第23話 Over end 終わりの終わり
「これは……一体何が……」
転移魔法で先に勇者領地に帰った『長耳族』のナディアは転移舎から出ると、濃霧に包まれた阿鼻叫喚に遭遇した。
「ナディア!」
「ナディアおねえちゃん!」
そこへ『氷結族』の青年フリサートと、『獣族』『兎』の少女ラトが走り寄ってくる。
「フリサート君、ラト」
「お前は無事だったか!」
「この霧は一体なに?」
その時、逃げ惑う市民達を追いかける『死体喰らい』を視認し、三人はそれぞれの武器を抜き敵を一瞬で倒す。
「ナディア!? 助かった!」
「皆さん! 転移宿舎へ!」
ナディアの声が届いた人々は一斉に転移宿舎へ入って行く。
「おそらくだが……『
フリサートは『霧の都』より生還した数少ない人物である一族の長老から、その話を聞いた事があった。
「太古の魔物達がひしめき、霧と絶望に明日さえも呑み込まれる魔都。巻き込まれれば命はない」
「これがそうだと言うの?」
「霧に混ざる魔力は全ての魔法を停止させる。通信端末は軒並みダウンし、こっちの情報網は機能してない。このままじゃ、皆死ぬ」
「……地下の避難施設を使いましょう」
「ああ。だから、その権限を持つお前を探していた」
その時、霧の中から錆びた大剣が飛んでくる。
「はいよー!」
ラトはソレを大きく蹴って反らし、フリサートは持っている槍を大剣に繋がる鎖の先へ投擲する。
しかし、濃霧を前に手応えが感じられない。すると、槍はお返しと言わんばかりに霧の向こうから返されて来た。
「シッ!」
それをナディアは剣で弾き上げ、回転する槍をフリサートはキャッチする。
「なんでも居るな」
「二人は転移宿舎を護ってて! わたしが生存者に声をかけてくるから」
シラノに次ぐ実力者であるナディアは最も危険な探索を名乗り出る。
「いや、そこはお前とラトが護っててくれ」
フリサートは視界不良の動きは吹雪の中を進む『氷結族』の方がスムーズに出来ると告げる。
「でも……」
「問答の時間も惜しい。それに転移宿舎を壊されれば本格的に逃げ場が無くなるんだ。ここは確実に死守出来る戦力を置くべきだぜ」
そう言うと、フリサートはゴーグルを着けた。彼は『覚醒者』ではないが実力は指折りである。
「気をつけてね」
「任せとけ。後でな」
「よもや、貴様と再び合い見えようとはな。『インフェルノ』」
角有族の女剣士――ナギは『インフェルノ』と相対していた。彼女の腰に携えるは『
魔法によって鍛えられたその刀はナギの“相剋”に対応して造られた専用武器であった。
「ふーふー」
息を切らした用な声を出す『インフェルノ』は吸収した血肉を自らに肉付けし、背丈は2メートルを越えている。その姿は肌の無い人間のようだった。
『インフェルノ』は本来なら【地下の庭園】の一階を徘徊している太古の魔物である。
一定の範囲に入るモノを襲い、その血肉を吸収すると己に肉付けし、残った骨を自分のモノとするのだ。
本来の姿を取り戻す為に生物を吸収すると言われ、完全な姿になるとどうなるのかは未だ観測されていない。
「無駄……無駄……全部ムダ……」
ギョロ、と頭蓋骨に形成される眼球がナギを見ると、ベチャ、と生々しい音を立てて歩を進める。筋肉が剥き出しになってる事もあり、表層を薄く血が流れていた。
「……いざ」
ナギは抜刀の構え。『インフェルノ』は歩みながら翼の様に背から生える骨でナギを攻撃する。
「――――」
キィン! と言う音ともに骨はナギに当たる前に弾かれた。
「何故……何故?」
『インフェルノ』はコキッと首を傾げて不思議がる。更に近づき、攻撃する翼骨の数を増やしていく。
「相剋【無限刃】」
ナギは抜刀の構えから動いていないにも関わらず『インフェルノ』の攻撃は見えない壁に阻まれているかのように弾かれ続ける。
『インフェルノ』は更に近づく。直接その手でナギの血肉を得るために――
「この剣も【無限刃】もあの時はなかった代物だ」
『インフェルノ』の肉はナギに近づくに比例して削ぎ落とされ、元の黒い骨格だけが露になる。
次の瞬間、ナギの姿が消えた。風魔法を駆使した高速移動。同時に鞘から抜き放たれた『飛燕』が『インフェルノ』を通り抜ける。
「【無限刃】天地一刀」
『インフェルノ』は斜めに態勢を崩す。いや、その身体が斜めに両断された故に身体を維持出来なかったのだ。
「ァァ……イフ……よ」
本体の黒骨を両断された事により、肉は崩れてその場に人一人分の血肉の塊がドロの様に残った。
ナギは、一度刀を振ると鞘に納める。
「……あれ程の魔をこれ程に容易く――」
「拍子抜けかな?」
濃霧から歩いてくる影と声にナギは再び抜刀の構えを取る。
「面白い相剋だ。言うなれば攻撃超過の刃を常に自分の周囲に維持している用なモノだね。しかも己の武器にも這わす事が出来る。世界で最も硬い『インフェルノ』の本体を断つなんて、物体なら何でも切れるんじゃないかな?」
「何奴!?」
霧の向こうから現れたのは、
「こんばんは。僕の名はギレオ。君たちを終わらせに来た」
何が起こっている?
そう感じさせる程に三人の戦いに他が割り込むには複雑過ぎた。
地を蛇のように走る雷。
「凄まじいエネルギーだ。種族の持つ魔力数値の限界を越えている」
魔王は雷を纏うライドと剣を交えていた。
剣と剣がぶつかり合い、その度に落雷の衝撃と轟音が辺りに響き、城が悲鳴を上げる。
「ライド! まだ城の避難は完了してねぇ! 半分も魔力を出すな!」
「ほう」
この出力で半分か。魔王は素直に感心した。その源はライドの耳に垂れ下がるピアスだ。
「古びたピアスだな。古くから継がれる王家の秘宝と言った所か?」
「良くしゃべる!」
鍔迫り合いの状態からライドは雷魔法を放つ。
「『
カッ! と横向きの雷が魔王を飲み込む。
「なるほど。知らねばやられていた」
しかし、魔王は受けた『雷槍』を留める様に剣に纏わせていた。そして、その色は黄色から黒へと変わる。
「な――」
「やべぇ!」
「『
魔王が切っ先を向けると黒雷がライドへ放たれる。
「――――ほう」
しかし、黒雷はライドの正面で不自然に消滅した。まるで空間に呑み込まれたかのように――
「
「それが貴公の転移魔法だな?」
魔王はシラノを見る。そして、ライドはその場から離れた。
「ホールアウト」
刹那、魔王の頭上から『魔雷槍』が直撃。衝撃に中庭は大きく鳴動し、近くの窓ガラスは立て続けに割れ、抉るような焦げ跡が残る。
「――やったか?」
「ライド、それフラグだから」
煙が晴れる。魔王は無傷で佇んでいた。
「ほらな」
「俺のせいか?」
「恐ろしい力だ」
魔王はシラノの転移魔法を目の当たりにし、あらゆる要素から警戒心を強める。
「――お前が攻めて来たんだぜ? 一人で」
シラノが告げると魔王は側面から飛んできた火球を難なく切り払った。
「――これは」
今宵、魔王は初めて驚く。
その理由は何もない所から何の前触れも無く、火球が現れたと言う事だ。
「ここからお前のターンは回って来ない」
シラノはその魔法の名を口にする。
「
『霧の都』にて、ナギは黒鎧の騎士と相対していた。
「ギレオ……『死の騎士』を気取る気か?」
ギレオ。それはナギの故郷である北西大陸では不吉の象徴とされる名前だ。
かつて、北西大陸で最も栄えていた王国に現れた騎士ギレオは国の臣下を殺し、国に追われた。
しかし、ギレオは追撃してくる国軍をことごとく返り討ちにし、更に王都へと上り国王を殺害。それでも向かってくる国軍の中枢を皆殺しにした所で王国は降伏した。
『アトラスの滅亡』と言われる伝説である。
「おや。君は北西大陸の出身かな? その異名は好きではないけど、ガイナン・アトラス四世を殺したのは間違いではなかったと思っているよ」
ギレオは当時を思い出す様に語る。
「あの国は我が主を侮辱した。だから僕と戦争になった。被害を大きくしたのは、あちらの落ち度だよ。前線で司令官を五人斬られても追撃を止めなかったんだからね」
まるで当事者の様な口振りにナギの眼は驚きに染まる。何故なら『アトラスの滅亡』は今から200年近く前の話しだからだ。
「貴様は『
それは世界で最も寿命の永い種族の名前。当事者であるならそれが最も有力である。しかし、ギレオは否定も肯定もしない。
「少々、世界に対する知識が深いだけの『人族』だよ。過去と未来を行き来する。【
ギレオの口から出たのはナギには理解を越えた回答だった。もし、魔法学園の校長である
「さて、そろそろ昔話は終わりにしようか、お嬢さん。君の『相剋』は脅威だが『覚醒者』の中で一番強いわけでは無いのだろう?」
ギレオは剣を抜く。一刀に賭けるナギとは対極な様。しかし、全く持って隙は見当たらなかった。
「――こんな事が……」
ナギは踏み込めなかった。先が読める故に何をしても一刀の元に切り捨てられる未来にしか辿り着かない。
「いいのかい? 僕は良いけど、君たちの時間は有限だろう?」
周囲で悲鳴が上がる。市民たちが他の太古の魔物に襲われているのだ。時折、濃霧の奥から閃光が発せられる。
「『ローレライ』。派手にやってるね。ハウゼンに考慮してパターン2は使ってない感じかな」
と、ギレオはナギから視線を外した。刹那、ナギは踏み込む。
自分の事を敵としても認識していないギレオに感情を動かされたのか、それともソレを隙として捉えたのか、はたまたその両方か。
接近。ギレオはまだこちらを向かない。そして、入った!
「【無限刃】天地一刀!」
何物も防げない万物を両断する一閃。ソレがギレオの身体を通り抜ける。
「――想像以上だよ」
口の端から血が流れる。まるで何かを試したかのように――
「想像以上に君自身は強く、そして君は弱かった」
パキンッ、と飛燕が折れ、ナギの身体には袈裟懸けの斬撃。時間を思い出した様に鮮血が服に滲むと、ガクッと力無く膝を着く。
「何故……だ――」
確実に捉えた。手応えもあった。【無限刃】に斬れぬ物は存在しない。いや……それ以前に、いつ刃を通されたのかも――
「君は僕よりも己の力を理解していなかったってことだ」
「何を……言っている?」
「『覚醒者』でなければ勝てたかもね」
最初の対峙からギレオは一切振り向かず霧の向こうへ歩いていく。
「待……て――」
「『インフェルノ』。また1からだよ」
再生した『インフェルノ』は不気味な様で起き上がるとナギを見る。
「オホホホホホホホ!」
背後で『インフェル』に喰われるナギを尻目にギレオは剣を鞘に納めた。
「ゼノンちゃん。次は?」
『そこの道をみぎー』
そして、ゼノンからの指示を受けると次の『覚醒者』を殺しに阿鼻叫喚の霧の中へと消えた。
「お前たちも行くのか?」
学園の門番であるレガリアは王都広場へ向かう職員たちへ声をかける。
「はい。今こそ、私たちの力を必要としているハズです」
「……止めはしない。だが校長の言葉も思い出して欲しい」
ナルコは、地下帝国へ行く前に学園の掲示板に“最善が正しいとは限らない”と言う書き置きを残していた。
「大丈夫です。勇者シラノは我々の事を考えての作戦を提案しています。かつてパラサザクの時のような失敗を犯さない為に」
多くの犠牲を伴った『魔獣パラサザク』の討伐。アレから本当に勇者シラノは学んだのだろうか?
それでは、と職員たちは学園を離れて行く。彼らは魔術師ではなくなってしまった。
「……失敗か……果たして何を“失敗”と見たのだろうな」
人を扇動し、憧れとなる勇者の存在は本当に理を探求する魔術師に必要なのか?
「……ナルコ先生。この国は我々にとって探求の場では無くなったかもしれません」
王城の夜空に光が走る――
シラノが独自に開発した転移魔法は理を凌駕する性能を持っていた。
空間を通るモノであればあらゆるモノを転移させる事が可能であり、魔法陣を使用せずともノータイムで発動を可能とする。そして、魔力は殆んど必要としない。
唯一の短所はシラノのイメージと視界内でしか転移は繋げられないという事であるが、シラノはソレを覆した。
転移魔法を理論化した転移魔法陣を開発し、ソレを使用することで特定の場所と場所を繋げる事を可能としたのである。
「――」
閃光が弾ける。
雷を纏うライドは再度魔王へと斬り込み、鍔迫り合いで電流が迸る。
その場に留まり剣と剣がぶつかる。その刃が届くのは己の持つ剣術が相手を上回っていた時だ。
「くっ!」
ライドは純粋な剣術では魔王には及ばなかった。ニ、三手交えただけで圧され始め、四手目で首を狙われる。
「『
だが、それを己の魔法で雷の道を作り、上空へ高速で脱する。
「『
「!?」
しかし、魔王は同じ魔法を使い距離を詰めて来た。まるで、同じ事は二度と通用しないと言っているかのように。
その時、ライドの姿が消え、魔王も見ている景色が地面へと変わる。
「飛ばしたか……」
転移。それはシラノの視界内では高い精度で可能となる。
着地した魔王を狙う様に、あらゆる攻撃魔法が囲むように飛来する。
「厄介だな」
魔王は剣を地面に突き立てると、防護魔法を発動しそれらを耐える選択を――
「よう」
刹那、シラノが目の前にいた。転移魔法により一瞬で距離を詰めた一閃。完全に不意を突かれ、魔王は攻撃超過の乗るシラノの刃を同じく攻撃超過を施した剣で受けるしかない。
「じゃあな」
そして、シラノは再び転移魔法にて消える。そこへ攻撃魔法が魔王へ直撃した。
王都中央広場にて、司令官の烈火は転移魔法発動の指揮を執っていた。
「魔法の詠唱が済んだ者は順次、上空の
それは、転移魔法を利用した大人数による攻撃であった。
事前に停滞させた転移穴へ、魔法を撃ち込みそれをシラノの意思で敵へと開放する。
単純ながらにして強力な戦術。敵は王都にいる全ての魔術師の攻撃を相手にしている様なモノだ。
「ライド陛下。シラノ殿。どうかご無事で」
「……ちっ、そう簡単には行かねぇか」
ライドが隣に戻り、シラノは数多の攻撃魔法に晒された魔王が無傷で立っている様子に、そのカラクリを解かなくては倒す事は難しいと悟る。
「だが、効いては居るハズだ。防御魔法も無しにあれだけの一撃を何度も止められるとは思えない」
「だな。ヤツは攻撃超過は剣で止めた。つまり、突破口はそこだな」
例え、こちらの動きを見切ったとしても詰将棋のように確実に受けてしまう攻撃は生まれる。
「前衛は任せろ」
ライドは前に出ると、シラノには転移魔法による援護に集中するように告げる。
「ヒトは己を証明したがる」
シラノとライドを見て魔王が口を開く。
「それは他人へなのか……それとも自分自身へ、なのか――」
そして、魔王は夜空を見上げた。そこには宝石のように煌めく星々と、巨大な月が夜を照らしている。
「この場で最後に立つことが出来る者。余の解答を先に見せよう」
何かする気か!? シラノは咄嗟に転移を解放し、数多の攻撃魔法を魔王へ降り注がせた。しかし、ソレは逆に溶ける様に魔力へと還ると魔王に纏う様に渦を巻く。
「“コール”」
その言葉を放つと同時に渦を巻く魔力は拡散し、星屑のような軌跡を残す。
「この世界に生きる者たちの魔力総量は決まっている――」
軌跡の中心に立つ魔王の装いは全身を魔法陣が描かれた鎧で覆われ、頭上には光の冠が存在していた。魔力が流れているかのように鎧の魔法陣は明滅している。
「
シラノは再び数多の攻撃魔法を転移させ、魔王へと飛来させた。
しかし、魔王は微動だにせず飛来する攻撃魔法は全てただの軌跡へと成る。
「これが世界の解答――
地面に突き立てた剣の柄尻に手を乗せ、仮面の奥にある瞳が二人を映す。
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