第3章 ジェシカ編 理を追う者
第13話 学園の事情
赤色の髪と金色の髪が揺れる。
鮮やかな赤を動きやすい様に短く切って貰ったジェシカは、金色の長髪を緩い三つ編みにして前に垂らすナタリアと共に森を歩いていた。
「一つの一つの物事に“理”への道が存在するのです」
個別授業の一環でジェシカとナタリアは共に森の中を散策していた。
それは魔術師の基礎となる魔力の知覚を身につける為である。
「ジェシカ、魔法とは何だと思いますか?」
前髪で覆われていない片側の瞳を向けてナタリアは問う。
「……うーん」
生活を便利にする要素――にしては少し小さすぎる気がする。
もっと何か……大きなナニかが、根底に存在していそうな気がするが――
「わかりません」
ジェシカは自分にはまだ答えとして出せないモノだとキッパリ言い放つ。
彼女の答えにナタリアはフフ、と嬉しそうに笑った。
「ヒトによって魔法の意義は異なります。生活の補助と言うヒトがいれば、戦闘の術と考えるヒトもいるでしょう」
「後者は勿体ないですね」
ジェシカの考えにナタリアは聞き返す。
「それは何故?」
「だってせっかく、いろんな事が出来る魔法を戦う事だけに使うのは勿体ないです」
それは生粋の探究者として正しき思考だった。
今のところ、ナタリアがジェシカに教えたのは大樹の根本にある扉を開けるように言った事だけ。
つまり、ジェシカの考え方は彼女が生来もつモノだと言う事である。
「ジェシカ、少しだけ世界に寄り添ってください」
「世界に寄り添う……ですか?」
「難しく考えなくてもいいのです。ただ、ほんの少しだけ、物事の常識を反転させるの」
すると小川に出た。陽の光に反射する水面は宝石のようにキラキラと光っている。
「私達はここにいます。足で立ち、目で景色を見て、頭がそれを理解し、記憶します」
「はい」
「それを反転させるのです。私達が意図してここに来たのではなく、世界の“理”によって導かれたのだと」
「世界に導かれた?」
「世界は全てと繋がる為の基盤であり、そこに触れるだけであらゆる“理”を見る事が出来ます」
ナタリアは小川に近づきしゃがむ。すると泳いでいた魚たちが集まり、対岸には小動物達が彼女を見に顔を出した。
「わぁ」
「世界に存在するモノ同士、魔力と言う概念で繋がるからこそ、それをコントロールする事で意識をこちらに向け、感情を伝える事も出来るのです」
個として己を世界の中心に置くのではなく、世界の中に己が居ると言う認識を持つことでそれは可能となるのだ。
「それが魔術師。世界に寄り添い、“理を追う者”。ジェシカ、まずは魔力を知覚する事から始めましょう」
「はい!」
目を覚ましたジェシカは、少しだけぼーっとしていた。
赤色に若干の黒が混ざる髪色は過去に限界まで魔力を放出した反動である。
寝起きの苦手な彼女が目を覚ましてから行動を取るまでに要する時間は他の者よりも長い。
「場所は……宿。時間は……朝ね」
横の窓から差し込む太陽の光に一度眩しさを覚え、ベッドから起き上がる。
外用のコートだけを着て、顔を洗いに部屋を出た。
「……居ない……か」
隣のロイの部屋をノックしようと思ったが、彼はもう居ないだろう。
自分も目指す道へ進まなければ。
「おはようございます」
一階に降りると、宿主である恰幅の良い『獣族』の中年女性がスープを混ぜるお玉を片手に挨拶を返す。
「おはよう、ジェシカ。自分で起きれたのかい?」
「?」
「なに、早朝に出発するロイに会ったんだけどね。あんた、朝に弱いから昼まで寝てたら起こして欲しいって」
「……そうですか」
「感心感心」
余計な事を言ったロイを恨めしく思う横で、ニカッと笑う『獣族』の『猫』の女性――コニー・バンナは五部屋しかない小さな民宿の主である。
ラガルトの紹介してくれた宿屋は一階がパン屋になっている二階建ての建物で、泊まりに着ている客はロイとジェシカしか居なかった。
「朝ごはんはもうすぐ出来るから顔を洗ってきな」
「はい」
欠伸を手で押さえつつ、裏口から外にある水釜に向かう。
裏口は周囲の建物が密集し、物理的に死角になっている。その為、外にある水釜に触れるのはこの裏口からだけだった。
フタを開けて必要な分を桶に移して顔を洗う。
今の王都では水も貴重だ。周囲からの支援が滞ってる事もあり、飲食店は商売にすらならないだろう。
「お風呂に入りたいわね」
身体を拭くだけではなく、一度ゆっくりお湯に浸かりたいものだ。
「魔法学園に? その歳で立派なもんだねぇ」
コニーと二人で食事を取るジェシカは、これからの事を話題に出す。
「私がジェシカくらいの頃は、店を継ぐ事しか考えてなかったよ」
「……私も村を出なければ父の跡を継いで村長になっていたと思います」
10年前の魔災にて、コニーは冒険者の夫を亡くしていた。
その事もあり、訪れたロイとジェシカには強く共感して一夜で親しい間柄となったのだ。
「そのヴァルター領で別れた友達も居たんだろう?」
「はい。彼らは彼らで目的を見つけたらしいので」
「ウチの子にも見習わせたいよ」
「お子さんが?」
「あらヤダ。お子さんなんて上品なモノじゃないよぉ。あのドラ息子は冒険者で毎日ふらふらしてんのさ」
口ではそう言うものの、コニーはどことなく誇らしげだ。
悩みはヒトそれぞれ。王都が崩壊している最中、コニーの明るさは良い傾向にあるだろう。
「全く……どこをほつき歩いてるんだか……」
悪態を突きつつも王都が崩壊した夜から戻ってない息子を心配するコニー。
その様は紛れもなく母親の表情だった。
「お子さんのお名前をお聞きしても良いですか? 外に出るので何か解るかもしれません」
「そうかい? それじゃお願いしようかな。ニコラ・バンナって言うドラ息子だよ」
王都では多くの建物が倒壊し、普段通れる通路を多く塞いでいた。
その為、土地勘の有る者でも把握しきれない程に複雑になっており、ソレを利用する者たちも多い。
「おい、ニコラ!」
「んあ?」
椅子に座って居眠りをしていた『人族』のニコラ・バンナは交代に来た仲間に小突かれて起こされた。
「居眠りなんてしてんしゃねぇぞ! 商品が
「そりゃあ……どうしましょうかね? あうっ」
今度は蹴り倒され、椅子から転げ落ちた。
「お客様の前だ。あまり見苦しい真似をするな」
仲間の後ろに居る、自分達の雇い主がニコラへの制裁を止めた。その傍らには“お客様”――仮面で顔を隠した男がいる。
派手ではないが整った服は身分の高い者であると伺えた。恐らくは貴族だろう。
「こちらです」
雇い主は貴族の男を部屋の奥に案内すると、そこには王都の被害で孤児になった子供たちが怯えていた。
「ほう」
「つい数日前までは普通に生活していた子供ばかりなので、衛生面は問題ありません」
「それはそれは結構だ」
「何人お買い上げで?」
奴隷を専門に扱う犯罪組織『ノーフェイス』。
この組織は世界中に情報網を持ち、金さえ払えば特定のヒトを拐う事もある。
ニコラ達の雇い主は『ノーフェイス』の上役であった。
「その前に保証が欲しいねぇ」
「と言いますと?」
「安全に隣国へ運ぶ保証だよ。今の道筋だとヴァルター領を通る事になる。言わずとも解るだろう?」
ヴァルター領は奴隷関連の事柄には特に目を光らせている。
直近では、領地内に潜伏していた『ノーフェイス』が全て排除され、地域担当の幹部と報復に派遣された本部の上位戦闘員も六人が返り討ちに合っていた。
「面倒なことにヘクトル・ヴァルターは国王陛下と仲が良くてね。万が一にも私の事が漏れるとマズイのだよ」
だったら買うなよ。と、ニコラは心の中で突っ込みを入れる。
「それに関しては問題ありません。少々遠回りになりますが、“地下帝国”を使います」
「あそこも入るには手続きが要るだろう?」
「手は回せます。迅速に他国間を出入りする事こそ我々の真髄なのですから」
あらゆる手段を使って情報を集め、潜入するのが『ノーフェイス』の最大の特長である。
「噂通りだな。全部買おう」
「ありがとうございます」
「それと、一つ依頼を受けて欲しいのだが。良いかな?」
「内容によります」
客は男に、“ある特長”を持った子供を願い出る。
「我々の間では“赤”が特に重要でね。知っていると思うが」
男もその手の情報は当然の様に知っていた。
隣国では“赤”を力の象徴として伝わっており、それがジンクスの様に歴代の国王は皆赤毛。その裏付けとして国王の血筋である筆頭一族も皆赤毛である。
その思想による軋轢もあるのだが、赤色を多く持つ事がより強い権力を誇示すると言う形は知れずと貴族間には認知されている。
「赤毛の奴隷が一人は欲しい。出来れば女児が良い。年齢はそちらに任せるが、明後日の出発時に揃えて貰えれば、倍の金額を出そう」
赤毛の子供一人が今いる奴隷全てと同じ値段。
その様な金銭感覚は理解できないが、男としては容易い仕事だと、了承の握手を客と交わした。
「
ジンに『相剋』が宿った時期、ジェシカは料理を作っているナタリアに相談した。
「良いですね。私は賛成ですが、少しだけ難しいかもしれません」
「何でですか?」
疑問に思うジェシカへナタリアは説明する。
「魔法は万人が使うことが出来ても、その意味を知るには整った環境に身を置かなければならないからです」
世界でも最高位とされる魔術師たちの多くは、独自の環境に身を置き、
魔術師たちの集まる組織は、それらの環境が十二分に整っている為、誰もが入りたがるのだった。
「故に魔術師となる者たちは金銭や立場に余裕のある者――貴族や魔術師の家系が主になります」
「そのどちらでも無いあたしは難しいという事でしょうか?」
「外部からの参入者が全く居ないと言うわけではありません。ですが、実力を示すにしても余程に突出していなければ難しいでしょうね」
「うーん……」
ジェシカは既に数多の資産を生み出す術を確保しており、金銭的には将来において困ることはない。
「一人で研究を続けるのも選択の一つです。しかし、他の魔法を見ることで多くを得られるのも事実。挑戦して見るのも良いでしょう」
「いえ、やるからには絶対に入学します」
「フフ。その意思は魔術師として何よりも大事です」
無理だと決めつければそこで終わってしまう。
ナタリアはその先へ愛弟子がどの様に歩いて行くのか、微笑ましく見守る事にした。
「悪いが、今は入学は受け付けてない」
魔法学園の入り口でジェシカは門番にその様に言われた。
「な、なんでですか?!」
「王都がこんな状態だ。一昨日の『魔王』が襲来した際に在籍していた教員魔術師の殆どが殺された」
門の向こうにある学舎も『勇者』と『魔王』の戦いの余波で一部が崩れ、今も瓦礫の撤去作業が続いてると言う。
「生き残っていた魔術師たちも王都の救助活動に出向いている。校長殿も含めてな」
現在の魔法学園は完全に機能を停止しており、入学試験はおろか、授業事態も行われていない。
「在学生全員の安否も取れていない。外に出ていた魔術師たちは急遽呼び戻しているが、君の望む入学試験は当面は行われないだろう」
「当面って……いつまでですか?」
「王都が機能を戻し、学園の立て直しが済んでからだ。まぁ、五年はかかるだろう」
「そんな……」
「幼くとも魔術師ならば君も解るだろう? 安定した文明の中で探求する為には周囲に受け入れられる必要がある」
衣食住が何も言わずに揃い、それらを支援して貰える“街”と言う環境は魔術師にとっても得難いもの。
その見返りとして、魔法学園は研究した魔法を国の為に役立てる事を契約している。
「一日でも早く入学試験を受けたいと言うのなら、君も王都復興を手助けしてくれたまえ」
ジェシカの道はいきなり大岩に塞がれた。
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