼女はヘクトル領主の娘だ。由緒正しい相手も居る」

「聞いたの?」

「……聞いたわけじゃないが……貴族ってのはそんなモノだ」


 高貴な身分であればあるほど、しきたりは変えられない。その辺りもナタリアから学んだ事だった。


「私が聞いてあげよっか?」

「……余計な事はするな」


 ぽふ、とレンは再びベッドに身体を預け、天井を見ながら皆の事を考える。


「ジェシカちゃんは元気かなぁ」

「オレはロイよりも心配してない」


 ジェシカには“使い魔ビー”も居る。ロイよりは状況に余裕が持てるハズだ。


「王都の騎士団宛に手紙を送ろうよ。ロイに届けばジェシカちゃんにも行くでしょ?」

「そうだな。だが師匠に断ってからだ」


 居候の身なので、勝手にここを晒す事は出来ない。フォルドの許可が必要だろう。


「別に大丈夫だと思うけど?」

「……師匠みたいな腕の立つ細工師が何故、名を広めていないのか考えた事はあるか?」


 魔道具を仕上げ、整備する上で腕の立つ細工師は誰もが喉から手が出る程に欲しがる。


「え? うーん……そう言えばそうだね」

「ヘクトル領主は師匠の事を隠している。意図は……軍事的な事も含まれてるだろう」


 それでもフォルドがこの領地に留まるのは、ヘクトルの庇護に不満を感じていないからなのだろう。

 それを、転がり込んだジン達の勝手な判断で台無しにする訳にはいかない。

 

「ふっふふーん。大丈夫だよ。私に秘策があるから。聞く?」

「……話してみろ」

「ほら、厨房に火魔法の火力を加減出来る魔法陣をフォルドさんに彫って貰ったじゃん?」

「あぁ……あれか。普通に革新レベルの代物だぞ?」


 使用者の意思に応じて、微細に火加減を調整できる魔法陣。

 素人が見ても、凄いと感じる代物で、細工の知識に触れ始めたジンから見てもフォルドが本気を出したと思えるモノだった。


「あれね。私がフォルドさんに、お祖父ちゃん、っておだてたら三十分で作ってくれたんだ」

「…………」

「誤解が無いように言っておくよ! 私はフォルドさんの事は、お祖父ちゃんみたいに思ってます。ほら、お父さんもお母さんも孤児だったらしいし。居たらこんな感じかなーって」

「…………」

「だから! “お祖父ちゃん、おねがぁい”戦法で許可を貰おう! 多分、一生使えるから! 私に任せておいて!」


 ビシッ、と指を立てる妹にジンは嘆息を吐くと、


「やれやれ……お前は本当に楽しそうだな」


 呆れた様にそう言い、書き終えた日誌を閉じるとランプの灯りを消した。






「ロイ調子はどうだ?」


 ロイの病室にカーラが訪れた。

 彼女も片腕を接合治癒すると言う重症だったものの、身体的にダメージの深いロイとサハリに比べて、既に自分で歩ける様になっている。今は腕を固定して肩から吊っていた。


「カーラさん」

「だいぶ良さそうだな。サハリも行ってしまったし、少し退屈なんじゃないか?」


 カーラは空いているロイの隣のベッドに眼をやる。

 『獣族ビーストレイダー』の治癒能力は他よりも遥かに早い。サハリは王都騎士の退団手続きを済ませ、滞在していた『黒狼遊撃隊』の隊長と共に王都を去っていた。


「俺もそろそろ復帰出来そうですし、問題は無いですよ。それよりもお願いしてた件は――」

「あのピアスの事か? きちんと送ったよ。確か『ヴァンディール』のレティシア様、宛で良かったのだな?」

「はい」

「『ヴァンディール』は隣の大陸にある同盟国家で『地下の庭園』の入り口を国内に持つ。あの“騎士王エデン”の最後の地だな」

「実在した国なんですね。ちなみに届きそうですか?」

「向こうの出身者が居て、安否の手紙を送るついでに混ぜさせて貰った」


 この辺りの地図では隣の大陸まではわからないが、国と宛先主がハッキリしていれば問題なく届くとのこと。


「ちなみに、レティシアはその国の女王閣下だ。この国とは関わりは皆無だが、こちらの宛名は本当に無くても良かったのか?」

「王都もこんな状態ですし、更に複雑な事を抱えるのは良くないでしょう?」

「君が良いなら、この件は終わりにしよう」


 カーラもロイの性格が少しだけ解ってきた。


「今の王都騎士団は人手不足だ。噂では奴隷組織『ノーフェイス』が王都の孤児を狙って暗躍したらしい」

「それ本当ですか?」

「ああ。学園からの通報で、加担した冒険者数名と隣国の貴族を一人確保した。主犯各の男はヴァルター領で尋問をするそうだ。貴族に関しては対応出来る人材が居ない以上は強制送還になるだろう」

「そっちは無実って訳ですか……」

「どうしようも無いんだ。無理に拘留して隣国と摩擦が強くなれば攻め込まれる口実になるかもしれないからな」


 今はほんの少しでも問題は減らして起きたい。


「行く先不安ですね」

「だが、朗報もある」


 『魔王』に『霧の都』。そんな絶望続きの王都で唯一と行っても良い朗報をカーラは持ってきた。


「学園の校長であるナルコ様がご存命だったそうだ。当時は王都を離れていたのが幸いしたらしい」


 国の御意見番でもあるナルコの存在は安否を気にしていた王都側からすれば朗報の一つであった。


「やっぱり、学園の校長ってなだけあって、凄いヒトなんですか?」

「ナルコ様は、この国が建国された時に立ち会ったと言われている。崩御なされたレガル陛下の祖父母に教えを説いていたと言う御方だ」


 話を聞くだけでは冗談の様な経緯に逆に嘘臭く感じる。


「君も機会があれば会うこともあるだろう。私も最初は嘘臭い経歴だと思ったが、顔を会わせれば納得するよ」


 ナルコは稀に街に顔を出す。しかし魔法で別人に変身しての徘徊である事もあり、本来の姿を知る者は多くない。


「そう言えば……学園の魔術師のヒトが来て、後で学園で校長先生が来るって言ってましたよ」

「本当か?」

「多分、『霧の都』の件でも聞きたいんじゃないですかね?」


 魔術師達は理の探求者。特に謎の多い『霧の都』からの生存者であり、『ゴート』と正面から戦い、生存したロイは未知の情報を持っていると見られていた。

 カーラは極限を超えたハウゼンとの戦いを思い出す。


「ロイ。君には本当に感謝しかない。あの時、君が『ゴート』を抑えていなければ私やサハリも助からなかっただろう」

「俺も我武者羅なだけでしたよ。でも……そう言って貰えると嬉しいっす」


 しかし、もっと上手くやれば多くを救えたハズだ。

 あの時現れた『黒鎧の騎士』の事を、仕方がなかったとは簡単には割り切れない。


“次に剣を交えるまでに答えを期待するよ”


 それに……今回は何とかなったが……騎士として前に進むためには、まだ終わってない事がある。

 

「……これから王都はどうなるんですかね」


 ロイは話題を現実的な方向へ向ける。

 総司令が殉職し、王都騎士団の指揮は各部隊長たちが集まって何とか機能している。しかし、治安維持の面では『ノーフェイス』が簡単に活動するなど、眼の届く範囲が極端に狭い。


「遠征に出ていたリンクス副司令官が『陵墓』での任務を切り上げて急ぎ帰還しているそうだ。おそらく、今後は副司令が舵を取るだろう」

「俺は面識が無いんですが、どんな方なんです?」


 ロイの質問にカーラは腕を組んで少し悩む。


「正直な所、リンクス副司令は少々過激な方だ」

「これはまた……穏やかには行きそうに無いですね」

「烈火司令が堅実な護りに秀でた指揮を取る傍らでリンクス副司令は常に敵の殲滅を考える、根っからの戦争屋だ。あの『魔獣パラサザク』の件でも『勇者シラノ』が状況を整える前に仕掛けようとしていたからな」

「マジですか……」


 副司令は相当にヤバい人物であるらしい。


「彼女の連れている大隊はその志に賛同した者達だけと言うこともあり、実力や連携は王都の戦力と同格とも言われる程だ。そこに王都の戦力も指揮下に入れば『パラサザク』を討つことは現実的に可能だっただろう」


 しかし、王都が『勇者』の意見を尊重した為にリンクスの提案は却下され世界各地の危険地域への遠征を言い渡された。貴族達は自分達を護る王都騎士が矢面に立つのを嫌ったらしい。


「……もし、リンクス副司令が王都崩壊の夜にここに居ればこんな事には、ならなかったかもな」


 襲撃の件が『魔王』単騎の仕業である事は周知の事実。その上でカーラはリンクスの事を評価していた。


「期待半分、不安半分って所です」

「噂だけ聞けば皆そう言うが、良い人だぞ? リンクスさんは」


 と、カーラはリンクスと再会する事を楽しみにしている様子でもあった。

 実際に顔を会わせてみないとわからない事も多々あるだろう。


「君も身体は万全にな。娘と夫も、君の事を心配している」

「はい。ありがとうございます」


 私はそろそろ帰るよ、と言ってカーラは立ち上がり、病室を出て行った。


「……」


 ロイは横に立て掛けた剣を見る。今回は正しく振れただろうか? 騎士として誇らしく戦えただろうか?


「……やっぱり……考えは変えられないみたいだ。リア姉」


 今がどんなに誇らしくても父の仇だけは討たなければ……誇らしく剣を持つことは出来ないだろう。






 ナルコとジェシカは学園の廊下を歩いていた。


「なるほど……中々に攻めたテーマを選ぶのぅ」


 ジェシカは“己が追い求める理”を、全ての知恵者が頭を悩ませている“三災害”を的にしたのだ。


「一生を賭ける価値はあると思っています」

「数多の魔術師が一度は人智を越えたソレに挑む。しかし……誰もが挫折し、または狂い、または死を迎えた。踏み込めば踏み込むほど照らしきれぬ闇がそこにある。それでもか?」

「はい」


 躊躇いなく言い切るジェシカの返事にナルコは微笑む。

 二人は校舎の比較的に被害の少ない区画へ行くと、一つの扉の前で止まるとノックした。


「モルダよ。居るな?」

“ちょっと待ってください”


 中からそんな声が聞こえてドタドタと動く音をしばらく聞いていると、内側から扉が開く。


「何ですか? ナルコ校長先生。先生の押し付けた『スフィア』のレポートはまだ纏まってませんよ?」


 不機嫌そうなジト目で出てきたのは一人の女子生徒だった。そして、ナルコのすぐ後ろにいるジェシカに気がつく。


「『スフィア』の件は追々、妾も手を貸そう。此度はお主の同室者を連れてきたのだ」

「同室者?」

「ジェシカ・レストレードと言います! よろしくお願いします!」

「モルダ・A・プルーフです。先生、良いんですか? 私と彼女を同室にして」


 頭を下げるジェシカに挨拶を返した女子生徒――モルダはナルコへ視線を向ける。


「私はナルコ先生のお手伝いをしているんですよ? 秘匿にしたいからってずっと私を一人にしてたのに」

「その心意気は無用じゃ。『サトリの眼』の件は一旦は片付いた。その中で一躍を担ったのがこの子じゃ」


 モルダはジェシカを見る。品定めする様なジト目を向けられてジェシカは少し怯んだ。


「まぁ、先生がそこまで言うのなら私に拒否する事はありません」


 と、モルダはジェシカへ握手を求める様に手を差し出す。


「よろしく、ジェシカさん」

「よ、よろしくお願いします。モルダさん」

「モルダで結構ですよ。それと、奥に空き部屋が別であるのでそっちを貴女の研究室として使って――」


 室内を案内するモルダとジェシカを微笑ましくナルコは見届けると部屋の扉をゆっくりと閉じた。






「えーっと……ただいま、お袋」


 ニコラは家に元へ戻った際に母親コニーに強く抱き締められて、


「連絡くらい寄越しな!」


 と、バックドロップをかまされた。






「カムイさん」

「なんだ?」

「カムイさんは休暇と行かないんですか?」

「我らに休みなどはない。休暇は交代制だ」


 サハリは国境に待機する『黒狼遊撃隊』の分隊に合流し、副隊長のカムイより指導を受けていた。


「いいか! 前のお前は保護対象だった! しかし、部隊の一員となった以上は甘やかしは一切しない! 我々は他の隊員が休暇より戻るまで、最低限の戦力としてここに滞在する!」

「とは行っても……ミレーヌさんは好き放題してるみたいですけど……」

「脳の“理性”の所に“性欲”がハマってるヤツの事は参考にするな! お前は深度を上げた影響で感覚が過敏になっている。隊長達が休暇から戻るまでは、それに慣らしておくのだ!」

「具体的にどんな風に?」

「私が攻撃する。避けて見せろ」

「え? それって紫雷で――」

「行くぞ! 肌で初動を見切れは躱せる!」

「ちょっ!」


 国境基地の訓練広場でカムイの『紫雷』が幾度と落ちる。






「よう」

「マリシーユ様」

「ヴォルフさんにバルトさん? どうしたんですか?」


 スラムで配給の手伝いをしていたマリーは現れたヴォルフとバルトに視線を向ける。

 現れた『黒狼遊撃隊』の隊長に浮浪者たちはたじたじとなった。


「休暇だ。暇潰しにな」

「カッカ。隊長は最近『ノーフェイス』の幹部を捕らえたと聞き、少しマリシーユ様の身辺を警護に来たのだ」


 いきなりのネタばらしにヴォルフはバルトを睨む。


「大丈夫よ、ヴォルフさん。レヴも居るし、お父様も戻られているから。私に気を使わなくても」

「む……そうか」


 マリーは休暇を自分のために使う必要はないと気を使ったつもりだったが不思議と落ち込むヴォルフに首をかしげる。


「マリシーユ様。時に男手が必要ではありませぬか? 何やら女性だけでは手の回らない事も多々あるでしょうし」

「でも、二人は休暇でしょう?」

「特にやる事と言えば魔道具の整備と酒を飲む事くらいですからなぁ。隊長は」

「おい」


 基本的には部隊で動き回る事が日常であるヴォルフにとって、休暇の消化は少しだけ悩むモノであった。


「それなら、地下帝国からミレディさんが野菜を沢山仕入てれ来てくれたの。丁度、それを運ぶ人手が欲しかったわ。レヴがいるけど、ヴォルフさんも手伝ってくれる?」

「任せろ」


 特に考えもせず、マリシーユの頼みにヴォルフは即座に腕を捲った。

 戦い以外では不器用なヴォルフを送り届けたバルトは、旧友であるフォルドの元へ向かう。


「む! こんなところにヤベー奴がいるな! ヴォル! レヴと勝負だ! 前はマスターに止められたが今度はそうはいかない! 本気で戦るぞ! さあ、砲撃してみろ!」


 大量の野菜を軽々しく抱えて戻ったレヴナントはヴォルフの姿を見てバルトと入れ違う様に二人に駆け寄った。






 短い間に多くの災事に国は襲われた。

 多くの者達が死に、国は崩壊を目の前にするも、残された者達の眼は明日を掴む為に少しずつ顔を上げ始める。

 一人一人が些細な行動しか起こせずとも、それは大きな流れとなって新たに国を建て直すだろう。






 そして、これは【魔王】と【勇者】の王都決戦直後。『レコード』には記録されていない場面である。


「♪~♪~」


 静かで、全てを安らかにさせる歌が夜に流れる。

 その音色に導かれる様にセバスチャンは王都から離れた丘の上に足を運んでいた。


「……」


 茂みを抜け、月の光が彼女らを照らしている。

 漆黒の騎士は彼女の側に腰を下ろし、彼女の膝の上には『吸血族』の少女が歌声に合わせる様に共に歌っている。

 ふと、彼女はセバスチャンに気がつき歌を止めた。


「久しいですね。セバス」


 漆黒の騎士は剣を持つと立ち上がり、柄に手を掛ける。

 『吸血族』の少女はセバスチャンを瞳に映した。


「……いかがでしたか? 約50年間、御一人で世界を回った感想は」

「特にはありません」


 彼女は端的にそう答えると『吸血族』の少女を撫でる。


「どこもヒトの本質は同じです。多くを求め、世界を歪ませた挙げ句、それを正す為に更に世界を歪ませる。その過程で滅びるハズの無いモノが滅び、栄える事の無いモノが栄える。世界は加速の一途です」

「数多の世界……【勇者】シラノは他世界からの召喚者でした」

「彼のもたらした技術は世の中を良くしても、世界を滅ぼします。引き上がる技術に対して裏となるモノも同等に凶悪なモノとなる。そして、世界は加速を続け崩壊するでしょう」


 必要なのは他世界の力ではない。


「この世界の問題は、この世界の力で解決しなければならない」

「それでは……」

「一度、世界を停止させます」


 彼女の言葉にセバスチャンは一度、夜空を仰ぐ。


「それが、貴女の結論ですか?」

「はい。そして……【魔王】様もまた、同じ志しを持っているでしょう」

「そうですか。では……この身、再び貴女様にお仕え致しましょう」


 胸に手を当てて一礼するセバスチャンにナタリアは優しく微笑む。


「よろしくお願いします」


 その言葉を聞いて、漆黒の騎士は少し呆れた様に嘆息を吐き、剣の柄から手を離す。『吸血族』の少女は静かに眼を閉じた。


「次はどこへ?」

「隣の大陸にある大樹。それが意思を持ち、五人の異界人をこちらに喚びました。齢18にも満たない彼らは宗教を作り、極端に世界を加速させています」

「承知致しました。船を手配いたします」


 そう言うとセバスは歩いて行く。


「……『イフ』。もう少しです。もう少しだけ見ていてください」


 ナタリアは眼を閉じると、今まで手を引いて助けて来た子供たちの顔が目に浮かぶ。

 彼らの未来を護らなければ……例えこの身が滅びようとも――

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