第22話 命の距離

 【魔王】による王都襲撃の一日前。

 ギレオとゼノンは街から離れた森林の小川に呼ばれ、そこでナタリアと再会していた。


「お姉さま! 今までどこに行ってたんですかぁ!」

「本当に……音もなく50年も消えるから、びっくりしたよ」

「ごめんなさい、二人とも」


 飛び付いてくるゼノンを抱きしめ、やれやれと言う様に歩み寄るギレオにも笑みを向ける。


「セバスは?」

「あ! そうです、お姉さま! セバスはゆーしゃの所に行ったんです! はくじょーですよ! はくじょー!」

「まぁ、彼にも考えがあっての事だろうからね」

「そうですか」


 この場に居ないもう一人の知人の安否を知りナタリアは安堵した。

 三人は少し小川の近辺を歩き、食べられる果実や獲物を適度に集め、そのまま簡単に調理を始める。


 ギレオの持つナイフで魚や肉を食べやすいサイズに切り分ける。

 ナタリアは程よい平石を小川で綺麗に洗い、熱すると簡易的なフライパンにして肉や魚を焼く。

 ゼノンは二人の料理に釣られて寄ってくる魔物を呑み込んでいた・・・・・・・


「ゼノン。貴女にも食べられる様にしてますから、こっちにいらっしゃい」

「はーい」


 ゼノンは震える魔物に捕食者としての後ろ眼を向けて見逃すとナタリアとギレオの元へ。


「これおいしい!」


 石に葉っぱを敷いた簡易的な皿に盛られたナタリアの料理を食べるゼノンは嬉しそうに頬張っていた。


「いや、相変わらず凄いね。僕だと塩コショウで味付けするだけだからさ」

「ギレオは焼く事しかできないんだよー」

「ゼノン、野菜も食べなさい」

「……それきらい」

「果物も混ぜてるから食べやすいわよ」

「うーん……」

「ふふ。食べたら一緒にお昼寝しましょうか」

「! わかった!」


 しかし、うえー、と苦戦しつつもゼノンは野草サラダもきっちり食べ、料理は三人で完食した。






「連絡が来たときは素直に嬉しかった」


 ナタリアは一つの木に背を預けゼノンは彼女に背を預ける形で仲良く座っている。

 ギレオはそんな二人とは裏腹に周囲を警戒していた。


「私の我が儘に付き合わせてしまってごめんなさい」

「今に始まった事じゃないさ。それに、それ相当の理由がある事も理解しているよ」


 最も古くからの付き合いであるギレオは彼女の行動を気にする様子はない。


「……うーん……」

「ゼノン、無理に我慢しないで寝ても良いのよ?」

「そうする……」


 ゼノンはナタリアの胸に身体を預けるとそのまま目を閉じた。


「ふふ」

「思い出すかい? ナナリーの事を」


 嬉しそうに微笑むナタリアはギレオからの言葉に、そうね、と返す。


「今回、この国に来たのは“過ち”を処理に来たのです」

「終わったのかい?」


 ギレオの言葉にナタリアは首を横にふった。


「時の流れは偉大です。彼女は自力で封を脱し、更に自らの身を寄せる場所を作っていました」

「君が無理なら僕が行こうか?」

「いいえ。この件は方向性を変えます。今は勇者領地の方が重要です」


 その言葉は優しい雰囲気を払う様に殺伐としたモノへと変化する。


「ギレオはくだんの領地へは行きましたか?」

「いや、この国も君に呼ばれるまでは近づかなかった。ザクも居たし、セバスも入ってたからね」

「……ザクの最期は」

「シーカーから聞いたよ。彼は誰よりも安寧を望んでいた。もう、その姿は壁画でしか見ることは出来ない」


 二人は世界のほつれに呑み込まれた友の事を思い出す。その場に居なかった事が何よりも悔やまれた。


「けど、僕達を呼んだのは敵討ちじゃないんだろう?」


 彼女は生と死に関しては客観的だ。知り合いが亡くなれば悲しみ涙を流すが、安らかに、と言う感情以外に沸き上がるモノはない。


「【魔王】が動き出します」

「!」


 【魔王】。その言葉は自分たちの中でも特別な意味がある。


「ここが始まりかい?」

「はい。明日の夜、彼は王都を襲撃しこの国の中枢システムを再建不可能なまでに破壊します」

「なら、僕たちは勇者領地だね」


 ギレオはナタリアの言いたいことを察する。


「ええ。静かに滅ぶのでは意味がありません。世界に【魔王】の存在を大きく示さなくてはなりません」


 国の一つや二つは搦め手を使えば数年で内部から破壊できる。しかし、それでは意味がない。


「勇者領地からの支援が入ると返り討ちに合う可能性があります」

「僕たちが止める。なんなら王都にはシーカーを回しても良い」

「いえ、王都には小回りの効く【魔王】一人が最有力でしょう。ザクの一件もあります。勇者領地はここで確実に滅ぼさねばなりません」


 情報では勇者領地には『覚醒者』と呼ばれる『相剋』を持つ者が二桁はいる。彼らがいつ心変わりして、世界にソレを向ける様になるのか……考えて見ても恐ろしい。


「勇者シラノは自らが居なくなった後の世界を何も想定していません」


 人の心は常に変わる。悪が立場によって英雄ともてはやされる様に人の心は神でさえも予測がつかない。

 相剋を強制的に発現させる術は、ここで途絶えさせなければ、いずれ世界は――


「世界が滅ぶ前に彼らを滅ぼします。ギレオ、危険な役回りですが……」

「なんて事はないよ。僕の存在意義は君も知ってるだろう?」


 ギレオはナタリアに向き直ると、片膝をつき、胸に手を当てて頭を垂れる。


「この身は貴女の為に生まれたのです。我が主よ」

「――ふふ。毎回それをやるの?」

「まぁ……それだけ決意は揺らいでないって事を知っておいてよ」


 すくすく、と笑うナタリアにギレオは少し恥ずかしそうに頬をポリポリと掻く。


「“ギレオ”は君の剣で、君の望むモノを斬る。必要なら斬って見せるよ。例え『イフの魔神』でも」


 風が強く流れる。それはギレオの放つ圧なのか、それとも『イフの魔神』の威嚇なのかはわからない。


「……“イフ”は回答を待っているだけです。目の前に立つヒトの代表者が何を語るのかを」


 すると、ナタリアもゼノンの寝息に釣られたのか、ふぁ、と欠伸をする。


「珍しいね」

「……片時も眼を離せなかったのです。あの子たちから」


 ギレオは自分たちの知らない50年の間に、ナタリアがどれだけの事をしていたのかは知っていた。

 そして、彼女に求められるまでは接触するべきではなかったと言うことも。


「そんなに嬉しそうな君を見るのは久しぶりだ」

「ふふ。ここが終わったら一度『陵墓』へ行かなくては。そろそろ彼らのケアが必要です」

「なら、今は少しだけ寝るといい。僕がついてる」

「そうします。ギレオ、しばらくお願いね」

「仰せのままに。我が君」


 そう言ってナタリアは眼を閉じ、ひさしぶりに深い眠りについた。

 その後に始まる、世界を停止する旅に備えて――






 勇者領地。

 冬に入ろうとする季節に突如として発生した霧は悪寒を感じさせる不気味なモノだった。


“みんな聞いてー。帰ってきたよ。お姉様が帰ってきた♪”


 霧は急速に中心部を覆い、その場に存在する者達の視界を奪う。


「急に霧が出てきたな」


 街を警邏していた者達は不自然に発生した霧に警戒心を強める。


「……警邏してる者へ。不自然な霧だ。何かしらの魔災現象かもしれん」


 通信の魔道具で連絡を取り合おうとするが、誰からも反応が無い。


「? 聞こえてる者はいるか? おい――」


 パキャ……と、何かが潰される音。そして、盛大な悲鳴が上がった。


「!? 何だ!」


 慌てて悲鳴のあった場所へ駆けつけると、逆に霧の向こう側から人々が逃げてくる。


「おい、何があった?!」


 必死に逃げようとする一人を捕まえて事情を聞く。


「ば、化け物だ! 急に現れて殺しまくってる!」


 すると、ソレが目の前に現れる。

 自分たちを見下ろす体躯。前屈みの姿勢に長い腕は丸太の様に太い。的確に獲物を捉える片目が霧の中で光っていた。


「ピピピ」


 その様な鳴き声を発するソレは――


「『ローレライ』!!?」


 その魔物の名前を叫んだ時、彼は振り下ろされた腕に頭を潰されて死んだ。

 ひぃぃ! と逃げ出すもう一人は頭を掴まれるとそのまま握り潰された。



 



「不自然に発生した霧に魔物が混ざっている! まずは市民を霧の外に避難させるぞ!」


 警邏隊の本隊は濃霧を前にしても冷静に行動を開始していた。


 情報が上手く入らない。

 通信装備は全て機能を失っており、濃霧で視界も不明瞭だ。しかし、やならければならない事は決まっている。


「馬車は使えん。街の外への誘導路を作る。いざとなれば地下の避難施設の使用も検討に入れる」


 道に出ると悲鳴と共に逃げる市民たちによる混乱が起こっていた。


「落ち着いて避難してください! どうか落ち着いて!」


 次の瞬間、市民たちは目の前で紙くずのようにねじ曲げられると、苦痛と内側から絞り出された断末魔を上げて肉塊となった。


「――――」


 目の前にはヒトだった肉だけが残る。

 あまりに異常な場面に理解の追い付かない警邏隊が絶句していると、


「チッチッチッ――」


 そんな音と共に霧の向こうから現れたのは眼も鼻も耳もないヤギだった――


「な……何故……ここにいる!? 『ゴート』!!?」


 その魔物を前に剣を抜くことさえ忘れた警邏隊へゴートは、


「こんばんは」


 と、嗤った。






「これはまさか……『霧の都ミストヴルム』?!」


 不自然に発生した霧の正体にいち早く気づいたのは『吸血族』だった。

 かつて、自分たちの文明の中心を滅ぼした三災害。『吸血族』に憎悪を持つと言われるソレに呑み込まれて生き残った同族はいない。


「お前たち! 急いで逃げるぞ!」


 商談の為に勇者領地に来た彼らだが、もはやそんな事をしている場合ではなくなった。

 最低限の貴金属だけをまとめ、なるべく身軽にすると阿鼻叫喚の市民達に紛れて街の外へ走り出す。


「――は?」


 その時、前方を走る人々は唐突に正面から伸びる骨に貫かれると、体液を吸収されるか如く干からび、更に風化し、肉は灰となり消滅する。


「――くそっ! 最悪だ!」


 唯一残った骨は目の前に居る“黒い人骨”の一部となる。


「『インフェルノ』――」

「オホホホホホホホホホホホ」


 骨だけの『インフェルノ』は全身を震わせてその様な音を発した。






 同時刻、王都。


「ライド様! ここに居られたのですね!」


 急に騒がしくなった王城にて、ライドは臣下の一人に呼び止められた。


「なんだ? 騒がしいな。また、シラノが何かやらかしたのか?」


 何かとトラブルを引き起こす事で知られる友人の顔を思い浮かべ、ライドは報告を聞く。


「国王陛下がお亡くなりになりました」

「――――待て。今は何と言った?」


 その報告にライドは改めて尋ねる。臣下は涙を堪えながらも、もう一度ソレを口にした。


「レガル陛下が……亡くなられたのです」

「馬鹿な! 一体……父上の身に何があった?!」






 鮮血が王城の廊下に舞う。

 現れた【魔王】は国王レガルの首を落とすと、そのまま王城内を歩き出したのだ。

 その【魔王】を止めようと兵士達が向かって行くが、その手に握る剣を前には死体が増えるだけだった。


「止まれよ」


 兵士達の次に【魔王】の前に現れたのは、近衛騎士でもトップの実力を持つ『人族』の男である。


「ハンク・ルルスだ。好き放題やってくれたな、クソ野郎。ここがどこだかわかってんのか?」

「王は死んだ。頭を落とされたのだ。理解せよ」

「――陛下を殺したか。まぁ、そっちから歩いてくるから何となく予想はしてたけどよ」


 ハンクは腰の剣を一度、キンッと鳴らす。


「俺は忠誠心は低いけどよ、仮にもこの国の騎士だからな。それに、同僚を殺されて何も感じない程に能天気でもない」

「本望であろう?」

「あ?」


 【魔王】は死体となった兵士達を一瞥する。


「兵の本懐は戦う事。そして……死したのは彼らが弱かったからだ」

「言うねぇ。言っておくが、オレはそいつらとは違うぜ?」

「舌戦が得意なのか?」


 コツ。と【魔王】が一歩ハンクへ歩み寄る。


「まぁ、仕方ねぇか」


 その時、【魔王】の首を剣が通り抜ける。ソレを振り抜いたのは煙の様に【魔王】の背現れた『獣族』『虎』の女だった。


「!」

「素直に驚いた」


 『虎』の女の持つ剣は【魔王】に当たった時点で砕けていた。攻撃超過を乗せた一閃にも関わらず、当たり負けしたのである。

 『虎』の女は下がりながら魔法で姿を消す。そして、自らの技量で気配さえも完全に消し去った。


「っと」


 意識がそちらへ向いた一瞬の隙を突き、ハンクは剣を溜めるように構えたまま【魔王】の間合いへ踏み込んでいた。


「――早いな」


 しかし、【魔王】の反応と判断も早い。逆にハンクへと詰め寄り、その柄尻を手で抑えて抜刀を阻止する。


「死すがいい」

「テメーがな」


 それはハンクの間合い。彼の魔法は剣を抜かずとも、斬る事を可能としていた。


「『アンチブレード』」


 攻撃超過を乗せたゼロ距離から放たれる斬撃。かわす事も防ぐ事も叶わない、完全な初見殺しの必殺であった。


「――――久しぶり見た」

「!?」


 しかし【魔王】は死ぬ事も倒れる事もなかった。代わりにその指にある魔道具の指輪が一つ弾け飛ぶ。


「レアなモン持ってんっな!」


 ハンクは【魔王】を蹴り放し、距離を取る。

 『アンチブレード』を放ったにも関わらず、周囲が傷ついてない。つまり……【魔王】は攻撃を正面から受けた上で耐えたのである。


「ったく。あんのかよ……攻撃超過を止める程の防御魔法ってヤツは」


 相殺された事はあったが、防がれたのは初めてだ。勇者シラノでさえ攻撃超過は防げないと言うのに――


「だが……防御回数は有限だな。キラ! こいつはここで止めるぞ! 使い切らせる!」

「命令すんな」


 『虎』の女――キラは砕けた自分の武器を捨てると、倒れている兵士の剣を取る。

 通路において【魔王】を挟む形の二人。ジリジリとした緊張感が場を支配する。


「まだ足りぬ」

「あ?」

「……」

「お前達では余の命には届かない」


 とん、と【魔王】はキラの間合いに踏み込んでいた。そして、その構えは先程のハンクと同じモノ――


「『アンチブレード』」


 その【魔王】の言葉と共にキラの身体は三つに分断された。

 『アンチブレード』はハンクにしか再現出来ないと言われる特異技量だ。それにこちらの位置が何故――

 死した絶望よりも、疑惑を胸にキラは絶命する。


「――」


 ハンクは怒りを沈めつつ、冷静に【魔王】へ間合いを詰めていた。攻撃範囲を伸ばした一刀でフロアごと、横凪に【魔王】を斬り裂く――


 しかし、【魔王】の姿は目の前で透明になるように消え去った。その様子に一瞬だけハンクの動きが止まる。

 これは……キラの――


「言ったであろう?」


 次の瞬間に、ハンクの胸から剣が生える。


「か……て……めぇ……」


 背後で姿を現す【魔王】にハンクは睨み返す。心臓を貫かれていた。


「足りぬ、と」


 【魔王】が剣を引き抜くとハンクは糸の切れた人形の様に膝から崩れ落ちる。


「そなた達の技は既に知っている」


 援護に駆けつけた兵士達は、ハンクとキラの死体の中に立つ【魔王】を見て萎縮する。


「兵の本懐を遂げよ」


 【魔王】は場所が分かっているかの様にライドの元へ進んでいた。






「駄目です、ライド様!」

「何がだ! 父を――王を殺され! 俺に逃げろだと?!」

「陛下が亡くなられた今、貴方が王なのです。ライド様」


 感情のままに【魔王】の下へ向かおうとしたライドは、臣下を振り切ろうとするが、そこへ王都騎士の総司令であり『鬼族』の烈火が現れる。


「烈火司令」

「敵は単騎。なれど、王城のど真ん中に誰にも悟られずに現れました。能力は未知です」

「だからと言って逃げ出すのか!?」

「ハンクとキラが返り討ちに合いました」

「!?」


 ハンクはこの国で『覚醒者』を除く実力者としては上位五指に入る。

 そして、キラは『音無』の異名を持つ密偵で、あのパラサザクに一刀を与えた武芸者だ。

 その二人が交戦し死んだ。その事実は決して無視出来ない。


「ならば……尚更だ! 俺が敵を討つ!」


 これ以上の犠牲者が出る前にライドは自らの『相剋』で敵を屠る事を決める。


「烈火のおっさん。今のソイツに何を言っても無駄だぜ」

「シラノ――」


 そこへ現れたシラノは、よっ、と挨拶するように手を上げる。


「シラノ殿」

「シラノ様」


 烈火と臣下は、現れた勇者に眼を向ける。


「話しは聞いた。ライド、一緒に戦るぞ」

「! シラノ殿! それは――」

「家族を殺されて抑えろってのは無理な話だ。王としてこの国のトップに立つなら、きっちり清算はするべきだ」

「……」

「烈火司令。悪いが俺は止まる気はないし、負ける気もない」


 ライドはシラノを見て告げる。


「勇者シラノ。我が国の脅威を前に力を貸して欲しい」


 それは、シラノがこの世界に喚ばれた時に最初に言われた言葉だった。


「言われるまでもない。行こうぜ、相棒」






「モルダ。疲れておるのぅ」


 地下帝国の飲食店にて『スフィア』の調査を一段落させた魔法学園の校長――『狐』の鳴狐真なるこしんは、同行した生徒の様子を伺った。


「疲れていますよ……地下帝国は初めて来ましたが……四六時中、起きている国なのですね」


 絶える事の無い人波と商いの声に女子生徒のモルダは気疲れしてしまった様だ。


「地下帝国に王はおらん。秩序も道徳も場の意思に任されておる」

「……それよりもあの噂は本当なのですか?」

「何がじゃ?」

「とぼけないでください。地下帝国は終わりがない。道を進めば世界を一周して元の場所に出ると言う事です」

「それを確かめる為に『スフィア』を研究に来ておるのじゃ」


 地下帝国の中心に浮かぶ巨大で透明の球体。特定の魔道具を使わなければ触ることさえも出来ない“太古の遺産”である。


「モルダは『陵墓』へは行った事はあるかのぅ?」

「一度、勇者に同行して行きました。しかし……」


 そこでモルダは言葉を詰まらせる。ナルコは、ふむ、と腕を組んだ。


「『ローレライ』かのう?」

「ええ。アレは決して相対して良いモノではありません。顔を合わせるだけで何人か死にましたし」

「知っておる」

「……じゃあ何で聞いたんですか?」

「暇潰しじゃ」


 すると店員は二人が頼んでいた料理を持ってくる。


「ミラージのサンドイッチと和風揚げでーす」

「ほほっ! 待っておったぞ」


 ナルコは目の前に置かれた油揚げを見て歓喜の声を上げる。そして、マイ箸を取り出すと口に運んだ。


「そんな料理があるんですね」

「妾が頼んでおいたのじゃ。地下帝国は物資の流通が多彩故に店に頼んでおけば何でも食べられる。ときと費用はかかるがのぅ」

「……ナルコ先生。もしかして、ソレを食べる為に半年後に一度、ここに来ているのですか?」


 『スフィア』の調査、と言う名目の調査費でここに来ている二人。モルダの質問にナルコは妖艶な笑みを浮かべ、


「野暮な詮索をするでない」

「軽い横領ですよ……」

「必要経費じゃ。お主も一番高い料理を頼んでいるではないか」

「本当に出て来るか試しただけです」


 地下帝国は菜園などはなく、全て物流による資産だ。故に新鮮なパンと野菜が本当に出てくるのかモルダ確かめたのである。


「普通に美味しいですね」

「同罪じゃな」


 ほっほ。と笑うナルコにモルダは嘆息を吐く。すると、ナルコは自らの『相剋』がある現象を観測した。


「……また、誰かが世界を通ったか――」

「何か言いました?」

「いや。妾の与り知らぬ事じゃ」


 ナルコは二切れ目の油揚げを口に運ぶ。





「ヒトは多くの苦難を終える。越えるのではなく終える・・・のだ」


 【魔王】は中庭に出るとそこで待っていたシラノとライドの両名を前に足を止める。


「最後に立つ者は、最も強き者でもなく、最も賢い者でもない」


 剣を地面に突き立て【魔王】は二人に告げた。


「双方は余にそれ以外を証明できるか?」

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