第14話 バトルメイド

「今回は“使い魔”についてお勉強しましょう」


 ナタリアと過ごし始めてから一年ほど経ち、生活や役割が安定してきた頃、“使い魔”に関しての授業が始まった。

 それはジェシカが魔法を教わるきっかけにもなった事柄であり、一番真剣に耳を傾ける。


「先に言っておきますが、“使い魔”は選べるモノではありません」

「そうなんですか?」

「輪廻の奥底に存在する“関わり”が使役できる生物を決めると言われています」


 それは四人が思っている以上に困難を極めるモノだった。


「“使い魔”は少し深い真理に到達した際に自然と解る情報なのです。そこへ到達せずに自身の“使い魔”を知る為には、色々な命に魔力を当ててみるしかありません」


 それは途方もない作業である。

 それが意思を持つ生物であれば反応である程度は解るが……木や魚と言った反応の解りづらい生物では把握する事はほぼ不可能とのこと。


「そして、“使い魔”を使役する場合、それに伴う対価が必要になります」


 命のある存在である生物は生きる為の行動を常にとっている。

 動物であれば狩り、木であれば水と光の摂取など。

 それを、こちらの都合で優先順位を変えてもらうのだから目的の終わった際には礼をしなくてはならない。


「彼らは奴隷ではありません。世界からすればヒトと同列の生命。助けて貰ったらお礼をするのが意思の持つ者の誠意です」

「もし、それを怠ったらどうなりますか?」


 ジェシカの質問は“使い魔”を得る上で知っておく必要があると判断してのモノだった。


「二度と“使い魔”と意思を取ることは出来なくなります。もっと酷いのは“使い魔”からの報復です。これは行き過ぎた使役が例ですが」


 最初は便利な手足が増えるとだけだと思っていたジェシカ以外の三人も、その質問で慎重な運用が必要であると理解する。


「フフ。そう強張らなくても大丈夫ですよ。貴方たちは誰よりも命は等価であることを知っていますから」


 ちなみにナタリアの“使い魔”は『鳥類』全般。俯瞰の視点や速達の手紙を任せる時は便利ではあるらしい。


「それでは、今日は大樹を出て山の中で自分の“使い魔”を探してみましょう。見つかれば幸運です」


 その後、五人で山の中を散策し、四人の中で“使い魔”を得たのはジェシカだけだった。






「はぁ……」


 ジェシカは亀裂の入った王都の広場――壊れた銅像の前に座ってため息を吐いた。


「まぁ……冷静に考えればそれどころじゃないけれど」


 門番の言葉はごもっともだ。

 国の心臓部が機能を停止して、皆が必死に元に戻そうとしている。

 そんな中で、個人の願望を押し通せるほど、自分は偉くも有能でもない。


「五年……かぁ。待ってたら学生じゃなくなるわね……」


 まだ、自分が探求するテーマも決まっていない。学園の図書や教師からその糸口を掴もうと思っていた。


「運がない……訳じゃないわね」


 “自分達は世界に導かれているその他大勢に過ぎない”


 師もそう言っていた事を思い出し、今回は縁が無かったと切り替える事にした。


「――ロイに今朝の事に対して文句を言ってからジン達と合流しますか」


 ヴァルター領はどうなっているかわからないが、王都ここよりはマシなハズ。

 王都を離れるにしても、ロイに一言くらいは言ってからにしよう。それを待つ間、本屋にでも寄ってみようかな。


「――ジェシカさん」


 名前を呼ばれてそちらを向くと『人族』の男――ラガルトとその娘である『角有族』のラキアが歩いてくる。

 昨日、ある事件を機に関わった仕立屋の父娘であった。






「こんにちは、ジェシカさん」

「こんにちは。ラキアも」


 二人に挨拶と会釈をする。ラガルトは、ロイ君は? と聞いてくる。


「アイツは騎士団に入りました」

「騎士団に……」


 早朝に新兵を中心にした部隊が『霧の都』へ向かった事を知っているラガルトは言葉に詰まる。


「アイツの事は大丈夫です。心配するだけ損しますよ」


 ロイが帰って来ると確信してるジェシカはその話題に対して笑って見せた。


「立ち話もなんですから、昼食を一緒にどうですか?」

「あ、すみません。少し寄りたい所がありまして」

「失礼。貴女は魔術師でしたね」


 魔術師の研究は平民では理解の届かない要素も多い。

 基本的に王都市民は魔術師の動向には不干渉であることが暗黙の了解である。


「やはり目的は魔法学園でしょうか?」

「はい。けど……今は入学を受け付けてないって断られちゃいまして」


 ラガルトは仕立屋として、学園からの依頼も多々あった為、一般人よりは内情を理解している。


「【魔王】の襲撃で優秀な魔術師が多く死去したと聞いています。その関係から、中には現状の不満を騎士団や魔術師にぶつける方も居るようです。ジェシカさんも身元の発言には気を付けた方が良いかもしれません」

「魔術師って言う割には半人前以下です。情けない事にまだ研究のテーマも決まって無いですし……」

「一市民としては生活が豊かになる研究なら重宝されると思いますよ。学園としても、周囲に好かれる研究は是非とも取り入れたいでしょうし」

「なるほど……参考にします」


 冷静に考えれば見通しが甘かった。

 研究テーマも決まっていないのに、学園に歓迎されるわけがない。


「ラガルトさん、ありがとうございました。少し急ぎ過ぎていたみたいです」

「お役に立てたなら何よりです」

「ジェシカさん、一つ聞いていい?」


 すると、ラキアが質問してきた。


「魔術師なら“使い魔”を使えるって聞いたけど、ジェシカさんも“使い魔”を持ってるの?」

「持ってるわよ」

「! ホント?! スゲー! どんなの?」


 眼を輝かせてラキアはジェシカを見る。


「そうね……当ててみて。ヒントはどこにでもいるわ」

「え……うーん。それってヒント?」

「もっと詳しいヒントが欲しいなら、“使い魔”の贄になって貰おうかしら?」


 少し脅すように声を恐ろしげに変える。


「魔術師の秘密を知ろうとするなら、それ相当の対価が必要なの」

「あ……ごめんなさい」


 昨日の事を思い出し、ラキアは意気消沈して眼を伏せる。


「ふふ。昨日の事はもう気にして無いわ。脅かしてごめんね」


 そう言ってジェシカはラキアの手を取った。


「じゃあ、こうしましょう。最初のヒントだけで私の“使い魔”が何なのか当てたらポーチの中身を見せてあげるわ」


 ジェシカは肩から下げているポーチを一度持ち上げる。


「ホント?」

「ええ。ただし、答えるチャンスは一回だけ」

「誰かに相談してもいい?」

「いいわよ」


 そう言ってジェシカは二人と別れた。手を繋いで歩いて行く後ろ姿は離れていく家族と重なる。


「しっかりしないとね」


 各々の道を歩く。これは四人で決めたことだ。現状は進む道が閉ざされた訳ではない。

 別の道を見つければ良いだけのこと。


「本屋はどこかしら?」


 魔導書とは行かずとも、前に進むきっかけを得られればとジェシカは王都の本屋を探して歩き出した。






 そんな彼女を隠れる様に見ている者が居た。

 話しかけようとしたところで父娘が近づい為に少し遠巻きから様子を見ていたのである。


「髪の色は赤か。若干黒も混ざってるが……さてさて」


 ニコラはポケットに手をいれて、歩き出したジェシカに気づかれないように距離をおいて後をつける。






「失礼する」

「ん?」


 魔法学園の門番は、一人の金髪のメイドに声をかけられた。


「『魔法学園』はここか?」

「ああ。校舎は崩れているがね」

「ふむ。レヴはマスターの使いだ。校長と話をしにきた。ババァをだせい」

「……すまないが、身元が解る物は持ってないか?」


 言動から姿格好まで、崩壊した王都に居る人物の中であまりにも怪しすぎる。学園の門を護る者としてそう聞くのは当然だった。


「マスターの名前はヘクトル・ヴァルターだ」

「…………それで?」

「ん? ダメか? 通れないか?」

「悪いが、それだけじゃ無理だ」


 ヘクトルの名前は少し調べれば解る事。身元の証明にはならない。


「むう。レヴは夜通し走って来たんだ。お嬢の事は他のメイドに任せているが、一刻も早くジン坊とお嬢のラブコメが見たい」

「はぁ……」

「しかし、クソ野郎どもが国内に侵入していると言う情報を掴んだ。マスターは王都は好きではないが、王都に住む同族を危惧してレヴを派遣した。レヴは屋敷の掃除では毎回壺を割るが、外の掃除は損なった事はない。なんたってレヴはバトルメイドだからな!」

「…………」

「ダメか?」

「すまないが君の不審度が上がっただけで、より通せなくなった」

「むむむ。お嬢は口は災いの元と言っていたが、まさにその通りだったか!」

「レガリアさん。何か騒ぎ?」


 門番の名前を言いながら内側から出てきたのは教員魔術師のリリーナである。


「転移陣はまだ機能しているようだな」

「私のは校舎でも無事な場所にあったから。それにヴァルター領は比較的に他よりも近いからね」


 と、リリーナはメイドを見る。


「あら、貴女」

「む? 知ってる顔だ」


 リリーナは昨日の昼にヴァルター領のスラムで彼女の姿を見ていた。


「貴女はどうやってここに?」


 ヴァルター領から王都まではどんなに足の速い馬でも丸1日かかる。

 転移陣を使える学園の教職員ならまだしも、彼女がここに居る辻褄が合わない。


「走ってきた。レヴにとっては何て事もない。バトルメイドだからな!」


 全く答えにもなっていない。

 しかし、リリーナとしてはメイドが領主の娘と共にいた事は目撃している。

 後にジンにも聞いたが、信頼できる存在であるとの事。


「レガリアさん。彼女は信頼できるわ。ヘクトル公の手の者なら、間接的にも支援って事じゃない?」


 王都は様々な箇所で人手不足だ。

 猫の手も借りたい現状ではある為、改めてメイドの要望を聞く。


「学園に何の用事かしら?」

「最初は騎士団に行こうとしたんだが、アイツらはダメだ。ザコ過ぎて話にならない」

「あら、言うわね~」

「まだ、ババァのいる学園こっちの方が話を聞いてくれると思った。ここもダメだったらレヴは適当に掃除して帰る所だったぞ」

「“ババァ”って、もしかしてナルコ校長先生のことかしら?」

「あまり、面と向かって言って欲しくない言葉だな」


 リリーナと門番のレガリアはメイドの口の悪さに各々呆れる。


「マスターの要望は二つ。一つは『レコード』を見せて欲しいと言う事だ」


 『レコード』。メイドが口にしたその単語に二人は驚く。

 それは校長が創り上げたオリジナルの魔法であり、知っているのは校長が信頼する魔術師のみであるからだ。


「どこで『レコード』の事を?」

「レヴは知らない。そう言えば見せてくれると」


 嘘をついている様には見えない。

 ヘクトル公はどこまで、こちらの事を知っているのか。


「『レコード』は今すぐは観れないわ」

「リリーナ!」


 世界に二つとない校長の魔法の有無を肯定するリリーナをレガリアは制止する。


「レガリアさん。今は情報を共有するべきよ。特にヘクトル公がこちらに興味を持っているのなら交渉の材料に出来るでしょう?」


 王都に最も近く、それでいて豊富な物資や精屈な領兵を持つヴァルター領。

 それが王都の復興を手助けしてくれるなら願ったり叶ったりだ。


「むむむ。マスターと取引するつもりか!? 確かにタダよりは安いものはないと、マスターも言っていた。こう言うことか!」

「その件は後にヘクトル公と話をしたいわね。もちろん、校長先生も交えて」

「ぬぅ……仕方ない。ミレディが後に来るから、この件はアイツに任せてレヴは本題に移るぞ!」

「本題?」


 『レコード』よりも優先する事があるのだろうか? リリーナとレガリアはメイドの言葉を待つ。


「王都で『ノーフェイス』が活動してる。今すぐ、孤児どもを優先して保護した方が良いぞ! レヴのメインミッションは、『ノーフェイス』のクソどもをアンダーヘルに送る事だ!」






「こちらでどうでしょうか?」


 『ノーフェイス』の上役は、ニコラの居る下部組織からの連絡を受けて自らの“使い魔”を通しての映像を水晶に移し、顧客の貴族に見せていた。


「おお、素晴らしい!」

「年齢的には15、6。髪の色も赤ですが、若干の黒も混ざっています」

「赤の比率が多ければ問題はない。むしろ美麗であることにも価値があるのだよ」


 奴隷の大半は、都落ちした者達である為に己の容姿に対して無頓着なのだ。

 そして、価値の高い容姿の者ほど無視できない絆で結ばれている事もあり手を出すことは憚られる。


「王都に住んでいる者の情報では初めて見る顔との事で、交友関係も多くないと」

「益々好都合ではないか!」

「しかし、年齢的に奴隷としての調整は難しい年頃です。加えて身なりからして“魔術師”であるとも考えられます」

「ほう」

「奴隷として囲めば、お客様に危害が及ぶ可能性も」

「追加の金を払う。その辺りを問題ない様に出来るか?」


 その言葉に上役は胸に手を当てて頭を下げる。


「そう言うことでしたらお任せを」


 貴族は水晶に映っている少女――ジェシカを見て気に入ったように嗤った。

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