第24話 今も見ていますか?

「何が起こった?」


 膨大な魔力の奔流。それが行われたかと思えば次には魔王の姿が変化していた。


 頭上に現れた光の王冠。複雑な魔法陣を要する鎧。高濃度の魔力が停滞し魔王を中心に陽炎のように周囲の景色が歪む。

 シラノは索敵にて魔力数値を測るが……


「おいおい……」


 数値がバグを起こした様に変な値を表示している。それは、今まで見たことがない程に――


「終わりの終わりのをお見せしよう」


 キチッ……と静かに魔王が剣を構える。それだけで、ただならぬ雰囲気を肌で感じた。来る――


「『ザ・ソード』」


 次の呼吸の間に魔王はライドの片腕を切り落とすと、そのままシラノへ斬りつける。

 眼にも止まらぬ等と言うレベルではない。何かをする、と言う意識が挟むまえに接近され、二人は斬撃を食らったのである。



「かっ……」

「なん……だと!?」


 速度だけじゃない。緩んだ意識に的確に入り込んで来やがった……


「対応出来ぬとは。勇者シラノ……些か過大評価であったか?」


 ライドは斬られた腕を押さえつつ片膝を着き、シラノは魔王と鍔迫り合いを行う。

 攻撃超過の剣を同じく攻撃超過で受け止める。しかし、


「!?」


 重い。先ほどとは比べ物にならないレベルのパワーで剣が一瞬で押される。押し込まれると察したシラノは咄嗟に後ろに引くが剣は破壊された。


 力も比べ物にならねぇ!?

 速度、膂力。単純な身体強化にしては常識を遥かに越える。


「ソイツは……身体強化の究極系って所か」

「……残念だ。貴殿にはその様にしか見えぬか」

「なに?」


 魔王は一度、剣を鞘に納める。その意図は掴めないが、シラノは凄まじい悪寒を感じた。

 これは……何かやべぇ!


 片膝を着くライドを転移させ、自分も一旦場から離脱する。


「“アンサー”」


 魔王は一人残った空間でその言葉と共に剣を抜き放った。



 



 勇者陣営でも五指に入る実力者である『鬼族』の女――羅刹は『ローレライ』と正面から戦りあっていた。


「くっ! こいつ――」


 『ローレライ』の体格は二メートル程。『鬼族』の男に近い。同族との向き合いに慣れている羅刹からしても、『ローレライ』の動きは異常だった。


「ピピ――」


 振り下ろされる腕は地面を砕き、かわした先を追うように顔が向くと、その口から光を吐き出す。


「エレキライン!」


 僅かな魔力を使い、逆に前に出る。光線の内側。大柄な『ローレライ』の懐は逆に死角となる。


「っ! また!」


 羅刹は接近と同時に槍を突き出すものの、『ローレライ』はその巨体には不自然な程の機動力を見せ、半身を反らしてかわした。

 そして、横凪ぎの腕が鞭の様に羅刹へ直撃する。


「ぐっ……う!」


 咄嗟に槍を挟んで直撃は逃れるものの、近くの建物の壁に叩きつけられる。


「こいつ……」


 動作が速すぎる。まるでこちらの動きを予測しているかのような動きだ。


「羅刹の姉さん!」

「フリサート?」


 と、霧の中からゴーグルを着けたフリサートが現れる。


「逃げてくるヤツから聞きました。『ローレライ』を抑えてたそうで」

「他の皆は?」

「無事に転移舎に誘導しました。後は姉さんだけですよ!」

「……いや、『ローレライ』はここで倒すわ」


 羅刹は違和感を覚えていた。

 太古の魔物にも数えられる『ローレライ』。ヤツは何千年と【陵墓】を不可侵の領域として護っていた。本来ならばこの程度であるハズがない。


「もし『霧の都』が『ローレライ』にも何かしらの制限をかけているのだとすれば、ここで相剋を使って倒した方が後顧の憂いも絶つことになる」


 霧の向こうから『ローレライ』が現れ、殴りかかる様に拳を直進させてきた。

 羅刹とフリサートは回避行動を取る。しかし、フリサートの方へ『ローレライ』の腕がしなりながら向けられた。


「やべぇ……」


 地面を薄氷のように割る『ローレライ』の腕。羅刹は咄嗟に相剋を放とうとして――


「『捕縛』」


 『ローレライ』の動きが凍りついた様に停止する。その身体に一瞬にして巻き付いたのは、鋼鉄の糸。それを使いこなすのは――


「セバスさん!」

「セバスのジィさん!」


 初期の頃から勇者に仕え、最も頼もしき者の出現に二人は声を出す。

 片眼鏡に執事服を身に纏った『人族』の老人――セバスチャンは一瞬にして周囲の建物と繋ぐように『ローレライ』を捕縛したのだ。


「お二方、ご無事ですかな?」

「おお!」

「助かりました!」


 『ローレライ』はギチギチと動きつつも動きは停止している。


「距離を取ってください。私の相剋で仕留めます!」

「いえ、羅刹。ここは退きますよ」


 セバスの言葉に羅刹は彼を見る。


「状況が見えないからです。今、孤立した状況で相剋を撃てば味方にも被害が及ぶ可能性があります」


 周囲を覆う霧。視界が不明瞭な現在では下手に相剋を放つ事は敵よりも味方へのダメージが未知数なのだ。


「他の者達と合流が優先です。それに“出力系”の相剋は一度放てば24時間放てなくなります」

「重要な場面はここではないと?」


 その時、『ローレライ』の拘束が解ける。建物でさえも支えるセバスの鉄糸でも僅かな間しか押さえられなかった。


「フリサート君! 冷気を『ローレライ』に!」

「! おう!」


 セバスの指示にフリサートは僅かに使えるの魔力で『ローレライ』の周囲を低温で覆う。

 同時に、セバスは二人に鉄糸を着けると、共に建物の屋根へと引っ張り上げて移動する。


「ピピ――」


 『ローレライ』は三人を見失ったように眼を周囲に泳がす。しばらく立ち止まっていたが、眼の色を赤から黄色に変えて歩いて行く。


「どうなってんだ?」


 濃霧で見えないが屋根の上から、あっさりと『ローレライ』を撒いた様子をフリサートは感じていた。


「『ローレライ』は幾つもの視界を持っているのです。この濃霧の中、的確に我々の場所を捉えたのはおそらく魔力か熱を見ていたからでしょう」


 フリサートが『ローレライ』へ放った魔法は周囲の温度を下げる程度のモノ。しかし、それは魔力と体温の両方を不明瞭にするモノとして『ローレライ』の索敵の裏をついたのだ。


「さすがセバスのジィさんだ! いつもはうるさいけど、頼りになる!」

「フリサート君。君には後で年長者に対するマナーと言葉使いに関する特別授業を設けましょう」

「げっ……」

「セバスさん。先程の相剋を止めた意味は……」


 羅刹はセバスの先程の言葉の意味を問う。


「今回の『霧の都』は明らかに不自然です。何らかの意図を持って展開されたと見ても良いと思います」

「“三災害”が、誰かの制御下にあると!?」


 セバスの言葉は正直な所、突拍子もない。


「羅刹。私はいつも皆に説いています。決めつける物事ほど危険なモノはない、と。あらゆる可能性を胸に秘め、情報が少ない時ほど直感的な動きは控えるべきです」


 その時、上空の巨大な影が飛行する。濃霧で姿は見えなかったが、ソレは――


「――い、今のは……」


 この世界において最も高い基礎魔力を持つ種とされる『ドラゴン』。ソレが至近距離を通過したのだ。


「皆と合流します。我々が一つになれば『ドラゴン』も打ち倒せるでしょう」


 セバスと羅刹はフリサートから転移舎へ皆が集まっている事を聞く。


「行きましょう」

「おっと、俺は後から行きます」


 屋根づたいに移動しようとした二人にフリサートは言う。


「俺は他の生存者に声をかけます。二人は転移舎に直行してください」

「危険よ。私も――」

「いや、大丈夫っすよ。ここまで一人で来ましたし、無茶はしません」


 それでも食い下がろうとした羅刹にセバスは肩に手を置いて制止する。


「行きますよ、羅刹。戦力を整えて皆で耐えるのです」

「フリサート君。絶対に戻りなさい」

「わかってますって。リズレットの奴に今回の武勇伝を聞かせてやりますからね」


 そう言って三人は二手に別れた。






「シラノ殿!?」


 中央広場にライド共に転移したシラノは陣を組んでいた騎士達と合流した。


「話は後だ! ライドの治療を!」


 戦線の離脱も瞬時に行えるのは転移魔法の強みの一つである。

 烈火は力無く項垂れるライドの身柄を引き受けた。


「俺は戻る! 皆はこのまま続けてくれ!」


 どの様な効果かはわからないが、魔王はあからさまにパワーアップしたと見てもいいだろう。倒すにはやはり……


「俺の相剋を使うしかないか……」

「ライド様!」


 戻ろうとした矢先、ライドを診ている臣下が叫ぶ。


「心臓が止まっています!」

「気付け薬を! 回復魔法を急いで!」

「何て事だ……」


 シラノは先にライドの容態を見にそちらへ駆け寄る。


「どうした!?」

「シラノ様……ライド陛下が」


 ライドの身体を触る。脈が止まり、死人のように冷たかった。いや……それは死体と同じ――


「くそ!」


 何をされた!? あの時の魔王の一刀か!?

 シラノは己の知識と魔法を最大限に発動。心肺停止による脳へのダメージを保護し、体温調整と雷魔法による心臓マッサージを同時に行う。


「シラノ様……」

「絶対に死なせねぇぞ!」


 その時、広場へ光の柱と爆発が起こるとそちらへシラノ以外の全員が注目する。


「ここが転移の起点か」


 魔王がシラノの魔力を追って広場に現れたのだ。


「こいつが……」

「うっ……なんだ。この魔力量は――」


 その姿を見た騎士や戦士達はヒトの身が宿す魔力としては規格外の様に目が眩む。


「総員、聞け!」


 烈火の声が響く。


「ここが我々の正念場である! この僅かな刻を繋ぐ事で数多の命を救う! 王都の民の命は我らにかかっている!」


 魔王の威圧に圧された戦士達は烈火の言葉に再び闘志を漲らせる。


「防御隊、前へ! 剣士隊、近接防御陣形! 魔術師はその後方より攻撃!」


 的確な指示とソレを実行する騎士団と魔術師は迅速に陣形を整えた。


「シラノ殿。ライド殿下を頼みます」

「絶対に死なせねぇ!」


 ライドの蘇生に全神経集中するシラノはそれだけを烈火に返す。


「総員! 攻撃開始!」


 攻撃魔法が一斉に魔王へと放たれた。


「ヒトの子らよ。選択を間違えたな」


 魔王は剣を抜くと静かにそう口にする。






 『霧の都』で剣撃と鉄甲が交わる。

 濃霧の中、双方が相対するのは目の前に見える敵だけだった。


「『拳聖』レディレイド。予想以上に強いね」


 勇者領地の武術指南であり、世界各地に逸話を残す生きた伝説――レディレイドは格闘家の老婆である。


「疾ッ!」

「おっと」


 至近距離からの上段蹴りをギレオは避け、そのまま回転するように剣を凪ぐ。


「ふむ」


 しかし、レディレイドはギレオの振り抜いた剣の上に乗っていた。


「喝!」


 両手を勢い良く合わせると、その衝撃波でギレオを吹き飛ばす。ギレオは態勢を整えながら改めて向き直った。


「違和感しかないわね」

「……」


 腰を後ろに手を当ててギレオを見るレディレイドは彼のあまりにも素人の動きに違和感を覚える。


「参ったなぁ」


 ギレオからすればレディレイドを相手にするには些か相性が悪かった。


「濃霧に異形の魔物ども。『霧の都』とは噂通りの地獄よ」

「涼しそうな顔をして何を言うんだか」

『ギレオ。ゴーくん。よぶ?』

「こっちは大丈夫だよ」

「キェェ!」


 レディレイドが向かってくる。


「ようやく見えてきた」


 大地をも砕く拳速。無拍子を交えて放たれたソレはギレオの身体に触れた瞬間、


「“アンサー”」

「ぐふぅ!?」


 同じ箇所をレディレイドはダメージを受けた。そのダメージによる僅かな硬直は、決定的な隙。

 ギレオの身体が動き、黒剣が空間を覆う影のようにしなる。一呼吸の間に、レディレイドは片腕と片足を切断され、二呼吸目にはその首を落とされた。


「やれやれ。こう言う達人は間合いが取りづらい」


 新鮮な死体となったレディレイドへ死体喰らいが湧いた。ギレオは剣を鞘に納める。


「ゼノンちゃん。状況はどうなってる?」

『んー、みんながんばってるよ。ギレオのさくせんどおりに、『てんいしゃ』に追いこんでるー』


 懸念の一つだったレディレイドを一対一で仕留められたのは大きい。乱戦だとこうも簡単には行かなかっただろう。


「シーカーは?」

「しーくんは、ゆーえきなヒトに変身したって。『てんいしゃ』にせんにゅーするって」

「距離は取らせてね。『覚醒者』は追い込み過ぎると相剋を撃ってくるから」

『あつめてから、まとめてぼーん! だよね?』

「うん。僕達はもう少し外側を潰そうか。次のヒトの所に誘導して」

『わかったー。ちょっと待ってねー』


 状況は順調だ。現段階で『覚醒者』を一人と『霧の都』でも単独でうろつける実力者を複数人始末する事が出来た。

 中々に勇者側の人材の質はいい。正面戦闘では遅れを取ったかもしれない。


「作戦は問題ない……か」


 相手は情報の共有をしづらく、更に護るべきモノを抱えて、濃霧で攻めに転じる事は出来ない。

 状況は完全にこちらの勝勢。『シーカー』が生存者の枠内に入り込めば籠城も不可能になる。


「こう言うときに限って不測の事態ってのは起こるモノだけどね……」


 何かしらの搦め手を持っているのはこちらよりも王都の方だろう。






 それは戦いにすらならなかった。

 魔王への攻撃魔法は一切通じず、触れる端から消滅し只の魔力に還って行く。

 悠然と歩を進める魔王は防御陣形を一太刀で破壊すると、盾を持つ騎士団を二太刀で殲滅。近接防御として向かってきた遊撃隊を三太刀で斬り払い、四太刀目で後方の魔術師たちを皆殺しにした。


「行かせん!」


 烈火の大太刀を剣で軽々と受け止める。


「意味のない行動だ」


 そして、大人と子供ほどのサイズ差にも関わらず、烈火を剣の上から力任せに抑え込む様に押していく。


「くぅぅ……」


 そして、大太刀が破壊され、片足を切り落とされると、下がった烈火の首は撥ね飛ばされた。

 魔王の足は広場に着いてから一歩も止まることなく、ライドを蘇生するシラノへ――


「何故立つ?」


 そして、震えながら両手を広げるて立ちはだかる臣下を前に歩を止めた。


「アナタこそ……それ程の力を持ちながら……なんでこんな事ができるの!」

「未来を繋ぐ為だ」

「私たちもそう! シラノ様もライド様も……世界には必要なヒト!」

「もしも、本当に世界が彼らを必要としているのなら、余は容易く討ち破られているだろう」


 この状況こそがその証明だ、と言わんばかりに魔王は歩を進める。


「何かを綺麗にするには、他の何かを汚さなければならない。後世に輝かしい未来を繋ぐ為に余は全ての“不”を背負い、世界を停止させる」


 臣下は魔王に巨大な意思を見た。 自分が本当にちっぽけな存在だと正面から教えられたソレに手を下げそうになるが――


「――」


 それでも臣下は手を下げなかった。一秒でも時を稼ぐために魔王の前に立ちふさがる。


「そうか」


 そして、魔王は臣下を斬る。糸の切れた人形のように力なく倒れる彼女を受け止めたのはシラノだった。


「あ……シラノさま……陛下……は?」

「……今、蘇生した。アイツはもう大丈夫だ」

「そう……よかった……」


 最後に笑みを見せて臣下も息絶える。シラノはそっと彼女を地面に横たわらせた。


「善き嘘だ。しかし、報われぬ」


 ライドは生き返らなかった。理由はわからない。シラノのやっていた事は全てが無駄――


「――――」


 剣撃。交わる刃の衝撃で広場は大きくひび割れる。シラノは魔王と再び斬り結んでいた。


「お前は……お前だけは! 絶対に倒す!!」

「世界が望まぬ限りソレは不可能だ」


 広場に残ったのは勇者と魔王は決着をつけるべくぶつかり合う。






 ナタリアは破壊された王都を遠くの丘から見ていた。


「この世はまるで影。未来と言う光は覆われ、多くの者達が偽りを生きる事になる」


 勇者と魔王。彼は強かった。だからこそ、彼は何よりも世界に対して問わなければならなかったのだ。


「望まぬ来訪。過ぎた力。ヒトの手に余るからこそ……彼は決めたのでしょうね」


 勇者を廃すると言う事を。そして、世界を停止させなければ――


「イフよ。今も見ていますか? 聴いていますか? 後僅か……僅かな時を待ってください……」


 勇者と魔王の戦い。その決着がイフに対しての証明となる。


「世界は停止します。だからお願い……」


 この愛しい世界の未来を奪わないで――

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