第2章 ロイ編 絵本の騎士
第6話 王都陥落
「ロイ、貴方にとっての憧れの『騎士』は誰でしょうか?」
ある日の授業の一環。個々での
ロイは振っていた木剣を止めて彼女に応じる。
「そりゃ『騎士ギレオ』だよ」
それは今も伝わる騎士の話。ロイは父が買ってきてくれた『騎士ギレオの物語』が好きだった。
「『英雄騎士ルファリオン』や『騎士王エデン』ではなくて?」
ナタリアの口にする名前は実在した騎士達である。彼らは世界中のヒトが認知するほどの伝説と功績を残し、その物語は今も
無論、ロイもそれらの騎士達の事は知っており、彼らの戦いをモチーフにした本も持っていた。
「その二人も凄いと思うけどさ。俺は『騎士ギレオ』の方がいい」
「どうして?」
「ギレオは誰からも声をかけられるじゃん。俺も街を何気なく歩いてて気軽に挨拶される騎士の方がいい」
「ロイは栄光や伝説には興味がないのかしら?」
「あんまり! ていうか、皆と一緒に居る時間が減るのも嫌だし、剣を振るなら身近なヒトを護れるようにしたい」
ロイの憧れる騎士象は誰もが讃える英雄よりも、歩いていれば誰もが助けを求めるものだった。
その意思は魔災の被害に遭ったことで、より強く心に根付いている。
「リア姉はどの騎士が好き?」
「そうですね。ロイと一緒でギレオが好きです」
「本当!?」
「ええ。英雄は国と同胞しか目を向けません。そんな彼らの死角では苦しむ民が大勢いました。それらの為に剣を振るっていたのがギレオです」
「なんか、俺の知ってるギレオと少し違う」
「ロイはどんなギレオを知ってるの?」
「落とし物を探してあげたり、物を運んだり……」
「ふふ。それじゃお手伝いさんみたいね」
「あ、でもスゲー強いんだよ! 迷子の子供を探しに行って剣一つで狼の群れをやっつけたんだ!」
ロイは絵本で何十回と読んだ事のある場面を力説する。
するとナタリアは何かを懐かしむ様に目を細めた。
「……そうですね。ギレオはとても強かった。そして、誰に対しても優しく、どんなヒトにも剣を捧げていた。だから私も好きなのです」
そして、彼女は一冊の本を取り出す。
それは『騎士ギレオの物語』とタイトルが書かれた絵本。少しだけ使い古されていた。
「リア姉……これって」
「貴方の歩む道よ。ロイ」
あの日、大切だったのに持ち出さなかったロイの宝物。
ナタリアは少し留守をしていた時にハイデン村の跡地にも立ち寄っていた。その際にこの本を見つけて来たのだ。
「騎士とは何なのか。剣を持つ意味とは何なのか。少しだけお勉強しましょう」
ロイとジェシカは慌ただしい王都の門を抜けた。
王都内は焦げ臭く、騎士や衛兵が止まることなく往来している。
道の端には手当てを受けた者達で溢れ返り、疲れたように座り込んでいる者も多い。
教会の前を通ると敷地内にはシートが敷かれ、上に並べられた人の形をしたナニかを隠すように布が被せられていた。
ヒトだけではない。割れた地面に崩れた建物。まるで王都全体が悲鳴を上げているかのように所々が傷だらけである。
「おいおい。どうなってんだ?」
目につく範囲を見回ったロイとジェシカは往来する人に呑み込まれないよう少しだけ脇道に逸れる。
三日前まではこんな有り様ではなかったハズだ。まるで戦争でもあったかのように煙を上げている建物も存在し、魔術師や騎士たちが消火活動に勤しんでいる。
「……ちょっと調べたけど、一部の建物が倒壊していくつかの道が塞がってる。中央にある王城は半壊してるわ」
ジェシカは使い魔を通して簡易的に王都の状況を確認し、共有する。
「冒険者のギルドがあるはずだ。まずはそこに行ってみるか」
ロイの提案にジェシカも頷く。
何かを始めるにしても現状の把握が第一だ。目の前の事をすぐに始めるのではなく、一歩止まって視野を広く持つ。
二人はナタリアに教えられた事を無意識に行っていく。
通れる道は怪我人を優先して通していた為、二人はまだ撤去作業が進んでいない瓦礫を越えてギルドの集会場を目指す。
状況がまるで解らない。王都とは国にとって最も攻められることの無い場所であるハズだ。それがここまで破壊されているとは。
「ジェシカ、こんなことは魔法で出来るのか?」
「……出来なくはない。けど、建物を破壊するだけでも相当な規模の魔法陣と準備が必要なのよ。ソレを王都中に仕掛けて騎士や魔術師に見つからず準備から発動まで出来るとは考えづらいわね」
国の膝下である王都は特に警戒が厳重だ。
万が一にもテロなど起こるはずもなく、脅威となる存在が出現すれば瞬く間に制圧出来るほどに戦力は集中している。
「それよりも、大軍が攻めてきたって言う方が現実的じゃない?」
王都軍と出現した敵勢存在との交戦。それならばこれ程の惨状は理解できる。
「それは違うかもな。そんな大軍が突如として現れたとしたらヒトの生き死には倍になるし、建物もここまで壊れない」
ロイはジェシカの線も薄いと見ていた。
第一の理由として敵勢存在の死体が全く見当たらないからである。加えて街を攻撃する際に建物まで破壊する事は進軍の妨げにもなるため、辻褄が合わないのだ。
それに被災下にある現状で人々の眼は復讐に燃える様な感情ではなく、疲れたようにどうしようもないといった様子なのも気になる。
まるで、反撃する気も起きないほどに圧倒的なナニかに襲撃された様な……
「ジンのヤツが居ればなんか解ったかもな」
二人とは別の観点を持つジンは物事の真意を見抜く程の洞察力を持ってる。
身内の事になると酷く曇る欠点があるものの、客観的な目に関してはナタリアにも高く評価されていた。
「二人は上手くやってるかしら」
被災地に居るからか、再度この場に居ない二人の事が気にかかる。
「大丈夫だろ。道中に脅威になる様な事もなかったし、王都を破壊したナニかは俺たちが来た方向とは別に行っただろうからな」
「それでも客観的には成りきれないわね。でも、レンに『香水』を渡してて良かったわ」
ナタリアと最初に出会った時に貰った香水は、今はレンが持っている。
もしも、手に負えない大事が起こったときには使うように言っていた。
「リア姉をいつでも呼べるんだ。あいつらは世界一安全さ」
「そうね」
ジンが片眼を失った事件。あの時、ジェシカはナタリアから貰った香水を一度使ったのだ。その為、効果の程は確認済みである。
「キャッ!」
その時、ジェシカの背後を何かがぶつかった。その拍子に彼女は転びそうになるが、ロイが手をとって事なきを得る。
「えらく慌ててんな」
ロイは彼女に手を貸しながら、走り抜けていく少年の背中を見送った。
「もう! 前見て走りなさいよね……って?!」
「どうした――」
ジェシカは肩から下げていたポーチの紐が切られてポーチ本体を盗られていた。
ジェシカのポーチを盗んだ少年は角を曲がると夕暮れで薄暗くなってきた路地を抜けていた。
建物が崩れた事によって普段は道になっている所は全て複雑な凹凸になっている。
それが細い裏路地であれば子供の体格でしか通れない隙間も多々出来上がっていた。
「よし、来てない」
幾つもの隙間を抜けて崩れた建物の内部から瓦礫の山を登り、そこから隣の傾いた建物に飛び移る。
ここまで来れば誰も追い付けない。
少年はロイとジェシカが二人組の旅人であると踏んで犯行に及んだ。
その際にジェシカの身なりはロイよりも小綺麗で女と言うこともあり、そっちを標的に選んだのだ。
「なんとかなれば良いけど……」
子供が脇に抱える程度のポーチだが、少年は知っている。
ジェシカの装いは王都で良く見る魔術師たちのモノと同じ。彼らは小さな包みに高価な魔道具を持つのだ。
中身の確認は帰ってからにしよう。あまり遅くなると心配させてしまう。
少年は建物の内部を通って入り口から出るとその足で比較的に無事な民家に向かう。
「っと」
裏口に向かい、家に入る前にナイフをしまうと少し汚れた身なりを払って扉を開けた。
「ただいま!」
「おかえり、ラキア」
家の中には料理を作っている父の姿があった。王都で服の仕立屋を営んでいる彼は現在休業しており、表の扉は昨日から閉じている。
「どこに行ってたんだ? 今、王都は危険だから勝手に出歩くなと言っていただろう?」
父親は怒っているわけではなかった。
遊び盛りな時期でもあるため、普段と変わった王都を歩いてみたいと言うラキアの意思を理解しての事である。
「母さんが帰って来てると思って。勇者様の領地から援軍を連れて来てくれるんでしょ?」
王都騎士でもあるラキアの母親は一週間前に他の騎士と交代で勇者領地への滞在勤務に就いていた。
「……何かわかったかい?」
「いいや。騎士団の人は皆忙しいみたいで聞けなかった」
そんなラキアの様子に父親は少し曇った表情をしたが、いつもの穏やかな様に戻る。
「……騎士団は今忙しいからね。ラキアが家に居なかったら入れ違いになるかも知れないよ?」
「あ、そっか……」
「だからしばらくは家の回りで遊びなさい。それなら外にいても母さんが見つけてくれる」
「はーい」
ラキアの納得した表情に父親は微笑んだ。しかし、彼は既に勇者領地へ増援要請に行き、入ることなく帰還した兵士から聞いていた。
勇者領地に『霧の都』が現れたと言うことを……
「ご飯にしよう。着替えておいで」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「お客さんかな?」
「違うよ! 母さんだ!」
裏口から帰ってくるのは家族以外にあり得ない。
ラキアは飛び付くように扉を開け、いつものように告げる。
「お帰りなさ――」
「お、流石だなジェシカ」
「暗くなる前に見つかって良かったわ」
そこに立っていたのはラキアが荷物を盗んだ、旅人の二人組だった。
ジェシカの使い魔で少年を追跡した事によって二人は自宅を突き止めていた。
「よう。さっきぶりだな」
ロイは扉を開けたラキアに挨拶する。しかし、ラキアにとっては完全に詰みの状態であった。
「知り合いかい?」
ラキアの反応から父親が顔を覗かせる。
「あ……えっと……」
言葉に詰まるラキア。ジェシカも親子であることを瞬時に察し、事情を説明しようと前に出る。
「貴方はこの子のお父上ですか?」
「はい。ラガルトと申します。この子が何か?」
「実は――」
「実はですね、ツレがポーチを落としてしまいましてお子さんが拾ったと人伝に聞いたものですから心当たりがないかと」
ロイの割り込みにジェシカは元より、ラキアも驚いた様子で彼を見る。
「ラキア、本当かい?」
「え……あ、うん」
ラキアは服の内側に隠していたジェシカのポーチを恐る恐る差し出す。
「ラキア。他人の物を拾ったらまずは騎士の人に渡すようにいつも言っているだろう?」
「もう暗くなりますからね。それに騎士団は王都の被害に追われている様子ですから落とし物程度の小事は相手にされないでしょう。こっちとしてはお子さんが持っていてくれて助かりました」
ラキアを庇うようにロイは発言しながらポーチをジェシカに手渡す。彼女は少しだけ納得いかない様子だが、ロイに成り行きを任せる。
「……そうですか。わざわざご足労をありがとうございます」
「気にしなくて結構ですよ。それでは」
「あ、待ってください」
扉を閉めようとした所をラガルトは呼び止めた。
「よろしければ夕食をどうでしょうか? 見たところ旅の方ですよね」
ラガルトは服の仕立屋として、彼らの服装からある程度の身元を推測し引き止める。
若い二人だが、身なりは小綺麗で立ち振舞いもしっかりしている。
「今、王都は最低限しか機能していません。外食はあまりお勧め出来ませんし、出来たとしても高くつきますよ」
怪我人や家を失ったヒトに対して騎士団の指揮下で食事の配給は厳選されていた。
飲食店は材料の提供を義務とされ、王都の機能を回復させることが第一とされている。
「実は王都には先ほど着いたばかりでして、その辺りの情報も教えて貰えると助かります」
「構いません」
ジェシカもロイの作った流れに乗ることに決め、ラガルトの申し出を受けることにした。
「ロイ・レイヴァンスです。こっちはツレのジェシカ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
丁寧にお辞儀をするジェシカに、こちらこそ、とラガルトも畏まる。
「ラキア、お前は着替えて来なさい。着替えたら御二人に飲み物を持ってくるように」
「わかった……」
父の意図が掴めないラキアはロイとジェシカに一目向けてから部屋の奧へ向かった。
「申し訳ありませんでした」
ラガルトは二人を中に通し、客間に座って貰うと深々と頭を下げた。
どうやら、全てを察していたようだ。
「物は戻ってきましたし気にしていません。頭を上げてください」
ジェシカはポーチの中身は何も欠けていないことを確認し、未遂で良いとラガルトに告げる。
「いえ。あの子が罪を犯した事には代わりありません」
「ラガルトさん。私たちからすれば食事と情報を貰えるだけで割には合っています。ただ、人によっては殺されていた可能性はちゃんと教えてあげてください」
魔術師の持つ道具はどれも命の次に大切な物だ。中には優先順位が命と逆になるモノもある。
それを盗む、又は盗もうとしただけで当人だけでなく、身内の全てに報復されてもおかしくないのだ。
「まぁ、ラガルトさんとは良い関係で行きたいので、今後とも贔屓してくれるって事で手を打ちましょう」
最初にラキアの居場所を突き止めた時にここが服の仕立屋であることを二人は認識している。
店の体裁もあるだろうとロイは察し、納得できそうな条件を出すことで事を納めた。
「ありがとうございます」
すると開きっぱなしの扉から、オボンに紅茶を淹れたカップを乗せたラキアが現れる。
ズボンや帽子をかぶった外着からは解らなかったが、一目見れば少女とわかる可愛らしい顔立ちをしていた。
そして、彼女の側頭部には巻角が生えている。
「どうぞ」
ラキアはロイとジェシカの前に丁寧に紅茶を置く。馴れたような所作に普段から家の手伝いをしているのだと察せる。
「失礼ですがお子さんとは――」
「私は『人族』ですが妻は『角有族』でして、娘は妻の血が強く現れています」
「なる程な」
だから逃げきれると思ったのだろう。
『角有族』は探知能力の高い種族である。ロイとジェシカが完全に追ってきていない事を把握した上でラキアは自宅に帰ったのだ。
「ラキア、御二人に言うことはあるかい?」
「……ごめんなさい」
「謝るくらいなら何で私の物を盗んだの?」
ジェシカは少し厳しい眼でラキアを見る。ロイは、おおコワっ、と紅茶を啜った。
「……店が潰れるって」
娘の言葉からラガルトは申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ラキア、店は潰れないよ」
「だって! 騎士団の人たちが仕事に必要な生地を全部もって行っちゃたじゃん!」
「怪我人に使う包帯が足りないんだ。仕方ない事だよ」
「でも! 父さんは仕事を止めてるみたいだし……」
「王都の状況を見ているんだ。必要なら出る必要があるからね」
今現在の王都で本来の仕事をするのは難しい。近くの領地に古馴染が居るのでどうしようも無いと判断したらそちらを頼るつもりであった。
「申し訳ありません。発端は早とちりだったようで……」
「だってよ」
すると、ジェシカは立ち上がるとラキアの前に立ち目線を合わせるようにしゃがむ。
「ラキア、だっけ?」
彼女の圧にラキアは、は、はい! と畏まった。
「貴女はこの店の生地を全部盗まれたらどんな気持ちになる?」
「……嫌な気持ちになる」
「貴女にポーチを盗られたとき、私もその気持ちになったわ。それに、もしかしたら殺されていたかも知れないわよ?」
真摯な言葉は取り返しのつかない事になってからでは遅いと告げる。
「私達が簡単にここを突き止めた様に、他のヒトも同じようなことが出来るわ。そして、犯人を捕まえたら暴力を振るう可能性も十分にあり得る」
まだ、ナタリアと出会う前の事を思い出しながらジェシカは語る。
当事者であるロイも彼女の言葉は決して冗談や比喩ではないと知っていた。
故にその言葉は未熟な心を持つラキアにも十分伝わるのだ。
「次は貴女の大切なヒトが償う事になるわ」
ラキアはラガルトを見る。父もジェシカの言葉は実際に起こり得る事であると真剣な眼差しだった。
「ごめんなさい……」
ラキアは服を強く掴みながら、ぽろぽろと泣き出した。軽率な気持ちで、決して許されないことをしてしまったのだと悔いた気持ちから出た涙だった。
「貴女の手はこれから多くの事を成し遂げる為に正しく使う必要がある。もう、二度と今日のようなことを繰り返さないで」
「わかった……」
「じゃあ、許してあげる」
そう言ってジェシカは笑みを作ってラキアの頭を撫でてあげた。
「――お二方はここに居てください。食事をお持ちします。ラキア、手伝ってくれるかい?」
「うん」
ラガルトは会釈すると娘と共に客間を後にした。
「優しいもんだな」
「アンタほどじゃないわよ」
ジェシカはロイの隣に座りなおすと紅茶を啜る。
「ラキアほどスマートじゃなかったけどな。俺達は」
「そうね。今思えば無茶したモノだわ」
10年前……村が魔災に呑み込まれ、逃げ延びた四人の子供たち。彼らは物を漁り、盗みながらその日その日を生き延びていた。
その後、助けてもらった大人に裏切られ、ただ沈んでいくだけの道を歩いていた所を彼女が助けてくれた。
「ロイは騎士団に入ったらどうするの?」
「当面の目標は“奴”を捜す。そんで見つけたら――」
それだけは絶対に譲る事は出来ない。ソレは……ロイの人生において一度だけ騎士の道を外れ、私利私欲のために行う報復だった。
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