第7話 都の騎士

「三災害?」


 ある日の授業で四人はナタリアから共通認識として必要なことを学んでいた。


「この世界において、最も危険視されている災害の事です。不意に現れては多くの被害と後災を残して消える、とても危険な現象の事を差します」

「『魔獣パラサザク』は?」

「パラサザクは生物的な存在であり、現象ではありません。ヒトにとっては脅威ではありますが、討伐された事を見るに三災害としての要素は弱いでしょう」


 ナタリアは大樹の大きな葉に三災害の名称を書いて四人に見せる。


「『イフの魔神』『迷宮ラビリンス』『霧の都ミストヴルム』。これら三つを人智の及ばぬ災害――三災害と世間では認識されています」


 言葉だけではあまりピンと来ない四人は、へー、と言いたげに頷くばかりである。

 そんな彼らにナタリアも、ふふ、と笑う。予想通りのリアクションであったようだ。


「実際にこれらに遭遇した者でなければ脅威を感じるのは難しいでしょう。特に『イフの魔神』は伝承が残るのみで遭遇した者はいません」

「もし、コレに遭遇したらどうすればいい?」


 ジンは手を上げて三災害に遭遇した際の最適な立ち回りを尋ねる。


「第一は逃げることです。馬でも馬車でも魔法でも何でも良いので最速で距離を取り、決して自分から近づかぬ事」

「不意に巻き込まれたら?」


 次のレンの質問は最もあり得る状況を示唆しさしていた。


「常に生きるために思考を向ける事。常識を捨て、状況に応じて最適解を取り続ける必要があります」

「難しいな」


 知識の備えは大事だ。特にジンとしては運に頼るような対策を考えたくはない。


「後は脅威が去るまでその場で潜伏する事も選択の一つです」

「可能なんですか?」


 ジェシカは不思議そうに質問する。

 ナタリアの話から三災害とは有無を言わさずに死を連想しなければならないようなモノであったからだ。


「はい。特に『霧の都』はその手段で生き延びた例もあるそうです。しかし、お薦めはしません」

「何故?」

「言うまでもなく危険だからです。中でも『霧の都』に存在する太古の魔物たちは私たちの想像を越える生態をしています。『魔獣パラサザク』がその辺りを歩いている様なものです」


 国を脅かす程の怪物が何体も闊歩する都。

 脱出するという考えも瞬く間に消え去るほどの現象は呑み込まれれば絶望しか存在していない。


「誰かを助けに行く場合は?」


 ロイの言葉に三人は彼を見る。そんなに以外だったか? とロイは驚いて三人を見返した。


「今まで多くの存在が『霧の都』の攻略に力を注ぎました。ある者は空から、ある者は地中から、ある者は己の力に絶対なる信頼をおき、『霧の都』へと侵入したのです」

「どうなったの?」


 過去に多くの戦士や探検家、知恵者が『霧の都』に挑んだ。しかし、結果は――


「誰もが『霧の都』には入るべきではないと結論付けたのです」


 ナタリアは誰もが一度入れば二度と近づこうとは思わないだろう。


「時に処刑にも使われる程の危険な現象なので、誰かを助けに入ろうとするのは止めておいた方が良いでしょう」


 ロイを含め、他の三人はそれ以上その話題を追及することを止めた。


 この中の誰かが『霧の都』に巻き込まれたらどうする?


 と言う質問をした際にナタリアに答えて欲しくなかったからだ。


「それでは今回は宿題を配りましょう。『霧の都』から生きて脱出する為にはどうすれば良いのか。皆さんで話し合ってみてください」






「お二方も確認された通り、王都は国の心臓部としての役割を停止しています」


 食事を終え、ロイとジェシカはラガルトから王都市民目線での現状を話して貰っている。


「騎士団は食料や物資の確保、死傷者の確認に追われ、内外の治安には対応しきれていません。ここ、中央区画はまだマシな方ですが」

「しかし、その程度ならばいくらでも融通が効くのでは?」


 王都の復権は周辺領地としても真っ先に行う事案だ。領地への協力や補給を要請すれば断ることは出来ない。


「……それは国王殿下がお亡くなりになられたからです」

「……嘘」

「おいおい……」


 面識は無く、遠い存在であるロイとジェシカでもラガルトの言葉の意味は理解できる。


 王の死。それは戦場で総大将を失う事と動議だ。しかし、この国に限りそれだけではここまでひどい有り様にはならない。


「勇者は何を?」


 そう、この国には異世界から来たと言われる勇者が居たハズだ。加えて王位の次代としてライド王子もいる。


「勇者様の所在はわかりません。しかし、国王殿下を筆頭にライド王子を含め、国の中枢を取りまとめる貴族達は皆、亡き者にされていると言っても良いでしょう」


 膝元がここまで混乱しているにも関わらず、それらを導く存在が一人も名乗り出ない。

 王都の指揮能力を開示する意味でも生きてさえ居れば騎士団は公表するだろう。


「それで、他の領地は支援を渋ってるのね」


 ジェシカは王都に着く前に何度かすれ違った伝令の兵士達を思い出す。

 彼らによって各領主たちへ王都の状況は伝わったハズだ。しかし、国の指針としての機能を失った王都に支援をしたところで、誰が消費した物資を補填してくれるのか。


「詳しい事はわかりません。しかし、王都の現状を見るに他領地からの支援は現段階では無いと見て間違いはなさそうです」

「殆ど崩壊してるようなものか」


 ロイは疲れたように息を吐く。

 現在は国としては滅亡か存続かの瀬戸際にある。王都から各領地への連携が取れない以上、次の大きなうねりで滅びる可能性も十分にあった。

 大変な時期に王都へ来たものだ。


「ここまでされて勇者の領地からは何も支援が無いんですか?」


 勇者が居なくなったとしても彼が育てた者たちは残っているハズだ。国の危機に動かぬとは考えづらい。


「……これは混乱を避けるために関係者にしか伝えられていないので他言無用でお願いします」


 ラガルトは念を押すように二人に釘を刺すとその理由を口にした。


「勇者様の領地に『霧の都』が出現し、領地内に居る者たちの生存は絶望的だそうなのです」






 ロイとジェシカはラガルトの家を出て、彼に紹介してもらった宿屋へ向かう。

 ラガルトの名前を出せば、部屋の一つは用意してくれるという事で甘えることにしたのだ。


「どうした?」


 向かう道中。ロイは足を止めたジェシカに向き直る。


「……ロイ。騎士団に行くのは止めた方がいいわ」

「意外だな。お前がそんな事を言うなんてよ」


 少し驚きつつも、快活に笑うロイに対しジェシカは真剣だった。


「王都は人手不足よ。騎士団も例外じゃない」

「だろうな」

「他領地の支援が無い以上、勇者領地へ助けを求めるしかない」

「俺もそうする」

「そうなれば『霧の都』に行かなくてはならないわ」


 彼女が何を言いたいのかロイは分かっていた。


「本来なら誰も行きたがらない。でも行かなくちゃいけない。だったら、誰が行くように言われると思う?」

「俺みたいな新参だろ?」


 それは騎士団でも、役職が無く身分も低い替えの利く新兵の仕事になるだろう。


「……意味は解ってるの? 死にに行くようなものよ」

「そりゃ違うだろ」


 ロイは少しだけ強い眼をジェシカへ返す。


「俺にとっての“騎士”は道が過酷だから妥協できるようなものじゃない。お前がリア姉に魔法を教わろうとした様にな」


 まだ村にいた頃、初めて絵本で騎士を知った。その時から、こうなりたい、と今日までその思いは色褪せる事は無かったのだ。


「……ごめん。余計なこと言ったわ」

「まぁ、状況が逆なら俺も同じことを言ったよ」


 だから気にすんな、とロイはいつもの雰囲気で歩き出す。

 彼の放つ独特の雰囲気はいつの間にか抱える不安を取り払う。しかし、今回ばかりはそれを長所としては見れない。


「ロイ……絶対に死なないで」

「なんだ。小言以外にも可愛い事言えるじゃん」

「……全く。少しは危機感を覚えなさいよ。アンタとジンは」


 変わらないロイに呆れながら追い越す。そんなジェシカに困ったように微笑むとその後に続いた。






 次の日の朝。

 王都から少し離れた街道に集合した騎士団員たちは、指揮官から任務の説明を受けていた。


「これより、勇者領地への生存者探索に向かう。我々の任務は生存者の安否と、先遣として滞在している騎士団員を連れ帰る事だ」


 道中に必要な糧食と救護装備を持った二十人規模の捜索隊は騎士団でも身分の低い者が割り当てられた。

 その中には朝早くに入団を希望したロイの姿もある。


「これは王都復興の第一歩でもある。出立!」


 騎士団は割り当てられた馬車に乗り込み、列を成して勇者領地へと発進した。


「楽なもんだな」


 ロイは窓際に座って流れる景色を物珍しく思う。歩きがデフォルトだった道中に比べて少しだけ落ち着かない。


「なんだ、お前新入りか?」


 馬車は一台の三人乗り。ロイの他に二人が同席していた。

 正面には二人用の椅子を占領する『獣族』の青年が座っている。

 獣耳と攻撃にも使える牙が喋る際に見え隠れする。人に近い姿をしていても隠しきれない野生は未熟なのか不遜なのかはわからなかった。


「入団して二時間だ」

「うは、マジかよ。騎士団の人材不足もここに極めりってヤツだな」


 終わってんな~、と彼は他人事のように笑った。

 素行はあまり良くない様だが、ロイとしては逆にわかりやすくて助かる。


「ロイ・レイヴァンスだ。よろしく」

「サハリ・ウェンだ。因みに入団は三年前」

「敬語の方が良いですか?」

「別にタメでいい。どうせ死ぬヤツはすぐに死ぬし、この遠征に選ばれた時点で見込みはないって事だからな」


 『霧の都』の件は騎士団の中でも既に周知されている。

 選抜されたのはジェシカの読み通りの人材であった。指揮官も含めてあまり士気は高くない。


「サハリもそうでしょ?」


 ロイの隣で本を読んでいた女子が呆れて口を挟む。

 白い肌に美少女として確立された容姿。髪まで白く瞳は炎の様に赤い。

 『人族』と間違う容姿をしている『氷結族』は大陸の極北地域を故郷に持つ種族である。


「リズレット・ビハーンよ」

「よろしく」


 リズレットは簡単な挨拶を済ませると本を閉じた。


「相変わらずだなリズレット。勇者様がそんなに恋しいのかよ。お前は遠征に参加しなくても良かったクチだろ?」

「そうなのか?」

「正直言って今の騎士団に『霧の都』をどうこう出来るとは思えない。少なくとも『相剋』が使える存在が必要よ」


 『相剋』。その単語を聞いてロイは驚いた。


「今回の任務にいるのか?」

「なんだ、ロイ。知らねぇのか? 使えるのはソイツだよ」


 サハリはリズレットの事を差す。


「勇者の身内は大半が『相剋』を覚えてるからな」

「シラノは限界突破って言ってたけどね」

「シラノ?」

「勇者の名前よ」

「おいおい、ロイ。何も知らねぇのか?」


 王都ならば誰もが当然のように知っている事を知らないロイに二人は驚く。


「ヴァルター領の山奥で育ったもんでね。世間の情報に少しばかり疎いんだ」

「あー、ヴァルター領ならしゃーねーか」

「そうね」


 意味深に納得する二人に逆に聞き返す。


「理由を聞いてもいいか?」

「ヘクトル様は勇者の事を信用して無いからな。十年前の『魔獣パラサザク』の討伐が決定打だったらしい」

「それって王様の勅命だって聞いてるぞ」

「元は勇者の進言だよ。リズレットはその辺りの当事者だろ?」

「あんまり覚えてないわ」


 当時に立ち会っていたとは言えリズレットは幼かった。対してヴァルター領地の出身であるサハリはその件で冒険者だった両親を失っており勇者には良い思い出がない。


「オレは下手に藪をつつくべきじゃないと思ったけどな。パラサザクはあんまり好戦的な魔獣じゃなかったらしいし」

「それでも存在するだけで驚異なら何か起こる前に取り除くべきだわ」


 勇者の判断は間違いであると言うサハリに対し、必要なことだったと肯定するリズレット。

 その辺りは勇者を支持するかどうかで別れる所だろう。


「……何が起こるかを考えてなかったのか」


 二人に聞こえない程、小さくロイは呟く。

 人は目の前のモノ以外は眼に映らない。大切なモノを護る為に驚異を取り除く必要はあるだろう。

 しかし、当人たちからすれば、それによって起こる後災など思い付きもしない。


「ジンの奴……早とちりしてなけりゃ良いけどな」


 ロイは『相剋』を持つ家族の事を心配する。

 ハイデン村が滅ぼされたのは領主が兵士を送らなかったから。

 ジンはその様に認識している。しかし元を辿れば全てを引き起こした現況は勇者にあるのだ。


「そう言えば、サハリはヘクトル領主の事を敬称つけるんだな?」

「当然だろ? 出身領地って事もあるが一番は『黒狼遊撃隊』が居るからだ」


 『黒狼遊撃隊』。部隊長ヴォルフが率いるヘクトル・ヴァルターの懐刀となる部隊である。

 領地兵とは違って独立した部隊であり別の指揮系統から領地内を転々としているとか。


「ヴォルフ隊長はマジでやべーぜ! なにせ『理を喰らう狼』って言えば多国でも警戒されてる程の存在だしな!」

「隊長って……あんた、部隊員でも何でもないでしょ」

「うっせーな、少しだけ一緒に居たんだよ。実績を重ねたら隊にいれてくれるって確約済みよ! 今回の任務で功績を重ねてオレは『黒狼遊撃隊』に行くぜ!」

「はいはい。私は家族の方が気になるわよ」


 サハリは功績を上げるため、リズレットは勇者領地に居る家族の安否を図る為に自主的に参加したらしい。


「ロイ、お前は目標とかあんのか?」


 二人の中身が見えてきたところでサハリは同じ話をロイに振った。

 お前も何か話せ、と言う事らしい。


「俺の目標は『騎士ギレオ』だな」


 迷いなく口にした存在の名前に二人は――


「「誰?」」


 と疑問視を浮かべた。

 ナタリアから聞いたのだが、『騎士ギレオの物語』はかなり地味でマイナーな話であったらしい。






 剣の重さを再現した模造刀が打ち合っていた。

 振り下ろしを流され、突きをかわされ、横が薙ぎを止められる。

 そして、打ち込み続けたロイの方が先に根を上げた。


「ハァ……ハァ……ちょっと休憩いい?」

「昔に比べて永く剣を振れるようになりましたね」


 片手に模造刀を持ち、汗ひとつ掻かないナタリアは打ち合う度に成長していくロイの剣を嬉しく感じていた。


「振れるだけじゃ駄目でしょ。くっそー」


 未だにナタリアに一太刀も入れることが出来ないロイは仰向けで倒れる。

 見上げるのは晴天の空。流れ込んでくる風を心地よく感じる程には余裕があった。


「ロイ、焦る必要は無いわ。前に教えたでしょう? 騎士が剣を持つ意味を」

「……解ってるよ。けど、どうしても……考えるんだ」


 片眼を包帯で覆っているジンを見る。

 当人はナタリアからもらった『刻針』を使ってジェシカと共にレンに眼鏡を試行錯誤していた。


「あの事件は俺が少しでも疑っていれば防げたんだ」

「そうね。皆に責任があるわ」


 そう言ってナタリアはロイの隣に座って同じように空を見上げる。


「貴方たちを四人だけにしてしまった私にも責任があります」

「そんな……リア姉は悪くないって。俺たちが勝手にやったんだ」

「貴方たちには強く生きて欲しいと言う、私の気持ちが先行し過ぎたの」


 ナタリアは起き上がったロイの頭をそっと撫でる。


「力を持つと言うことは、心に余裕を生んでしまう。技や身体を鍛え、世界に対して強くなればなる程、心は衰えてしまうの」


 ヒトが強くなると言うことはとても難しいのよ、と焦るロイに優しく諭した。


「ロイ、貴方の目指す『騎士』という存在は人々にとって身近に存在する剣なのです」


 民は街中を騎士が巡回しているだけで安心出来る。困った時に騎士が駆け寄れば誰もが頼るだろう。


「騎士とは人々の支えであり、国の土台の様なもの。騎士が居て、その上に人々の暮らしがあるのです」


 ナタリアは眼鏡について話し合っている三人を見る。すると視線に気づいたジェシカが手を振り、彼女も手を振って返した。


「ロイ、貴方が彼らの土台になってあげて。そして、それを心の支えにしなさい」


 休憩は終わり、と言わんばかりにナタリアは立ち上がる。

 まだ疲労感は残っているがロイは身体に重みは感じなかった。


「……リア姉。ギレオもそんな騎士だったのかな?」

「ええ」


 模造刀を持ち、立ち上がるロイにナタリアは嬉しそうに彼の気持ちを肯定した。


「ロイ、魔法の使用を許可します。少しだけ本気でやりましょう」


 その時、ロイは初めて己の限界まで力を引き出した。

 相変わらず彼女には一太刀も入れられなかったが、それでも少しだけ自分の思い描く『騎士』に近づけた気がした。






「よりにもよってか」


 ロイとジェシカがラガルトより王都の状況を聞いている頃、フォルドより早く寝るように言われたジンは中々寝つけなかった。


「おやおや、夜更かしですか? フォルドさんに怒られろ」


 隣の二段ベッドから彼を見るレンは相変わらずである。


「フォルドさん達の話を聞いて、お前はどう思った?」

「別にー。だって私たちに出来ることないじゃん」


 夕食の時に二人はフォルドとリリーナから王都の状況について聞いていた。


 国王と王族の消滅により機能が停止した王都。

 勇者領地に出現した『霧の都』。


 フォルドはヘクトルから、リリーナは王都の魔術学園からの緊急の手紙で知ったとのこと。


「私としては明日はリリーナさんと買い物に行くつもりだったからそっちの方が残念ー」


 リリーナは明日の朝に王都に戻ることになった。当人も不満な判断ではあったらしいが緊急なので仕方ないとフォルドにも言われて渋々納得している。


「問題は『霧の都』だ」


 王都よりも未だに残る『霧の都』の方がジンとしては懸念対象だった。


「王都は人手が不足してるだろう。被害は凄まじいモノらしいからな。そして勇者の考えが未だに根付いていると仮定した時、『霧の都』を放置すると思うか?」

「うわ。よくそこまで考えられるね」

「必要なことだ」

「それじゃ、また徴兵とかあるのかな」


 不安そうなレンの言葉は十年前の魔災を連想させる。


「いや、多分ソレはない」


 昼間にマリーから聞いた話からして、ヘクトルは王都に対して良い印象はない。

 それどころか王都事態が国の中枢として機能していないなら――


「新しい王が決まるまでは、他領地からの支援は厳しいだろうな」

「何で?」

「外から攻撃されるからだ。特に勇者の居たこの国は他国から見ても価値は高い」

「ふーん。じゃあ、国境付近の領地は今頑張ってるわけだ」

「言っておくがヴァルター領もそうだぞ」

「げ、そうだった」


 物価とか上がるかなぁ。と明日の食材の事に関してレンは心配する。


「……問題はロイだ」

「二人とも王都に行ったもんね。でもジェシカちゃんが居れば大丈夫じゃない?」


 いくら治安が悪くても二人なら問題ないでしょ、とレンは楽観的だった。


「さっきも少し触れたが『霧の都』に対するアプローチに既存の騎士を使うと思うか?」

「そりゃ――」


 そこまで指摘してレンはようやく兄が何を言いたいのかを理解した。思わず上半身を起こす。


「え、でも新兵だよ?」

「王都はまともに機能してないし、人手不足が後押ししてる。高い確率で騎士団に入ったロイは『霧の都』に送られる」

「そんな……でもジェシカちゃんが止めるでしょ」

「……いや、ロイは曲げない。まぁ大丈夫だろ」


 慌てるレンとは対照的にジンは心配していなかった。


「でも……」

「今からじゃ何も出来ないだろ?」


 先ほどの妹の発言を繰り返したジンは、これ以上は考えるだけ無駄、と寝返りをうつ。

 オレ達はそれぞれの道を全力で歩くと決めたのだ。それに、


「予習はしてあるしな」


 ジンは男同士にしか解らない事もあると、眼を閉じた。






 一日かけて騎士団の馬車は勇者領地へ。

 薄い霧の中を進む馬車。すると不自然に濃霧が増している空間が遠目に見えた。


「おお、アレが『霧の都』かよ」

「武者震いするぜ」

「……皆無事だといいけど」


 ロイ、サハリ、リズレットは馬車の窓から顔を出して確認する。昼間にも関わらず濃い霧が展開される様は明らかに異常だ。

 都の様子は良くわからないが、霧の中をナニか巨大な物体が蠢いているのは解った。

 その時、不意に馬車が止まった。大きく揺れた拍子に落ちそうになる。


「危ねぇな。なんだよ」


 サハリが不満を運転手に伝えると、馬が急に進もうとしなくなったらしい。

 周りを見ると他の馬車も同じように立ち往生して、中には来た道を強引に引き返そうと暴れている馬もいた。


「ここからは歩きか……」


 “実際にこれらに遭遇した者でなければ脅威を感じるのは難しいでしょう”


 生物の本能が持つ恐怖を呼び覚ます。

 実際に経験したものは決して戻ろうとしない魔都へ向けてロイは馬車を降りる。

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